11月27日は唯の誕生日である。
ちょうどこの年の当日は土曜日で学校が休みなので、
3年生は受験を控えた忙しい時期ではあるが、
息抜きも兼ねて唯の誕生会が平沢邸にて開かれることになった。
「お姉ちゃん!」「唯!」「唯ちゃん!」「唯先輩!」
「お誕生日おめでとー!」おめでとうございます!」
「えへへ、みんなありがとー!」
妹の憂やいつものHTTメンバーに加え、和、純、
そして今回はちゃんと誘ってもらえたさわ子も参加してのパーティーは、
にぎやかに、和やかに進行していった。
「それにしても、唯ちゃんももう18歳か…早いものねぇ」
「さわちゃんが昔からずっと成長を見守ってきた近所のおばちゃんのような事を言っとる」
「りっちゃん何か言ったかしらぁ~?」
「ヒイィッ!?」
「うーん、でも何だか18歳って言われても、いまいち実感が湧かないや。
自分では成長してるのかどうかよくわからないし…」
「私の見立てではおっぱいは確実に」
「さわちゃんちょっと黙ろうか」
「大丈夫だよ!お姉ちゃんはちゃんと成長してるよ!」
「そうね。幼稚園の頃から
ずっと一緒だったけど、高校に入ってからの唯は特に成長したと思うわ」
「おお、憂と和ちゃんがそう言うならそうなんだね!よし自信出てきた!」
「はいはい、調子に乗らない。まだまだ心配で目が離せないのは変わりないんだから」
「はうっ!持ち上げて落とすとは…和ちゃんしどい…」
よよよ、と泣き崩れる真似をする唯に一同から笑い声が上がった。
「そういえば、これで軽音部の3年生で17歳のままなのは澪だけだなー?」
「な、なんだよいきなり…」
「えっ、澪先輩が一番誕生日遅いんですか!?」
純が驚いたような声を上げる。
「そうなのー。ちなみに私がここにいる3年生では一番最初♪」
紬が手を上げると、律がそれに続いた。
「んで、次が私」
「その次が今日の私!」
「私がその次ね」
唯の次に和が手を上げると、純が再び驚いた様子で言った。
「ええっ、和先輩の方が後なんですか!?」
「和ちゃんは私より1ヵ月年下なのです!」
フンス、と鼻息を荒くする唯をニヤニヤと見つめながら律が茶化す。
「どう考えても生まれてくる順番が逆だよなー」
すかさず唯も反論する。
「むー、それを言うならりっちゃんと澪ちゃんだってどう考えても逆だよ!」
「なんだとぉー!…まぁでも確かに逆というか、納得いかないところはあるわな」
「…だから何がだよ?」
ジトッとした視線を投げかけてくる律に、澪がいぶかしげな声を上げる。
「これだよ、これ!」
そう言うと、律はおもむろに澪の胸を鷲掴みにした。
「…っきゃああああああ!?」
「私より5ヵ月も後に生まれたくせになんだこの成長ぶりは!
お前、私から背も胸も吸い取っただろ!返せー!」
「やっ、やめろバカ律…んぁっ!」
「あらあらあらあらあらあら」
「ムギ、目をキラキラさせすぎよ…ほら、律もその辺でやめなさい」
「りっちゃんいいわよー、もっとやりなさい!」
「先生!?」
「うわ、すご…。憂、やっぱり私軽音部入らなくてよかったかも…ついていけそうにない…」
「あはは…」
「りっちゃんと澪ちゃんはやっぱり仲良しだねー」
「そうねー、素敵だわぁ」
「唯もムギも、それで済ませていいものなの?アレ…」
和が呆れたように言ったあたりで鈍い音が部屋に響き、騒ぎは終結を見た。
「すんませんでしたマジで…」
未だ握りしめたままの拳をワナワナと震わせる澪を前に、
頭に大きなたんこぶを作って土下座する律の姿があった。
「もー、ダメじゃないのりっちゃんったら」
「先生も煽ってましたよね?」
「さて何のことかしら?――ところで」
さわ子は澪のジト目攻撃を華麗にスルーし、視線を移動させると、その先にいる人物に話しかけた。
「梓ちゃんは、さっきからどうしてそんなに静かなのかしら?」
「にゃっ!?」
声をかけられた当人――梓は不意を打たれて驚いたと言わんばかりに
その小さな体をビクッと震わせ、素っ頓狂な声を上げた。
「そういえば梓、さっきから全然しゃべってないな」
「どこか具合でも悪いの?」
「いっいえ、ちょっと考え事をしてて!」
(考え事…もしかして昨日のあのメールに関係することかな?)
心配してくる律と紬に慌てて言い訳をする梓の様子を眺めながら、
唯はふと前日に梓から送られてきた一通のメールを思い出し、そんなことを考えていた。
「何か悩み事でもあるのか?」
「いやいやいや、そんな大層なことじゃないですから!
考え事っていうか、物思いに耽っていたというか!」
澪にも慌てた様子でフォローする梓を見ていた純が、口を開いた。
「悩み事でも物思いでもいいんだけど…梓、なんでさっきからそんな焦ってるの?」
「えっ!?そそそ、そんなことないってば!」
「そんなことありすぎだろ…何を考えてたのかなー中野くーん?」
「言ってごらーん?」
「いや、えと、あの」
律には腕を肩に回され、反対側には純が居座り、
挟み込まれるような形になった梓は苦し紛れの言い訳をした。
「えーっとですね、ほら、今日って唯先輩の誕生日じゃないですか」
「そりゃまあ、唯の誕生会ってことで今集まってるわけだし」
「で、ですから、その…18年前の今日に唯先輩が生まれて、
それから今まで無事に毎年誕生日を迎え続けてきて、
それで今こうして一緒に居られるんだなーって思ったらちょっと感慨深いなー、とか…」
そう言って梓が周りを見渡すと、一同はぽかんとした表情で梓を見つめていた。
やがて純と律がやや頬を赤らめながら口を開く。
「…梓、結構恥ずかしいセリフをサラっと言ってくれたね…」
「え?」
「澪の歌詞見たときみたいな気分になったわ…」
「おいそりゃどういう意味だ、律!」
「え?え?」
唯に至っては目をキラキラと輝かせて梓の方を見ている。
梓は自分が言ったことを思い出してみて、一気に赤面した。
「…いやいやいや!別に深い意味はないんですよ!?
ただ唯先輩みたいな危なっかしい人が今までちゃんと毎年誕生日を迎えられてよかったなって!」
「ええっ!?あずにゃんから見た私はそんなレベルで危なっかしい人なの!?」
「ああすいません唯先輩!これは言葉のアヤで!」
「梓ちゃん、素直になっていいのよ!いやむしろなるべきよ!」
「な、なんですか素直にって!?ていうかムギ先輩もキラキラしすぎです!」
「梓ちゃん…そこまでお姉ちゃんのことを…」
「唯もいい後輩を持ったわね」
「ああもう!」
「はいはいそこまでー」
さわ子が立ち上がって手を叩き、その音を合図に再び騒ぎは収まった。
「確かに梓ちゃんが言ったことは、ちょっと身体痒くなっちゃったけど」
「それ言っちゃうのかよ」
「でも、とてもいいことを言ったと思うわ。
毎年無事に誕生日を迎えて、無事に年齢を重ねていくことができるのは、とても幸せなことよ。
そうやって生きていくうちに、皆みたいに出会える人も増えていくんだから。
また来年も唯ちゃんや皆の誕生日を祝えることを願ってるわ」
「おお、さわちゃんがなんか先生みたいなこと言ってるぞ!」
「先生よ!」
「でも先生、私たち、来年は卒業なんですけど…」
「…っ」
紬のその言葉に梓が僅かに反応していたことは、誰も気づかなかった。
ただ一人を除いて。
「あら、元教え子の誕生日を祝っちゃいけないのかしら?」
「うわ、来る気満々だこの人…」
「でもどうですかねー、大学入って速攻彼氏ができて、
誕生日は二人きり…なんて事もあるかも知れませんよ?」
「なっ…」
「なんですって!?私を差し置いて!そんなの許さないわー!」
純が冗談めかして言った言葉にも梓は反応しかけた。
それも、すぐ後により激しく反応したさわ子の言葉によってかき消されたが、
一人だけはそんな梓の様子に気付いた。
「先生そんなムキにならなくても…一応私たちの志望校は女子大ですし」
澪がなだめようとするが、さわ子は聞く耳を持たない。
「そうよね、あんた達18歳だもんね、ピチピチだもんね。
ちょっとお友達に
合コンにでも誘われて行ってごらんなさい、
あんた達なら男引っ掛け放題でしょうよ。
私なんてもうあとちょっとでアラサーよアラサー!
ああもう誕生日なんて来なければいいのに!」
「さっき言ってたことが色々と台無しだよさわちゃん!」
「18歳。いいわよね18歳。
10代でありながら、ほぼ大人として色々な物が手に入る時期よ。
車の免許も取れてお酒も飲めてタバコも吸えるわ」
「いえ、お酒とタバコはダメです先生」
「もちろん(ピー)とか(ピー)だって」
「さわちゃんやめて!純粋無垢な唯と天使のようなムギと
まだ17歳の澪と和と2年生ズの前でそういう事言うのやめて!」
「私だって18歳に戻りたいわよー!!」
「先生が戻るべきなのは正気ですよ!!」
―――しばらくお待ちください―――
「失礼、ちょっと取り乱してしまったわ…。
まあとにかく、20代半ばなんてあっという間にやってくるんだから、
みんな男だけは早いうちに捕まえておくのよ!じゃないとこうなるからね!」
「ついには自虐ネタに走りだしたか…」
「先生…」
(あずにゃん…また…)
その場にいたほぼ全員がさわ子に憐みとも何ともつかない視線を向ける中、
一人だけ俯き加減で何かを思いつめたような様子の梓が、唯は気になった。
そうこうするうちに時刻も夕方となり、昼ごろから始まった唯の誕生会もお開きとなった。
騒ぎが続いて、もはや唯の誕生会という名目が半ば忘れられかけたが、
当の唯本人としては基本的には楽しかったので満足していた。
ただ、ひとつだけ気がかりなことがあった。
それは、梓のことだった。
「そろそろかな…」
誕生会の参加者が全員帰ってからしばらくして、
唯は携帯電話のメールフォルダを展開し、一通のメールを開いた。
前日に梓から届いたメール。
そこには、用事があるので誕生会の後2人きりで会う時間が欲しいという事、
出来ればそのことは他の誰にも知られないようにして欲しいという事、
そして待ち合わせ場所が書かれていた。
誕生会の最中も口数が少なく、何か物思いにふけりがちで、
他の人の口から「卒業」や「彼氏」という単語が出る度に僅かながら
反応するそぶりを見せていた今日の梓の態度と、
そのメールの内容には関係があるに違いないと唯は思っていた。
「ういー、ちょっとコンビニ行ってくるねー」
「行ってらっしゃーい、気をつけてねー」
憂には適当な理由を言って、既に薄暗くなりつつあった外に出る。
メールで指定された場所は、近所の河原。
演芸大会に出るために、梓と2人でギターを練習したあの河原だ。
しばらくして唯がその場所に到着すると、そこには既に梓の姿があった。
「あずにゃん、お待たせー」
「あ、唯先輩…すみません、わざわざ来てもらってしまって」
背後から手を振って呼びかけた唯の声に振り向いた梓は、
唯の姿を確認すると微笑みを浮かべたが、
そこには確かに緊張の色が混ざっていたのを唯は見逃さなかった。
しかしあえてそれには触れずに会話を続ける。
「別にいいよー。それで、用事って何かな?」
「えっと…実は渡したいものがあるんです。
皆の前だと恥ずかしいので、わざわざ来てもらったんです。えっと…これです」
梓は自分のバッグから小さな紙袋を取りだすと、それを唯に渡した。
「ささやかなものですが、私からの
プレゼントです。
あらためまして、お誕生日おめでとうございます。唯先輩」
「おおー、あずにゃんありがとう!
でも、プレゼントはさっきくれたんじゃ…」
唯は、誕生会の冒頭で既に軽音部メンバー一同からのプレゼントとして、
4人でお金を出し合って買ったものだというギターストラップをもらっていた。
「あれは、あくまでも軽音部全員からのプレゼントですから。
これはそれとは別の、私が用意した、私からの唯先輩へのプレゼントです」
「そうなんだ…嬉しいな」
「唯先輩だって、この前私の誕生日のときに同じように別枠でくれたじゃないですか」
「えへへ、そうだったっけね。開けてもいい?」
「どうぞ。予算の都合で、本当に大したことないものなんですけど…」
袋の中に入っていたのはヘアピンだった。
ただのヘアピンではなく、黒猫の飾りがついたかわいらしいデザインのものだ。
「わー、猫さんだ!かわいーい!本当にありがとう!」
唯は感謝と喜びを全身で表現するかのように両手を大きく広げると、梓に抱きついた。
「にゃっ!もう…ふふ、どういたしまして」
「早速つけてみよっと」
唯は梓の身体を放すと、今までつけていたいつもの黄色いヘアピンを外し、
代わりに梓がくれた黒猫のヘアピンをつけた。
「へへー。似合うかな?」
「はい、とても」
「だよねー!あずにゃんが私のために選んでくれたんだもんね!
似合わないはずがないよね!」
「そこまで言われるとちょっと照れちゃいます…」
そう言って少し頬を赤らめる梓の様子を見ながら、唯は「本題」を聞くために切り出した。
「ところであずにゃん…私をここへ呼んだ理由は、この黒猫さんをくれるためだけじゃないよね?」
「…!」
梓の動きが止まった。少し俯いたまま何も言わずにいる梓の様子を、
唯も同じように黙ったままうかがっていた。
やがて梓が静かに口を開いた。
「さっきのは…本当ですよ」
「え?」
「18年前の今日に唯先輩が生まれて、そのほぼ1年後に私が生まれて、
それから今までお互い無事に誕生日を迎え続けてきて、
今こうして一緒に居られる――それをよかったな、と思ったのは、本当です。
さっきは照れ隠しで色々言っちゃいましたけど、本当なんです」
梓は俯いていた顔を上げ、唯の目をしっかりと見て、言った。
「今、こうして唯先輩と過ごす日常が、私は好きです。
だから、生まれてきてくれて、誕生日を迎え続けてきてくれて、
そして、こうして私と出会ってくれて――ありがとうございます。
この感謝の気持ちが…今日私が唯先輩に渡したかった、2つめのものです。」
「あずにゃん、そんな…お礼を言うのはむしろ…」
しかし、唯がそう言いかけたところで、梓は再び俯いて、少し暗い声で話を続けた。
「でも…」
「?」
「少し寂しくもあるんです。また唯先輩がひとつ年上になってしまうことが。
――唯先輩、気付いてましたか?
私の誕生日から昨日までの2週間ちょっと、私と唯先輩は同じ17歳だったんですよ。
ほんの一瞬だけど
同い年、同じ17歳になれて。
冷静に考えればそんな事はあり得ないって、笑っちゃうような事ですけど、
唯先輩の時間に追いつけたような、そんな気がして、ちょっと嬉しかったんです。
でもその一瞬が過ぎれば、唯先輩はまたひとつ年上になってしまう。
年齢は決して追いつけはしないって、同じ時間にはならないって思い知らされる。
それは当たり前すぎることなのに、その当たり前が、私には寂しいんです」
「あずにゃん…」
「唯先輩は私より1年早く生まれたから、この日常は今年限りなんだって。
来年の春には、唯先輩は私を置いて卒業してしまうんだって。
それで、きっと大学へ行って、新しい世界を知って…もしかしたら彼氏ができて。
――もう手遅れになってしまうかもしれないから。
どんなに、もともと可能性がないことでも…それは…それで終わりは、嫌だから」
梓はそこで顔を上げた。
真剣な面持ちの唯と目が合った。
「…唯先輩、もうひとつだけ、渡したいものがあります。
けど…これはプレゼントなんかじゃありません。
渡す相手の気持ちなんてろくに考えてない、ただ自分が渡したいから渡すだけの、
ひどく自分勝手な…贈り物だなんてとても呼べない、ただのワガママです。
だから、受け取ってくれなくてもいいです…ただ、言わせてください」
そして一呼吸置いて、梓は言った。
「唯先輩…好きです」
言葉と同時に、梓の目に涙が溜まり、それはすぐに頬を濡らして流れ落ち始めた。
「私は…唯先輩のことが大好きです。愛しています。
…女の子同士なのにこんなのはおかしいですよね…ごめんなさい。
気持ち悪いですよね…っ。何度も、考え直したけど…。
でもっ…本当に…本当に好きで仕方なくてっ!」
次第に声に嗚咽が混じり、言葉を詰まらせる梓。
その告白を、唯は先ほどと同じ真剣な表情で受け止めていた。
「ゆいっ、せんぱいはっ、3年生だから、来年いなく…なっちゃうって…。
大学行って…新しい生活始めて、好きな人ができるかもって…。
そしたら…そしたらもうこの気持ちは届かないからっ…!
この、気持ちを…あきらめなきゃいけなくなって…!
そんなのやだって思ったからっ…!
だから…せんぱいがここにいてくれるうちに伝えなきゃ、って…っ」
嗚咽がひどくなりそうだったので、梓はそこで一息ついて、どうにか呼吸を整えた。
「…おかしいですよね…諦めるも何も…元からあり得ないのに…。
女の子が女の子に告白して上手くいくはずがないのに…。
ただ、相手を戸惑わせて、不快にさせるだけなのに…っ。
ごめん…なさい、唯先輩…。せっかくのお誕生日を台無しにしてしまって――」
次の瞬間、梓は唯に抱きしめられていた。
力強く、しかし優しく、全てを包み込んで、赦すかのような抱擁。
それは、梓が今まで経験したどんな抱擁よりも圧倒的な温もりをもたらした。
「あじゅにゃ…ぐす、あ…がとぉ!」
しかしその温もりの主の声は、湿っていた。
気がつけば、梓を抱くその身体も小刻みに震えている。
話しながら途中で俯いてしまっていた梓は唯の表情に気付かなかったが、
今の唯が泣いていることは明らかだった。
「唯…せんぱい?」
「あずにゃん…ありがとぉ…さいこぉ、のプレゼン、ト…ありがどぉぉ!」
「え…?唯先輩…それって…!?」
最高のプレゼント。
嗚咽が混じって聞き取りにくかったが、唯の声は確かにそう言った。
それはつまり――。
梓から身体をゆっくりと離した唯は、梓の目をしっかりと見据えて、
まだ涙が止まっていない状況で半ば無理やり笑顔を作ると、言った。
「ぐすっ…あずにゃん…。私も…私も大好きだよ!大大好き!
愛してる!!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったその顔はとても締まらないものだったが、
梓の目にはその無様な笑顔が、他のどんなものよりも輝いて見えた。
しかしそれも、すぐに自分の目からあふれ出たもので歪み、ぼやけて見えなくなった。
「ゆっ…ゆいせんぱぁい…!!よかった…よかっ…うああぁぁ…!!」
「あずにゃん…!!あずにゃぁん!!ふえぇぇぇん!!」
どちらからともなく抱きしめあった2人は、想いが通じた歓びと安堵感で、声を上げて泣いた。
泣きながらも、心には今までに感じたことのない、
幸せな温もりが満ちていくのを2人とも感じていた。
それからしばらくして、泣きやんだ2人は並んで、手を繋いで河原に座っていた。
晩秋の日は落ちるのが早く、辺りはいつの間にかだいぶ暗くなっている。
その中で、唯がおもむろに切り出した。
「あずにゃん…実は私ね、あずにゃんのお誕生日に言おうかと思ってたんだ。『好きだよ』って」
梓は唯の方を向いたが、唯は正面を向いたまま、遠い目で夜空を見上げるようにして続けた。
「でも言えなかった。女の子同士だから、
言ってしまったらあずにゃんにイヤな思いをさせちゃうかもしれないって。
傷つけちゃうかもしれないって。
そうなったら私はもうあずにゃんの傍にはいられないから、
だったら今までの関係をゆるゆると続けていけばいいやって」
「唯先輩…」
「でも、本当は一番怖かったのは、拒絶されて自分が傷つくことだったんだって、
さっきあずにゃんの告白を聞いて思ったんだ。
あずにゃんは自分が傷つくかもしれないのに、
勇気を出して私に想いを伝えてくれた。
だから、あずにゃんは強いな、って思ったよ。
そして、私は臆病だなって。
私の方が年上なのに、もう18歳なのに、全然成長できてないね」
そう言ってバツが悪そうに頭をかきながら笑う唯の言う事を、梓は否定した。
「…唯先輩、それは違いますよ。
どっちにしたって、私たちは傷つく可能性があったんです。
唯先輩のパターンだったら、私に彼氏ができたりしたら唯先輩は傷ついたでしょうし、
私のパターンだったらもちろん、唯先輩に断られたら傷つきます。
でも、違うのは、相手を傷つけるかどうかです。
私のやり方は…もし唯先輩が私のことを好きでなければ、
唯先輩まで傷つけているところでした」
「でも、結局私たち2人とも幸せになれたよ?」
首をかしげて言う唯に、梓は首を振って答える。
「それは、結果的に運が良かっただけです。
私は強くなんかない…傷を一人で抱えていける自信がなくて、
唯先輩まで巻き添えにしかけた、自分勝手で弱い人間です。
勇気なんかじゃなくて、半ばやけっぱちです。
…でも、唯先輩のパターンは…唯先輩だけが傷つきます。
唯先輩は臆病なんかじゃないです。
人を傷つけることを嫌い、代わりに自分が傷つくことを厭わない、
強くて優しい…優しすぎて、危なっかしい人です。
だから、好きで…大好きで、そばにいて欲しくて、そばにいてあげたくなるんです」
「そ、そこまで言われると照れちゃうよ…。
それに、私そこまで深く考えて行動してないよ?それこそたまたまだよ」
「無意識にそういう行動を取れるのも、唯先輩の優しさですよ」
「そういうものかな…。
でもやっぱり、今回はあずにゃんの方が正解だったんだよ。
だって、こうして幸せになれたのは、
あずにゃんの『自分勝手なプレゼント』のおかげなんだから!
終わり良ければすべて良し、だよ!」
「まあ結果的にはそうですけど…唯先輩って楽天家ですよね、ホント」
呆れたような口調で言う梓だったが、その表情は穏やかな笑みに満ちていた。
唯がそう言ってくれたことで、自分勝手なあの告白が本当に赦されたように思えた。
「キライになった?」
「まさか…大好きですよ。まあ、たまには過程も大事にしてほしいですけど」
「か、家庭を大事に!?あずにゃん、早くもプロポーズ!?」
「ちょ、違っ!『かてい』の字が違います!…そりゃいつかは…ですけど…」
「ん?何か言った?」
「なんでもないです!…それにしても、他の人たちにどう説明しましょうか…」
「まあまあ、焦ることないよ。
私たちの気持ちはもう通じてるんだからそれでひとまずは十分だよ。
それに、みんないい人たちだから大丈夫だよー」
「ホントに楽天的な人ですね…まあ、それもそうかも知れませんね」
「だよ!」
フンス、と鼻息を荒くして胸を張る唯の姿を見ていると、
不思議と本当にどうにかなりそうな気がしてくる梓だった。
いつだって無根拠に大丈夫と言って、だけど実際に大丈夫にしてしまうような、
そんなところも惹かれた一因だったのだろうか、と梓は思った。
「――ところで唯先輩」
「なに?」
「さっきは『もうひとつだけ』って言いましたけど…、
実は更にもうひとつ、渡したいプレゼントが見つかったんですけど…」
微かに街灯の明かりが届く程度の暗がりの中だったが、
唯の目には梓がもじもじと気恥ずかしげに身をよじらせている様子が分かり、
それを見て何かを感じ取ったらしい。
「奇遇だね、あずにゃん…。実は私も、もうひとつ、欲しいプレゼントがあるんだ…」
「それは、私があげようとしているものと同じでしょうか…」
「きっと、同じだよ…」
「では…唯先輩、お誕生日おめでとうございます…」
「ありがと…」
「大好きです…」
「私も、大好きだよ…」
暗がりの中、互いの目はしっかりと見つめ合っている。
その距離が、お互いの息がかかり合うくらいにまで近づいたところで、2人は目を閉じた。
晩秋の河原、すっかり日が落ちた宵闇の中でかろうじて判別できる2人のシルエット。
さっきまでは手だけが重なっていたそのシルエットが、もう一か所、ゆっくりと重なった。
END
- ちょこっと泣けた… -- (通りすがりの百合スキー) 2010-12-10 23:40:11
- 何これ。萌え死んじゃうじゃないか・・・ -- (名無しさん) 2010-12-11 23:33:29
なんか、どちらも相手を想やってる感じが 読んでいてスゴく伝わってきて うれしくて泣けてきた!?
とてもいいエピソードをありがとう!!
今日一番の幸せな気分になれたよ☆ -- (ムギムギ) 2010-12-12 23:45:31
- 素晴らしい -- (名無しさん) 2014-11-19 17:22:55
- 唯梓は至高だなぁ -- (風吹けば名無し) 2016-07-23 02:28:09
最終更新:2010年12月10日 20:07