唯『私…
あずにゃんのことが好き。ずっと、ずっと大好きだった…だから、私と…付き合ってください』
私が唯先輩の告白を断ってから、3週間が過ぎた。
唯先輩はその間、以前と変わらない様子で過ごしていたし、私に対しての態度が大きく変わるということもなかった。
なのに私は、あの時の唯先輩の言葉を忘れることができないでいた。
自分の行動が間違っていただなんて思わない。
女同士の恋愛が成り立つとは思えなかったし、OKしても上手くいくとは思えなかったからだ。
でもそういう理屈以前に、私には一つ、いくら考えても答えを出すことのできない疑問があった。
私は、唯先輩のことをどう思っているのだろう。
もちろん、嫌いではない。あの時言ったように、先輩として、仲間として、唯先輩のことは好きだ。それだけはハッキリと言える。
でも…本当にそれだけ?唯先輩は私にとって、それだけの存在にすぎないのだろうか…
堂々巡りの自問自答から逃れるように、私は無理矢理に部活に精を出し日々を過ごしていたのだった――
唯「あずにゃん、こんにちは♪」
梓「こんにちは。唯先輩」
今日もいつものように、私は部活にやってきた唯先輩と軽いあいさつを交わす。
以前と違って、私に抱きついてくることはない。
毎日のように感じていた唯先輩のぬくもりと柔らかさは、もう私の記憶からも薄れつつあった。
でもそれはある程度予想できていたことだ。いくら唯先輩でも、自分を振った人間に抱きつく気は起こらないだろう。
唯「あずにゃん、昨日教えてもらったとこ、だいぶ出来るようになったよー♪」
梓「そうですか、じゃあちょっと弾いてみてください」
唯「うん!」
でも、それ以外は何も変わらない。
軽音部の先輩と後輩で、同じギターを担当する仲間。私と唯先輩の関係はそれだけなのだ。
そこには特別な感情なんてないし、それ以上近づくことも、遠ざかることもない。
唯「あずにゃーん?」
梓「はっ…はい?」
唯「どうだった?今の」
梓「え…あ、ええ、すごくよかったですよ」
唯「ホント!?やったー♪」
…だから、このままでいよう。あの日のことなんて早く忘れて、楽しく部活をしよう。
それが私にとっても唯先輩にとっても、最善の道なんだから…
律「なぁ、おまえらケンカでもしてるのか?」
その日、皆でお茶を飲んでいると律先輩がこんなことを言い出した。
私は思わず唯先輩の方を見てしまい、あわてて目を逸らす。
梓「な…なんでですか?」
律「いや、なんか前みたいにくっつかなくなったからさ」
澪「確かに…最近唯も梓も妙に静かだよな」
紬「唯ちゃん、梓ちゃん、なにかあったの?」
予想以上にこの3人は鋭い。私としては感づかれてはいないと思っていたのだけど…
やっぱり小さな雰囲気の変化には敏感なのだろうか。
梓「な、なにもないですよ!ねぇ唯先輩?」
唯「……」
梓「…先輩?」
唯先輩は黙ってうつむいていた。その目は虚ろで、焦点が定まっていないようだった。
澪「唯?どうした?」
唯「ん?あぁ…ううん、何でも」
律「そんで、何かあったのか?お前と梓」
唯「別になんにもないよー?」
紬「でも、前はよく梓ちゃんに抱きついてたじゃない。どうして最近しないの?」
唯「あはは、それは前が変だったんだよー、ね、あずにゃん」
梓「えっ…?は、はい、そうですよね…」
突然話しかけられて戸惑うと同時に、私の胸に刺すような痛みが走った。
唯「あずにゃんだって前から鬱陶しいって言ってたし、先輩としてもいつまでもべたべたしてちゃいけないからね!」
律「そ、そうなのか?ならいいけどさ」
澪「ま、唯もようやく先輩としての自覚を持ったってことか」
紬「でもたまにはいいんじゃないかしら?」
唯「ムギちゃん、なんでわくわくした顔してるの?…さ、そんなことより皆早く練習しようよ!」
律「お、唯がやる気だな!よーし野郎ども、始めるぞー!」
澪「野郎はいないだろ!」
律「あだっ!」
梓「……」
…唯先輩は、私から距離を置こうとしてる…分かりきったことなのに、なんでこんなにショックなんだろう…
唯「あずにゃん、頑張ろうね!」
梓「は…はい…」
唯先輩は不自然な笑顔を私に向けた。それは、今にも泣き顔に変わってしまいそうな、そんな弱々しい笑顔だった。
それを見て、私の胸の痛みはさらに強くなっていく…
その日部活が終わった後、私は一人部室に残っていた。なんとなく、帰る気にならなかったのだ。
…唯先輩は、私に告白を断られてから距離を置いている。
それはつまり…私のことを忘れようとしてるのかな。私のことを、嫌いになったってことなのかな…
そんな風に考えていると、どうにもならない感情が沸き上がってくるのを感じた。
後悔と切なさと自己嫌悪が入り交じったような、そんな感情が沸き上がってきて、自然と目に涙が溢れる。
私はバカだ…自分の本当の気持ちに向き合わないで、適当な理由をつけて唯先輩の告白を断るだなんて…
梓「…唯先輩…」
ぼそっとつぶやいて机に突っ伏していると、扉が開く音がした。ハッとして顔を上げると…
唯「…あずにゃん?」
そこには、きょとんとした顔をした唯先輩が立っていた。ちょうど、3週間前の私のように。
梓「ゆ…ゆい…せ…」
唯「どしたの?」
梓「唯先輩っ…!!」
私は何も考えずに、唯先輩に駆け寄っていた。
自分のこの行動が何を意味するかだとか、唯先輩がどう思うかだとか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、唯先輩のぬくもりを感じたかった。ただ、唯先輩の優しさを感じたかったのだ。
唯「あ…あずにゃん?」
梓「……」
私は何も言わずに、唯先輩に抱きついていた。というより、しがみついていた。強く、強く。
でも、唯先輩の腕が私の体を包むことはない。それが、私が3週間前に選んだ選択の結果なんだろう。
唯「ねぇ、どうしたのあずにゃん?何も言わないんじゃ分かんないよ」
梓「……」
唯「…とりあえず、離して?ちゃんと話聞いてあげるから」
梓「…嫌です」
唯「あずにゃん…?」
唯先輩から感じ取れる、拒絶の意思。
それは当然の気持ちだろうし、私にはそれをとやかく言う権利なんてない。だって私は、唯先輩を振ったんだから。
でも、もう私は逃げない。自分勝手だって責められてもいいから、本当の気持ちを唯先輩に伝えよう。
唯「ねぇ、あずにゃ…」
梓
「唯先輩」
唯「な…なに?」
梓「今さらこんなことを言うのは、自分でも勝手だと思います。でも…私、ちゃんと言います。あの時の返事を」
唯「え…?」
梓「私、唯先輩のことが好きです」
唯「……!」
私の言葉に、唯先輩は表情を強張らせた。何を言っているのかわからない。そう言いたげな様子で、私を見つめていた。
梓「…あの時私は、自分の本当の気持ちに気付いてませんでした。
でも私、唯先輩から離れて、先輩のことをちゃんと見て、やっと気付けたんです。私は本当は…」
唯「…待ってよ、あずにゃん」
唯先輩は私の肩を掴むと、強い口調で言った。
唯「なに…言ってるの?あずにゃんあの時言ったでしょ?私のことはそういう目じゃ見られないって」
梓「ですから、あの時は…」
唯「私、ちゃんと諦めたんだよ?あずにゃんのこと。だから、気を使ってくれてるんなら大丈夫だから」
梓「そうじゃないんです!私は…」
唯「そうなんだよ!!」
唯先輩の叫び声に、私はびくっと体を震わせた。でも唯先輩の体は、私以上に強く震えていた。
梓「唯…先輩?」
唯「あずにゃんは、私のことなんて好きじゃないんだよ…だって、だってあずにゃんは澪ちゃんのこと…」
なんとなく、唯先輩の言いたいことはわかった。3週間前、私が告白を断った後唯先輩は『澪ちゃん帰っちゃうよ』と言った。
それは、私が澪先輩に対して特別な感情を抱いていると思ったから出た言葉なんだろう。
唯「あずにゃんは…グスッ…澪ちゃんのことが好きなんでしょ…?」
梓「…なんで、そう思うんですか?」
唯「だって…だってあずにゃんは…うぅ…うっ…グス…」
梓「…もう一度、言いますね。唯先輩」
私はもう一度唯先輩を抱き締めた。思い切り背中に手を回して、力一杯抱き締めた。
梓「私は、唯先輩のことが大好きです。ずっと、
ずっと一緒にいたいです」
唯「あ…ず…」
梓「これが私の返事です。本当の、私の気持ちです。だから今度は…唯先輩の返事を聞かせてください」
唯「……」
唯先輩は、しばらく沈黙していた。私の腕の中で、ずっと何かを考えるように。
私よりも背が高いはずなのに、その時の唯先輩はとても小さく見えた。
唯「…私」
梓「はい?」
唯「私…あずにゃんのこと、好きでいていいのかな」
梓「どうしてそんなこと聞くんですか?」
唯「だって私…あずにゃんに振られて、距離置こうとしてたんだよ?なのに…」
梓「いいんですよ。私が唯先輩のこと好きなんですから、それでいいじゃないですか」
唯「ホントに…?」
梓「ホントです。それで、返事は…?」
唯「……」
唯先輩は、何も言わない代わりに思い切り私に抱きついてきた。私はバランスを崩しながら、なんとか唯先輩を支える。
梓「せ、先輩…危ないですよ」
唯「えへへ…ごめん」
梓「…もう。泣いてるんだか笑ってるんだかわからないですよ」
頬を伝う涙をぬぐってあげると、唯先輩はうれしそうに微笑んだ。
それは、今までに見たことのない、天使のような笑顔だった。
唯「あずにゃん」
梓「はい?」
唯「ありがとう…私、あずにゃんのこと、大好きだよ」
梓「はい…私もです」
私たちは見つめ合ってから、そっと唇を重ねた。
――ありがとう、唯先輩。
- えがったのう(´;ω;`) -- (名無しさん) 2010-09-27 16:52:34
- 良作や -- (鯖猫) 2012-10-25 15:28:09
最終更新:2009年11月16日 03:39