梓「うぅ~ん……」

先輩達の卒業式の日の前夜。
私は机の上のルーズリーフとにらめっこしていた。

梓「はぁ~……ダメだぁ……」

大きくため息をつきながら机に突っ伏す。
一体何をしているのかというと、明日卒業してしまう先輩達に向けて感謝の手紙を書いているのだ。
伝えたい事はいっぱいあるはずなのにそれを言葉にしようとすると、これがなかなかどうして難しい。
私の頭の中をそのまま写せたら、こんな小さな紙すぐに埋め尽くしてしまえると思うんだけどな。
けれどもいざ書いてみようとすると上手く言葉が出て来ず、筆が思うように進まなかった。
自分の表現力や語彙の貧困さを恨めしく思いながらもそれでもなんとか律先輩、澪先輩、ムギ先輩の分は書き終えることができた。
あと残っているのは唯先輩の分だけ。
唯先輩への手紙を書くのには他の先輩と比べても一層苦心させられている。
なぜなら私が明日唯先輩に伝えたいのは感謝の気持ちだけではなかったから……。
そう、私は唯先輩が好きだ。
もちろん他の先輩達や親友の憂や純の事だって好きだけれども、その好きとは違う。
もっと根源的で本能的な部分で私は唯先輩に惹かれていたのだ。
それは私が初めて経験した恋愛感情というものだった。
初めは自分ですら気づく事がなかった私の胸の奥に灯ったその小さな炎は
いつしか私自身を焼き焦がしてしまうほどに大きくなっていた。
しかし、この気持ちをどう綴ればいいのか皆目分からない。


落ち着け私……。
難しく考えずにありのままの気持ちを書けばいいのよ。
……はぁ……だけどそれが難しいんだよね……。

『唯先輩ご卒業おめでとうございます。最後だから言わせてください、実は私唯先輩の事が好きでした。
 いつも素直になれない私でしたが本当は唯先輩の事をとても尊敬していたし抱きつかれるのもたまらなく嬉しかったんです。
 唯先輩、好きです!大好き!愛してる!もしよければお返事聞かせてください。
 今夜あの河原で待ってます』

う……うぅん、ダメだストレートすぎる……。こんなの私らしくなくて気持ち悪いよ。

………………

……私らしさ……か。

なんだろう……私らしさって……。


――――あずにゃんはあずにゃんだもん!

ふと唯先輩のあの言葉が想起された。
改めて思い返せば私は軽音部に入ってからどうも素直になれない事が多かった。
今にして思えばきっとそれは理想と現実と自分の気持ちがバラバラになって噛み合わない事に戸惑っていたからなんだと思う。
もちろん私自身の元々の性格も関係していたんだろうけど……。
いつもお茶ばかり飲んでユルイ空気の軽音部、こんなじゃダメだと思いながらそれに享楽してしまう矛盾、ジレンマ。
そんな入部以来胸につっかかっていた蟠りをあの人の何気ない一言が解消してくれたんだったな。
あの人はいつもそうだ。
元々、自分の領域に土足で入られる事は苦手な私だったがなぜかあの人だけはなぜか許せてしまうのだ。
本人には自覚がないんだろうけども、あの人のふとした言動は私の深くてデリケートなところをそっと優しく包み込む。
そして、その度に私はえも言えぬ安心感と幸福感を得て、また麻薬のようにあの人の温もりを求めてしまうのだ。


でも、だからってそう簡単に素直に甘えてなんてあげない!
それに唯先輩とは対等な関係でいたいし……。
やっぱり、もうちょっと回りくどい文章でいこう!

『前略 親愛なる唯先輩へ
貴女を一目見たときからお慕い申し上げておりました。
 新入生歓迎会の折、ステージの上で華麗にレスポールをかきならす姿のあまりの麗しさに私はすっかり心奪われてしまったのです。
 貴女が私を抱きしめられるその度に私の鼻腔をくすぐる芳しい香りは私を魅了してやみません。寝ても覚めても考えるのは貴女の事ばかり。
 最早この思いを胸の中に留め置く事もままなりません。
 誠におこがましい願いであるとは承知の上ですが、もし許してくださるのであれば私を生涯の伴侶として……』

梓「硬すぎるよ!!!!」


梓「はぁ~……」

深くため息をつき、また机に突っ伏す。
今日何度目かも分からない所作を行いながら、ぼんやりと手の中のふでペンを見つめる。
ふでペンか……。

梓「ふでペンFU~FU~……」

口をついて出てきた放課後ティータイムの曲、ふでペン~ボールペン~。
だけど私と唯先輩の間では特別な曲だ。
といっても私が一方的にそう思ってるだけなんだけれど……。
初めての合宿の夜、唯先輩と一緒に二人だけでこの曲を練習したんだ。
思えば私が本格的に唯先輩に惹かれ始めたのはあの時からだった。
それから私は唯先輩から目を離す事ができなくなっていた。
自分の本当の気持ちに気づくのはもう少し後のことだったけれど……

そう、それは唯先輩と一緒に出場した演芸大会の時。
唯先輩が演芸大会に出るといったあの時、自発的に自分の力だけで何かを成し遂げようとした唯先輩が
私の知らない唯先輩になってしまいそうでどこか遠くに行ってしまいそうで
置いて行かれてしまうと思った私は唯先輩と一緒に出場させてもらう事に決めたのだ。
その時だった、私が唯先輩への気持ちに気づいたのは
そしてその時演奏した曲がふでペンボールペン。
思えば私の気持ちの重要な転機にはいつもこの曲が関わっていた。
だから唯先輩との関係の決着もこのふでペンでつけたいと思った。

梓「震えるFU~FU~……」
そのまま、ボーとしながら曲を口ずさんでいるうちにだんだん睡魔が襲ってきた。


……………………

……………………

梓母「梓!早く起きなさい、今日は卒業式なんでしょ?」

梓「!?えっ!私いつの間に寝ちゃってたの!?わぁ!!もうこんな時間!何で起こしてくれなかったの!!」

梓母「どうしたのよ一体?まだそんなに慌てる時間じゃないでしょ?いいから早くご飯食べちゃいなさい」

梓「そんな時間ないよぉ!!もう着替えて学校行く!」

梓母「こら、朝ごはんは毎朝食べなきゃダメって言ってるでしょ」

梓「うぅ……」(唯先輩への手紙書かなきゃいけないのにぃ……)


教室

憂「梓ちゃん、おはよう!」

梓「おはよ……」

憂「どうしたの梓ちゃん?元気ないよ?」

純「まぁ、今日ばかりはメランコリーになるのも仕方ないとは思うけどね」

梓「うん、それもあるんだけど……」

憂「お姉ちゃんへのラブレター!?」

梓「ら、ラブレターって……ま、まぁ……そうともいえるかもしれないけど……」

純「へぇ……梓も遂に腹を決めたかぁ……」

梓「だけど、昨日うっかり寝落ちしちゃって書き終わってないんだよね……」

純「え?もう式が終わるまで時間ないよ?」

梓「そ、そうなの!だから早く仕上げないと……」

憂「梓ちゃん頑張って!私も応援してるからね!」

梓「ありがと、でも書くことが浮かばないんだよね……」

純「普通に好きですってんじゃダメなの?」

梓「それじゃダメなの!」

純「えー?」

梓「なんていうか……それじゃ私らしくないっていうか……」

純「はぁ……乙女心は複雑ですな……」

憂「そんなに難しく考えなくてもいいと思うんだけどなぁ……」

純「じゃあさ、梓。こんなのはどう?ひねくれた梓にぴったりな案があるんだけど」

梓「べ、別にひねくれてなんかないもん!でも、どんなの?」

純「ちょっと耳かして……」ヒソヒソ

梓「えー……」

憂「?」

梓「本当にそれでいいのかなー……」

純「ま、後は梓の好きにしなよ。私らはお邪魔にならないように退散するからさ」

憂「頑張ってね、梓ちゃん」

梓「あ、ちょっと二人とも……行っちゃった……」

数十分後

梓「で、出来た……」

梓「でもこれ、唯先輩気づいてくれるかなぁ……?」

梓「下手したら嫌われちゃうよ、これ……」

梓「ええい、ままよ!ここまできたらやってやるです!!」フンス!


――――――――――――――――――

夜 平沢宅

お姉ちゃんが高校生活最後の放課後ティータムを終え帰宅したあと、私はいつもの様に夕食の支度を始めていました。
すると、リビングの方からお姉ちゃんのご機嫌な鼻歌が聞こえてきました。
キッチンから覗いてみると丁度お姉ちゃんが封筒を持って小躍りしてるところが見えました。
もちろん私はその手紙の差出人と内容を知っているのですが、あえてとぼけて聞いてみます。

憂「お姉ちゃんどうしたの?鼻歌なんか歌ってやけにご機嫌だね。その手紙誰から?」

唯「えへへ~。これね、あずにゃんからなんだよ~。いじらしくて可愛いよね~。
  恥ずかしいから帰ってから読んで下さいなんて……あずにゃんったらシャイなんだから~」

そう言うお姉ちゃんは破顔一笑、とろけてしまうのではないかと思う程幸せそうな顔を浮かべていました。
そんなお姉ちゃんを見ていると私までぽかぽかしてきちゃいます。
そしてお姉ちゃんは子供がクリスマスプレゼントを開けるような感じでウキウキと封を開け手紙を読みはじめました
良かったね、梓ちゃん。梓ちゃんの気持ちはきっと届くよ。
と、私はすっかり安心していたのですが、手紙を読み進めるうちにだんだんとお姉ちゃんの表情が曇っていくの分かりました。
よくみると、目尻に涙まで溜まっています。

唯「うわあああああぁぁぁぁーーーーーーん!!!!」

憂「お、お姉ちゃん!?ど、どうしたの!?」

唯「ひ、ひっく……あ、あじゅに"ゃ"ん"に"……うぇっぐ……ぎばわ"べだぁ……」

嗚咽と鼻水で半分言葉になっていないお姉ちゃんの言葉を何とか咀嚼すると、どうやら梓ちゃんに嫌われてしまったとのことです。

憂「お、落ち着いてお姉ちゃん……。何かの間違いだよ。梓ちゃんがお姉ちゃんのこと嫌いになるはずないもん」

唯「で、でもぉ……こ、この手紙にぃ……ぐすっ……書いてあるもぉん……」

憂「…………お姉ちゃん、この手紙ちょっと読んでみてもいいかな」

お姉ちゃんは涙を拭いながらこくりとうなずきます。
そんな……お姉ちゃんをここまで悲しませるなんて一体どんな手紙……。


唯先輩へ

唯先輩を初めて見たとき正直かっこいいと思いました。だけど実際の唯
先輩を見たらとてもだらしなくてがっかりしました。二年間唯先輩から先
輩らしさなんて微塵も感じられませんでしたよ。
だいたい唯先輩はやる気が無さ過ぎるんですよね。しかも私にはあずにゃんとか変なあだな付けて
いつもいつも抱きついてくるし……
すこしはこっちの迷惑も考えてください。
きもちわるかったです。はっきり言うと。まぁ、唯先輩にはほとほと

愛想が尽きてきたところですし、ちょうどいい機会ですね。
しばらく唯先輩の顔を見ずにすむと思うと胸がすくような思いです。
ていうか、永遠に見なくてもいいくらいですけど。
るっくすがちょっといいからって調子に乗りすぎてませんか?

結構……いや、すごく我慢してたんですよ、私。でも
これからは我慢しませ

しょうじきに生きます、自分の気持ちに。もう唯先輩の面倒をみ
てあげる気もさらさらありません。いつまでたっても上達しない
下手糞で耳障りな唯先輩の演奏に付き合ってる暇なんてないんです。
さっさと大学でもどこでも行ってくれて構いません。はっきり
いうと所詮唯先輩なんて私にとっては空気みたいなものですから……

梓より


憂「…………」

唯「ふええぇぇん……あずにゃぁん……」

愕然としました。あんなにお姉ちゃん大好きだった梓ちゃんがこんな手紙を書くはずがありません。
きっと何か理由があるはずです。私は落ち着いてもう一度手紙を読み直しました。よく読んでみると、改行があまりにも不自然な事に気づきました。
書き込める余白が十分あるにも関わらず文の切りの悪いところで無理に改行しているのです。
不審に思った私は紙の全体像を眺めるように見てみました。
するとある事に気づきました。行の最初の文字だけを縦に読んでいくと……。唯、先、輩、だ、い、す…………。
梓ちゃん……いくらなんでもこれは……。
とにかく、さっきとは打って変わって三千世界のすべての不幸を一身に背負ったかのような状態のお姉ちゃんに真実を伝えなければなりません。

憂「おねえちゃん、この手紙ね……。縦に読んでごらん?」

唯「え?縦に?えっと……唯、先、輩、だ、い、す…………」

そこまで口に出して読むとお姉ちゃんは口をあんぐりとあけて呆然としながら私に向き直りました。私はそれに対してにっこりと微笑で返します。

唯「う、憂……こ、これって……」

憂「だから言ったでしょ?梓ちゃんはお姉ちゃんの事嫌ったりしないよ」

唯「うわぁぁぁ!!!あ、あずあずあずにゃーーーん!!!!!」

お姉ちゃんはすぐさま携帯を掴むと動揺と興奮でおぼつかない手で梓ちゃんに電話をかけました。

梓『も、もしもし……唯先輩?』

唯「あずにゃん!手紙!読んだよ!!」

梓『そ、そうですか、あの、それで……』

唯「酷いよ!!あんな紛らわしい書き方するなんて!憂が気づいてくれなかったら私……私……!!ぐすっ……」

梓『ごご、ごめんなさい!!あの、なんだか素直に告白するのが気恥ずかしくて……許してください!!』

唯「ぐすっ……ひっく……そう簡単に許してあげないもん……」

梓『そ、そんな……』

唯「どうしても許して欲しかったら、今すぐうちに来ていっぱいあずにゃん分補給させなさい」

梓『え……?そ、それって……』

唯「今夜は寝かせないないからね?子猫ちゃん」

梓『は……はい!!今すぐ行きます!!』

唯「待ってるからね!」

そういって、電話を切ったお姉ちゃんの顔にはとても晴れ晴れとした表情が浮かんでいました。 

唯「という訳で、憂。今夜はご飯三人分作ってくれる?」

憂「うん、もちろんだよ!」

うふふ……今夜は賑やかな夜になりそうです。


おしまい


  • せっかくの縦読みだけど現時点のレイアウトじゃ失敗しちゃってるね -- (名無しさん) 2011-12-16 14:50:12
  • 凄いな純の案 -- (あずにゃんラブ) 2013-01-08 02:29:45
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最終更新:2011年07月09日 00:12