―男の足が私の左足に向けて蹴り出される寸前、いきなりママが倒れ込んできたの―

「ウグッ」
「唯!?」

―男の足はママの下腹部に直撃したの。でも、普通だったら倒れ込むなんて事、しないと思わない?
 『……そうかも。私だったら足を出すとか……その男にぶつかるとかすると思うなぁ』
 そうよね。だからママも不思議に思ってリーダーの方を見たの。そしたら―

「あーらら、随分と痛そうだねぇ~」
「……あなたが転ばせたんですか?」
「ぁあ?何言ってんだ、俺は単に足の運動をしてただけだぞ。それにつまづいて勝手に転んだコイツが悪い」
「な、なによその言いぐさ!……ちょっと、離してよ!!」

―ママは倒れ込んだきり全く動かなかったの。だから直ぐに具合を見たかったんだけど……男達は私をしっかりと掴んで離してくれなかったわ―

「ったく、邪魔なんかすんじゃねーよ。……んじゃ、改めて……っとっとっと、んだぁ?」
「梓に……手を……だすな……」
「あぁ?そんなん知るかボケ、てか邪魔だから足から手ぇ離しやがれ」
「……蹴らないって……手を出さないって……約束するなら……離す」
「ケッ、何を言って……あ、そうか、よし。んじゃ、出だしはしねぇって約束するぜ」
「ほん……とに?」
「あぁ、だから手を離してくれ」
「あ、うん……」

―約束してくれたことに安心したママは、男の足から手を離したの。でもその瞬間―

「ガハッ!」
「唯!!な、何をするの!今約束したでしょぉ!?」
「あぁ、約束したさ。だからアンタに手出しはしないぜっ!」
「グフゥッ!!」
「唯!唯!!離して!!離してったら!!!!」
「『俺は』アンタに手出ししない、だがほかの奴らは約束してないからな!ハッハッハッハッハッハ!!!!」
「そんなっ!!唯!!!もう止めて!!!やめてよぉぉぉぉっっっっ!!!!!」

―ママは男に何度も何度も蹴られたの、私はそれを止めたかったんだけど、男達は『約束』を逆手にとって離してくれなかったの―

「ヒャッハー!カズさんやり過ぎじゃないんスかぁ?」
「何言ってんだ、まだまだ足りねぇよ」

―身動きの取れない私の目の前で、ママは何度も蹴られて……もうダメだって思ったその時に―

「テメェラァァッァァッッッッッ!!!!!何やってんだぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」
「ヤベッ!お前らずらかるぞっ!!」

―声の主はおじさんだったわ。男達は慌てて逃げようとしたんだけど―

「おっと!兄ちゃん達、どこへ行く気だい?」
「うっせぇ!どけよっ!!」
「そうはいかねぇ、折角の祭りで一体何をしていたかしっかりと聞かせて貰わんとな」
「んだとぉ?」
「取り敢えず、詰め所まで来て貰おうか」

―男達の逃げ道は、祭りの男衆と警察官達で完全に塞がれていたわ。自由になった私はママの傍に駆け寄って声をかけたんだけど―

「唯!唯!!しっかりして!!!」

―着物の裾が、暗がりでも判るくらい真っ赤に染まっていたの―

「ぅ……梓……無事……?」
「私は大丈夫!今救急車来るからねっ!!」
「そぅ……よかっ……た……」
「唯?ちょっと!!ゆいぃぃぃぃぃーーーーー!!!!!!」


「それから……少ししたら……グスッ……救急隊員が来て……」
「……梓ちゃん辛いだろ?後は俺が話すよ」
「おじさん……グズッ……お願い……します……」


―その後、救急車に唯ちゃんを乗せて、付き添いとして梓ちゃんと俺が病院まで一緒に行ったんだ―

「患者の容体は?」
「意識はありません、血圧は正常値よりやや低めです。下腹部を何度も蹴られたそうで、陰部からの出血も見られます」
「わかりました!付き添いの方はこちらでお待ちください」
「はい。さ、ここで待っていよう」
「あ、あの、ゆ、ゆいの、かぞく、れ、連絡」
「……連絡先はわかるかい?」
「えと、け、携帯、に、ばんごう、その」
「よし、じゃぁ携帯出してくれ」
「あ、は、はい、これ、この」
「まぁ落ち着け。んで、どれとどれだい?」
「この、ひらさわ、家、と、うい、です」
「そんじゃ、おじさんが連絡するからここで待ってな」
「え、でも、わたし、あの、ゆい、れんらく」
「……そんなんじゃ、伝えなきゃならん事も伝えられないぞ。安心しな、ちゃんと詳しく伝えてここに来てもらうから」
「……あ、ありが、とう、ござ、ございます」

―簡単な事情説明と病院の場所を知らせて梓ちゃんの所に戻ったら、救命の扉が開いて中から看護師が出てきていきなりこう言ったんだ―

「家族の方ですか?」
「いえ、俺は単なる付き添いでして……」
「あなたは?」
「あ、えと、その、ど、同居人、です」
「……では、こちらの同意書にサインをしていただけますか?」
「同意書?」
「はい、どうやら外傷性の子宮破裂をしている可能性が高いので、今から緊急手術を行います。その為の同意書です」
「緊急……?唯は、唯は助かるんですよねっ!!」
「大丈夫です、今からオペをすれば命に別状は無いと先生もおっしゃってましたよ。ですので、サインをお願いします」
「は……はい」

―梓ちゃんが震える手を何とか抑えて書いたサインを確認すると、看護士は『失礼します』とだけ言い残してドアの向こうに入っていったんだ―

「……大丈夫かい?」
「……どう……にか」
「……何か飲むか?」
「……今は……いりません」

―暫くしたら、唯ちゃんのご両親と妹さんも来てな
 『ママのじーじとばーばと憂おばちゃん?』
 あぁ、そうだよ。それからずっと、唯ちゃんの手術が終わるまで五人共に黙ってじっと待ってたんだ
 それから約五時間……ついに扉が開いたんだ―

「せ、先生!唯は、娘は無事ですかっ!?」
「えーと、お母さん……ですか?と言う事は、あちらがお父さんですね」
「はい。それで、娘の容態は……?」
「あぁ、手術は無事成功しました。ただ……娘さんの将来についてなんですが……」
「将来?」
「はい。……では御家族の方はこちらへ来ていただけますか?それ以外の方はここでお待ち下さい」
「あの、梓ちゃん……この子も構いませんか?」
「御家族がよろしければ」
「……構いません。唯と梓ちゃんは家族ですから」
「成る程……ならば、それほど深刻な事態では無いのかもしれませんね……」
「あの、それってお姉ちゃんの将来についてって事ですか?」
「そうです。……ではこちらの部屋にお入り下さい」

―医者に連れられて俺以外の全員が小部屋に入った
 ……そこでどんな事を聞かされたかは流石にしらねぇ。まぁ、聞く気もねぇしな
 『えぇ~?なんでぇ~?』
 だってよぉ、おじさんはあくまでも『付き添い』なんだし、それに……家族でも無いからなぁ
 『そっかぁ』
 そんでもって三十分位……かな?ようやくみんな出てきたんだが―

「ウゥッ……グズッ……唯……ヒグッ……」
「梓ちゃん……命に別状は無いんだから、それだけても良かったって思わなきゃ……」
「でも……でも……エグゥ……」
「……あの、お母さん。お嬢さんは大丈夫だったんですか?」
「あ、はい。ただ……ちょっと……グスッ……」
「……何かしらの後遺症が?」
「ヒック……お義母さん……私が……グスッ……説明……します……」
「……大丈夫?」
「はい。……おじさん、今日は唯と私を助けていただいて、ありがとうございました」
「いやいや、それほどの事でもないよ……」
「……唯は……」
「……」
「……唯は、今後、子供を産む事が、出来なくなりました」


「ちょっと待って……一応私は家族だけど……今までそんな事一言も聞いた事ないよ」
「え?そうなのかい?」
「うん……ねぇ、ママとお母さんは何で今まで話してくれなかったの?」
「話さなかったんじゃ無くて……話せる日が来るまで待ってたの。ママと相談して」
「そうなの?」
「そうなの。お母さんと相談して、絢音が中学卒業するまでには話そうねって……」
「じゃぁ……なんで今日なの?ママは今日で良かったの?」
「んー、今日で良かったと言うか……今日でも構わないって思ったの。絢音も色々な事を知って、覚えて、考えて、理解できるようになったからね」
「理解……?」
「そう、理解。……絢音が家に来て少しした頃、お母さんが言った事で癇癪を起こした時のこと……覚えてる?」

あぁ、そういやそんな事あったっけ……

「……覚えてるよ。お母さんは子宮が未成熟だから子供を産めないって言った時の事……だよね?」
「当たり。……その時絢音は『子供が産めないから、代わりに私を引き取ったんでしょ?』って言ったよね」
「うん……言った……」
「もし……あの時に今の話しを聞いて……私も子供を産めない身体だって事を知ったら……ね?」

そっか……
あの時は気付かなかったけど……今思えば随分と酷いこと言ったんだ……

「お母さん……ごめんなさい……」
「ううん、謝るのは私達のほう……もっとちゃんと絢音の事を考えていれば……あんな事言える筈がないもの」
「でも……」

そんな……私だって悪いのに……

「はいはいはいはい、悪い悪くないの話はこれでおしまいにしましょう」
「「「おばさん……」」」
「お互いがお互いに、それぞれ自分の悪かった部分を理解して、認めて、謝った。それで良いじゃないか……家族なんだろ?」

家族……

「そう……ですね。唯と絢音と私、三人で『家族』ですよね」
「そうさ。例え血が繋がってなくても『家族』だろ?」
「……あ、そうか。おばさんの言うとおりなのか……」
「ママ、何が言うとおりなの?」
「絢音にはわからない?」
「うん。だって……血が繋がってないんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃぁ……何で?」
「うーんと……絢音が考える、一般的な『家族』って……どんな感じ?」

どんな感じ?
そんな事聞かれても……うーんと……

「両親と子供がいて、いろんな事を話したり……一緒に遊んだりして楽しくしている……って感じかなぁ?」
「そっか。……じゃぁさ、子供と両親って、血は繋がってる?」
「そりゃそうだよ、当たり前じゃん」
「ま、そうだよね。子供が産まれるには父親と母親が必要だもんね」
「うん」
「じゃぁ……その父親と母親って……血は繋がってる?」

……あ……

「……繋がってないよね」
「……うん」
「でも……『家族』だよ」
「……うん!」
「ねぇ、絢音……絢音とお母さんと私は……血が繋がってないから……『家族』ではない?」
「ううん、違うよ。ちゃんと、『家族』、だよっ!」

……あれ?なんでママもお母さんも泣いてるの?

「わ、私……変な事言っちゃった?」
「ううん……グズッ……違うの……ママも、私も、嬉しいの……」
「嬉しい?……なんで?」
「それはね……絢音に……グスッ……『家族』って……言ってもらえたからだよ……ありがとう、こんな私達を『家族』として認めてくれて」
「……ママ、お母さん、それは私の方だよ」

そういえば、二人には一度も言った事が無かったな……

「こんな私を、『家族』の一員にしてくれて……ありがとう。これからも……色々迷惑かけると思うけど、よろしくねっ♪」


 ☆


「いや~、今日は最後に色々とあったね~」

あの後、私達の話を聞いていたおじさんとおばさんがもの凄く盛り上がっちゃって、気がつけば午後十一時を過ぎていた

「そうだね。でも……とても嬉しかったよ……なんか、改めて『家族』になれた気がしてさ」

夏とは言え、やっぱり夜は少し冷えるなぁ~

「絢音は……どう?私とママの話しから変な方向に進んじゃったけど……嫌じゃ無かった?」
「別に嫌じゃ無かったよ~。それに、最初話してた事が最後は全然別の話になるなんて、我が家じゃ普通でしょ?」
「……それもそうだね……特にママが……ね♪」
「ね~♪」
「うぅ……再び重荷を背負わされている者に対してのこの仕打ち……ヨヨヨ……」

……ま、家に帰ったらマッサージでもしてあげようかなぁ~

「ふぁ~ぁ……」
「絢音、眠い?もう少しで家に着くからね」
「お母さん……もう子供じゃ無いんだから大丈夫だよぉ~。……って……お?おぉぉぉっっっ?」
「ど、どうしたの!?」
「お母さん……ママも……空……」

一つ……また一つ……幾つも……幾つも……

「流れ星……あぁ、そうだったわね」
「お母さん、何か知ってるの?」
「えぇ。今日はペルセウス座流星群の極大日よ」
「極大……?」
「一番たくさん見えるって事だよ。それにしても……流星群かぁ~、懐かしいなぁ」
「ん?ママは前に見た事あるの?」
「私とお母さんの二人でね……その時はしし座流星群だったけど」
「あの時は寒かったよね~」
「でも、見られて良かったよね」
「うん。……今でも不思議な感じがするけどね」
「不思議……?ママ、そうなの?」
「うーん……そうかもしれないね~」

ふーん……

「その話し、聞きたいな……どんな風に不思議だったのか」
「よっし、じゃぁ私が荷物の事を忘れるために話してあげよう!」
「ママ……その理論はちょっと違うと思う……」
「え、そう?」
「うん。お母さんもそう思うよね」
「そうね、完全に同意するわ」
「二人とも……しどい……」
「……ププッ」
「……フフッ」
「クスッ……もぉ、二人とも笑わないでよぉ~」
「ハハハッ……ごめんごめん、何だかおかしくなっちゃってさぁ」
「クフフッ……わ、私も……ごめんね、ママ」

空を見上げると、さっきよりも多く流れる星達

「もぉ……そんなに笑うんじゃ、話すの止めようかな~」
「あ、失礼しました、ママ隊長お願いします!」
「……ウププ」

星に願いをじゃないけど……私も願い事、してみようかな……

「ちょ、ちょっとママ!何でそこで笑うのぉ?」
「ゴメンゴメン……何だか急に可笑しくなっちゃって……」
「もぉ……聞きたいんだから、ちゃんと話してよね~」
「はいよ~♪」

私は、話しに耳を傾けながらその一つに願いをかける

「あれは……私とお母さんがまだ高校生だったときのこと……」

これからもずっと……私達『家族』が幸せでいられますように……




おしまい!!


  • 唯先輩、かわいそう -- (あずにゃんラブ) 2012-12-29 12:17:56
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最終更新:2012年01月01日 13:21