下駄箱の中に思いを込めたラブレターを忍ばせる。
誰もが一度ぐらい憧れたり、実行したりしたことがあると思う。
私だって少しは憧れたことはあったけど、中学校の下駄箱は中が丸見えなのでさすがに誰も実行してはいなかった。

春になって、私は高校生になった。
この桜が丘高校の下駄箱はラブレターを入れるにはぴったりな形だった。
でも女子高でラブレターなんて一部の人しか貰わないし、私にはありえないと思っていた。
そう思っていた……。

「……」
朝。
月曜日という憂鬱を噛みしめながら下駄箱を開けると、そこには丁寧に入れられたピンク色の封筒があった。
「……えっ?」
私は靴を脱いで下駄箱に入れようとした恰好のまま固まっていた。
ま、まさか……。
私は恐る恐るその封筒を抜き取った。
ハートのシールで封をしてあり、差出人の名前は無かった。
「ん? 梓ちゃん、どうしたの?」
固まっている私を不思議に思った憂が覗きこみ、手の中にあるピンクの封筒を見つけると息を呑んだ。
「そ、それって……!」
「なになに?」
純もその様子につられて覗きこんでみると、おぉ……と口を押さえて驚いた。
私は何かの間違いかと思って封筒をひっくり返してみた。
───中野梓さまへ
明らかに私宛だった。
「おぉ、妬けますなぁ……」
にやにやしながら純が私の肩をつついた。
「梓ちゃんかわいいもんねぇ」
憂もにこにこしながら言った。
でも、一体誰がこんなものを……?
「ねぇ、開けてみようよ!」
「こ、ここでラブレターを開けるの!?」
純が早く開けろと明らかに期待した目で訴えてきた。
「何もラブレターって決まったわけじゃないじゃん」
そ、そうか……。下駄箱に入っていたからってこれがラブレターとは限らないよね?
でも、こんな封筒ならラブレターだよねぇ……。
「それとも後から根掘り葉掘り聞かれるほうがいい?」
「そ、それはやめて欲しいな……」
私は純に後押しされてハートのシールを丁寧にはがし、中から手紙を取り出した。


あなたのことが好きです。
ずっと前に見たライブの姿が忘れられません。
さぞ驚いたことと思いますが、これが私の気持ちです。
大好きなんです。毎日あなたのこと考えると切ないんです。
今、あなたに伝えないと絶対後悔すると思って書きました。
すぐに答えを出すことはできないと思います。
金曜日の放課後に体育館裏で会いましょう。そこで答えを聞かせてください。


ピンク色の便箋には、このように書かれていた。
───ラブレターだった。
生まれて初めて貰った、ラブレターだ。
便箋は丁寧にも白紙がもう1枚入っており、手紙を書きなれている人みたいだ。
「おぉ……!」
純はまた驚いて、憂は頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
どうしよう……! 顔が熱いよぉ!
心臓もバクバクいっているし、さっきまであった憂鬱な気分なんてあっという間に吹き飛んでしまった。
告白された。告白されちゃったよ。
「あ……、あ……」
私は顔の筋肉が変な動き方をするのを感じた。
こう、力が入らないというか……。緩んでいくというか……。
どうしよう。今、確実に変な顔になってるよぉ……!
キーン、コーン、カーン、コー……ン。
「あっ、予礼が鳴っちゃった!」
「急がないと!」
私はその音で我に返り、慌ててカバンのポケットにピンクの封筒を突っ込むと教室まで走った。


「で、ここを4xでくくって……」
あれからどうもカバンに突っ込んでしまったラブレターが気になって仕方がない。
一体誰が私にラブレターなんてくれたんだろう。
何かの間違いなのかもしれないけど、宛名は私だったし……。
「中野、ちゃんと聞いているか?」
もしかして誰かのいたずら? 金曜日まで私が悩んでいる所を楽しむつもりなのかも……。
でも、それだったら金曜日まで待つ必要ないしな……。
本当なら今日でもいいのに。
まぁ、私としては時間があった方が助かるんだけど……。
「中野?」
「へっ?」
名前を呼ばれて頭をあげると、心配そうな顔をした先生が横に立っていた。
「具合でも悪いのか?」
「い、いえ、何でもありません……」
「そうか、ならいいんだが」
そう言うと、先生は教壇に戻って授業を再開した。
具合が悪く見えるのかな、私……。
そんな顔していたのか……。
だめだだめだ! 気になってしょうがない!
ともかくこれは金曜日まで時間があるわけだし、あとでゆっくり考えよう。


授業も終わり、放課後になると純が不安げな顔でやってきた。
「梓、大丈夫?」
「うん、アレが気になっていただけだから」
「そっか……。で、返事はどうするの?」
「う……ん」
軽く唸ると、純が恐る恐る聞いてきた。
「梓って、そういうの大丈夫な人?」
「そういうのって?」
「その……、女の子同士の恋愛ってヤツ」
「ま、まだ女の子だって決まったわけじゃ……」
「でも、下駄箱に入れるなんて多分うちの生徒だよ?」
「……」
確かにこんな朝早くに私の下駄箱の中にラブレターなんて入れられるのはうちの生徒ぐらいだ。
ということは……。相手は女の子だよね……。
私は……。
「……正直女の子でも、ちゃんと考えて答えを出したいと思ってる」
「そっか……」
純はほっとしたような顔で笑った。
「な、何よ……、純」
「いや、こういうことってやっぱりデリケートな問題だからさ……」
私は純の真剣な顔を見て、失礼だけど目を丸くしてしまった。
「……意外。純ってこういうこと面白がると思ってたのに」
「君は私をいつもどんな目で見ているのかね。えぇ?」
ぐりぐりと私の頭を小突きながら、純が憎まれ口を叩いた。
「ちょ、痛いって」
「このこの~」
「やああぁ~」
一通りぐりぐりされた後、純は私を放してまた真剣な顔になった。
「まぁ、これは梓の問題だからね。何とも言えないけどしっかり考えな」
「……うん」


とりあえず今日は家に帰ってからラブレターのことは考えよう。
私はいつものように部室のドアを開けた。
「お疲れ様です」
中には先輩たちが全員座っていて、お茶を飲んでいた。
「おう、来たか」
私はカバンを置いて席に着いた。けど、なんだか違和感を感じる……。
なんかいつもと違うというか、空気が重いというか……。
ちらっと全員の顔を見渡すと、独りだけいつもと違っていた。
「……唯先輩、何だか顔色悪いですよ?」
「へっ? そ、そう?」
慌ててティーカップを口に寄せて元気な素振りを見せるけど、何だか変だ。
「ちょっと勉強しすぎて寝不足なだけだよ」
そう言う唯先輩だけどやっぱり調子が悪そうだった。
私に抱きついてこないし、なんだかもやもやするなぁ……。
そのおかげで少しだけラブレターのドキドキを忘れられて、いつも通りに振る舞えた。
けど、また別の期待が高まって心臓がドキドキしていることに気づいた。
もしかして、あのラブレターは……。


それから滞りなく部活は進み、あっという間に解散になった。
「じゃあ、また明日な」
「はい、失礼します」
3人と別れて、私は唯先輩と2人きりになった。
「唯先輩、体の具合はどうですか?」
「……」
「唯先輩?」
「な、なに?」
さっきから声をかけてみるけど、唯先輩はずっと上の空でこんな調子だ。
「もう、調子が悪いならしっかり休んでくださいよ。心配しちゃうじゃないですか」
「えっ……。ご、ごめん……」
夕日のせいなのか、それとも具合が悪いせいなのか唯先輩は顔が赤くなっていた。
いつもの元気もないし……。
「今日は早めに寝てくださいね」
「うん。ありがとう、あずにゃん
そんな会話をしていると、唯先輩と別れるところまで来た。
「それじゃあ、失礼します」
「ま、待って……」
家へ向けて歩こうとしたら、唯先輩に呼び止められた。
「何ですか?」
「えっと……、その……」
指をもじもじとさせて言うべきかどうか悩んでいるようだ。
何だろう。今朝のラブレターの件もあるからちょっと緊張してきた。
「あのね……、ぎゅってしていい?」
意外にも唯先輩が抱きついていいかと聞いてきた。
いつもなら構わず抱きついてくるのに……。
「……いいですよ」
私は何だか引っかかるものがあったけど、快く承諾した。
「じゃあ……」
ゆっくりと近づいてきて、唯先輩の腕が私のことを抱きしめた。
……やっぱり、唯先輩の腕の中は暖かいな。
数十秒の抱きつきの後、唯先輩は名残惜しそうに私を放した。
「あずにゃん……、ありがとう」
そう言う唯先輩の顔は、なぜかとても悲しそうに見えた……。
「それじゃあ、また明日ね」
「はい、失礼します」
私はやっぱり引っかかるものを感じつつも、その日は唯先輩と別れた。

それから学校では普通にふるまい、家に帰ってはラブレターについて考えるという日々が続いた。

「はぁ……」
この4日間、穴があくほどこの封筒と便箋を見つめてきた。
この便箋のことを考えると、ドキドキして落ち着かなかった。
誰が出してくれたのかわからないこのラブレター。
けど、明日になればわかる。このドキドキも終わる。
いや、始まるのかもしれないけど……。
私はまたピンク色の便箋に目を通して、ラブレターを読み返してみた。
「うっはぁ……」
だめだ。顔が熱くなる。
好きです。
たったこれだけで幸せになる。
けど、それはとても不確かな言葉で、わからない差出人からのメッセージなのだ。
「……」
本当は……、誰か知っているのかもしれない。
何となく予感みたいなものが私の中にあった。
いや、自分の願望が重ねられているんだ……。
あの人だったらいいな……。
あの人からの手紙であって欲しい……。
あの人でなくちゃ嫌だ……。
「……」
でも、もしこのラブレターの差出人が知らない誰かだったら私はちゃんと返事ができるのかな。
……しなくちゃいけないよね。
相手の人にも失礼だし、私も自分の気持ちに気付いたもの。
「……明日か」
私は丁寧に便箋を封筒の中にしまうと、眠りについた。


「う……ん」
遂に来た金曜日。
いつもより早く起きてしまった。
私は大事にピンクの封筒をカバンにしまうと、軽く気合を入れて家を出た。
学校に近づくたびに少しずつ覚悟が固まっていくようで、足が自然に早まった。
昨日までは逃げ出したくなったりしたけど、5日間の時間が私に勇気をくれたようだ。
「……」
あれから下駄箱を開けるときに、ちょっと身構えてしまう自分がちょっとおかしかった。


「うぅ……」
今朝はあんなに勇ましく出てきたのに、いざ放課後に近づくと一気に緊張が高まってきた。
「梓、がんば!」
純は短くエールを送ると、そのままジャズ研に行った。
「梓ちゃん、私応援しているよ」
「ありがとう、憂」
手を握って、憂はやさしく笑って応援してくれた。
「……よし!」
私は意を決して体育館裏に行った。




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最終更新:2011年09月09日 00:05