「はぁ、やっと出られたわ……」
ビルの屋上にDMC-12を乗りつけると、和は計器のチェックを始めた。
「現時刻確認、西暦表示。2095年12月25日、水曜日。クリスマスね。時間は午後9時04分46秒」
DMC-12から降りると、和は外の寒さに身を震わせた。
「クリスマスのイルミネーションがきれいね……」
白い息を見つめながら呟くと、腕の通信機が震えた。
『TP-33、応答せよ。TP-33』
「はい、こちらTP-33」
『状況を報告してちょうだい』
「時空標準時20分前からは安定しています。しかし、目標と同じ時間には飛べませんでした」
『それはまずいわね。どれくらい誤差がでたの?』
「正確な日付がわかりませんが、おそらく1ヶ月以上はずれていると思われます」
『その間に時間操作を行なった形跡はないようだけど、とにかく早急に目標の確保をお願いね』
「了解しました」
恵との通信を終えて、和はDMC-12の姿を光学迷彩で隠すと送られてきた唯についてのデータに目を通した。
「それにしても、アンドロイドが時空犯罪とはねぇ……」
送られてきたデータを眺めながら、和はひとりごちた。
データによると、目標は中野梓さんという人の所有していたアンドロイドで登録名は唯という。
唯は梓さんと大変仲が良かったようで、近所の人にも評判だった。
「それが、どうして時空犯罪に……」
データを最後まで見てみたが、手掛かりになりそうなものはあまりなかった。
「まずは目標を探さなくちゃ」
通信機の横のスイッチを押すと、DMC-12に搭載されていた小さなドロイドが起動した。
「光学迷彩ON。目標を探索して」
ドロイドたちは姿を風景になじませると、飛び立っていった。
「さて、私も行きましょうか」
和は制服の襟元のスイッチを押して、その時代に合った服装に変化させて町に降りて行った。









「はぁ……、そろそろ休憩しようかな」
勉強で固まってしまった体をほぐし、目を休めて梓は大きく伸びをした。
もうすぐ今年も終わり、梓の受験が始まる。
「……」
未だに唯は梓の家に居候しており、未来を変えるという目的は触れることも少なくなった。
「……いつ帰っちゃうんだろう」
未来を変えるために何か行動を起こしたら帰るはずである。
「でも、タイムマシンの調子が悪いって言っていた……」
引き出しを開けると、やはりそこにはタイムマシンが浮いていた。
「……あれ?」
しかし、しばらく見つめているとタイムマシンの周りの空間が歪みはじめた。
「な、何がどうなっているの……?」
空間の歪みは瞬く間に広がって、ついには引き出しは元に戻ってしまった。
「タ、タイムトンネルが無くなった……!」
急いで唯に知らせようと探してみたが、どこにも見当たらなかった。
「あ……」
ふと見ると、机の上に小さな置き手紙があった。

”夕飯の買い出しに行ってきます。すぐ戻るからね”

「唯先輩ったら、あまり出歩かないでって言ったのに……」
唯が出て行ってしまった。
そのことが、非常に胸騒ぎを起こさせた。
タイムマシンが消えてしまった。これはもしかしたら未来が変わった結果なのだろうか。
梓は居ても立ってもいられず唯を探しに飛び出していった。





町はすっかり年末ムードに染まっており、唯はその中を足早に歩いていた。
懐中時計によると、もうすぐのはずだ。
梓も家に残してきて、すべての準備は整っている。
後は万が一の為に見張っていればいいだけ。
「……」
しかし、そんな唯の肩を叩く者がいた。
「唯さんね?」
名前を呼ばれて、一体誰だろうと思っていると目の前に手帳を擬せられた。
「タイムパトロールよ」
「あっ……!」
周りを見ると、ドロイド達が唯の周りを固めていた。
「タイムマシンも押さえてあるわ。おとなしくついてきてくれる?」
「……」
唯は観念して、深く項垂れると和の前に歩み寄った。
「目標を確保」
和もとりあえず目標を確保して一安心した。
「じゃあ、手錠を……」
「唯先輩!」
その時、唯の耳にあの声が聞こえた。
あずにゃん!?」
取り押さえられている唯を見つけて、梓は驚いた。
そして、何かに突き動かされるように唯に駆け寄ってきた。
「あずにゃん! 来ちゃだめ!」
唯が止めるのも聞かずに、梓は走った。
「唯先輩!」
バキンッ……!

2095年12月27日、金曜日。午後5時34分36秒。

その時、運命は繋がってしまった。

「はっ! 危ない!」
「えっ……?」
頭上から重い金属音が響き、たくさんの鉄骨が梓に向かって落ちてきた。
───死ぬ。
梓は上を見上げた時、そう確信した。
悲鳴を上げることもできずに、梓は固まってしまった。
「うおおおああああぁ!」
「に、逃げた!」
取り押さえようとするドロイド達を振りほどいて、唯は梓に駆け寄った。
絶対に守る。守って見せる。
このために来たのに。梓を守るために……!
体中のモーターをフル回転させて、唯は走った。
だが、運命の歯車の速度は増すばかりだった……。
「だめえええええぇ!」
激しい物音と共に、すべてが闇に落ちていった。









私が目覚めた時、まだ見ぬ主人の為に尽くせとプログラムが教えてくれた。
それに対してまったく疑問に思わなかったし、それが当然だと思った。
でも、私には欠陥があったらしい。
買われた相手にどうも馴れ馴れしすぎると言われた。
あっという間に売り払われて、私は色んなところをたらいまわしにされた。
そして、あの日。
私を買ってくれたのは誠実そうな夫婦だった。
始めてつけられた値段から100分の1以下まで下がっていて、何の特徴も無い私を買ってくれた。
そして、私は仕事を言いつけられた。
この家の1人娘の世話をすることだった。
プログラムは最近アップデートされていたので、家事程度ならそつなくこなせた。
「こんにちは」
「……」
初めて梓ちゃんと会った時は、ずっと暗い表情で軽い挨拶すら交わしてくれなかった。
そして、不自然に揺れる右の袖が気になった。
両親からお世話を頼まれたからには、全力でしなくてはいけない。
私はプログラムに則って仕事を始めた。
しかし、それはすぐに行き詰った。
コミュニケーションもままならず、部屋に引きこもりがちで食事もろくに摂らなかったんだ。
梓ちゃんの健康を考えてあれやこれや言うと、私に向かって感情を爆発させた。
「……何よ! あんたなんかに何がわかるの!?」
「うぐっ……」
「出て行ってよ……! 出て行ってよ!」
より深く接しようとする度に、梓ちゃんは私のことを拒絶した。
ときには物を投げつけられ、つくった料理もひっくり返され、酷い言葉も投げつけられた。
けど、私は何も知らなかったんだ。
なぜ、義手も届くというのにこんなにも酷く荒れているのか。
なぜ、時々不自然に左手を動かしたりするのか。
ある日、私は部屋の掃除に入ってそれを知ったんだ。
部屋の片隅に、少し埃をかぶって赤く鈍い光沢を放つものがあった。
……梓ちゃんはギタリストだったんだ。
右手が無ければギターは弾けない。
今ではある程度不自由なく生活できる高性能な義手がある。
でも、脳からの電気信号を変換するためのタイムロスによってギターを弾く様な繊細かつ素早い指先の運動はできない。
義手が届くまで普通の生活は送れない。しかし、義手が届いたとしても真の梓ちゃんは戻ってこないのだ。
私は悩んだ。
こんなことプログラムに無い。
でも、私には梓ちゃんの世話をするという使命がある。
私は様々なデータを閲覧し、梓ちゃんと打ち解けようとした。
だが、そのたびに私は梓ちゃんの心の傷を見ることになった。
「何でそんなにわたしにつっかかるんですか! 何にも知らないくせに!」
「知っているよ! 梓ちゃんがギターをしていたことも、右手が無くなってギターが弾けなくなったことも!」
「だから、どうだって言うんですか! 放っておいてください!」
私は本当に何も知らなかった。
人間というのはプログラムどおりの行動で打ち解けるほど単純ではないし、考えていることだって違う。
「私は、アンドロイドだから人間みたいに一緒に泣いたりできない。これぐらいしかできない……」
けど、私には梓ちゃんを助けられる力がある。
何となくそう思った。
「は、放してください……!」
「梓ちゃんの苦しみは、私には絶対わからない。けど、理解はできる。とても寂しいってこと……。辛いってこと……」
「なんですか……! アンドロイドのくせに……!」
「うん……、わかっている」
「アンドロイドのくせにぃ……! ぐすっ……! ううっ……!」
「よしよし……」
「ううぅ……! うああああぁ! うあああああああぁ!」
手術代、義手代、それに私の代金のローン返済のために両親とも仕事に出てしまって、慰め合う相手もいないまま独りで未来への絶望と戦っていたんだ。
家事とか身の回りの世話ぐらいしかできないけど、せめて泣ける場所ぐらいは作ってあげたいと思った。
その時、私は始めて人に求められることが嬉しく感じた……。
それから私は梓ちゃんと話すようになった。
今までのこと。これからのこと。ギターのこと。
この時から、梓ちゃんは私にギターを教えてくれるようになった。
アンドロイドである私には、人間と同様に指先を動かすことができたからギターを弾くことは簡単だった。
梓ちゃんに少しずつ笑顔が戻りはじめていた。
ちょっとでも笑ってくれることが嬉しくて、私はメイド服を着てみたりネコ耳をつけてみたりした。
梓ちゃんにもつけてみると、これがとても似合っていた。
私はそれから梓ちゃんのことをあずにゃんと呼ぶようになっていた。
あだ名で呼べるようになって、私はあずにゃんとの距離が縮まった気がした。
私もギターが上手になり、いっぱい同じ時間を過ごした。
義手が到着してからは、私はあずにゃんにギターを弾かせてあげようとした。
でも、ピックを操る右手がうまく動かず音はめちゃくちゃだった。
「あずにゃん……」
「もう、無理みたい」
「そ、そんなことないよ。もうちょっと練習しよう?」
「いいんです、もう」
あずにゃんは笑っていたけど、私にはどうしてもそれが寂しそうに見えた。
だから、私はあずにゃんの分までギターを弾こうと思った。
それから、時が経つにつれて私とあずにゃんの関係も変わった。
もっと、親密に、深くなっていた……。
もともとそういう風に作られていたから、そうなるのも仕方が無かったのかもしれない。
でも、そこには何か違うものがあった。
愛、というものがあったと思う。
私にはもったいないぐらいの……。
それから、ずっと愛しい日々が続くと思っていた。
でも、あずにゃんは人間で、いつか別れの時が来る。
……88歳だった。
私は、こんなにも悲しいのに涙を流せないのが苦しかった。
でも、あずにゃんは笑って私のことを抱きしめてくれた。
結局、私はあずにゃんにちゃんとギターを弾かせてあげられなかった。
もう失うものなんて何もない。
型落ちのアンドロイドができることと言ったら、これぐらいしかないから。
大好きなあずにゃんが、大好きだったものを取り戻せるように。
たとえ、自分の存在が危うくなっても……。





「う……」
私が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
辺りを見回すとどこも真っ白で、あの独特の匂いでここが病院だとわかった。
体中がだるく、痛みがあったけど一応無事なようだ。
横には涙で顔をぐちゃぐちゃにした両親がついていて、私が目覚めたことに泣いて喜んでくれた。
一体何があったのか聞いて見ると、工事現場の鉄骨がクレーンから落ちたそうだ。
私はその下敷きになってしまったのだ。
幸い大したケガではなく、検査を済ませてすぐに退院できた。

しかし、何かがおかしい。

あの時、鉄骨が落ちてくる以外に何かあった気がする。
それがどうしても思い出せなかった。
それに、何故私はあの時あの場所にいたんだろう。
ぼんやりと頭に靄がかかったようで、どうもすっきりしない。
机にノートを広げて勉強を始めて見ても、気になって仕方がない。
「……」
梓は不意に引き出しを開けた。
「……」
中にはシャープペンシルや消しゴムなどの筆記用具とノートしか入っていなかった。
「何だろう……。何か気になる……」
私は手当たり次第に机を調べた。
何か大事なことがあったはず。この机になにか……。
「あっ……」
よく見ると、隅の方に白いものがあった。
取り出してみると、小さな紙だった。
中にはこんなことが書いてあった。

”夕飯の買い出しに行ってきます。すぐ戻るからね”

それが誰に書かれたものだったか、私は全く思い出せなかった。
「……っ」
しかし、何か心の中で引っかかっていた。
「何で……! 私、泣いているんだろう……!」
手紙を抱きしめて、私は溢れる涙を抑えられなかった。







メインカメラの電源が入り、外部情報の収集を始めると機体損傷が著しく激しいのがわかった。
自分の力で立ち上がることもできずに、唯は肩を貸してもらっていることに気がついた。
和は唯を座席に座らせると、ほっと溜息をついた。
「こうなるってわかっていたのに……。何でこんなことをしたの?」
梓が助かるということは、唯と出会うことは無くなりその時間は消える。
つまり、唯の存在は無くなってしまう。
「……あずにゃんには、笑っていてほしいから」
唯は歪んでいく自分の体から力が抜けていくのを感じながら、梓の顔を思い出していた。
「ケガさえなければ、あずにゃんはもう一度ギターを弾けるんだ……」
「でも、それで梓さんが喜ぶとでも思っているの?」
「私はアンドロイドだから替えはいくらでもいる。でも、あずにゃんの手はたったひとつしかない」
自分にギターを教えてくれた梓。義手を見つめて悲しげな瞳をしていた梓。
この時代で自分のことを受け入れてくれた梓。自分のことを気にかけてくれた梓……。
自分のことを愛してくれた梓……。
「だからね、これでいいんだ……」
「あなた……」
握りしめていた唯の手が少しずつ軽くなって、言葉も出にくくなり始めた。
「タイムパ…ロールにも迷惑を…けました……。すみ…せんでし…」
「……」
「あ、この…とは……、あず……ゃんには……」
「……言わないわ」
「……ありが……」
力を失った感謝の言葉を残して、唯は満足げな笑顔のまま背景と同化した。
「……」
ふんわりと無くなっていく唯の存在感に何とも言えない気持ちになって、和は座席に崩れ落ちた。
目の前でひとつのものが時間を失い、その存在すら失ったことに実感が無かった。
和はタイムパトロールに入ってから、始めてタイムパラドックスによる消滅を見たのだった。

───。

『……TP-33、応答せよ。TP-33?』
それから数秒か、それとも数分か、もうどれくらい経ったのかわからない頃になって、和は通信機が鳴っていることに気付いた。
「……こちらTP-33」
『あぁ、よかった。さっきからずっと連絡しているのに出ないからまた時空の歪みがあったかと思ったわ』
「……すみません」
『さきほど時間の流れに異常が見られたわ。目標の確保はどうなったのかしら?』
「……対象の時間操作を止められず、タイムパラドックスによって消滅しました」
それを聞いて、恵も暗い顔をした。
『……そう。止められなかったのね』
「はい……。申し訳ございません」
恵は少しため息をついて、気持ちを切り替えると和を見据えた。
『またその時間に飛んで阻止すれば問題ないと思うけど、時空の歪みが激しいからちょっと難しいかもしれないわね』
「はい。これ以上の時間の操作は危険かと思われます」
『とりあえず時空の歪みの観測もしてちょうだい。それから時間の操作をどうするか連絡します』
「了解しました」
『報告書もよろしくね』
「……わかりました」
和は通信気を切ると、座席にもたれて唯がいたところを見つめてやりきれない気持ちになった。
「……アンドロイドが、命をかけてまで欲しかったもの……、か」





「───」
2100年 11月11日。
誕生日だというのに、梓は寒い道端でギターを掻きならして歌っていた。
「───」
しかし、道行く人は足を止めずただ流れの中にいるだけだった。
「……」
一通り歌い終わり、梓はため息をついて夜空を見上げた。
今日のご飯はどうしようか。明日のご飯はどうしようか。
そればっかり考えて腕に収まっているムスタングを抱きしめた。
あのケガから梓はミュージシャンを目指して路上ライブを続けていた。
一番現実的な考えを持っていると思っていたのに、今ではこんな路上でギターの弾き語りなんてやっているのだ。
何故か判らないが、ギターを弾くことを極めなくてはいけない気がした。
やめてはいけない気がした。
「はぁ……」
しかし、その結果はご覧のとおりである。明日の生活すら危うくなっているのである。
「……」
項垂れる梓の目の前に、軽い金属音がした。
驚いて覗いて見ると、500円硬貨が輝いていた。
「あの……、良い曲ですね」
見上げてみると、茶色の髪の毛をした女の子が控えめに拍手を送ってくれていた。
「あ、ありがとうございます」
笑顔がとても印象的で、とても惹かれた。
「あの、もう1回歌ってもらってもいい?」
「いいですよ」
久しぶりの客に嬉しくなって、梓はその人の為に歌い始めた。




「それで? これはどういうことなのかしら?」
和の報告書を見て、恵が少し眉を下げた。
「私にもわかりません。あのふたりを繋ぐものは無くなったはずなのですが……」
和もこの原因を探ってみたが、時間操作によるものではなかった。
「……運命と言うものは、そう簡単に変わらないってことなのかしらね」
「……そうですね」




報告書

中野梓と唯について。

2095年12月27日、金曜日。午後5時34分36秒において時間操作が行われた。
中野梓の右手は消失せず、唯はその結果消滅した。

その後の経緯を以下に示す。

2096年 梓、N女子大に入学。
2100年 梓、N女子大卒業。ミュージシャンを目指し活動開始。
同年 11月11日。アンドロイドの唯と出会う。
その後、2人はゆいあずというユニットを組みミュージシャンとして活動開始。
ミリオンセラーを記録するまでになる。
公私ともにパートナーとなり人間とアンドロイドのカップルとして有名になる。


以上。





END


  • 久しぶりに来た -- (名無しさん) 2011-12-09 22:12:30
  • ハッピーエンドでよかった -- (名無しさん) 2012-11-14 20:43:47
  • これ・・・happyENDなのか? 結果的にタイムパラドックスで消えてるじゃん・・・ -- (唯ちゃんラブ) 2017-11-17 11:34:35
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最終更新:2011年12月03日 22:28