二月中旬はまだ寒さが厳しい時期。
 今朝も霜が降りてたくらい冷え込んだけど、私達学生は学校へ行かなくてはならないのだ。
 なるべく厚着をしているものの、寒いからやや猫背気味になってしまう。
 ただでさえ猫っぽいと言われているのに…これじゃホントに猫だよ…

 そんな寒さに耐えながら学校への道を一人歩いていくと、突然後ろから衝撃を受けた。

唯「あ~ずにゃんっ!!」

梓「うわあっ! って! えっ? ゆ、唯先輩?」

 そこに居たのは唯先輩だった。
 もっともこんな風に抱きついてくるのは唯先輩くらいしか私は知らないんだけど。

 それにしても珍しい。
 基本的に私と唯先輩は登校時間が違うから、朝はほとんど会う事はないのだ。
 でも朝から唯先輩に会えるなんて、今日はついてるかも。

唯「おっはよ~あずにゃん!今日も寒いねぇ~」

梓「おはようございます 唯先輩! 今日は早いですね、日直か何かですか?」

唯「あ~…うん、そんなところかな?」

 なんとなく唯先輩がおどおどしてるし、顔が赤い気がする。

唯「あ、あずにゃん、ほいっ!」

 すると唯先輩は鞄の中から可愛らしくラッピングされた小箱を取り出し、
 私の前に差し出してきた。

梓「え? なんですか?」

唯「ハッピーバレンタインだよ、あずにゃん!」

 私の手にその可愛い小箱を乗せながら先輩は笑顔でそう言った。

梓「えっ! わ、私に…ですか?」

唯「うん!」

梓「あ、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」

唯「よかった~♪」

梓「あ、でも私…準備してなくって…その…」

唯「あ、いいよいいよ、私が勝手にやったことだから気にしないで!」

梓「す、すいません…」

唯「あっ 私急ぐんだった! じゃあまた後でね~」

梓「あ…」

 そういって唯先輩は小走りで駆けて行ってしまった。
 一緒に登校出来ると思ったんだけど、急いでいるみたいだから仕方ないか…

 手の上の先輩からのバレンタインチョコを見つめ、今日が2/14だと改めて知った。

 そう今日は2/14 世間ではヴァレンタインデーだ。
 でも私はバレンタインの準備を何もしていなかったりする。
 一応、お世話になっている先輩方や親友に配るくらいは…と考えたんだけど、
 渡す時の事を考えるとどうにも気恥かしくて、悩んでいるうちに当日を迎えてしまったのだ。
 我ながら情けない…

 私だってチョコを渡したい相手はいる。
 その人とは多分私の友人関係の中で一番仲良くって、
 一緒にいるととても温かくて心地よくて…
 いつも抱きしめられて、口では嫌がっているけど、本当は嬉しくって…
 誰よりも優しく、誰よりも私を可愛がってくれる…そんな先輩…
 唯先輩の事が、私は大好きだった。

 ホントの事を言うと今日だってチョコを渡したい。
 愛情をたくさん込めた手作りチョコを渡して、唯先輩との距離をもっともっと近づけたい。
 でもなまじ仲がいい分、改まってチョコを渡すとなると照れくさいってもんじゃない。
 それに私達はそんな事をしなくても、ずっと一緒に居られる…
 漠然とだけどそんな気がしているのも、チョコを渡せない理由になっている。
 だけど、ハッキリしない関係でいいのかな…と悩んでいるのも事実だ。

 じゃあせめて先輩方全員にって事で”友チョコ”を渡すとか?
 ううん…それはそれで納得できない。
 まったく…ほんとめんどくさい性格だよね、私って…

 でも、唯先輩は私にチョコを渡してくれた。
 心が躍るくらいに嬉しいことには間違いない。だけど…

梓「…でもこれ… みんなに配る ”友チョコ” …なんだよね…」

 分かってる。
 これが私だけの特別なチョコじゃない事くらい。
 唯先輩はみんなに分け隔てないから、これもいわば ”友チョコ” の類なんだろう。
 …そう思うと少しだけ寂しく思ってしまう。
 最低だな、私… 大好きな唯先輩から貰えたチョコにケチをつけるなんて…
 だいたい自分では、その ”友チョコ” すら準備していないというのに…


 嬉しさと少しの寂しさを抱えながら学校に到着する。
 さすがはバレンタインデー当日。女子高といえどもやっぱり女の子のお祭りだ。
 チョコの甘い香りがあたりに立ちこめており、少々胸焼けしそう。

 友達同士で交換するのはもちろん、憧れの先輩に渡したり、中には本気で本命チョコを渡す子だっている。
 女の子同士…別に私はそんなこと気にはしない。
 だって、私も同じなんだ……だけど、私とその子には決定的な違いがあった。
 私には渡す…前に進もうとする”勇気”が足りなかったのだ…


 教室では憂から手の込んだチョコを貰った。
 純の場合、後輩が先輩方にチョコを配るのがジャズ研の恒例儀式となっているらしく、
 大量にまとめ買いしたチョコの余りを私と憂にくれた。

 さすがに私だけ何もないのは心苦しかったので

梓「こんどパフェでも奢るからね」

 二人に約束をする事で今回は許してもらう事となった。

 そんなこんなで、一日中、周りからはチョコの話しが尽きないまま放課後を迎えた。

純「じゃあ私、ジャズ研行くね~」

 純はこれから先輩方へのチョコ祭りで大変そうだ。

憂「じゃあまた明日ね、純ちゃん、梓ちゃん」

 憂は部活に入っていないのでそのまま帰路に就く。

 私は部室への道を急いだ。
 廊下を抜け階段をあがり、部室となっている音楽準備室にたどり着く。
 深呼吸を一つしてから、いささか立てつけの悪くなった扉を押しあける。

梓「こんにちわ~」

唯「あ、あずにゃんだ~! まってたんだよぉ~!!」

梓「ひゃっ! 唯先輩っ!///」

 私を目にした唯先輩が、満面の笑顔で駆けて来る。
 そしてそのままの勢いで私に抱きついた。
 嬉しい…でも、恥ずかしいし、そして喜んでいる姿を他の先輩方に見られるのは癪だ。
 だからお決まりの文句を言おうとしたのだが、今朝の出来事を思い出し、
 せめてものお礼になればと思い、今回はおとなしく抱きつかれることにする。

梓「もう…す、少し…だけですから…ね?///」

 うわぁ…恥ずかしいよぉ~ 私多分、顔真っ赤だよ…
 そんな私の気持ちを知らずに、唯先輩はさらに笑顔を増す。

唯「あ、あ、あっずにゃ~ん! かわいい!かわいいっ!かわいいよぉ~!!」

 さらにギューッと抱きしめられた上に頬ずりまでしてくださったからには、もうたまらない。
 オーバーヒートという言葉がピッタリのごとく、私はのぼせてしまいそうだった。

澪「おーい、唯、その辺にしといてやれ 梓、ぐったりしちゃってるぞ~」

唯「はっ! あ、あずにゃん、ごめんね!」

梓「い、いえ、大丈夫です///」


 それからはいつものティータイムが始まった。
 ううん、今日はいつもとは違った。
 ムギ先輩の持ってきた本日のお菓子は何と、ベルギー王室御用達と言われる超の付く高級チョコだし、
 澪先輩は、ファンクラブの子から貰ったチョコを大量に抱えていたからだ。

 澪先輩のチョコを頂く事はさすがに遠慮し、ムギ先輩の用意して下さった高級チョコを
 恐る恐る頂いた。
 …うん、おいしいすぎです。

唯「ムギちゃん、すっごいおいしいよ、これ!」

律「さすが至高の一品!ゆっくり味わって食べないともったいないぞ!」

澪「そういいながら一気に食うなよ、律!」

 いくらすごいチョコだからといっても容赦しないのが我が軽音部。高級チョコがどんどんなくなっていく。
 かく言う私も負けじと食べてたのはいうまでもない。
 すると、美味しいチョコを食べて満足していた唯先輩が身を乗り出して言った。

唯「こんな美味しいチョコの後だとなんか出しにくいけど~」

 (…そうだよね、やぱり皆さんにも用意してあるんだよね…)

 私には唯先輩がこれからするであろう事がわかった。
 今朝私にくれたバレンタインチョコと同じものをこれからみんなに配るんだろう。
 あれはやっぱり”友チョコ”だったんだと思い知らされると、やはり少しだけ滅入った。
 でもなんとか嫌な気分を払拭し、唯先輩を見やる。

唯「実は私も…バレンタインのチョコを持ってきたのです!」

 フンス!を息を荒げる唯先輩。

律「ほ、本当か、唯!?」

 唯先輩は長椅子に鞄と一緒に置いてあった紙袋を掴んで戻ってくると、
 机の上にドサッとぶちまけた。

紬「ゆ、唯ちゃん! これは!?」

唯「うん、チロルチョコだよ! いろんな味をたくさん買ってみました!」

 あ、あれ…?
 そう、机の上にぶちまけられたのは、コンビニにも売っている四角いチョコレート。
 見間違えるはずもなくチロルチョコ…確かに大量のチロルチョコだった。

紬「こ…これがチロルチョコなのね!」

律「って、唯、どんだけ買って来てんだよ!」

澪「あ、私、この味好きなんだよな! もらっていい?」

唯「おー、澪ちゃん、お目が高い! それ美味しいよね~」

澪「だよな!だよな!」

唯「みんなで適当に持って行っていいからね!」

 みなさんは色とりどりのチロルに目を輝かせながら、好きなチョコを選んでいく。
 私は一人、事態を飲み込めていないまま、呆然としていた。

 (唯先輩の友チョコって、チロルなの? じゃあ今朝のは一体… 
  あれ? 一体何がどうなってんの?) 

唯「あ、あずにゃんも遠慮しないで取ってっていいよ~」

 そう声をかけられ、質問をぶつけようと唯先輩を見る。

梓「あ、ゆ、唯せんぱ…」

 私が質問をし始めると同時に、唇に人差し指を当てて ”し~” のポーズをとった。

 (今は言わないで…って事なんですね?)

 唯先輩の意図が伝わり頷くと、唯先輩は舌をぺろッとだし、おどけて見せた。
 その姿があまりにも可愛らしく、ドキドキしたのは言うまでも無い。

 大量のチロルを何だかんだで皆さんで分け合い、持ち帰ることになった。
 今日はこんな調子だったため練習なんて出来るはずもなく、
 ひたすら飲み食いした挙句解散となった。
 また私も今日は無理だと最初から諦めていたからいいんだけどね…

 そうして部活は終わり、帰路に着く。

 三人の先輩とわかれ、最後は唯先輩と二人きりで並んで歩く。
 もう聞いてもいいかな…

梓「あの、唯先輩…ちょっとお聞きしたいんですけど…」

唯「あ、うん、今朝のチョコのこと…だよね?」

梓「はい…私、あのチョコはてっきり”友チョコ”だと思っていたんです
  でも部室で出したチロルが”友チョコ”ですよね?」

唯「うん、そうだよ」

梓「…じゃあ、今朝のは…あの、やっぱり…///」

 うわ…顔が熱い。胸がドキドキしてきた。

唯「うん、そうゆう意味のチョコだよ、あずにゃん」

梓「そうゆう意味…」

唯「私の本気の…手作りの”本命チョコ”だよ!」

梓「ほ、ほんとに…わ、私に…ですか?」

唯「うん…私、あずにゃんの事が好きだよ? ホントの本気で、あずにゃんが大好き!」

梓「っ!」

 信じられなかった。
 まさか唯先輩から”本命チョコ”をもらえるなんて…

梓「ううっ…ゆい、せんぱい…ぐすっ…」

唯「あ、あずにゃん どうしたの? 急になきだして…」

梓「す、すいません、私……ううっ…」

唯「ご、ごめんねあずにゃん…困らせちゃったかな…」

梓「ちが…ぐすっ…ちがうんです…うれしくって…うれしっ…」

唯「あずにゃん…」

梓「ゆっ…せんぱっ…うれしっ…よぉ~…ふえぇぇぇぇ~っ…」

 感極まって泣き出した私は、唯先輩に思い切り抱きついた。
 そんな私を優しく撫でながら唯先輩はゆっくりと語りかけてくれた。

唯「ほんとのこと言うとね…
  チョコを渡して告白なんて事、最初はする積もりなかったんだ…
  私とあずにゃんって、そんな告白とかしなくっても、ずっと一緒に居るような気がしてたから…
  …でもね…」

梓「…」

唯「でも…このままあやふやな関係をずっと続けて行って本当にいいのかな?って思ったの
  ハッキリしない関係だといつかお互いの気持ちも離れて言ってしまう気がしてすごく心配になったの…
  だから私、絶対気持ちを伝えようって、そう思ったんだ」

 ただただ驚くしかなかった。
 私が漠然と思っていたことを、唯先輩も同じように思っていてくれたことに…
 だけど、同じように悩んだ結果はまったく逆。躊躇した私と、行動を起こした先輩。
 いつも手を引いてくれるのは唯先輩のほうだったってことだ。

梓「わ、わたしも…私も同じ気持ちでした…」

唯「え…?」

梓「私も、何もしないでもずっと唯先輩と居られるって思ってたんです…
  でも本当にこのままでいいの…って思ってもいたんです
  でも…一緒に居られる今の心地よさに気持ちをごまかしてしまって…」 


梓「でも唯先輩はそんな私にお手本を見せてくれました」

 唯先輩は私たちが一緒に居られる為の方法を…
 絶えず一歩先を進む先輩として、後輩の私にしっかりと道しるべを示してくれた。

梓「唯先輩! 今度は私の番ですね!」

 私は唯先輩の手をつかむと、いきなり駆け出した。

唯「ちょ、あずにゃん! どうしたの?いきなり走り出して!?」

梓「いいから、ついてきてください!」

 そうやって唯先輩を連れてきたのは、帰りによく寄るコンビニだった。

唯「…へ? ここ?」

梓「はい、ここです! すいません、ちょっとだけ待っていてもらえますか?」

 唯先輩を外に待たせ、私はコンビニに入りお目当てのものを見つける。
 それを数個手に取り、レジで会計を済ませ、唯先輩の下へと戻ってきた。

梓「お待たせしました」

唯「あずにゃん、何買ったの?」

梓「ふふっ、それはもうちょっと後で教えますよ」

 クスッと微笑み、今度は公園へ立ち寄った。
 ベンチに唯先輩と並んで腰掛ける。

梓「唯先輩…えと…お、お返事をしたいと思います///」

唯「あ…うん、聞かせてほしい…かな///」

 私も唯先輩も顔が真っ赤だ。
 ここで ”私も好きです” というのはまだ簡単だ。
 でもそれじゃダメ。
 そうじゃないんだって、気づいたんだ。
 だって今日はバレンタインデー。
 好きな人へは本命の”チョコ”を渡さないといけないよね?

 先ほどコンビニで買ったのはチロルチョコ。
 その一つの包装紙を剥きながら唯先輩へ話かける。

梓「えと、唯せんぱい…これ、チロルチョコです さっき買ったんです」

唯「あ、うん、そうだね、チロルだね…でもなんで?」

梓「知ってましたか先輩、このチロル、新しい味なんですよ?」

唯「え?そなの? でも、それ、普通のじゃ…」

梓「ちがいますよ…そ、その… ”あずさ味” なんです!///」

 そう言い私はチロルチョコを自分の口に咥え、そのまま唯先輩の唇へ押し付ける。

唯「んぐっ! んー…///」

梓「むぐ…んっんっ///」

唯「あむ…んっ…っぷはっ…///」

梓「はぁ…はぁ… おいしかったですか?唯先輩?」

唯「…うん…食べたことの無い味だったよ…クセになりそうな刺激の強い味だった」

梓「…ハッピーバレンタイン…私も…私も唯先輩の事が…大好きです!」

 私からも勇気を持って一歩先へ踏み出すことが出来た。
 もう大丈夫。
 二人ともが同じ想いを胸に抱いて、そのための努力を惜しまなければ、
 私達はずっとずっと一緒に居る事が出来る。

 そうですよね?唯先輩♪

唯「クスッ…もっと ”あずさ味” 食べたいな…」

梓「ふふっ まだまだありますからね…唯せんぱい…」

 ちゅっ♪ 



FIN.


  • 私も食べたい!
新発売!チロルチョコのあずさ味! -- (あずにゃんラブ) 2013-01-07 15:40:09
  • 甘いね -- (名無しさん) 2014-04-23 20:45:39
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最終更新:2012年02月19日 16:04