たとえば寒い中、温かいものを飲んだり。

それがココアとか、コンポタとかならなおさら。

コーヒーなら、砂糖をたくさんいれたやつ。


たとえば暑いとき、風鈴みたいに。

音だけなのに、涼しくなっちゃう。

冷たいものなんていらないんだ。



つまり、そういう存在が私には眩しすぎた。




【 MUSIC GIRL 】




寒い。今日はとにかく寒い。

冬はやっぱり寒いのです。

部活が終わって、学校帰り。
ギターを背負った私とあなた。

澪先輩や律先輩、ムギ先輩とは別れたあとのこと。

私とあなたの二人きり。

別に嬉しいわけじゃない。
だからって嫌なわけじゃない。


一緒にいると困っちゃうから。
となりにいて、ほんわかほんわかな…唯先輩が私を困らせるから。


「ねぇねぇ、あずにゃん!コンビニ行こうよ~」

「いいですよ。お供します」


日は傾きつつあって、それでも人通りはあって。






私はギターが大好きだ。

恋人、とまでは言わないけれど。

ギターさえあればそれでいい。

そう思った日も多々あった。


音楽が全て、とまでは言わないけれど。

没頭した。

形のない、手に取れない、目に見えない。
なのに心に響いちゃう。
感動させたり喜ばせたり。


そんな音楽が大好きなんだ。



「あー、新しいのが出てる!」


コンビニに入るやいなや、本のコーナーに行って。
ファッション雑誌を手に取る先輩。


「これいいなぁ…欲しいなぁ~」


雑誌を広げてしばらくして、ピンク色の可愛いTシャツに目が止まった唯先輩。


「唯先輩が好きそうですね」

「うん…わかる?」

「はい」


可愛いものが好きな人。

あなたに言わせれば、私は可愛いみたい。

…少しだけ、嬉しい。少しだけです。


しばしの間、雑誌を二人で見ていた。
買えばいいのに。





そんなときに。



ぐぅー。



となりにいて、耳に入った音。


「お腹すいちゃった」

「唯先輩ったら…」


女の子なんですから、ちょっとは恥ずかしがってもいいのに。

いや、恥ずかしがるのは澪先輩で足りているのか。

…どうでもいいとこでバランスがとれてる軽音部。


「ねぇ、なんか食べ物買ってきていい?」

「いいですよ。私はここで続き見てます」

「おっけー♪」


ふわふわと歩き出す唯先輩。

擬音は絶対、ふわふわが一番似合ってる。

私はさっきの雑誌の続きをよむことにした。
すると暫くして、唯先輩が本が並んだ雑誌売り場に戻ってきた。


「えへへ、肉まん買っちゃった~」


…いい匂い。美味しそう。



◇◇◇◇◇

コンビニから出て、歩き食いする唯先輩。ちょっとだけお行儀わるい。


「はむ……美味し~♪」


本当に美味しそうに食べますね。
グルメレポーターに向いてますよ。

唯先輩ったら…にこにこしちゃって。

はぁ、まったく。

またあなたはそうやって私を困らせるんですね。

無邪気に振る舞えば振る舞うほど。
表情がころころと変わるたびに。

私は困惑してしまう。

あなたはふわふわしてるから。



「あずにゃんも食べる?」


あぁ…。

さらに、困らせる唯先輩。


「い、いいです」


そんな優しさ、やめてください。


「そんなこと言わないで~。ほら、あーん」

「あ…あーん」


…意志弱いな私。
いや、唯先輩に…弱いのか。


「美味しいでしょ?」

「はい…もぐもぐ」


美味しい。ふわふわな肉まん。

あったか、あったか。




唯先輩は不思議な人だ。

形があるのに、触れることができるのに、目に見えているのに。

どうしてあなたはそんなにも、私の心に響くんだろう。


だから、私はさらに困ってしまう。

ずっとずっと、見ていたい。

もっともっと、知ってみたい。


…本当に困る。


肉まんを食べ終えた先輩。
ちょこっともらったお裾分け。


「寒いね~、あずにゃん」

「ですね。早く帰ってあたたまりたいです」

「帰るまでつらいよね。あ、そうだ!」



唯先輩はそう言うと。

あろうことか。

…私の手を握りだした。



「な!な!?」

「こうすれば帰るまであったかだよ」



いや。

いや…いや。

やめて、私を困らせないで。

だめ、だめです。

あってはならない。





「や、やめてください!」


「え…?」



唯先輩は、私がとっさに言った言葉に…呆然として。


「ご、ごめんねあずにゃん」


すぐに手を離して。

それだけ言って顔を余所に向けて。


……絶対に傷つけた。


今までだって多々あった困惑。

困惑したら、誤魔化せばいいと思ってた。

でも今回、私は……その誤魔化しで唯先輩を傷つけてしまった。


謝らなくちゃ…。



「…唯先輩、さっきのは間違いです」

「…無理しなくていいよ。私なんか…ばっちいよね」


な……!!


「なにアホなこと言ってるんですか!」

「あ…あずにゃん…?」

「唯先輩ほど綺麗な人なんか、存在しません!!」



一気に言ってから気づく。

なに変なこと言ってんだ、私。





「あずにゃん…」

「…はい」

「じゃあ…じゃああずにゃん、手…繋いでいい?」


…やっぱりそうなるのですね。


唯先輩の目を見れば、何が言いたいのかわかった気がした。

唯先輩は不安なんだ。
私が突きつけた発言が、本当に間違いかどうか。

……ごめんなさい唯先輩。
私が勝手に困惑しただけです、だから。

そんな目をしないで。


「どうぞ」



◇◇◇◇◇



手を繋いで帰ると、それはあったかあったかだったから。


形があるのに。
触れることができるのに。
目に見えているのに。

どうしてあなたはそんなにも、ふわふわなんですか。


音楽みたいなあなた。

音楽が大好きな私。


……本当に、困る。




「あずにゃんの手、小さくて可愛いね」


鏡を見たらどうですか?
あなたの方が可愛いです。絶対に言わないけど。


「あずにゃんはさ、恋人とかいたりした?もしかして、今いる?」


……恋の話をあなたからするなんて。


「…いえ。今も昔も、恋人なんかいた試しがないです」

「えぇー?こんなに可愛いのに。じゃあさ…」


一息置いて、唯先輩は言った。


「誰かを好きになったことはある?」


そ、それは。

困ってしまう私。


「…それ…は…」

「どうなのさ、あずにゃん」


ワクワクしてるんだろうな、唯先輩。
これから赤裸々体験談が聞けると思ってそう。


「ゆ、唯先輩はどうなんですか!?」

「ふぇ?」

「誰かに…恋したこと、あるんですか」



唯先輩はどうなんですか。

まさか、あるとか。

いやいや、唯先輩だもん。

あるわけ…。


「えへへ、あるよ」


私の中の時が止まった。




ふわふわなあなたは、確かにそう言った。

ふわふわなあなたが……恋をしたことがあるんだ。


「そうなんですか…」


信じられない。失礼だけど、恋する先輩を想像できない。

…唯先輩は、どんな恋をしたんですか。

どんな人に、どんな想いを巡らせたんですか。



「片想いだけどね…恥ずかしいな、言っちゃったよ~。
あずにゃんは恋したことあるの?」

「…ノーコメントで」

「えぇー!?ずるい!私は言ったのに」


……そう言ってから、唯先輩は私の手を強く握って。




「あずにゃんみたいな人が恋人なら毎日が楽しいのかな」




…そんなこと言うから。


非常に困った。

これ以上ないくらいに、本当に…困った。



だって。

…だって、だって。

これ以上困ったら。






「唯先輩!そう言うことは言わないでください!」

「え…?」

「これ以上そんなにされたら…」

「…されたら?」



私をもう困らせないでください。

だって、だって、これ以上何かされたら。

…これ以上、困ったら……。




「す、好きに…なっちゃうって言ってるんです!!!」




……あぁ。
言ってしまった。

ああ、言ってしまった。



「…あずにゃん…」

「だからだから…だから、もうこれ以上はやめてください!」


自分でも認めたくない感情を言ってしまった。


大好きなのは音楽だけでいいのに。

尊敬でもない感情。
友情でもない感情。
羨望でもない感情。

わけのわからない感情なのに。

その感情にはまだ名前をつけたくなかったのに。

…好き、だなんて。


「あずにゃん……」


何かを言いたそうな唯先輩の手を振りほどいて言った。


「か、帰ります」


…もう、困ることもないのに。

唯先輩に背を向けて、走って帰ろうとした時。


「あずにゃん!待って」


後ろにいるあなたは、私を呼び止める。
立ち止まる私。
私とあなたの距離はわずか。


「あずにゃん…」

「………」


振り返れない。

気持ち悪い後輩だと罵っても別に構いません。私なら言いそうです。

唯先輩は…何を言うんですか。




「好きになってよ」



…唯先輩。

だめですよ…そんな。


後ろから、唯先輩が私を抱き締めてきた。

ふわふわなあなた。

音楽みたいなあなた。


あぁ…もう、だめだ。


「…もう好きになりました」


私も振り返って、唯先輩に抱き付いた。


◇◇◇◇◇


たとえば寒い中、温かいものを飲んだり。

それがココアとか、コンポタとかならなおさら。

コーヒーなら、砂糖をたくさんいれたやつ。


たとえば暑いとき、風鈴みたいに。

音だけなのに、涼しくなっちゃう。

冷たいものなんていらないんだ。



唯先輩はそういう人だ。

私にとっての音楽みたいな。

私にはそんなものはいらないはずだった。

ギターがあって、それだけでよかった。

そういう存在は、私にはつらい。


だって、恋しちゃうから。

つまり、そういう存在が私には眩しすぎた。


「私は今まで恋したことなんてありませんでした」


帰路、二人きり。もう暗い通り道。


「そうなんだ!よかったよ」


…よかったって。

そう言って、私の手に指と指でからまりあう唯先輩の手。

今度はあなたの恋を教えてくださいね。


眩しすぎるほどのあなた。

ふわふわなあなた。


…今なら言えます、唯先輩。



「なぁに?」


名前をつけたばかりの想いを。


「大好きですよ」


冬は寒いはずだった。


  • すごくいい… -- (ムギムギ) 2010-10-07 23:10:06
  • テンポと言うか間がいい。詩を読んでるみたい -- (名無しさん) 2011-01-15 01:42:43
  • 作者様すげぇ・・・ 感動した -- (鯖猫) 2012-10-26 04:30:09
  • 詩みたい。すごくよかった。 -- (名無しさん) 2012-10-26 21:49:43
  • この雰囲気好きだ… -- (名無しさん) 2013-07-29 10:48:46
  • この空気凄くいい -- (名無しさん) 2013-11-01 17:43:48
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最終更新:2010年01月30日 02:08