小さい頃は誕生日が待ち遠しかった。お祝いしてもらうのがすごく嬉しかった。
だけれど大きくなるにつれ、そういう気持ちもだんだんと薄れていった。
だから誕生日のことなんて気にもしてなかった。それなのに……。
始まりは誕生日の二日前の金曜日、部活を終えて他の先輩方と別れた唯先輩と二人きりの
帰り道のときだった。
「なんですか?」
「今日の私の演奏どうだった?」
「いつもに比べるとずいぶん頑張ってたんじゃないですか?」
「うん、けどあまり上手くできてなかったかなとか」
「そんなことはないと思いますよ、いい感じだったと思います」
「そうかなー、私としてはいまいちだったかなーとか思いまして」
「急にどうしたんですか?」
「えっとね、もしよければなんだけど……」
「はい?」
「あずにゃんと一緒に練習したいなーとか」
「えっと、別に構いませんが……」
「ほんと?じゃあさ、明日泊まりにいってもいいかな?」
「いいですよ……って、泊り込みでですか?」
「あ、うん。ダメ……かな?」
「まあ、休みですし別にいいですけど。親も予定があるとかでいないですし」
「そうなんだ!よかった~」
「……あの、何か企んでるんですか?」
「えっ!な、何もないよ?ほんとだよ?」
「動揺しまくりですね」
「ほ、ほんとに何もないから!ただ一緒に練習したいだけだから!」
「わ、わかりました。明日……ですよね」
「うん!詳しくは後でメールとかするから」
「はい、わかりました」
「それじゃ、またあとでね!」
やる気を出してくれるのはいいことだし、今日の部活中も真面目に練習してくれてたからよかったと思う。
とはいえ、急に真面目になるのは怪しいといえば怪しい。さっきも随分焦ってたような感じだし。
それでも唯先輩がうちに泊まりに来て、一緒に練習できると思うとやっぱり嬉しくて、楽しみでもある。
その後、家に帰ってから唯先輩とメールのやりとりをした。
明日はお昼すぎにくる、おそらくそれまで寝ているんだろう。起こさなければずっと寝てそうだし。
お昼は食べてからくるって言ってたけど、夕食は唯先輩が料理してくれるって言ってた。大丈夫なのかな……?
最後に『おやすみあずにゃん!明日がすごく楽しみだよ~♪』なんてメールをしてきた。
だから私は『おやすみなさい唯先輩!私もすごく楽しみにしています♪』という返事を途中まで書いてやめた。
実際すごく楽しみだったからか、なかなか寝付けなかった。
唯先輩のことばかり考えてしまうのは明日のことを意識しすぎているからだよね?うん、そうに違いない。
翌日の朝、目が覚めたときにはすでに両親はいなかった。そういえば早くから出かけるって言ってたな。
いつもとは違って『土日忙しくて一緒にいてあげられなくてごめんね』って言ってたけどどうかしたのかな。
休みの日でも忙しくていないことなんてしょっちゅうあるのに。別に寂しくなんかないし。
唯先輩が来るまでの間ぼーっとしてた。早くきてほしい、早く会いたい……とか思ったり思わなかったり。
お昼を少しすぎた頃に唯先輩からのメールが来た。『今から向かうね~、早くあずにゃんに会いたいよ~』
いつも素直な唯先輩がある意味うらやましい。私も今日くらいはもう少し素直になってみようかな。
それからしばらくしてチャイムの音が聞こえたので玄関に向かった。
玄関を開けた瞬間抱きついてきて「会いたかったよ~」なんて言う。
寒空の下歩いてきた唯先輩の身体は冷え切っていたけど、抱きついてきた唯先輩はなんだか温かかった。
それから早速練習をしたり、お喋りをしながら楽しい時間をすごした。
夕方をすぎ、外が暗くなってきた頃に「そろそろご飯でも作ろっかー」と唯先輩は言ってきた。
私は心配になって「ほんとに任せちゃって大丈夫ですか?」なんて言ってみたり。
そしたら「任せておいて!」なんて気合の入った返事をするものだからとりあえず任せることに。
それでもやっぱり不安だから料理する唯先輩のことをちらちら見ていたら「見つめられると緊張しちゃうよ」
なんてわざとらしく照れてみせる唯先輩、とても可愛いです。なんて言葉にはだせないけども。
実際出来上がった料理は普通で、むしろ普通すぎでつい「普通ですね」なんて言ってしまったり。
でも食べてみると美味しくて、まるで唯先輩のような温かい料理だった気がする。
ご飯を終えて、少し休憩後またギターの練習を少し。やっぱり唯先輩と演奏するのってすごく楽しい。
ううん、むしろ唯先輩と一緒にいるだけですごく……。
時間も遅くなってきたところで「お風呂の準備してきますね」と唯先輩に言いお風呂場へ向かった。
準備ができたので唯先輩に「お風呂の準備できましたのでお先にどうぞ」って言ったんだけども……。
結局「一緒に入ろうよあずにゃん♪」なんて押し切られてしまった。意志が弱いというか押しに弱いというか。
むしろ唯先輩に弱いのかもしれない、なんて思ったり思わなかったり。
お風呂場での出来事はとりあえず忘れることにしよう。唯先輩、もう少し恥じらいってものをですね……。
お風呂から上がってお互いの髪を乾かしあったりしながらお喋り。ちょっとしたことでなんだか幸せな気分。
そうこうしているうちに日付が変わりそうな時間になっていた。時計の針が12を指すまで後少し。
少しはしゃぎすぎたのかだいぶ眠くなってきていた私は欠伸をした。
「ふぁ~」
「あずにゃん、もう眠い?」
「あ、はい、すみません」
「ううん、ごめんね、いろいろ付きあわせちゃって」
「そんなことないです、私も唯先輩といっぱい練習できて楽しかったですし」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「それに……」
「うん?」
「いっぱい話せましたし、ご飯も美味しかったですし、おふ……えっと、とにかくとても楽しかったです」
「私もすっごく楽しかったよ~。いきなりだったのに泊り込みでの練習ありがとね」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。それに……」
「うん?」
「やっぱり両親がいないと寂しかったりするので、唯先輩が一緒に居てくれてすごく嬉しいというか……」
「そっかぁ……あずにゃん、ぎゅっ」
「もう、唯先輩ってば」
「えへへ、あずにゃん温かいね」
「唯先輩も温かいですよ」
「何ですか?」
「寝る前にもう一曲だけ聞いてもらってもいいかな?」
「はい、いいですよ」
そう言ってギターの準備をする唯先輩。だけれどなかなか始まらない。気になって声をかける。
「唯先輩どうかしたんですか?」
「もうちょっと」
何が?唯先輩は何をしようとしているのかな?私は首を傾げながら何かを待っている唯先輩を見つめていた。
しばらく静寂の時が流れる。そしてそれは、思いもしなかった形でやぶられることになった。
聞き覚えるのあるメロディが唯先輩のギターから流れる。そして、唯先輩の口が開く。
「Happy birthday to you♪Happy birthday to you♪Happy birthday dear あーずにゃん♪
Happy birthday to you♪」
そして少し間をあけてから唯先輩は「お誕生日おめでとう、あずにゃん」と、とびっきりの笑顔で言った。
本来ならありがとうございますとか、何かしらの反応すればいいだけなのに私は……。
あまりのことに静止したまま何もすることができなかった。そんな私を見て唯先輩はすごく心配そうになる。
「あ、あずにゃんどうしたの?もしかして嫌……だったかな?」
すごく不安そうな顔をして、今にも泣きそうな唯先輩の顔を見たことでようやく何が起こったのか理解した。
昨日の、あれ、一昨日?まあ、いいや。急な泊り込みの練習の話や、唯先輩の様子がおかしかったこと。
それにさっきの『もうちょっと』は、全て今日、私の誕生日へのためのものだったんだ。
まだ実感がわかないし、誕生日を意識してたわけでもない。それに楽しみにしてもいなかった、親もいないし。
けど、だけれど、すごく嬉しい。どうして?唯先輩だから?わからない。でも……。
私は言葉に表すことができず、今の嬉しいという気持ちを表すために唯先輩に思いっきり抱きつくことにした。
「唯先輩っ!」
「わっ、あ、危ないよあずにゃん」
抱きつくというよりタックルに近い感じだった。でもそれだけ私の気持ちは高まっていたんだと思う。
「唯先輩!ありがとうございます!すごく、すごく嬉しいです!」
「あずにゃん……よしよし、あずにゃんは甘えん坊さんだなぁ♪」
さっきまで泣きそうだった唯先輩が、すごく嬉しそうに微笑んでくれた。今だけは、甘えてもいいよね?
「ほんとうに嬉しいです。まさか誕生日を祝ってもらえるなんて、思ってもいませんでした。
自分でも忘れてたくらいなのに、こうして唯先輩に祝ってもらえるなんてすごく嬉しいです。」
「あずにゃんのためだからね」なんて言いながら優しく抱き寄せてくれる唯先輩の温もりがとても温かい。
「歌、素敵でした。あの短い曲に唯先輩の気持ちがいっぱい詰まって私の心に響きました」
「えへへ、練習したんだよ~」
「ありがとうございます。ほんとに、ほんとにありがとうございます」
あまりのことに私は冷静ではいられなかった。こんなに嬉しかった誕生日は初めてだと思う。
両親や友達に祝ってもらうよりも、今までの誕生日のどれよりも、たった一人の先輩に祝ってもらう誕生日。
ううん、平沢唯という人に祝ってもらえる誕生日だからこそこんなに嬉しいんだと思う。
だって、私は唯先輩の事が……。っとそこで「あれ?」と疑問が思い浮かんだ。
「どうかした?」
「あ、いえ、その。」
冷静になってみるとそうだ。私は高校に入ってから一度も話したことなんてなかったはず。
「えっと、唯先輩」
「うん?」
「唯先輩、どうして私の誕生日知ってるんですか?」
「え?」
「えっと、私自分の誕生日誰にも言ってないと思うんですよ。先輩方はもちろん、憂や純にも」
唯先輩は不思議そうな顔をしながら「何言ってるのあずにゃん?あずにゃんが答えてくれたからだよ?」
なんて言ってくるがまるで覚えがない。しばらく考えていると唯先輩が聞いてきた。
「あずにゃん覚えてないの?」
「あ、はい、すみません……」
「そっかぁ、私はちゃんと覚えてるよ。あずにゃん、入部してきた日のこと覚えてる?」
「えっと、大体は……」
「まあ、たしかにいろいろ聞いちゃったしねー」
「いろいろって……あっ」
「思い出した?」
そう言われて私はやっと思い出すことができた。入部しようと部室に行ったときいろいろ聞かれたっけ。
名前、パート、誕生日、血液型、好きな食べ物……そっか、あの時確かに私は答えたんだった。
一気に聞かれて一気に答えて、それっきりすっかり忘れてた。自分でも忘れてたことなのにこの人は……。
唯先輩は覚えててくれたんだ。それが私の気持ちをさらに高めていった。すごく嬉しい……。
「あれ、あずにゃん……?」
感極まったという感じだろうか、嬉し泣きなんて初めてした気がする。
「すみません、なんでもありません。ただ、すごく嬉しくて……」
「そっか……よしよし、今日はいっぱい甘えていいからね」
「唯……先輩」
私はそうして、唯先輩にさっきより強く抱きつくことにした。この温もりを、身体いっぱいで感じたいから。
「そうだ、プレゼントも用意してるんだよ」
今日は今までで一番の、最高の誕生日になりそうだ。素敵な誕生日をありがとうございます、唯先輩。
だから、唯先輩に言っておきたいことがあった。
「あの、唯先輩」
私の想いは、伝わった。
end
- 最近こうゆうの少ないから凄く嬉しい!良かった! -- (鯖猫) 2013-04-22 16:02:58
- こうゆうの大好きです -- (名無しさん) 2014-04-26 08:20:24
最終更新:2013年04月20日 19:20