「よ~し、も~一回っ!」

 気合いを入れ直し、一度演奏した曲を最初のフレーズからやり直す唯。

「お~い、唯~、一息入れろよ~」
「後で~」

 律が休憩を促すも唯はひたすら弦を弾くのを止めずにいる。

「最近唯は変わったな」
「そうね~、なにかあったのかしら」

 澪と紬も唯の熱心さに驚いている。
 律も唯に刺激されて、澪と紬も以前より練習時間が増えている。
 しかし唯は澪や紬が休憩しても一人で練習を続け、今では部活の時間のほとんどを練習に費やしていた。
(本来はそれが正しいのであろうが。)

(唯先輩……やっぱりカッコイイなぁ~)

 そんな軽音部の中で、梓は熱心に練習を続ける唯に熱い視線を送っていた。

 以前より憧れていた同じギター担当の先輩。

 いつも暖かくて、優しくて、柔らかくて、自分を愛してくれている大好きな唯。
 そんな彼女の熱心に練習している様は梓にとって、どんなギタリストよりも輝いて見えていた。

「そー言えばさ、唯が熱心にやってるのってあの曲だよな?」
「言われてみればそうだな」
「他の曲もやってるけど一番練習しているのは確かにあの曲よね?」

 律の指摘に耳を凝らすと確かに『ふわふわ時間』や『私の恋はホッチキス』など放課後ティータイムお馴染みのナンバーだけでなく、あまりライブで披露しないが梓には関わりのある二曲を重点的に練習していた。

「う~、疲れたよ~」

 夕暮れに染まる帰り道、唯は大きく伸びをした。

「唯先輩は少ししかお茶してませんでしたからね」
「だね~、けど練習の成果は少しずつだけど出て来てるよ!」

 フンス!と胸を張る唯の仕種が可愛いらしく、練習している時とのギャップに梓は笑みがこぼれる。

「そうですね、難しいって言ってた所も上手に弾けてました」
「へへ~、ありがとあずにゃん♪」
「うにゃ!?」

 梓に褒められたのが嬉しくなった唯は人目も憚らず(とは言っても周囲に人影は全くないが)に抱き着いた。

「あずにゃん、あったか~い♪」
「もぅ……少しだけですよ?」

 とは言うものの梓もしっかり唯を抱き返しているがその事を唯が口にする事はなく、梓に愛されていると実感してますます嬉しくなるのだった。

 存分には程遠いが互いの暖かさを感じあった唯と梓は手を繋いで歩いていた。

「唯先輩、最近すごく練習熱心ですね……何かあったんですか?」
「うぅん、特になんにもないよ~」
「そうなんですか……」

 部活中に律達が気にしていた事を尋ねてみた梓だったが満足のいく答えは得られなかった。

「私が急に練習熱心になったの、おかしかったかな?」
「そんな事ありません!」
「そお? ……良かった♪」

 唯がまた照れ臭そうに笑う。

「私が練習してる曲、何かわかるよね?」
「はい、私の……曲、ですよね?」
「せいか~い♪」

 「ご褒美で~す」頬にキスされた梓は耳まで赤くなった。

 最近唯が特に練習している曲は『じゃじゃ馬WayToGo』と『私は私の道を行く』。
 ともにライブで演奏される事はないが梓がメインとなる曲だった。

「大好きなあずにゃんの曲だから上手に演奏したいんだ~……」
「唯先輩……」
「それに……」
「それに?」
「あずにゃんも私の曲、練習してくれてるでしょ?」
「!!!」

 嬉しかった。
 甘いモノとのんびりする事、なにより放課後ティータイムのお茶会が大好きな唯がそれらをガマンしてまで自分の曲を熱心に練習してくれていた事が。

 なにより自分の頑張りを知ってくれていた事が。

「すごく嬉しかった……だから……私もがんばらなきゃ、って思ったんだ~」

 胸が暖かくなる。
 まるで繋いだ手がお互いの熱が気持ちまで熱で溶かして一つにしようとしているように。

「……唯先輩」

 否。

「なぁに? あずにゃん」

 既に。

「明日も……がんばりましょうね!」
「うん!」

 一つになっていた。

  • END



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最終更新:2010年10月15日 13:33