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寝顔

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yuimio

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寝顔


【寝顔】

「どうしよう……」

 今、私の腕に抱かれて唯が眠っている。すーすーと寝息を立てて気持ちよさそうに。唯
が私の体にもたれかかるように、私は私でさらに後ろにあるソファの縁に背を預けている
いるため、そうきついわけではないが、だからと言って困った事態には違いない。大体、
大変羨ましいことにいくら食べても太らない体質と言っても、高校生の女の子一人を上に
載せ続けていたら、そのうち脚も痺れるというものだ。

 今日は私一人で唯の家に遊びに来ていた。普段は軽音部みんなで集まることが多いのだ
が、今日は他のみんなは都合が悪いらしい。私は少し迷ったが、受験も一段落したし、何
もないのに断るのも悪いだろうと、一人彼女の家に赴くことにした。それがまさかこんな
ことになるとは思いもしなかったんだけど……。当の唯は相変わらず起きる気配がなく、
心地よさそうに眠っている。

「まったく、こっちの気も知らないで……」

 さて、どうしてこんなことになったのかと言うと――。


「澪ちゃん!」

 自室に忘れ物を取りに行っていた唯は戻ってくるやいなや、妙にはずんだ声で私の名前
を呼んできた。その目を見て、また何かロクでもないことを思いついたんだろうな、と言
う私の予感はまさしく的中。次に唯が告げた言葉は「私に抱きついて欲しい」と言うもの
だった。

 抱きつく、という行為が世間一般でどの程度行われているかは知らないが、少なくとも
私達の間ではそう珍しいことではない。もっと言えば唯が誰かに抱きつくことに限れば、
だ。ただ、私が誰かに抱きつくとなると話が違う。私は誰かに抱きついたりなんて基本的
にしない。抱きつかれる側になるのも極力遠慮している。理由は色々あるが、まあ第一は
恥ずかしいから……だろうか。

 ともあれ、そんな私に抱きついて欲しいなんて言われても、私としては当然拒絶するだ
け……なのだが。そう、とりあえず拒否はする。するのだが、唯はどうしてそんなに必死
なのか、それでも食い下がってきて。電話越し、メール越しならともかく、こう面と向か
って頼まれるとどうにも断りづらくなってくる。私自身、頼まれごとをあまり断れない性
格というのもあるが、それ以上に唯のお願いする仕草であったりとか、声音であったりと
かそういうものが一層断りづらくさせていた。これを恐らく、意図的ではなく無意識に、
それも嫌みなくやって見せるのだからお手上げである。

「じゃあ……ちょっとだけだからな」

 結局、私はほのかに熱くなった頬を隠すように顔を逸らしてそう言う他なかった。

「やったー!」

 無邪気な歓声を上げる唯。私はため息交じりに立ちあがると、唯の背中側に回り込み、
恐る恐る両腕を回した。

「こ、これでいいか……?」

「うん♪」

 上機嫌な返事が戻ってくる。私の方は何か変なところはないだろうかとか、唯ってあっ
たかいんだなとか、そういうので気が気じゃない。そんなわけで一刻も早くこの体勢から
逃れたい私が、もういいだろう、と腕を解こうとしたのだが――。

「ダメ」

 あっさりと唯に止められてしまった。力は私の方が強いんだし、あくまで抱きつく、と
いう主導権は私にあるのだから無理やりにでも振りほどけばいいんだろうが、それが出来
ないのは、私もどこかで唯にこういうことをやってみたい、と思っていたのかもしれない。

 しかしそうは言っても、立ちっぱなしというのが辛さに一層拍車をかけているし、どう
したものか。

「なあ、それならそっちに移動しないか?」

 少し前まで唯が座っていた辺りを指さす。

「座ってやるの?」

「まあ、そんなとこ」

 抱きつかなくていいのならそれにこしたことはないが、どうせやらされるんだろう。だ
ったら座った方が、少なくとも立ったままよりは楽じゃないかと考えたのだ。

 移動の為に一旦腕を解く。今度は唯も素直に解放されてくれた。私はソファの前に行く
と、その縁に寄りかかることのできる位置に腰を下ろし、胡坐をかいた。女子として少し
迷うところはあったが、ズボンだし、唯と二人だし、座って彼女を乗せるならこれが良い
だろうと納得する。おいでおいでと手招きすると、唯が猫か犬みたいに小走りに駆けてき
てなんだかおかしかった。唯は私の足の上に腰を下ろすと、こたつを少しこちら側に寄せ
た。そんな彼女に私はまたさっきのように両側から腕を回す。私と唯の身長差は3、4セン
チ程度だけど、今は唯が腰を落として深く座っているため、実際以上に下の部分に彼女の
頭が来ている。それはちょうど私の肩の位置辺りに唯の頭の上の方があって、ふわふわの
髪が少しくすぐったい。

 それからしばらくは二人で他愛もないことを話して過ごした。人間というのは慣れる生
き物で、初めは恥ずかしいやらなにやらでとにかく落ち着かなかった私も、次第にいつも
通りにふるまうことが出来る様になっていった。

 が、問題はここからだ。ついさっきまで饒舌におしゃべりしていたはずの唯が、いつの
間にか眠ってしまっているのである。普段からよく寝るやつだとは思っていたが、この切
り替えの速さには呆れるしかない。

 さて、こうして私の腕の中で唯が眠りこけるに至ったわけだが、これからどうしたもの
か……。

「おい、唯。起きろー」

 とりあえず声をかけて軽く揺さぶってみるが起きる気配はない。無理やり起こそうかと
も考えたが、どうもこの寝顔を見てしまうとそれは出来ないんだよなあ。今回はテスト前
などで切羽詰まってるわけでもないし、出来ればこのまま寝かせておいてあげたい。それ
でいて私がこの体勢から離脱出来ればベストなんだが。

 顔を傾けて唯の顔を窺い見る。瞼を閉じて、規則正しい寝息を立てる気持ちよさそうな
寝顔。同じ部活の手前、ほとんど毎日顔を合わせているので気づかなかったが、こうして
見ると出会った当初より大人の顔つきになったなあと感じる。柔らかな髪の隙間に覗く耳
や首筋、そして私とは違う、唯自身の放つ女の子の匂い。同性ながらドキッとさせられる、
そんな新しく知った唯の一面に、私の中のある思いが大きくなっていく。

 もっと近くで見たい。自分の体と唯の体を、彼女を起こさないようそっとずらし、もっ
とよくその顔を覗き込もうとする。あれで意外とおしゃれを気にする唯だが、その顔に化
粧っ気はなく、ナチュラルな肌質が瑞々しい。触ったらたぶん柔らかいんだろうな。今、
互いの服越しに触れている唯の体だってとても柔らかく感じるんだから、きっとそうだ。

 息を止めるようにしながら目を滑らせていくと、今度はその唇に目が止まる。ここはど
うなんだろう。もう、この時の私は完全に唯にあてられ、酔っていた。邪な考えが頭から
消えない。別にそういうのじゃなくても、指でつつくとかなら。そう思って、何を血迷っ
たのか、右腕と体でもって唯を支えたまま、左手の指で彼女の唇に触れようとしたところ
――。

「……!?」

 突然、私の指を生温かい感触が襲った。驚いて我に返った私が見たのは、いたずらな笑
みを浮かべた唯が私の人差し指を咥えている姿だった。

「ゆ、ゆい……起きたのか……?」

「んー……て言うか、ずっと起きてた、かな」

「ず、ずっと!? ずっとっていつから!?」

「さて、いつでしょう」

 なんてことだ、あんなによく眠っていると思っていた唯がまさか起きてたなんて。いや、
でもよく考えたら私はまだ何もしてないんじゃないか。そう、ただ唯の顔を見てただけで、
さっき咥えられたのを除けば触れてすらいない。なのに、なんでこんなに顔が熱いんだろ
う。きっと今の私は顔真っ赤にしてる。恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。穴があっ
たらなんとやらだ。

「だって澪ちゃんが私にヘンなことしようとするんだもん。なかなか起きるタイミングが
……」

「へ、変なことなんてしようとしてない!」

「ホントにー?」

「本当だって!」

「じゃあさっきの指なに?」

「あ、あれは別に……」

「ほらやっぱりー」

「だから違うってー!」

 必死に弁解しようとするが、元々口下手な私は空回るばかりで唯に翻弄されてしまう。

「でも澪ちゃんなら……いいよ?」

「ええ!?」

 いきなり声音を変えて変なことを言う唯に、私は反射的にただでさえ赤くなっているで
あろう顔をこれ以上ないくらい熱くする。

「あはは。やっぱりそうなんだー」

 おかしそう笑って立ちあがる唯。私もそれを追って立ちあがろうとするが、足が痺れて
上手く立てない。

「いや本当に違うんだって!」

 必死に立ちあがって唯をつかまえようとする。唯には振り回されてばっかりだ。きっと
これからもそれは変わらないんだろう。そうやってしばらく、私は唯にいじられ続けるこ
とになってしまったのだった。

(了)

初出:5.75->>754

  • ラブラブすなあ -- (名無しさん) 2012-03-28 04:44:47
  • めいっぱい振り回されれば良いと思うよ!!うん。 -- (名無しさん) 2012-04-16 00:30:44
  • 多分唯じゃないと成り立たないよな -- (名無しさん) 2012-06-24 06:05:23
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