唯×紬 @ ウィキ

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匿名ユーザー

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 - - -

4月。
開け放した窓から入り込む風がぬるくて気持ちいい。
春の柔らかな日差しを吸い込んだ髪が、ふわりと揺れる。

紬「きゃっ」

小さく声をあげたあと、彼女は手櫛でその長い髪を整える。

この一連の動作を、私は薄く開いた瞼の隙間から眺めていた。

唯「……きれい」

紬「えっ?」

いけない。うっかり声に出してしまっていた。
どうしよう。えーと……


唯「……なんでもないよ。寝ぼけてただけ」

よだれ垂れてないかな?


紬「ふふ。唯ちゃん、可愛い」


一気に目が覚めた。

とんだ不意打ちに、顔が熱くなる。


これは心地よいまどろみを邪魔されたことへの怒りなのか、
それとも、急に……その……可愛い、だなんて言われたことへの羞恥なのか。

とにかくもう何が何だか分からなくなっている私の気持ちを知ってか知らずか、
(知ってるかも、と思わせるところがこのムギちゃんという女の子なのだ)、
彼女はそのまま話を進めた。


紬「唯ちゃん、おはよう」

唯「お、おはよう」

紬「ね、お茶にしよっか」

唯「う、うん、そうだね!」

席を立ち、鼻歌を歌いながらお茶の準備に取りかかる彼女。
私はなんだか急に脱力して、ほっと胸をなでおろす。

同時に、りっちゃん達まだ来ないのかなぁ、と部室のドアにちらりと目をやった。



 - - -

2年生になった私たちは、新入部員確保のために大忙しの日々を送っていた。
毎日4人で集まって、練習をしたり勧誘のチラシを配ったり。

しかし、今日はなぜだかりっちゃんも澪ちゃんもなかなか来ない。
束の間の休息だなぁなんて思いながら、いつもの席に座ってうたた寝してたんだ。

少しして、ムギちゃんが部室に来た。

寝ている(と思われる)私を起こさないようにと思ったのか、
彼女は部室の窓をそっと開けたあと、静かに椅子を引いて席に着き、本を読み始めたみたいだった。

このとき、私も本気で寝入ってたわけじゃないんだけど、
こんな静かな部室は久しぶりだったし、彼女の厚意にも甘えておこうかなと思ってそのまま机に突っ伏していた。


ムギちゃんと二人きりになることは珍しかった。

というのも、部室に来る順序はりっちゃんかムギちゃんが最初で、
次に澪ちゃん、最後に私、というのが近頃のお決まりになっていたからだ。

何で私がいつも最後かって?和ちゃんにでも聞けばわかるんじゃないかな。



「唯はまたそうやってぼーっとして…」





 - - -

ぼんやり窓の外を眺めていると、ムギちゃんがケーキの箱と2人分のお皿、紅茶を持ってきた。

紬「お待たせ。唯ちゃん、どれがいい?」

うーんと、ショートケーキにモンブラン、ショコラに……

唯「これ!」

厚塗りの生クリームの上に、大ぶりな栗がごろりと載った抹茶と小豆のケーキ。
今日はそういう気分だったのだ。

紬「はい、どうぞ」

唯「ありがと~」

ケーキをのせたお皿と、深紅色の液体が注がれたティーカップを受け取る。
いい香り!

紬「唯ちゃん、今日ふたりとも遅くなるんだって」

だから、先にいただいちゃいましょ?
そう言って、ムギちゃんはほんのちょっとだけ悪戯っぽく微笑んだ。




 - - -

唯「……美味しい~!!!!」

抹茶の爽やかな苦みと、生クリーム、小豆のぷっくりとした甘みが口の中で踊る。
続けて、ミルクと砂糖を少しだけ入れた……ムギちゃんの淹れてくれた……紅茶をすする。
これも本当に美味しい。ムギちゃんって紅茶を淹れる天才なんじゃないかな?
夢中になってがっつく私。

紬「ふふ。良かった、そんなに喜んでくれて」

唯「紅茶もすっごい美味しいよ!ムギちゃん、いつもありがとうね」

紬「どういたしまして」

黄金色のクリームが繊細に絞り出されたモンブランの山に、
ケーキ用のフォークをすっと刺し入れるムギちゃん。

美味しい、と安心したように呟く。

それからミルクの入ってない紅茶に口につけ(ムギちゃんは少しの音もたてずに紅茶を飲む)、
何気なく、私の方に視線を移す。


紬「ね、私の顔に何かついてた?」



私はその言葉にぎょっとする。
急に口の中が苦々しく感じられた。

バレてたのかな、寝たふりしてムギちゃんの顔をじーっと見てたこと……

あれ?別に隠すことでもないような気もするけど。
それでも、言えない……言うべきことじゃないような気がした。何となく。

唯「え?なんのこと?」

で、咄嗟に出た嘘。
出来る限り自然を装い目をそらす。
あぁ、汗が止まらないや……

紬「ふーん……」

紬「私と二人でいるの、気まずかった?」


とんでもないことを言い出すムギちゃん。

唯「そんなことない!」

そんなことあるわけないのだ。

紬「じゃ、寝たふりしてたのはなぜかしら?」

そう私に問うムギちゃんは笑っているようにも怒っているようにも泣いているようにも見える。
いや、笑顔なんだけどただの笑顔じゃないっていうか……私には無い、複雑な表情。
っていうかバレてるし。

唯「えっと……それは……」

口籠る私。見惚れてたんだよ、とは言えない。きっと……例えば、りっちゃんになら言えるんだけど。

この場に適した言葉を宙から探すようにして視線をうろうろさせていると、
ムギちゃんが笑った。今度は、とっても楽しそうに。



紬「ふふっ……ごめんなさい。ちょっと意地悪してみたくなったの」

紬「困らせてごめんね。これ、お詫びにあげる」

自分のモンブランに載った栗をすくって、私の目の前にあるケーキにちょこんと載せた。

唯「え……いいの?」

紬「いいのよ。」

にっこりと笑うムギちゃん。

紬「それに……」

紬「それに、あんなに本気になって否定してくれたんだもの。嬉しくって」

紬「ありがとう、唯ちゃん」


唯「え……」

それを聞いてうつむく私。
もう今更、どんな上手な嘘をついてもしょうがない。
きっと、今の私の顔はこの紅茶よりも熱くて紅い。




「おーっす」

元気にドアを開けるりっちゃん。
続いて、澪ちゃんが部室に入ってくる。

律「おっ!今日のお菓子は何かな~?」

澪「練習もするんだからな!あと、勧誘も……」

2人が席に着く前に、私は急いでケーキの上に乗った2つの栗のうちの1つを口に入れた。


おわり


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