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第二幕:夜の街、悪魔戯れて - (2007/07/10 (火) 18:12:23) の編集履歴(バックアップ)


第二幕  夜の街、悪魔戯れて




部屋から家の外へと直接繋がっている隠し穴。
もしもの時のために、とお父様が屋敷の数箇所に設けた避難用の通路だけれど、今までここを通る事なんて無かった。
だって逃げる必要に迫られることなんて一度もなかったし、一人で家を出て行く勇気なんてもてなかったから。


「ついたぞ」
そんな狭い穴を通り抜けた後に向かったのは、リエステールを大きく横切った先にあった、小さな一軒屋。
この家はルディがリエステールに来た時に、拠点にするために買ったと言っていた。
小さくても家を買えるほどのお金は、支援士として稼ぐのは大変だって聞いた事があるけれど、ルディはなんでそれだけのお金を持っていたんだろうか。
……外を歩く時に、夜に目立つとろくな事が無いとマントのような物を羽織らされていたけど、正直に言えば、夜とはいえ夏場にこの格好は暑かった。
そんな目立つような服を選んだつもりは無かったのだけど……やっぱり、従うところは従っておかないとだめなのかもしれない。
「なにしてんだ? 入れよ」
「あ、はーい」
玄関を開けて待っていてくれたらしいルディの声で我に返り、うながされるままにその家の中に入った。
すると、それを確認したみたいな間をあけてから、ガチャリと扉を閉めるルディ。
先にはいっていたらしいベルは、棚の上に置いてあった果物カゴからチェリーを一つとって、小さな口でかじりついていた。
「ここが、ルディの”あぱーと”ですか?」
借りていたマントを脱ぎながら、そう尋ねてみた。
支援士の人のほとんどは、首都にある”あぱーと”という家を拠点にしてるって聞いた事がある。
……でも、見る限りだとこの家は、普通の一軒屋だけど……
「いーや、ここは普通の家だよ」
「アパートとふつーの家の区別もつかないなんて、ホントに無知ね」
「は、はあ……」
この後で話を聞いたら、アパートというのは一軒の大きめの家をいくつもの同じ間取りの部屋に区分けして、それぞれの部屋に外から別々の鍵で入れるようにした建物の事だと教えて貰った。
……これからも、色んなことを憶えていかないといけないんだろうな、と思う。
「それよりも……だ。 まず確認するが、お前は俺と一緒に支援士として旅をしたい……だったな?」
「はい、そうですけど……」
そうこう考えていると、そんなふうに問いかけられる。
これはもう決めた事だから、誰に何を言われても曲げるつもりは無い。
憶える事があるなら覚えるし、やらなきゃいけないことはやるつもりでいる。
……一応、護身程度にウィッチの魔法は使えるし、これからでもがんばれば、きっと力になれるはず。
「よし、なら脱げ」
……なのだけど、そこから続けられた一言は、あまりに突拍子のないものだった。
「……ぬ、脱げって……え?」
いきなりの要求に戸惑ってしまい、思わず横にいたベルに助けを求めるように視線を送ってしまう。
けれど、彼女はそんな求めに応じる気は無いのか、なんだか楽しそうな笑みを浮かべているだけで、手を出そうともしてくれないのがありありとわかる。
ここまで変わった羽をもつ妖精さんにしか見えてなかったけど、ここにきて初めてその姿が小悪魔に見えてしまった。
「あと、お前が持ってきた着替えも全部捨てろ」
「そっ……そんな! お気に入りとかいろいろありますし、それに全部なんて私にハダカでいろと……っ!!?」
……ふと気が付くと、身体が宙に浮いて、視点が天井へと向いていた。
それが、彼の足払いと体術によるものだって気付くのにも、少し時間がかかった。
「…ぁんっ!?」
それに気がついた時には背中から床に落ちていて、そのショックで一瞬息が止まってしまう。
そして同時に、彼の右手に口を、左手に右手を押さえられていて、身体も馬乗りされるような形で押さえられてしまっていた。
唯一動かせる右腕で、口を押さえる彼の手をどかそうとしてみるけれど、男と女、強いて言うなら、支援士と鍛えられた腕と、ただの女の細腕……その力の差は大きくて、びくともしなかった。
「お前は家から逃げてきたんだろう? だったら目立つ服は捨てろ、日が明けたらてきとうな服を探しに行く。わかるな?
そして判れ、少なくとも、姿を変えて身を隠さなければならないってくらいはな」
「…んっ……んう……」
その瞬間の彼の顔は恐ろしくて、言葉の意味は理解で斬るけど、恐怖の余りに涙が滲み出るのが分かった。
今までこんな事をされるようなことなんてなくて……それでも、この先にどうなるのかも想像してしまい、その恐れはますます大きくなっていく。
「言っとくが、お前は貴族の家に侵入するような男にホイホイついてきたんだ。 世間知らずなのはわかるが、このまま俺に犯されても文句は言えない、わかるな?」
「…んっ……ぅ……」
なんとか動かせる範囲で頷いて、彼の呼びかけに答える。
……すると、その次の瞬間には私を押さえていた手を放し、そのまま立ち上がって一歩離れていく。
「世の中いいヤツばかりじゃない。 そのくらいは憶えておけ」
「……は、はい……」
やれやれ、とでも言うように軽く肩をすくめて、そのまま何も言わずに奥の部屋へと消えて行くルディ。
悪い人……じゃないとは思うけれど、今のは本当に恐かった。
「ま、言ってるこたー間違ってないのよね。 身体で思い知らすってのは手っ取り早くていいけど」
「……ベル、さっきのルディって……演技ですよね?」
ケラケラと笑いながら声をかけてきたベルに、そう尋ねてみる。
身体に思い知らすって……確かに、ただ口で言われたよりも、恐さは理解できた気もするけど……
「まーね。 あいつ人がいいから、本気で強姦できるようなヤツじゃないし」
種だけになったチェリーをゴミ箱に投げ捨てて、少し投げやりな感じだけど答えてくれた。
……とりあえず、その言葉を聞いてひとつ安心できた。
さっきみたいなことを本当にするような人だったら……そう思うと、恐くて心が潰れてしまいそうだったから……
「……私が嘘言ってるって考えつかないのかこいつは。 まぁ、嘘はいってないけどさ」
「え? 何か言いましたか?」
「べっつになにもー」
そう答えたベルの顔は、なんだか面白く無さそうで、見るからに不機嫌そうだった。
ルディとはなしている時は、彼女もどこか楽しそうに笑っているのが目に入るけど、こうやって彼の目が届かない時は……そんな目をこっちに向けてくる。
……もしかしたら、ベルはルディと二人でいたいと思っているのかもしれない。
たまたま立ち寄った先にいただけ、みたいなのが勝手に割り込んできて、それをじゃました……
「あの、ベルさん……もしかして、ごめんなさい」
「なに急に謝ってんのよ」
「いえ、その……私、お邪魔だったのかなって……」
そう思うと、なんだか申し訳も立たなくて、ただ謝ることしか浮かんでこない。
「……そーね、経験も力も無いお嬢様が旅のお供なんて、邪魔なコトこの上ないわ」
「あ、そ……それは……たしかにそうかもしれませんが……」
意図していたものとは違う答えが返ってきた。
確かに、フィールドに出たコトも無いから戦いの経験なんて無いし、ウィッチの魔法が使えると言ってもどれも初歩レベルで、実際に使おうとした事も無い。
邪魔と言われたら、とても否定はできないけれど……
「ま、アイツが連れてくって言ったんだから、私は従うまでだし……連れ歩く事に意味が無いわけでもないからね」
「意味?」
「こっちの話しよ、気にしないで」
「はあ……」
色々と、彼女との間には大きな壁があるように思えた。
ルディは……さっきのは別にして、色々考えてくれているのは分かるけれど……
「それよりも、副だけ変えればいいなんて甘いこと考えてない?」
「え?」
黙りこんでいたかと思ったら、また急に声をかけてくるベル。
話の切り替えが早いというか、マイペースというか……それよりも、服だけってどういう意味だろう。
「わかんない? 身を隠すつもりなら、髪型くらい変えないとすぐ見つかるわよ!! そんな長い髪ふりまわしてたら特に!!」
「……」
もう、何を言われても、何を求められても従うつもりでいた。
髪くらい、少し待てば何度でも伸ばせるものだし……なんてことはない。
「そ・れ・じゃ! 私がこの場で切ってあげるわ♪」
「……この場で?」
何か、魔法の詠唱のようなものを始めるベル。
髪を切るって、まさか……
「―我が手に宿れ ブラックエッジ!」
ボゥ……と低い音を立てて、ベルの右手を黒い光が包む。
ブラックエッジって魔導書で読んだことがある気がするけど、確か掌そのものにナイフのような特性を持たせる黒魔法で……
「ちょっと、それはいくらなんでも危ないですよ!!?」
「大丈夫よ、私細かい作業は得意だから。 ……さあ、私に見も心も委ねて……」
魔法を展開したまま、ジリジリと近付いてくるベル。
い、いくらなんでも恐すぎです!! ある意味さっきのルディよりも!!!






「……なにしてんだお前等」
呆れた顔のルディが出てきたのは、肩の上辺りで髪をキレイに切り揃えられたその直後で……
その時、部屋中に髪の毛が散乱していたのは言うまでもないかもしれない……

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