「……ん?」
ふと、誰もいないはずのリビングから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
目を向けてみると、その向こうからは明かりが漏れている。
「……ディン?」
覗きこんでみれば、一人大剣を構えるディン。
……当然、こんな場所で剣を降りまわす事など無く、見る限りでは剣を持って、深く考えこんでいるだけのようだった。
「――エミィ、起きてたのか」
こちらの視線に気がついたのか、剣を下ろして視線を向けてくる。
その表情には……どこか、焦りにもにたものが見え隠れしていた。
「うむ、少し水を飲みにきたのじゃが……なにかあったのか?」
先程のディンの様子を見て、少し目が覚めたらしい。
とりあえずかるく目をこすりつつも、エミリアはリビングへと入っていった。
「……いや……精霊宮がどうとかはまだよくわからんが……なんか、お前に置いてかれた気がしてな」
はは、と苦笑じみた笑みを交えつつ、そう切り返すディン。
確かに、精霊宮に足を踏み入れるのはちょっとやそっとの事ではなく、他の者よりは一歩くらいは抜きんでているかもしれない。
……けれど、エミリア自身はそこまで差をつけたようには感じていなかった。
「……確かに強い力じゃが、結局扱うのは私自身。 精霊宮の加護は、力を引き出す補助にすぎんよ」
実際、大きな力を行使しているという実感はあったが、気分としては元々あった力を多少底上げされたような感覚でしかなかった。
自身にとっては最大の氷結魔法だったコキュートスも、元々知識としては備えていたものであるし、かなり範囲は狭まってしまうしまうものの、素の状態でも使おうと思えば使えるのだ。
尤も、そのメンタルの消費量はかなり激しいが……
「……それでも、大したもんだよ。 ……もう俺は必要ないって思うくらいだった」
「……そんなことっ…!」
ない……そう言いかけたところで、ディンに軽く口を塞がれていた。
”わかってる”とでも言いたいのだろう。
「俺はお前を守ると約束したし、お前も俺を支えると言ってくれた……恋人なんてカタチになって、その気持ちも強くなったと思ってる」
「……ディン……」
普段、ディンも自分も、わざわざ恋人だとかそういった言葉は使おうとしないし、そんな関係になったからといって、お互いの態度を変えた事も無かった。
それだけに、こんな真顔で改めて言われると、少し顔が熱くなるのを感じてしまう。
いいかげん、この程度のことにくらい耐性はついてもいい頃だとおもっているのに。
「だからこそ、悔しいってのもある。 追いつけるなら、お前と同じ域でありたい」
改めて剣を持ち上げ、炎のメンタルを込めるディン。
エレメンタルウェポンは、能力の付加と言っても見た目には何の変化も無い。
ただ、炎の力を込めれば、剣が多少の熱を持つ事がある。 当然、ヴァイのような氷だと逆の効果があるのだが。
尤も、実際は属性優劣の関係で、炎が弱点である相手に大きいダメージを与えられる程度の効果で、温度の上昇などはオマケである。
……それが、精霊宮の力を得た者ならば、実際に炎そのものを武器として具現化する事が出来る。
武器を手に戦う者としては、大きな力である事には変わり無い。
「……火の精霊宮は、劫火宮だったな。 俺が行けるとすれば炎しかないし……すこし、がんばってみるつもりだ」
すっと力を抜くと、剣の発熱も止まる。
おそらく、リーゼが言っていたような”呼吸するくらいにスムーズに”という域に達するのは時間がかかるだろう。
比喩表現に呼吸などと言っていたが、実際はそれ以上に”あたりまえ”に力を引き出せるレベルの世界である。
元々メンタルの発現に専門的では無い
ジョブであるがゆえに、その域に達するには大きな山があるのかもしれない。
「……なら、その”天羽々斬”は捨てるのか? ”バルムンク”の名だった頃から、長年連れ添って……ほたるの強い信念も込められた、お主のパートナーじゃろう」
もちろん、リーゼには自分が元々持っている武器――実体として存在する双剣を捨てたような様子は無かった。
ただ、”本気”と称するカタチで戦う際には、その剣は鞘に収めている。
……それが本当に、愛用する武器と言えるのかは分からないが……
「まさか。 どんだけ傷ついても、何度打ち直してでもずっと使うつもりだよ」
「……なら、どうなのじゃ?」
「精霊宮の秘宝は、『武器』とは限らないんだろ? エミィがドレスと王冠だったみたいにな」
笑顔でそんな事を漏らすディン。
エミリアは、昼間の自分の姿を思い返し、また少し赤くなっていた。
力を使うたびにあの衣装を身につけなければならないというなら、この力を使うのは正直気が進まない。
……無論、必要とされる時であれば迷わず使うつもりではいるが……次に氷昌宮に来訪する機会があれば、一言アウドムラに文句を言ってやろうと誓っていた。
「ま、たとえ辿りつけなくても……『武器』を受け取らなくても、力は鍛えるに越したことじゃない。 お前を守るためにもな」
「……よくもまあ、そんな歯の浮くようなセリフを……」
とは言ったものの、普段人前ではそんなセリフを聞くこともできないので、恥ずかしい中にもちょっとした嬉しさはあった。
……決して愛想がいいとは言えない性格ながら、どこかで熱く一本筋の通った好青年。
その態度は自分に対してもかわらないものだけど、強く想ってくれているのは伝わってくる。
―……私が立ち直れたのは、コイツとの約束のおかげじゃったしな……―
結局のトコロ、自分の拠り所はもう目の前にいるこの男の存在なのだと、この瞬間に改めて確信してしまった。
約束という言葉一つで、あれだけ悩んでいたモノがすべて消え去ってしまったのだから。