――強盗との騒動から一夜が過ぎ、次の日の朝。
いつものように元気に手を振るリコに、自分もまたいつものように微笑んで応える。教会の教室では、何事も無かったかのようにいつも通りの風景が広がっていた。
……昨日ユキが使用したカードについては、あの場に関係者が数多くいたにもかかわらず、教会側からは何も言ってはこなかった。
少なくともあのカードに込められた能力は、聖術についてまだ未熟であるアリスキュア――それも教会入りして一年にも満たない者が持つには過ぎたものではあるのだが……
エルナとシアが、うまくごまかしてくれたのだろうか?
ユキは、まだ自分が幼い事は理解しているし、チャペルデックと名付けられたケースはまだ自分が持つには早いものだというのも理解している。
それでも、あの場でアレンの傷を今の自分の力で治すためには必要なものだったし、大切な人達からの贈り物だから、手放したくはない。
「ん? どったの?」
それだけ考えたところで、リコが自分の顔を覗きこんでいるのに気がついた。
何でもない、と言うように首をふり、もう一度笑顔を見せる。
……とはいえ、あの場にはシアもエルナもケルトいたので、ユキがやらなくてもなんの問題は無かっただろう。
それでも、あの場は自分の力でやらなければ、きっと悔いになる……なんとなくそう感じて、ただ必死にカードを引き出していた。
「それにしてもゆきちゃんってすごいねー。 まだ習ってないのにリラ使えるなんて」
教会入りした時点ですでに使えるようになっていたという事実は、当然の如くクラスメイト達にも知らされていない。
それも昨日の一件で知られることにはなったけれど、それが理由で何か関係性が変わるわけでもなく、皆素直に”すごい”と言う程度の反応を見せるだけだった。
「なんかズルしてるんじゃねーのか? 大体、口もきけないくせに魔法なんて使えないだろ」
「……アレン、助けてもらっといてなによその言い方は!!」
これもまあ、いつも通りの展開である。
度が過ぎてくると見るに耐えなくなるが、この段階ではまだ笑って眺めている事が出来るし、実際、この段階で終わる事の方が多いのだ。
昨日のようにユキ自身が止めに入る段階になる事は、3回か4回に1回程度の事である。
「うっさいな、俺が助けてくれなんて頼んだかよ」
「何よ、あのまま殺されたかったって言うの!? 人に心配させといてからに!!」
……なんだかんだと言って、こうしてケンカしてる間はリコとアレンは仲がいいと言えるのかもしれない。
確かに本心まで読み取る事は出来ないけれど、ユキはそれだけは分かる気がしていた。
「はー……あんた教会にいる意味ないんじゃない? ビショップもジャッジメントも向いてなさそーだし、クリシュテになってもリラなんて使ってる姿想像できないもん」
「ああそうさ、俺は最初から教会の
ジョブになる気なんかねーよ。 親父に行けって言われただけなんだからな」
そんな口ゲンカもどこかで一区切りついたのか――まだ続いている気配はするものの、互いの言葉から攻撃性が少し削げ落ちてきているように感じられる。
そういえば、アレンの両親は未だ現役の支援士で、あまり自宅に留まることは無いと本人がどこかで言っていた記憶がある。
そう考えると、彼がここにいる理由は容易に想像できる。要するに、普段の世話が出来ない親が預ただけなのだろう。
そして……ユキの所属するギルドのメンバーの一人――ヴァイも孤児院から教会の生徒になったが、ある年に教会を出てブレイザーとして支援士になったという。
それと同じく、彼もいつか教会を出て、一人の支援士として外の世界を冒険するのかもしれない。
「そーゆーおまえはどうなんだよ。 カーディアルトか?」
「おしい、私はジャッジメントかな。 でもエルナ先生みたいに攻撃型のカーディアルトってのも楽しいかも」
「なんだよそれ、俺のこと暴力的っつってるけど、お前もそうなんじゃないのか?」
「んー? だって、カーディアルトならゆきちゃんがいるんだもん。 どうせなら、友達同士で色々やってみたいじゃない?」
友達同士でジョブもおそろい、と考える子もたくさんいると思うけど。
なんとなくユキの脳裏にそんな一言がよぎったが、リコのその一言もまた一つの考え方。
それに、リコは根っから正義感の強い性格であるし、カーディアルトよりも”
断罪者”の方が向いているというのはなんとなく察している。
「じゃあ、そーいうアンタはなにになりたいの? ベルセルクとか似合いそうだけど、大人しいゆきちゃんに護られてるようじゃマージナルかネクロマンサじゃないの?」
あははは、と楽しそうに笑いながらそう口にするリコ。
話の中に上げられたユキは、何か横槍を入れる事もできずに、どこか引きつったような笑みを浮かべるしかなかった。
「ぐっ…… だったら、逆に護ってやるくらい強くなってやる! 誰にも負けない最強の支援士にな!!」
「あはは、ゆきちゃん聞いた? あなたの事護ってやるってさ。 このいじわる君が」
「なっ……そーじゃねぇだろ!!? そのくらい強くなって見返してやるって……」
「告白ーこくはくー爆弾発言ー♪」
「だーまーれー!!!」
いつもとは少し違った様相で、また教室中を駆けまわるように騒ぎ始める二人。
……ケンカして騒ぐよりも、こうして友達同士でじゃれ合うような大騒ぎの方が、見ていても気分がいい。