ここ、エリワー学園における文化祭は『聖華祭』という名称がつけられており、一般的にマンモス校と呼ばれる程度の学園の規模も相まって、地元民であれば実施帰還の三日間のうち必ず一度は足を運ぶというほど盛大な祭りである。
その盛りあがりようと言ったら何度かテレビが取材に来たほどで、今ではこの近辺を代表する催し物となっている。
「聖華祭か……私達にとっては生徒として参加するのは始めてですね」
そんなお祭りの準備期間は比較的長く、出し物の募集で体育館、もしくはグラウンドに設営される舞台を使うものは競争率が高い。
今この時でも、その募集をかけるための張り紙の前には大勢の人で賑わっていた。
「そだね。 まぁ小学生だったときも何度か遊びにはきたけど、今年からは模擬店とか出し物もできるようになるわけか……」
そんな中に混じって、聖華祭の告知を眺める、銀色の髪を根本で結んだ少女と、栗色のセミロングヘアの少女の二人。
小学生時代から一応知り合いではあったが、最近になって仲良くなってきたエリワー学園付属中学の一年生である。
まぁ、一方はざっくばらんで人辺りのいい性格が、もう一方は、気弱でいぢめつつも守ってあげたくなるような性格が影響して、二人ともそれなりに友人は多い方ではあるのだが。
とりあえず『自分達のクラスの中』にだけ限定して言えば、お互いに最も仲がいい相手として認識していた。
「出し物ができるわけだし、リスティはなんかやりたいことある?」
「え? うーん……いざ聞かれてみると、ちょっと……」
「クラスだと喫茶店とかが優勢だったけど、個人的にもなにかやってみたいなぁ……ディンとかエミィとか、ヴァイも誘ってさ」
基本的にクラス別で何かをやらなければならないので、出店者としては生徒であればだれもが強制参加となる。
また、クラブやサークル単位でも出し物は行われているが、それとは別にクラスや学年など関係なく、友達同士が集まって出し物をやるのも申請すればOKなので、事実上の出し物の数は年によっては実際のクラスの数の三倍近くなることもある。
「そうですね。 せっかくですし、皆となにかやってみたいとは思います」
――ティール、リスティ、ヴァイ、ディン、エミリア、ノア
この6人は学年を超えた間柄で、ティールとリスティ、そしてノアが小学生の頃からヴァイ、ディン、エミリアの三人は付き合いがあった。
……元々はヴァイとリスティとノアの三人と、ディンとエミリアの二人、という二グループだったのだが、双方の友人であるティールの仲介により、現在は校内でも比較的有名な一つのグループとなっている。
「そっか、じゃあ決定。 ……でも模擬店はダメだなー。 クラスが喫茶店だから、さすがに掛け持ちなんてできないし」
「決定って……ヴァイさん達もクラスの出し物の都合とかあると思うんですけど……」
うーん、と考え込むティール。
6人だけでできることなどたかがしれているが、その気になればそれなりの数を集めるくらいの人脈は持っている。
しかし集めたからといって全員の都合をクリアできるモノとなると、あまり長時間拘束されるような出し物はできないことになる。
「となると、やっぱり舞台モノかな? 合唱とかダンスとか……」
「あ、あの……ティールさん、私リズム感とかないので、できれば音楽関係は避けたいです……」
「……あー」
以前、知り合いを集めてカラオケに行った時に、リスティが一度だけ歌ったが、はっきり行ってリズムとは無縁のカタコトな歌声だった。
声の質はまさに天使の如く綺麗なものだったが、演奏に合わせて歌えなければ意味がない。
……となると、ダンスも少々怪しいだろう。 リズム感もそうだが、どちらかといえば体力的に。
「というか、ヴァイやディンが踊ってるところって想像つかないよね。 やっぱり却下か」
「……ヴァイさんが、踊る……」
一体何を想像したのか、今にも笑いだしそうな顔で口を押さえるリスティ。
性格が性格なだけに、想像してしまえばかなり滑稽になってしまうのだろう。
「…………となるともうアレしかないな……」
とはいえこのまま出来もしないことを考えていても仕方がない。
とりあえず、今頭の中にある最後の候補を仮の決定として、あとは全員で相談する事に決めた。
「ねぇ、リスティはヴァイ達皆を集めといてよ。 放課後ウチで相談しよ?」
そして、その旨を伝えて貰おうとリスティに視線を向けたが……
「あ……う、うん」
どうやら、まだ想像が頭の中を渦巻いているようで、その顔にはいまだに笑いの影が差し込んでいる。
……いったいどんな想像をしたのか気にはなるものの、なんとなく聞いてはいけないような気がしたティールだった。
……そんなお祭り準備なムードが漂い始める中、体育館ではある一組の演劇グループが、台本片手に立ち回りの練習を行っていた。
とは言っても、大きく身体を動かす演技はまだ交えておらず、あくまでストーリーの流れと立ち位置、セリフを頭に叩き込むための練習である。
「襲破……死点突!!」
現在行っているのは、ToVの第一章、ヴァイの同級生であるケルトが扮する神父から、書簡の伝達を受けたヴァイ……主人公が、道中で魔物と交戦するシーンである。
実際はほぼ一撃必殺でカタがつく戦闘なので、交戦と言えるほどのものでもないが、リスティ扮するヒロインを助けるために、という比較的重要なシーンだ。
「ゴメンなさい あなたがミナルに手紙を届けるって聞いて、きっと、後を着けていけば、魔物に会うことも無いだろうって考えていたんです」
魔物役をしてくれることになったヴァイのクラスメイトは、軽く剣を振るような動きをしたヴァイに合わせて倒れ、リスティのそのセリフの間も床に突っ伏したまま動かない。
現在は素のままであるが、もちろん当日になればそれっぽいきぐるみ的な衣装を身に着けてもらうことになる。
まあ、間抜けな位置づけだが楽な役ではあるかもしれない。
「アホか。マジに死んだら夢見が悪くなるわ」
「よ、良かった・・じゃあ、ミナルに向かいましょう」
二人とも棒読みなのが難点かもしれないが、今は誰もそこに突っ込むことはなかった。
先にも言ったが、これはあくまで立ち位置とセリフなどのタイミングの確認なのだ。
「はい、カット。 後はこれに演技も加えて、声にも感情入れられるようになれば上出来かな」
にこにことティールが笑いながら、ふぅ、と一息つけるヴァイとリスティに歩み寄る。
魔物役の生徒も、ぱんぱんと埃を払いながら立ち上がっていた。
「それにしても、特に演技もなしに必殺技の名前を叫ぶって……すごいまぬけよねぇ」
と、それまでの演技を眺めて、もっともらしい素直な感想を漏らすエルナ。
確かに、棒切れを軽く振り上げただけの簡単な動作に技名をつけられても、見る者は確実に反応に困る。
「……なぁティール、どうしても叫ばにゃならんのか?」
「んー、まぁ別にどっちでもいいといえばいいんだけど、こういう系統の漫画だと技名叫ぶのは基本だからねぇ」
『襲破死点突』
この物語の
世界観では、空中に巻き上げるように斬り上げた後に、『眉間』『気道』『心臓』『腸』の縦四点を同時とも言える速度で深々と貫き通す必殺技。
現実的に考えて常人ができるような技ではないが、技名を叫ぶのと、動きを大げさにすることでそれっぽく迫力を見せることは可能だろう。
まぁ、ヴァイは身体能力も歳のわりに高いので、ある程度なら再現することはできるかもしれない。
……とはいえ、できたとしても本当にやると木刀でも危険な技なので、当然のごとく寸止めが必須なのだが
「まぁ、そういうのは実際に演技の練習に入ってから修正かけるとして、とりあえず次のシーン確認いくよ」
ティールは『襲破死点突』という技のセリフの部分に軽く何かを書き込むと、そう言って待機している演者に顔を向けた。
「ミナルの酒場でヴァイとグリッツ、その他大勢の掛け合いのシーンね」
「おっし、俺のでばn」
「お姉さまー、練習お疲れ様です」
「ママー、おつかれさまー」
そして、ティールが出した指示に答えようとグリッツが声を上げたところで、まるでそれを遮るかのようなタイミングで聞こえてくる声がふたつ。
一同は、出鼻をくじかれてややオーバーアクションでずっこけるグリッツをよそに、その声の主の方へと顔を向けた。
「アリス、イリス。 来てたの?」
後頭部に空色の大きなリボンを結び、同系色のエプロンドレス風の衣装を身につけた小学六年生、アリス。
淡いピンク色の髪を揺らして、自らの右手をティールに向かって大きく振る小学四年生、イリス。
イリスはティールが親代わりに育てている子。
そしてアリスは個人的にティールのことが気に入っているらしい。
そんな繋がりもあり、二人ともこうして時間のある時は学園の方まで顔を出してくることは珍しくない。
今は小学校も学園も放課後ということもあり、特に遠慮もなくやってきているようだった。
「私も来てますよ」
それに続いて、扉の向こうから現れる一人の少女。
高等部にいる者――または高等部の生徒と近しい者にとっては、すでに馴染み深い相手だった。
「お、ミリィか。 どうした?」
「さっきそこで二人にティールさんの居場所を聞かれて、ディンさんが『今日は体育館で劇の練習』って言ってたのを思い出したので連れてきました」
「ふむ、今日はトートは一緒じゃないのかの?」
「あ、彼なら剣道部の打ち合わせがあると言っていましたので……」
名家リンシュタイン家の一人娘、ミリエラ・リム・リンシュタイン。
偶然かどうかは不明ながら、ディンと中等部時代からの6年間同じクラスだったらしく、彼とその友人とはそれなりに仲がいい。
そのためか、授業以外で鉢合わせる頻度は少ないものの、わりと違和感無く彼らの中に溶け込めてしまう程度に仲のいい関係になっていた。
「そう、ありがとうミリィ。 ……ところで二人とも、今日は遅くなるから先に帰っててって言ったはずだけど」
ティールはにこりと微笑んでミリエラに声をかけると、一拍置いてアリスとイリスの方へと向き直る。
初見なら無愛想な、とでも思われそうな態度だが、彼女なりに他人への敬意はしっかりと行っているのは、周りの一同は理解していた。
「家庭科の時間にお菓子作ったから、差し入れにどうだろうって思って」
アリスはそう言いながら小ぶりなタッパーを取り出し、ぱかっと開く。
その中には、甘い香りが漂ういくつものクッキーが詰められており、それはその場にいた全員の注意を瞬時にひきつけるほどだった。
……全部に『
EAT ME』と書いてあるのは冗談のつもりだろうか?
「ママ、劇はうまくいってる? イリスも凄い楽しみだよー」
などという心配事などお構い無しに、イリスがそのうちの一つをつまみながらそう一言。
当然の如く身体が大きくなるわけも小さくなるわけも無く、普通のクッキーのようだ。
(……何を警戒してたんだろう……)
一同、声にならない声を上げながら一つづつ受け取り、食べ始める。
「うーん、微妙な線かな。 正直遅れてる感じ」
とりあえず、このままのペースでは当日までに間に合わない事は目に見えている。
何しろ劇全体の構成が長く、特に主人公であるヴァイは常に舞台の上に立っている状態なので憶えることも多いのだ。
「そうなんだ……ねぇお姉さま、私も手伝えること無いかな?」
「アリスが? ……うーん、役者はなんとか集まったし、足りないところといえば……照明とか音響とかの裏方くらいだけど……」
ぐるりと体育館内を見回しながらそう口にするティール。
少なくとも、『酒場の客』や『ゴロツキ』などのモブに相当する部分を除けば、主要なメンバーはほとんど揃っている。
「そうなんですか……私もちょっと参加してみたいなって思ってたんですけどね」
「なんだ、それなら言ってくれればよかったんだがな」
そしてその横で、言葉通りに少し残念そうな顔を見せるミリエラと、特に表情も変えずにその一言に答えるディン。
まぁ、二人はクラスメイトということでわりといつもの光景ではあるのだが、関係が噂された事がないのは互いに決まった相手が既にいる、というのが大きいかもしれない。
「ま、とりあえず考えてみるよ。 メイン……は無理かもしれないけど、どこかに役があるかもしれないし」
「うん! ありがとう、お姉さま」
ひとまずの提案にぱぁっと笑顔を見せるアリス。
……アリスは天賦の才能とでも言えるほどに空間把握の能力が優れていて、劇やダンスなどの広い空間を使う舞台で立ちまわらせる――いや、むしろ現場で指示を出す立場にすればかなりの戦力になるだろう。
それが分かっているだけに、ティールも彼女の扱いについては慎重なようだった。
「ママー、わたしはー?」
その様子をしっかりと目にしていたのか、続いてティールに声をかけるイリス。
「うーんイリスはちょっとムリかな。 今回の劇は難しいし、8歳……はちょっと役が無いしね」
「むー……」
「まぁ、次があったら考えとくよ。 だから今回は我慢してね」
イリスはぷくーっと頬を膨らませて不満そうにしていたが、ティールの言葉通り、この舞台は『酒場』や『遺跡』など、小さな子どもがうろつくには少々不自然な場所が多い。
更に言うと、イリスは歳よりも小さく見えるということもあり……どうしても、今回の劇では使いづらいのだ。