早朝―――今日もゆったりとした1日が始まる。
ここは河の上に建つ街ミナル。街中に水路が張り巡らせており、物資や人は船頭の操る船で移動していくのが最早主流である。
その為、船を操る船頭はこの街には無くてはならない存在だ。
そして、まだ日も昇りきっていない早朝から一人の船頭、ロートの1日は始まる。
一般的にどこか暑苦しい印象を受ける船頭だが、ロートはどちらかと言うと、どこかの喫茶店のカウンターでカップを磨いている方が似合いそうな印象を受ける。
さらに言うとコーヒーなんか飲んでいたら凄く絵になるだろう。
ロートは起き上がると軽く伸びをし、1階に下りていった。
「さて・・・今日のニュースは・・・」
ロートは食卓の自分の席に座って、手に持っていた新聞を開いた。すると、
「もう少しで朝食の準備ができますから、少し待ってくださいね」
そう言い、妻は食卓の上に熱いブラックコーヒーを置いてくれた。
「ああ、ありがとう」
私は妻の用意してくれたコーヒーを口につけた。
すると、
―――ッ!―――ッ!!
―――ッ!?
「・・・おや?」
まだ静かな早朝に響き渡る声に、ふと顔を上げた。
どこか聞いたような声だな。さて、どこだったか。
ロートはのんびりと考えながら窓の外を見た。まだ距離はあるようだが、その声は早朝の静けさで辺りに響き渡っている。恐らくここら辺一帯の家にも聞こえているだろう。
やがて、なにやら騒いでいる声の持ち主達がだんだんと家の前の道に近付いてくる。それと同時にその騒いでいる声の内容が聞こえ始めた。
「エ、エミィ!!落ち着け!落ち着けって!!」
「うるさい!うるさい!!うるさーい!!!」
「うわっ!痛た!痛たたた!?や、やめろ!!殴るな!!?」
「うるさい!何もかも忘れてしまえ~~~~!!!!」
だだだだだだ・・・・、とすごい速さで家の前を通り過ぎていく2人の男女。その一方の少女は見るからに目立つフリル満載の白いドレスを着て、何やら赤面しながら手に持っている杖のような物で青年をドツきながら走っている。対して青年は両手で頭を庇いながら必死で逃げていた。
あの調子だと、たぶん町中を走り回るんだろうな。
家の前を走り去っていく2人をしばらく見送って、微笑をこぼしながら妻の方を振り返ると、妻もくすくすと笑っていた。
「ふふふ、エミリアちゃん達は相変わらずですね」
妻が微笑みながら言った。
「そうだな。まぁ、もうこの町の名物の1つになっているしな」
私も同じように微笑みながら言った。
耳を澄ませると、まだ2人の叫ぶ声が聞こえてくる。
と、そこへ2階から少し寝ぼけた様子の息子が下りてきた。
「おはよう。親父、お袋」
「ああ、おはよう。惜しかったな。もう少し早ければ面白いものが見れたのに」
そう言いつつ息子と軽く会話を楽しんでいると朝食の準備が済み、全員が食卓の各々の席に座った。
最近は意見の食い違いで家を飛び出す若者も増えてきているが、こうして息子が正義感の強い真っ直ぐな青年に育ち、いまだ家族そろって食事ができるのは、妻の苦労の賜物だと思っている。妻には感謝してもしきれない。
息子ももう16歳。冒険に夢を馳せる年頃だ。
実際、息子は私の仕事を継ぐか、支援者となるか迷っているようだ。
夢と未知の世界を冒険する危険な世界に足を踏み入れるか、船頭となって、のんびりと平和な世界に留まるか、今はどちらを選んでも良いように体を鍛えているそうだ。
『冒険もいいけど、親父の仕事も継いでみたいんだ』と言った時にはうれしかったものだ。
―――だが、最近は少し焦りが見え始めている。
ディン君やエミリアちゃんの様に17~19の年齢でBランクの支援者になっている若者も少なくない今、16で未だに支援者になっていない自分は遅すぎるのではないか、と感じ始めたらしい。
だが、口出しはするまい。
少し薄情ではないかと言われそうだが、今は悩みながらも自分で選択させるのが一番だ。
人生では選択を迫られる時が絶対に訪れる。支援者にせよ、船頭にせよ、それは変わらないだろう。ならば今から自分の選んだ道を進んで欲しいのだ。息子に悔いの残る人生は歩ませたくはない。
まぁ・・・私にできることは息子が選んだ道を全力で応援してやるだけかな。
「さて、と・・・」
朝食を済ませると、ロートは席から立ち上った。
「そろそろ船の準備をしに行って来るよ」
支度を済ませ、家の玄関へと向かう。
「いってらっしゃい。あなた」
「気をつけて行けよ。親父」
家族に見送られ、「ああ、行って来る」とロートは船のある桟橋までのんびりと歩いていった。
さて・・・今日もがんばるか。