リエステール街道のはずれ。
緑で覆われた場所の一部、そこはまるで殺人事件があったかのように大量の血液が緑を染めていた。そこには未だ血の滴る肉片が付着した骨が、山と積まれている。
そしてそこからそう遠くない場所で焚き火を囲み、2人の男女がその骨の持ち主達のものであろう、血の滴る肉片を焼いて食べていた。
「さてと、今後の計画なんだが・・・」
男女の内の男の方が、焼いた肉を食べながら口を開く。
「餓えはなんとかなったから、酒場で簡単な依頼を受けるってことになるんだが・・・」
そう言い、男は僅かに顔を歪める。その後、今度は女の方が口を開いた。
「でもちょっと難しいよ?確か、今はあの支援者ギルドの集金期間だから、多分もう酒場の依頼もSランクのものぐらいしかないだろうし・・・」
その後、2人そろって溜息をつく。そして僅かな沈黙の後、再び男が口を開いた。
「とにかく、行動は早めに取った方がいいな。まだ集金期間の初日とはいえ、モタモタしてると他の街の依頼まで全部持っていかれちまう」
『では、どうするのですか?』
その場には男と女の2人しかいないはずだが、何もない空間から別の声がそう男に尋ねた。
しかし男は特に不思議がることもなく、普通に受け答えをする。
「とりあえずミナルへ行こう。ティラ、マキア、準備が終わりしだい出発するぞ」
「了解です」
『了解しました』
―――夕方、ミナル付近の川の岸辺の道。
「よかったねー。依頼が残ってて」
そう言いながらほてほてと歩くのは、白い外套を羽織った茶髪の少女。その手には機械杖ティタノマキアが握られている。
「まぁ、よかったのはよかったんだが、『翆水晶石の採取』の依頼とはな・・・。面倒くさい上に労力と報酬が釣り合わなくて支援士から余り好かれてない依頼の1つだぞ」
そう言い溜息を吐くのは、黒いコートを着た黒髪の青年。コートの腰部の左右には、いつも愛用している双剣が鞘に納まってぶら下がっている。
『仕方がありません。ミナルにも、もうそのくらいしか依頼が残っていませんでしたから』
そう言うのは少女が愛用している機械杖だ。
『むしろ依頼が残っていたことの方が奇跡に近いのですから、それでよしとしては?』
「まぁグダグダ言ってても始まらないしな。今日中に見つかることを祈るか。・・・神は信じないが」
「大丈夫だよっ!絶対見つかるって!」
ティラは笑顔でそう言いながら、「よっしゃーっ!やるぞーっ!」と元気に川へと下りていった。
「まったく、しょうがないな」
駆けていくティラを見て苦笑しながら、ライトも同じように川へと下りていった。
「おーい、見つかったかー?」
夕日も傾きかけた頃、ライトは遠くで翆水晶石を探しているティラに呼びかけた。
長時間腰を曲げて川の中を捜したため、かなり腰が痛い。
「全然見つかんないよー・・・。もうダメ~・・・」
そう言うとティラはへなへなと川の底に座り込んだ。そのせいで上半身までがぐっしょりと濡れる。
浅いところにいてくれて助かった。とライトは密かにほっと胸を撫で下ろした。実を言うとティラは泳げないのだ。
だが、いつまでもそんな所に座っていると、風邪を引くのは目に見えて明らかだった。それに川が増水しないとも限らない。
ライトはやれやれと肩をすくめながら、バシャバシャと水飛沫を上げながらティラのいる場所まで行った。
「こら。そんな所に座ってると風邪引く―――」
言いかけて突然、背筋にぞわりとした悪寒が走る。
その感覚が、周りに敵がいると警告を発した。それもかなり大きい。だがどこだ?周りにそんな大型の魔物がいたら嫌でも気づく、しかし、辺りにはなにもいない。
ライトは素早く辺りを見渡しながら、腰の双剣に手を添えて、いつでも抜き放てるように構えた。
ティラはまだ何も気がついていないようだが、見えない殺気が刻一刻とその厚みを増していく。
ライトは、気配を探りながら、再び辺りに目を走らせた。周りにあるのは川・・・岸辺・・・土手・・・橋・・・。
・・・橋?
ライトはバッと勢いよく頭上に架かっている橋の上を見上げる。すると、そこには大きな影が手擦りに足を掛けて今にも飛び降りようと身をかがめていた。
「ティラ!」
その瞬間、ライトはティラを岸に近い方向に勢いよく突き飛ばし、自身も横に跳び退った。
ライトが避けた直後、今の今までティラが座っていた場所に、巨大な緑色のものが橋の上から跳びあがり、そして勢いよく着地した。
着地した衝撃であたりの水が盛大に飛沫を上げる。
「痛っ!?え・・な、何?何!?」
ライトに突き飛ばされ、川底に勢いよく尻もちをついたティラが困惑したようすで水飛沫が上がった場所を振り返る。
水飛沫が収まると、そこにはトカゲ剣士レムリナムが、巨大な剣を持って立ち上がっていいた。それもかなり大きい。
「・・・大きさからしてラジア・レムリナムか?確か少し前にリトルレジェンドが討伐したとか聞いたが・・・。成程、コアの再生速度が早いのか」
ライトは腰から双剣を抜き放つと、余裕の表情を見せながら敵を分析した。水晶のような黒い刃が、夕日の逆光にキラリと光る。
敵の力量を測る意味でも余裕は大切だ。焦りは思考を鈍らせ、下手をすると慣れた敵にも首を取られかねない。
そもそも、この状況で逃げるのはまず難しい。ライトはちらりとティラを見た。
2人とも、服が水を吸っていて動きが鈍っている。その上ここは川の中、動きはさらに鈍る。いくらトカゲのスピードが遅くても、さすがに逃げ切れないだろう。とくにティラは。
「ま、もともと逃げる気はさらさら無いけどな」
二ヤリ、とライトは口元を曲げて不敵に笑い、トカゲに右手で持っている剣を突きつけた。
「来い。最近強い奴と殺りあってなかったから少し退屈してたんだ」
その瞬間、何の前触れもなく戦闘は開始された。ライトに向かって突進してきたレムリナムは、大きなロングソードと思われる大剣を振りかぶり、目の前の敵を叩き斬ろうと力を込めた。
ライトは振り下ろされる大剣の軌道から避けると、外れた大剣は川底を思い切り叩き、耳障りな音を立てる。その隙に体を捻って回転しながらレムリナムの背後に回り込み、そのついでにトカゲの足に斬撃を叩き込んだ。
「・・・ん?」
しかし剣はトカゲの鱗によって弾かれ、そこには僅かな傷のついた鱗以外、何の傷も見当たらない。
「成程な。噂どおり良い鱗をもってやがる」
攻撃を弾かれたにも関わらず、ライトはにがい顔1つすらしない。むしろ少し楽しんでいるようにも感じる。
ゆっくりと振り向いたレムリナムは、今度は思い切り振りかぶると、横振りになぎ払った。
ライトはそれをしゃがんで回避、頭の上を大剣が通り抜け、髪が数本散った。それと同時に左手の剣をレムリナムの左目に目掛けて投げ放つ。
大きく振り抜いた為に防御も回避行動も取れないレムリナムの左目を、水晶のような剣はグサリと容赦なく刺し潰した。
グオオオオォォォォォオオ!!!!
レムリナムが唸り声を上げる。そこに関発入れずに右手で持っているもう一振りの剣でレムリナムの正面から一撃。剣はトカゲの胸の鱗を叩き斬った。
しかし、剣の刃は鱗を叩き斬ったことでその勢いを殺され、鱗の内側の肉に深く食い込んだまま停止した。
しまった。と思うも束の間、突然レムリナムは潰れていない方の目でギロリとライトを睨みつけると、隙だらけのライトの横腹を狙って思いきり大剣でなぎ払った。
「なっ・・ぐあっ!?」
咄嗟にレムリナムの胸肉に食い込んだ剣を、半ば引きちぎる様にして強引にもぎ取り攻撃を受け止めるが、その渾身の力で振り抜かれた衝撃までは殺しきれず、ライトは少し遠くに吹き飛ばされて、川底に叩きつけられた。片方の剣は、まだトカゲの左目に突き刺さったままだ。
「痛ッー・・・、まともに食らってたら死んでたな・・・」
膝をついた状態で苦笑いするライトに大きな影が近づき、風を切りながら大剣が振り落とされた。絶叫が響くと同時に血が迸る。
だが、響き渡る絶叫はレムリナムのものだった。
見ればトカゲの右肩に風穴が開いている。そしてその後方の少し離れた場所に、ずぶ濡れになっているティラがティタノマキアを構えて立っていた。
「マキちゃん!サブシステムA・B・D起動!」
『OK。サブシステムA・B・Dに設定します』
ティラの言葉を合図にしたようにティタノマキアの内部が起動。ブゥンと唸るような音を立てながら僅かに振動し、杖全体が僅かに熱を持ち始める。
逆上したレムリナムはギラリとティラを睨みつけると、大剣を振り上げながらティラに向かって突進する。
ティラは気を落ち着かせるように目を伏せながらゆっくりと深呼吸し、ギュッと杖を握る力を僅かに強くした。
それと同時にティタノマキアの先端の機械部分から、キィィィンという高速回転する機械のような甲高く短い音が響き渡り、杖に帯びる熱が僅かに上がる。
「アクアボルト!」
ティラの放った呪文によりティタノマキアの杖先から3つの水弾が放たれ、それぞれがトカゲの右肩・左肩・腹部へとほぼ同時に直撃。バランスを崩したレムリナムは後ろ方向へ倒れこみ、盛大な水飛沫を立ち上がらせた。
そこへ、幽鬼の如く立ち上がったライトが殺気もあわらにトカゲの頭をにらみ降ろす。
「オレの剣を返して貰おうか」
そう言うと、ライトはレムリナムの左目に突き刺さったままの剣の柄を握り、渾身の力を込めて、思いきり回転を加えながらそれを捻じりこんだ。グジャリと生々しい音を立てて剣が肉を切り裂き、抉り、潰しながら奥まで捻じ込まれる。そして完全に捻じり込まれた後、ライトはそれを一気に抜き放った。
血の滴る剣を抜き放ったと同時に、そこからトカゲの体液が噴水のように勢いよく噴き上がり、ライトの全身を汚しながらゆっくりと収まっていった。
しばらくの間、痙攣したように体を震わせていたトカゲだが、やがてピクリとも動かなくなった。その顔の左側は顔かどうかも見分けがつかないただの肉塊となっており、耐性の無い者が見たら間違いなく吐くだろう。
勿論、
「あぅえ~~~・・・っ」
耐性が無かったティラは、レムリナムの死体から顔を逸らして思いきり青い顔をしている。
何も知らない人が見たら、先程トカゲの右肩に豪快に風穴を空けた者とはとても思えないだろう。
「ティラ、ナイスショット」
レムリナムの体液に塗れた黒のコートを脱ぎながら、ライトが機嫌よく笑った。余程ストレスが溜まっていたのだろうか、その笑顔は「いい運動をした」と言わんばかりの清々しいものだ。
こちらも何も知らない人が見たら、先程トカゲの頭を豪快に抉った者とはとても思えないだろう。
「さて、邪魔なトカゲは片付いたけど、翠水晶石は見つからないな・・・」
「よっし・・・もうちょっとがんばります」
両手で握りこぶしを作って意気込むティラに口元だけで笑いかける。
「そうだな、一旦ミナルに戻るか」
「ぅえっ!?聞いてましたか!?まだやれますよ!?」
「そう言うならせめてそのフラフラの体をどうにかしてから言え」
ライトの言葉を否定できないのか、ティラがきまりの悪そうな顔をして口をつぐんだ。
「そんな顔すんなよ。ほら撤収てっしゅー」
そう言いながらライトは岸辺に向かって歩きだす。当然、ティラも不満気ではあるがそれに従って後を追う。
だが、ここで最早お約束であるかのように、ティラが川底の石で足を滑らせた。
「うわぁっ!?」
咄嗟に前にいたライトの服を掴み、そのまま前方に押し倒してしまう。
「ぐはっ!?」
ゴツッと鈍い音が川底から聞こえ、道連れとなったライトはその態勢のまましばらく体を痙攣させた。
余程痛かったらしい。
「あたたた・・・ってアレ?」
ライトの背中に倒れこんだティラがふと顔を上げると、目の前の川底に何か光る物が転がっていた。
「あ・・あった!あったよーライト!ってアレ?」
探していた翠水晶石を川底から採取して、うれしそうに笑顔でライトを見ると、しかしライトは未だに川底で痙攣していた。
「えっと・・・ライトー?」
「・・・・・・・・・・」
恐る恐る呼びかけるが、返事は無い。
「もしもーし?ライトさーん??」
「・・・・・・・・・・」
「翠水晶石、見つかったよー?」
「・・・・・その前に」
「ふぇ?」
一拍おいて、
「その前に、何か言うことがあるだろうがこのバカ娘ーーー!!!!」
「きゃーーーー!!?」
そう叫びながら不死者の如くガバリと起き上がり、毎回恒例の説教と謝罪の応酬がしばらく続いた。
その後、翠水晶石も見つかったし、まぁ結果オーライかと自己完結してミナルへと歩きだしたライトの背後で、ティラが「なんか納得しないなぁ・・・」とぼやいていたりもしたが、当然の如く無視された。
余談だが、ライトが川底の石で頭を打ち付けた拍子に自分の額から大量に出血していると気が付くのは、ミナルに着く少し前のことだった。