祠の外に出た時には、もうすでに太陽は空高く昇って辺りを明るく照らしていた。
太陽の位置からして、恐らくもう昼頃なのだろう。
ライト達は丁度近くを通っていた馬車をとっ捕まえて、護衛をする変わりに格安で乗せてもらい、今度の探検の成果、もとい情報を売りつける為に、まっすぐリエステールへと帰路についた。
ついでに馬車がただでは無かったのは、それが正規の依頼ではなかった事と、馬車の持ち主が生粋の仕事人であった為だ。
「マスター、期待はしていないが何か依頼はあるかー?」
リエステールに無事に到着すると、ここまで格安で運んでくれた馬車の持ち主に礼となけなしの金を払い、まっすぐに向かったのは大きな酒場。
その扉をくぐるや否や、ライトはすぐに酒場のマスターのいるカウンターへと行き、声をかけた。
「おう、ライトじゃねぇか。残念だが、予想通り依頼はねぇぞ」
カウンターにいた歳は決して若くないが、逞しい筋肉質な体をしたおっさんがその返事に答えた。
酒場のマスター。本名不明。
かつては『狂気の獅子』と呼ばれる圧倒的な力を誇るベルセルクだったそうだが、おかみさんに弱いところを見ると、どうにも嘘臭く見えてくる。
しかし、ライトには、この酒場の店主の奥底にある圧倒的な力を僅かだが見抜いていた。
なぜなら、その雰囲気には僅かに自分のクソ親父と似たものがあったからだ。
「まったく、あいつ等いっぺんに来やがるから、一気に依頼が無くなっちまう。他の奴らから怒られるのは儂なんだぞ?」
「そいつはご愁傷様。・・・確か、『ドリームウィング』って名前だったか?そのギルド」
「ああ。しかも依頼が無くなるだけならいいんだがなぁ・・・、依頼の奪い合いであいつ等の一部が店で暴れるもんだから、こっちは商売あがったりだ。昨日の夜もパールの奴が床を破壊しやがったんだぞ」
「床を破壊って・・・おいおい冗談だろ?ここの床、外見は木造だけどその下は石造りだぜ?店内で魔法でも使ったのか?」
「お前が何でこの店の構造を知ってやがるのかは後で問いただすとして、個人の情報をこれ以上言う訳にはいかねぇな。ところでこんな金になる依頼の無ぇ酒場にお前が何の用でぇ?飯か?」
「それじゃまるでオレが守銭奴みたいじゃねえか。・・・まぁ、飯を食いに来たのは確かだが、今日は別の要件かな。ダンジョンの情報を売りに来た」
「へぇ・・お前の事だから、またとんでもない所に行ってきたんだろうが、どこのダンジョンでぇ?」
「有限回廊こと、無限迷宮」
ガタタッ!
ライトが何気なくそう言った途端、周りに座っていた支援士と思しき者達が席を立って一斉に聞き耳を立て始めた。今だ謎の多いダンジョンであればある程、そこに莫大な財宝が隠されている可能性が高い。だが同時に危険も多いため、少しでも多く情報を手に入れて挑んだ方が、それだけ生存率は高くなるのだ。
だが、そこで周りの連中に聞かれていたら情報を売る意味がなくなるので、酒場のマスターと周りに誰もいないカウンターの席に移動した。
「ところで・・・さっきからお前の隣にいる嬢ちゃんは誰でぇ?」
勿論、酒場のマスターとティラは面識がある為、ティラの事では無い。ライトの隣に立っていたのは、
「がおー」
あの、無限迷宮の実験室のような部屋で見つけた少女だ。
オレンジ色の右目と緑色の左目のオッドアイ。色白で柔らかそうな肌に、金色の髪が特徴で、その珍しい容姿から、実はさっきから少し周りの注目を集めていた。
「ああ・・・、オレは放っておけって言ったんだが、ティラが聞かなくてなー。結局連れてくる羽目になったんだが・・・。まぁその事も後で話すよ」
そう言うと、ライトは無限迷宮でのことや例の実験室と少女。それに発見した行方不明の冒険者達の骸の数など、あそこでの事を事細かに話した。
途中でライトの隣にいた少女は話を聞くのを飽きたのか、ライトの傍を離れ、近くのカウンターで暇そうにしているティラの方に行ってしまった。
「―――と言う訳で、以上が今回の探索の全部だ。マスター」
しばらくして話は終わり、ライトは話疲れたと言わんばかりに一息ついた。
「まぁ、お前が嘘を吐くとは思えねぇから、その情報量なら十分に金が払える価値があるな」
酒場のマスターの言葉に、ライトは満足げな顔をした。
いくら話が長くても、その情報に価値が無いと判断されれば1フィズたりとも貰えない可能性があるのだ。
情報を売るのは、それだけ難しい。そもそもこのようにして売りつけること事態が少し変わっていて、情報を求める者から直接金を貰って話すのが本来の形だ。
「・・・ところで、マスターに頼みがあるんだが、少しでいいから多めに金をくれないか?」
「・・・一応理由を聞いておこうか」
「その理由は―――あれだな」
ライトはそう言って、ティラの隣に座っている少女を目で示した。
カウンターの隣に座っている少女の格好は、大きさのまったく合っていないダボダボの黒いコートを、着崩れしないように腰の辺りでベルトを締めただけの簡単な物で、手は袖の中に完全に隠れて袖が余っている有様だった。
「ありゃあ、お前のコートじゃねぇか?」
「そ。さすがに街中を裸で歩かせる訳にはいかないから、オレの替えのコートを無理矢理着せた」
「にしても、あれはデカ過ぎねぇか?ティラの嬢ちゃんのを着せればいいじゃねぇか」
「あいつの替えの服は昨日川に浸かってずぶ濡れになっていたから無理。で、まぁ理由は見た通りあいつなんだが、正直に言うと、何か面倒な事になりそうな気がするから関わりたくない。でも孤児院に押し付けるにしても何にしても、必要最低限の物は揃えてやろうかなと思ってな。ついでに言うと、今手持ちにそれだけの金が無い。ほぼ食費に消える」
見ず知らずの少女に、金も無いのにそこまでする義理など何処にもないのだが、ライトは我ながら甘いなぁと心の内で溜息を吐き、やや自笑気味に笑った。
「そうだなぁ、そう言うことなら別に構わねぇが・・・。孤児院に預けるにしても何にしても、あの嬢ちゃんの素情は明かさねぇ方がいいぞ」
「ああ、分かってる。あんな突拍子もない話を信じる奴はそうそういないだろうが、輪廻の均衡を破って存在している奴の噂が教会の耳に入ったら、色々と面倒な事になるからな」
教会は生体実験、生物同士の合成や人造生物の精製などを輪廻の均衡を破るものとして禁止している。もしも見つかれば、少女もそれを隠していた自分達も只では済まないだろう。
「まぁ、そういうことだな。儂は坊さんの話はよく解らねぇんだが、お前の話を信じるなら、あの娘っ子はかなり特異な存在だ。そんな化け物みたいな奴を周りがどんな目で見るかは大体想像がつくだろ」
「ああ。・・痛いほどに、な」
脳裏に浮かぶのは、誰もいない場所で、痛々しいくらいに無理矢理笑っていた少女。目の前では笑っていたクセに、隠れてこっそり見てみたら、いつも暗く淋しそうに俯いていた顔。
そんな事を考えていたら、金が入っていると思われる袋を目の前に差し出された。
「ほら、傍にいる間だけでもきちんと面倒を見てやるんだぞ?」
手に取ると、予想以上に袋は重かった。
「悪いなマスター。金を借りるような真似をして」
「なに、それはお前の報酬だ。その優しさは無くすんじゃねぇぞ?」
懐の広いマスターに再度礼を言い、2人を呼んでマスターに言った。
「マスター!飯、安い奴で!!」
「ライトー?本当に来ないのー?」
リエステールの街中にある、女物の服が売っている店の前で再度ティラが聞いてきた。
「当然。女物が売っている店に入れるほどオレは無謀じゃないぞ?」
「わかった。それじゃあ、行こっか」
「がおー」
無理矢理着せた黒いコートをズルズルと引きずりながら、少女はティラに手を引かれて店の中へと消えていった。一応、店の店員に少女の格好を不審がられた時の言い訳はティラに教えておいたが、きちんと言ってくれるかは少し、いやかなり不安だ。ボロが出ないことを祈るしかない。
「それにしても、暇だな・・・」
これだけ暇を持て余すのは本当に久しぶりだが、店前で待つだけでは妙につまらない。
『偶には休みも必要ですよ。ライト』
店に入るには邪魔だろうと思い、ティラから預かっておいたティタノマキアが声を掛けてきた。もしかすると、こいつも暇なのかもしれない。
「だがなぁ、こう女物の店の前でただ立って待つだけじゃ、休みも何も・・・」
それに周りの視線が痛いし。
『まぁ、それもそうですね。・・・ところで、あの少女はどうするのですか?マスターは随分と気に入ってしまったようですが』
「あいつだけでも精一杯なんだ。2人も養えると思うか?」
ライトがそう言うと、ティタノマキアは間を置かずに即答で答えた。
『無理ですね。間違いなく』
まったく。こう、言う時にはスッパリと切り捨てる性格は、杖にしておくには勿体ないような気がした。
『ですが―――』
「ん?」
それからしばらくの間、周囲の痛い視線に耐え続けていたところ、ようやく2人が店から出てきた。
女は服を選ぶのに凄く時間がかかると聞いた事もあったから、割とあっさり出てきてくれたのには少しだけ感謝した。恐らくもうしばらく続いていたら、周囲の連中から『変質者』や『色欲魔』などの最悪の称号を得ていたかもしれないのだ。そんな事になったら、オレはもうこの街にいられない。
まぁ、そんなイフの話は置いておいて話を戻そう。
店から出てきた少女は、灰色のショートパンツに白のTシャツ姿で、その上から袖の余った黒いコートを着ていた。配色や服装は作者のセンスが無いので、変でしたら見逃して。
「―――って、ちょっと待て。それはオレのだろ」
「それがね、この子これが気に入ったみたいで離そうとしないの。一応は合うように調節してもらったんだけど」
確かに、余った袖の部分はそのままだが、引きずっていた裾の部分は引きずらないようにとコートの内側に縫い込まれていた。
「・・・人のコート勝手にいじるなよ・・・」
ライトはただ呆れた様な溜息を吐いたが、結局そのコートを取り上げるような事はしなかった。
「えっと、ライト・・・」
服などの必要最低限の物を購入して街中をほっつき歩きながら、
そろそろ来る頃かな。と思っていたら、案の定ティラが恐る恐ると言った感じで口を開いた。その顔が妙にぎこちないのは、恐らく断られる事を予想しているからだろう。
「あの・・この子は・・・」
そう言って、手を繋いでいる少女を目で示し、少女は、突然こちらに視線を送られたことに「?」と小首を傾げた。比較的小柄な方のティラだが、少女はそれでもティラの肩部に何とか頭が届くか届かないかと言う程に小さかった。
「孤児院に渡す。オレ達には、もう1人生活できる程の金は持っていない」
「うん・・でも・・・」
それは分かっているのか、ティラの顔が、目に見えるくらいに沈んでいく。頭のアホ毛も、今は力無くしおれていた。
対して少女は、今の話がよく分かっていないのか、ティラとライトの顔を交互に見ながら不思議そうな顔をしている。
辺りに重く沈んだ空気が漂う。それを取り払うように一度咳ばらいをして、ライトは再び2人を見かえした。
「・・・だが、困った事にな。さっき孤児院に言って話をしてきたんだが、受け入れにはしばらくの間、時間がかかるそうだ」
勿論、あの服屋からはかなりの距離があった為、孤児院には行っていないという事は、指摘もされないので秘密にしておいた。
「このまま放っておく訳にもいかないから、それまでの間なら連れていってもいい。その変わり、言い出したんだから責任は全部お前が持てよ?」
仕方なさそうに露骨に溜息を吐いてやると、ティラの表情がパァッと輝いた。心なしか、アホ毛も嬉しそうにヒョコヒョコと上下に揺れている。ここまで解りやすいと、やっぱり許可しないと言ってみたらどんな顔をするのだろうかと少しだけ興味が湧いてくるが、流石にそんな事をしたら怒るだろうなと思い、黙っておくことにした。
「ありがとーっ!!ライトー!!」
ティラが思わず、ひしとライトに抱きついた。ついでにここは街中です。周りの嫉妬や冷やかしの視線が痛いです。
「あーもう、いい加減その癖を直せよ。ところで――――」
ティラを手馴れた様子で引っぺがし、少女の方を振り向いて口を開こうとした時、そこで初めて気が付いた。
少女の名前が分からない。
まぁ、あんな所に、恐らく長い間眠っていたのだから、名前など無いのだろうが。
「ああ、そうか・・・名前が無かったな。それじゃあ何かと困りそうだから、便宜的にでも付けておいた方がいいな」
「じゃあ、何がいいかなー?」
「そうだなぁ・・・」
2人仲良く、あーだこーだと名前を考え始める。傍から見たら、まるで恋人同士の様に見える光景だった。
そして2人に挟まれた少女は、やっぱり何が何だか分かっていなかった。
――ですが――
――ん?――
――そう言いながらも、あなたは放ってはおけないのでしょう?――
――・・・まぁな。あいつには内緒だぜ?――
――はい――