「アーティファクト【フェイトサークル】?」
それから3時間。
全体的に埃っぽくなりながらも、地下書庫から戻ってきたエミリアとルシアの手には、一冊の古ぼけた本が治まっていた。
その内容も現代使われている文字ではなく、アルティアの時代のさらに以前――旧時代に失われたエンシェント・ワードという文字で構成されており、その本自体が古いものであることがありありと感じられる。
「うむ、《運命の円環》という名を与えられた、神代のフルーカードの中の一枚じゃな」
「神代の……」
また、とんでもないものを掘り起こしてきたものだ、と思わされる一同。
アーティファクトというのは、神の遺産という意味を持つ言葉。
天聖法具とはまた別の出自だが、それに並ぶ強力な力を備えた法具であることが多いとされている。
「この手のアイテムは現在の書物にはほとんど情報はない。 この本も、写本のさらに写本と言われているものでな、言語学者がエンシェントワードを解読する以前に写されたものじゃ」
「うわー、そんなレアなものを……やっぱすごいわねぇ、エミリアちゃんって」
「すごいのは分かりましたけど……エミリアさん、肝心のこのカードはいったいどういうものなんですか?」
感心しているのか、食い入るように本を見つめるレインを押しのけ、リファが半ば詰め寄るような勢いでエミリアへと問いを投げかける。
ヴィオもそれを尋ねようとしていたところだったのだが、むしろその瞬間の彼女の剣幕に押されて逆に黙り込んでしまっていた。
「……そうじゃな、それを説明する前に…………」
一拍置いて、”ふむ”と口元に手を当てて考え込むような体制をとるエミリア。
一同はその仕草に疑問を持ち、一緒に資料を探していたルシアの方へと目をむけなおすが……
彼もまた、何も言えないとでも言うように眼を伏せ、黙りこんでしまっていた。
「ま、先延ばしにするよりは良い、か……」
「……そうですね」
また数秒の間をおいて、口を開く二人。
さすがにここまでくると尋常ではない雰囲気を察し、この場にいた全員が固唾を飲むような気分に苛まれ始める。
特に――被害者である本人と、その隣に座るリファの緊張感は、ひと際強くなっているのがありありと分かる様子だった。
「まず結論から言おう。 ヴィオ、お主の身体……元に戻せる見込みは、無い」
「――!」
「そんなっ……!」
そして、エミリアのその言葉を告げられた瞬間に反応した者もまた、ヴィオとリファの二人だった。
……・しかしヴィオ自身はどこかで予測はつけていたのか、一瞬表情が揺らいだだけで、むしろリファのほうが大きな反応を見せていたようにも見える。
「理由は、変化に使われたメンタルが膨大すぎること、その一点のみじゃ」
「膨大すぎる……って?」
それでも、ショックは受け流しきれなかったのだろうか。
ヴィオは直後のそのエミリアの言葉に明確な反応は示さず、どこか悔しそうに口元をゆがめ、ただじっと話を聞く態勢に入っていた。
――今聞こえてきた声は、リフルのものである
「はい。 あの泉の主――おそらく、このカードに宿る意志ではないかと思いますが、彼女は『数百年誰も来なかった』と言っていました。
それはつまり、数百年分の地脈のメンタルが使われることなく、あの宝珠に蓄えられていたことになります」
「そして、直後に宝珠の輝きが消え、アースのヤツが飛び込んでも何も起こらなかった。
……ヴィオの変化にすべてのメンタルが消費された証拠じゃよ」
「……それが、なんで元に戻せないことにつながるんですか……?」
エミリアの言葉に間髪入れることなく、リファが質問を投げかけていた。
どうしても納得できない、納得したくない。
そんな本人にはどうにも抑えきれない意思が、その言葉の中から隠しきれずに漏れ出しているのが感じられる。
「ふむ、ではこのカードの詳しい内容の説明に入ろうか」
「エミリアさん!」
がたん! と音を立てて、リファの座っていた椅子が動く。
どれほどの勢いで立ち上がったのかがうかがえる一瞬だが……
「落ち着け。 説明にも順序というものがあるのじゃ」
「そうよ、リファ。 ヴィオ本人が黙って聞いてるのに、あなたの方があせってどうするのよ」
「レイン…………うん、そうだね……」
レインに諭され、顔を伏せるような体勢で椅子の位置を戻す。
エミリアはその姿を目にし、”ふむ”とまた一言口にするが、それ以上その態度について追及することはなく、こほんと一度咳払いをすると、再びカードの説明に入っていった。
「この世のあらゆるものには、運命というものがある。
それは他社との出会いや別れだったり、
ジョブの選択だったり……生と死の瞬間だったり、さまざまなものに定義されるものじゃ。
またあまり気にされることの無いコトじゃが、その者の性別もまた、運命の中で分岐する……生まれたその瞬間に決定する、本人の意思に関わる事の無い最初の分岐点じゃな」
「運命の、分岐点……?」
「……このカードは、その者が生まれた運命の位相を動かすことによって、現在とは違う“自分”を呼び出す力を持つ。
つまり、お主は運命の分岐の中で、そのような姿で生まれ落ちる可能性もあった、ということじゃな」
「可能性の自分……この身体が……?」
「で、じゃ。 元に戻れないという結論を出した理由は、現在お主の身体は、すでにこのカードにより運命の位相がずらされ、固定されている。
その位相を再びずらして固定するためには、最初に使われたメンタルを上回る量のメンタルを使わなければならないのじゃ」
「そんなっ……」
……単純な理屈だった。
たとえば接着剤でくっつけられたモノを動かそうと思えば――リムーバーなどという道具は存在するがこの際無視して――その接着剤の粘着力を上回る力で引きはがさなければならない。
それはメンタルを使用する魔術――特に呪いなどの定着させるタイプのものでも同じことで、現在の状態を『固定』させているメンタルを引きはがすために、そのメンタルを上回る量を使わなければならない、というだけの話なのだ。
「文献によると、時間の経過とともに固定のためのメンタルは消耗していき、それがなくなったところで効果が切れ、運命位相――つまり身体は元に戻るのじゃが……」
「……が?」
「あまりに膨大なメンタルを一度に使い、あまりに長時間その姿を固定していれば……そちらが今の位相に定着して、戻れなくなる。
……数百年分の大地の蓄積を上回る力、人間に可能と思うか?」