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「オオオオオオオオオオ!!」
エミリアはディンが受けるはずだった攻撃の身代わりとなり、ディンはそれで吹き飛ばされた彼女を追うようにして駆け出し始める。
―しかし、負傷したその足では、敵であるゴーレムの方が僅かに動きが速い。
「くっ……」
このままでは、駆け寄るその前にやられてしまう……いや、このまま駆け寄れば、更にエミリアを敵の攻撃に巻き込み兼ねない。
少し進んだところでそれらを察したディンは、振り返り、ゴーレムに向けて剣を構える。
一人でどうにかなる相手では無いかもしれないし、こんな言葉を発するのは手遅れかもしれないが……
「あいつだけは……俺が守る!!」
気合い一声、足の痛みも無視し、向かい来る巨体に渾身の力を込めて斬りかかる。
しかし、本気になったらしいゴーレムの攻撃はそう簡単に弾かせてはくれず、逆にディンの剣が力に押され、後方に吹き飛ばされそうになった。
「くっ…」
それでも柄から手を離す事はなく、腕から後方に引っ張られるようにのけぞりながらも、なんとかその場に踏みとどまる。
……が、その一瞬の隙も、敵は見逃しては暮れないようだった。
「オオオッ!!」
今度は剣を弾いた腕とは逆の腕を、追撃を加えようと高くへと振りかざす。
ディンは何とか体勢を立て直すも、逃げるにも弾くにも構えが間に合わない。
―これまでかっ……!―
無常にも振り下ろされる石の豪腕。
『―滾るは心――燃えるは魂―』
その、直前だった。
「!!?」
突然何かが爆発するような音が耳を付きぬけ、同時に飛来した一つの巨大な岩が振り上げていたその腕を直撃し、その衝撃からゴーレムが後方へ向けて再びバランスを崩し始める。
「―― チャージ・ストライク!!!」
そのまま一瞬の間も開けず、高速で一直線に飛びかかる一つの黒い影。
槍を突き出し、全身を矢のようにして放ったその一撃は、体勢を崩したその巨体の中心を射抜き、そのまま後方へと倒れこませてしまった。
その攻撃の反動で跳ね返るように空中に放り出された彼女は、そのまま身体をひねり、右足から綺麗に着地する。
「ごめん、身体がなかなか動いてくれなくて……」
ゴシゴシと顔の泥をぬぐいながら口を開くティール。
その姿は、服こそ若干ボロがでてきているものの、その下の肌は、泥にまみれてはいるが綺麗なものだった。
ディンは、何も言えないといった表情で、その姿を見つめている。
「ディン、何してるの。 今のうちにエミィの所へ」
「あ……ああ!」
思い出したかのように反応し、駆けだすディン。
ゴーレムはかなり無理な体勢で地面に倒れこんでいる。
さらに相当の重量を誇る巨体。再び立ち上がるまでに、ほんのすこし時間がかかる事は明白だ。
立ち上がるその前に、二人は吹き飛ばされたエミリアの元へと移動する。
「ラリラ!」
傍によるがいなや、手をかざし、精一杯の聖術を向けるディン。
しかし、彼の力では表面的に受けた傷は消すことができるが、内部まで響いたダメージの回復は期待できない。
それは、彼本人も判っていることだったが、それでも、せずにはいられないようだった。
ティールは二人の様子を横目で見ながら、エミリアの荷物から何かを取り出している。
「……ディン、もういいよ。 とりあえず血をとめれば、時間は稼げるから」
そうしている間に目で見える範囲の傷やアザが消えた事を確認すると、ティールはただ冷静にそう呼びかけた。
「……なんでだよ……」
「ん?」
「なんでそんな簡単に言うんだ!! 時間が稼げるだって!!? この場でどうにか出来なきゃ、死ぬかもしれないんだぞ!!」
「……私が岩に埋まった時、そこまで焦ってくれたかな?」
「なっ…!?」
答えは、否。
客観的な危機感だけなら、どちらも同じようなものかもしれないが、ディンの心は、今の方が強く乱れている。
「貴方がそこまで焦るのは、それだけ貴方がエミィと親しいからだよ。 会って間もない私には、そこまで心を乱す事じゃない」
「…そんな……そんな理屈で……」
「うん、割り切れない……それに私も、貴方が見えてるほど平然としてない」
ふと腕に目をやれば、今までに無く強く武器を握る手の平。
わずかに血管が浮き出て、感情の乱れを強引に押さえつけているのがありありと表されていた。
「…………悪い……」
「怒るなとは言わないよ。 でも、冷静さを欠いてはダメ」
「……なら、どうするんだよ。 逃げるにしたって、出口は……」
ティールが出てきた事で、多少崩落した部分はひらけている。
しかし、それも人一人がなんとか外へ這い出すことが出来る程度の穴で、一人出ている間に敵の攻撃が下ることだろう。
「この場で助ける方法は、ある」
「………何!?」
「ただ、そのためにはアイツを倒さないと」
その一言と共に、視線を起きあがりかけているゴーレムへと向ける。
ディンもそれについていくように顔を向け、二人とも少しの間黙って見つめていた。
魔砲を撃ってから僅かに弱くなっていた全身の輝きも、少し戻っていっているようにも感じられる。
「……倒せばどうにかなるって確証は?」
「ざっと90%」
「……残りの10%はなんだ」
「私が記憶違いしてる可能性」
「…………」
一瞬、考え込むディン。
目に映るのは今までに無く真剣に、そしてわずかに滲み出る、隠しきれない怒りを見せるティールの顔。
その言葉を疑いはしないが、目の前の倒せる可能性という問題点……だが、まさに立ち上がろうとしている敵を前に、これ以上思考にはまりこむような時間の余裕は無い。
一筋の蜘蛛の糸のような可能性を前に、ディンは決断を下した。
「…倒す見込みはあるんだな」
「ある」
「なら、倒す。 倒して、エミィを助けてやる!」
吠えるように叫び、立ち上がるディン。
僅かに足の痛みも残るが、もはやその程度の事を気にするような事も無い。
その様子を目にしたティールは、少し楽しそうな笑みを浮かべた。
「……すぅ………はぁ……」
……しかし、次の一瞬でその表情を消し、深呼吸と共に全身の力を抜くかのように両手をだらりと下げる。
手に持つ槍も、かろうじて指に引っかかっているといった感じだった。
「……ディン、『この状態』はもって数分だから……その間に決めるよ」
「…何?」
そして、ぽつりとそんな一言を漏らすと同時に、両目を閉じ……再び、口を動かし始めた。
『―滾るは心――燃えるは魂―』
その間に目の前のゴーレムは完全に立ち上がり、再びディン達へと狙いを定めるかのように、身体を向ける。
そして、怒りを表すかのように両手を大きく振り上げ、雄叫びを上げた
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
『――我が力、内なる灯火と共に――』

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最終更新:2007年04月08日 20:21