綺麗な三日月の出ているリエステールの夜。街そのものが眠った深夜。
壁際まで追いつめられた男は、自分を追いかけてきた者と対面していた。
「お・・おいおい、待て。なんの冗談だ!?」
狼狽する男の問いには答えず、影は自分の腕を僅かに持ちあげた。
月光を受けて、手の中にあるものがギラリと光る。
「ま・・・待て!待ってくれ!」
しかし影は男の懇願の声を無視し、まるでこの瞬間を楽しむかのように腕を振り上げながらにやりと笑い、
「邪教を信仰する愚か者よ。その穢れた魂を我らが偉大なる神に捧げよ」
「ひ・・ひぃいいいいいい!?」
たまらず悲鳴を上げながら逃げ出した男に、影は黙ったまま軽蔑とも嘲笑ともとれる笑みを浮かべてそれを見送った。
そして逃げた後も滅茶苦茶に走り回っていた男は、遂に息を切らして立ち止った。そして今まで走ってきた方向の通路を振り返ると、そこには誰もおらず、夜の薄暗闇が広がっているだけだった。
「お、追ってこない?諦めたのか・・・?」
そう判断して安堵の溜息を吐いた男の背に、
―――ふわり、と、
影は後ろから包み込むように抱き締めた。男の体がびくりと強張り、顔が青ざめる。
そして、
「ひぃ!?ば、馬鹿な、今まで誰もいなかったはず―――」
最後までは言わせずに、
「神の偉大さの分からぬ愚か者よ。・・・あなたに我らが神の祝福を」
やさしくそっと耳元で囁くと―――男の背に握りしめていたそれを突き立てた。
「うぎゃあああああああああああああああああ!!!!」
***
「おい、聞いたか?またやられたらしいぞ・・・」
「これで今月に入って何人目だ?嫌になるよなまったく・・・」
「・・・なんだ?」
街の人々が口ぐちに言う話が気になって、青年は足を止めてそちらの方へと顔を向けた。
年はおよそ17~18歳くらい。
茶髪に中背で、腰には新米の支援士の装備するようなロングソードが吊るされていた。
「おいヘイド、余所見なんかしてないでさっさと済ませちまおうぜ」
そこに一緒に歩いていたもう1人の青年も歩みを止めて、まわりの話には気も留めずに青年を呼んだ。
こちらも年は17~18歳前後。
赤毛で目つきが悪く、ガタイの良い長身。そして背には鋼の大剣、バスターソードを背負っていた。
「なんだよルド、気にならないのか?」
ヘイド、と呼ばれた茶髪の青年が振り返って聞くと、ルドという赤毛の青年は肩をすくめて言った。
「別に。どうせ近頃うわさになってる殺人鬼の話だろ?もう聞き飽きたぜ」
「なんだよそれ?」
本気できょとんとするヘイドに、ルドは呆れたような顔を見せる。
「おい、本気で言ってるのか?さすがに引くぞ」
「しょ、しょうがないだろ!最近は特に仕事が忙しくて、周りの話を聞く余裕もなかったんだからよ!」
「やれやれ、しょうがない奴だな」
そう言って言い訳をするヘイドに、ルドは呆れたように肩をすくませると、そのままヘイドに背を向けてさっさと歩きだした。
「・・・まぁ、その話は後でもできるだろ。さっさと用事を済ませに行こうぜ」
「あっ、おい!なんだよ、いいじゃんか今教えてくれたって!」
「はいはい、まぁ、また後でな」
「ちょ、だから待てってー!」
ヘイドを置いてさっさと歩きだしたルドを見て、ヘイドは慌ててその後を追っていった。
たくさんの支援士や冒険者で賑わう、リエステールの酒場。
そのカウンターでは、酒場の主である酒場のマスターが、目の前にいる2人の青年から受け取った紙を確認していた。
「ふむ・・・、確かに確認したぞ。これで今日からお前らも支援士だ」
酒場のマスターの言葉に、2人の青年は満足そうに頷いた。
「一応、まずは支援士のランクはEからってことになるが・・・、何か聞きたいことはあるか?」
酒場のマスターの言葉に、2人はお互いの顔を見合わせると無言で頷きあい、そして酒場のマスターに向き直って同時に口を開いた。
「「ああ、ところでグランドラグーンは何時になったら倒せるようになるんだ?」」
ぶばっ!!と、酒場のマスターだけでなく、2人の周りで酒を飲んでいた支援士達までもが同時に吹き出し、酒場に小さな虹を作り上げたのだった。
「くそっ・・・、とんだ恥を掻いた・・・」
「だよな。まさかあそこまで笑われるとは思わなかったぜ・・・」
酒場で大笑いされた2人は、中央広場のベンチに腰掛けながら黄昏ていた。
「つーか、あのランク付けは納得できないんだけどよ。あのおっさんの目は節穴か?」
「ああ、まさか最低ランクとは思わなかったな。てっきりもう少し高いランクかと思ったんだが・・・」
はぁ・・・、と2人揃って溜息を吐いて、しばらく物思いにふけること数分。
そこで突然ヘイドはニヤリと笑ってベンチから立ちあがった。
「だけど、こんな屈辱も今だけさ」
その言葉に、ルドもニヤリと笑ってベンチから立ちあがる。
「ああそうだ!ここからバリバリのし上がって行ってやる!それで有名になってバンバン稼ぎまくって―――」
「おうとも!俺達ならできる!いくぞ―――」
最後に2人揃って拳を突き上げ、声高々に叫んだ。
「「目指せ有名人!そして億万長者だ!!」」
―――で、
「そんな訳で魔物討伐を受けたいんだが」
「・・・何をどういった訳でそんな訳なんでぃ」
酒場に戻って早々カウンターで放ったルドの台詞に、酒場のマスターは困ったような表情を見せた。
「Eランクでいきなり魔物の討伐はキツイだろう。まずは街の中での手伝いでもしてみたらどうでぃ?」
初心者に気を使ったつもりでそんな事を言った酒場のマスターだったが、それを聞いたルドとヘイドはいきなり牙を剥く。
「「ふざけんなおっさぁあああああん!!!!」」
響き渡る2人の怒号。
「な、なんでぇいきなり怒鳴りやがって」
「おいこらおっさん!俺達は街のボランティアをしに来たんじゃねぇんだよ!!」
「そうだ、おっさんには俺達の持ってる武器が見えないのか!?」
いきり立つ不良青年2名に対し、酒場のマスターはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「おいおい、少し落ち着けお前ら。別にずっとってぇわけじゃねぇ。ただ支援士がどんなものかってのをだな―――」
と、そこまで言いかけた酒場のマスターの言葉を、ヘイドが遮る。
「だから、なんでそれで俺達が街の手伝いみたいなことをしなくちゃいけないんだよ!支援士ってのは魔物を討伐してこそだろう!?」
青年が支援士をどんな風に見ていたのかがありありと分かる偏見の入り混じった内容だが、そんなことは意にも介さず自分の意見を熱く語るヘイドに続き、ルドも同じように声を張り上げた。
「そうだ!支援士は魔物を討伐してこそ華!戦いこそが男の浪漫!俺達の武器が獲物の血を吸いたいと囁きかけ―――」
そこまで言いかけて、近くの席で酒を飲んでいた男が、いきなりダンッ!とジョッキを机に叩きつけた。
『―――おい!うるせぇぞ!酒が不味くなるだろぉが!!』
「「あ・・・、はい。すみません」」
熱弁を振っていた2人だが、いかにもといった様相の強面の男に怒鳴られ、2人はぺこりと頭を下げて謝った。
強面の男は不機嫌そう舌を打つと、再び酒を煽り始める。
「・・・というわけで、討伐依頼を受けたいんだが」
近くで強面の男が目を光らせているので、今度は声を抑え気味にしてルドが聞くと、酒場のマスターは「・・・まぁ、先に自分達の実力ってぇもんを分からせた方がいいかもしれねぇな」などと1人でぶつぶつと呟き、それからカウンター裏で何かを書くと、それをルドとヘイドの前に出した。
その紙を覗き見る2人に酒場のマスターは口を開く。
「しょうがねぇな。じゃあお前らでも出来そうな魔物の討伐をしてもらう」
紙の内容を見ながらヘイドが独り言のように呟いた。
「『レムリナムの討伐』?」
「そうだ。お前達も名前ぐれぇは知ってるだろ?まぁ早い話がそこら辺の街道に現れるトカゲ人間だが、駆け出しの支援士にはちぃとばかし苦戦する相手だ。まずはコイツを討伐してお前らの実力を見させてもらおう」
酒場のマスターの説明を聞きながら紙の内容を見ていたルドが、ふと気付いたことを口にした。
「おい、ちょっと待て。この紙には報酬が書いてないみたいだが、これの報酬はどうなるんだ?」
「妙な所に気がつく奴だな・・・。それについては心配するな。儂からの依頼ってぇことで報酬は儂が出してやる」
説明を聞いてようやく納得したように頷いたルドだったが、次の瞬間にはニヤリと笑い、やれやれとかぶりを振ると、ヘイドを振りかえった。
「やれやれ、俺達も随分と甘く見られたようだなヘイド?」
ルドに話を振られたヘイドも、紙から顔を上げて不敵に笑う。
「ああ、そうだなルド。まさか俺達が、そんな駆け出しが苦戦するような相手に遅れを取る筈がないじゃないか」
それを聞いた酒場のマスターは、呆れつつもどこか面白そうに笑って答えた。
「ふむ・・・それは楽しみだな。結果報告を楽しみにしてるぞ」
「ふん、こんなの楽勝だ。報酬をきっちり用意しておけよ!行くぞヘイド!」
「おう!トカゲ人間なんかぶっとばしてやろうぜ!」
意気込む2人。そして、そんな2人を見ながら周りの支援士たちが、妙に生温かい視線を送っていたりするのだが、そんなことには気づかずに、テンションがハイになっているルドとヘイドは、そのままの勢いで酒場から出て行き、町の外へと飛び出したのだった。
『いやぁ、俺達にもあんな時期があったなぁ・・・』
『ああまったく、あれが若さか・・・』