どうやって天使を倒すかを考えていたルドとヘイドの前に現れた一人の小柄な少女。いきなりのことに二人の目が少女に集中してしまったが、その目が怖かったのか少女は明らかにおどおどとしていた。
「なんだ、ずいぶんいきなりだなあんた?」
「あ、あの・・・駄目でしょうか・・・」
ルドに怯えたように恐々と呟く少女を見て、ヘイドはニッと笑顔になると、
「おお、別にいい・・・むごっ!?」
快く頷こうとしたヘイドの口を、突然ルドが塞いだ。少しもごもごとしたあとにルドの手を振り払ったヘイドが怒ったよう睨みつける。
「なにするんだよルド!」
当然のように文句を言ったヘイドに、ルドは少女には聞こえないような大きさで言う。
「(落ち着けヘイド。数時間前に酒場で騙されたことを忘れたのか?)」
「(そ、そうだけどよ・・・。でもいまの話とは関係ないんじゃないか?)」
ルドにつられるように、ヘイドも小さな声で答える。ちらりと視線を向けると、その先では少女がこちらを緊張した面持ちで見ていた。
「(やれやれ、だからお前は馬鹿なんだ。俺達と一緒に行って、天使を倒した所で依頼を一人占めしようって魂胆かもしれねぇだろ)」
「(そ、そうか・・・。でもそんな感じには見えないけどなぁ)」
「(いいからここは俺にまかせろ)」
一通りひそひそ話を終えたルドが少女の前に立つと、明らかに怯えた様子の少女に向かって言う。
「生憎と初対面の奴に頼まれて、はいそうですかと頷くほど俺達はお人好しじゃないからな。なんで俺達と一緒に行きたいのか訳を話してもらおうか」
「は、はい。あの、私の名前はミミと言います。実は・・・」
そう言うと、少女は事情を話し出した。
「―――そうか。つまりお前の母親も、事件の被害者の一人だったのか」
事情を聞いたルドがうなずくと、ミミと名乗った少女は悲しそうに頷き返す。
「はい・・・。だから私は、天使を倒してお母さんの敵を取りたいんです」
「だがなぁ、それを証明できるものがないと―――」
「いいじゃないかルド」
事情を聞いてもミミが同行することに難色を示していたルドの横で、ヘイドがその肩に手を置いてそれを制した。
「おい、ヘイド!」
「別にいいだろルド。母さんの敵を取りたいって言ってるんだぜ?嘘ついてるようにも見えないし」
「・・・まったくお前は・・・」
ニカッと笑うヘイドに反論する気力も失せたのか、ルドは頭痛を抑えるように頭を押さえて溜息をついてから頷いた。
「しょうがねぇな。んじゃあいいか」
ルドの言葉を聞いて、ミミの顔が分かりやすいくらい明るくなった。
「い、いいんですか!?」
「おう!一緒に天使を倒して、母さんの敵を取ってやろうぜ!」
「言っておくが、取り分は平等だからな」
ヘイドとルドの言葉に、ミミは嬉しそうに笑って「ありがとうございました!」と頭を下げた。
ヘイドが満足げにそれに頷き返す。
「さーてと、それじゃあ早速天使をぶっ飛ばしに行くか。とりあえず今度はまわりの奴を盾にしつつあいつをボコボコにするっていう作戦でいくつもりなんだが」
「あ、そのことなんですが・・・」
「うん?なんだ?」
びしっ!とミミが挙手したので、二人は続きをうながした。
「実は、こんな噂を聞いたことがあるんです。・・・グノルに、天使を殺すための武器が眠っているって」
「なに!本当か!?」
「は、はい。それがあれば、天使を倒すための力になるはずです」
「よし!じゃあさっそく取りに行こうぜ!」
そう言って意気揚々と歩き出そうとしたヘイドに、ミミは申し訳なさそうな顔をしながら言った。
「それが、その武器は深夜にならないと見つからないらしいので、取りに行くなら夜に行かなきゃ・・・」
「そ、そうなのか・・・」
出鼻を挫かれたヘイドががくっと肩を落とす。そんなヘイドを横目に、ルドがまとめるように話した。
「そうなると夜まで暇だな。とりあえず今は一度解散して夜にまたここに集合。グノルまで行ってその武器を取りに行くってことにするか」
「は、はい!」
「なんだよルド、肉盾作戦はしないのか?」
「別に武器が手に入ってからでも遅くはないだろ。何度も同じ作戦が通用する訳がないしな。やるならより成功する確率の高い方を選ぶべきだ」
「なるほどなー」
「じゃあ、そういうわけでミミも色々準備があるだろ?ここらでいったん解散しよう」
そうルドが締めくくって一同は解散し、ミミはくるりと踵を返して歩き出す。それを見送っていると、ふと振り返ってミミが言った。
「あの、本当にありがとうございました!これでお母さんの敵を取ることができます」
二人の姿が見えなくなるまで、何度も振り返って頭を下げるミミに手を振りながら、ヘイドはぽつりと言った。
「・・・いい奴だな。あいつ」
「まぁ、そうだな」
ヘイドの言葉にルドも頷く。本人の話では14歳とのことだが、その年齢で母親の敵を取りたいと決意するのは並大抵のことではないだろう。
「そろそろ俺達も帰るか」
そう言って二人が踵を返した。・・・その時、
―――二人の頭上に、フワリと穏やかな燐光を放つ羽毛が降って来た。
「ん?これは―――」
ルドがそれに気づいて言い切る前に、バサリと大きな純白の翼を羽ばたかせながら、二人の前に再び彼女が降り立った。
「あ!お前は昼の天使!」
天使の女性を指差しながら武器を抜こうとしたヘイドに、だが天使は戦う意思はないとでも言うかのように手で制した。
それから、例の不思議な響きのある澄んだ声で言った。
「・・・・・・やめたほうがいい」
「あん?」
「・・・・・・今夜、グノルに行くのは、やめたほうがいい」
突然の忠告に、二人はお互いの顔を見合わせる。それからお互いにアイコンタクトだけで会話すると、不敵な笑みを浮かべて天使の女性に身構えた。
「ふん、敵にそんなことを言われて俺達が止まるとでも思ったのか?馬鹿め!」
「天使を殺す武器を俺達が手に入れるのが怖いんだろ!」
「・・・・・・別に、そういう訳じゃ・・・」
「「うるせえぶっ飛ばしてやる!!」」
突進してくる二人に、天使の女性は首を左右に振って肩をすくめると、手に持っていた大鎌を構えた。早くも周囲にはなんだなんだと野次馬が集まりだしている。
そして大鎌を振り上げると、まっすぐ突進してくるヘイドに向かって振り下ろし―――
「おらぁ!!」
「・・・・・・!!?」
ヘイドに向かって振り下ろされた大鎌が、すんでのところでピタリと停止した。
天使の女性が驚愕の目をむけるその先には、寸でのところで止められた大鎌の切っ先へ、ヘイドが中年の男を盾にしている姿があった。
「な、なんだね君は!?」
「うるせぇ邪魔だ!」
「うわぁあ!?」
突然盾にされて困惑の声を出した中年の男を、もはや用無しと言わんばかりに突き飛ばしたヘイドが、武器を抜いて天使の女性へ突進する。
それを見て我に返った天使の女性が大鎌を引き戻して迎撃の姿勢をとると、今度は別の方向から声が聞こえてきた。
「おーっとぉ!俺がいることも忘れんじゃねぇぞ!」
「――――――っ!」
その声を聞いてそちらへ振りかえると、そこには、
「な、なにをするのじゃお主!?」
「はっはっはー!攻撃できるもんならやってみやがれー!」
一人の少女を盾にしながら突進してくるルドの姿が。それを見た天使の女性は顔をしかめた。
そして左右から同時に突き出された武器を辛うじて避けるも、通行人にぶつかってしまいバランスを崩す。そのぶつかってしまった通行人に頭を下げると、再び周りを通る通行人や野次馬を盾にしながら二人が襲いかかってきた。
『うわぁ!やめろ!何をするんだ!?』
『あいつら普通じゃねぇぞ!!』
『うわーん!お母さーん!!』
あたりに満ちる悲鳴。その非常識な二人の行動に、野次馬だったはずの自分達の身も危険だと悟った通行人達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始め、人と人がぶつかったり転倒したりと、たちまちのうちに周囲は大混乱に陥った。
人混みの所為で機動力と攻撃範囲の広い大鎌の攻撃を封じられた天使の女性が、じりじりとだが確実に追いつめられる中、ヘイドとルドはまたもや野次馬を盾にして突進してくる。
「これで!!」「終わりだぁあああ!!」
盾にしていた野次馬を蹴り飛ばし、二人は雄たけびを上げながら天使の女性に飛びかかる。散々スライムを狩り続け、なおかつまともな手入れもせずに放置していた剣が太陽の光を浴びて濁った光を放つ。
そんなスライムの粘液で濁った輝きを放つ切っ先を前に、天使の女性はついに堪りかねたかのように純白の翼を広げ、弓から放たれた矢のような勢いで空へと飛び出した。
ガァン!!と二本の剣の切っ先が地面に叩きつけられる。もちろん衝撃は持ち主の手首へダイレクト。
「「うぐぉおおおおおお!!手が!手がぁああああああ!!?」」
剣から手を放し、悶絶するルドとヘイド。そこへ空へと逃げた天使の女性は、感情を窺わせない目で二人を見下ろすと、両手に握る大鎌を振り被り、獲物を狙う猛禽のように急降下した。
二人がそれに気づいた時にはすでに遅く、鈍い打撃音と悲鳴をバックに、ルドとヘイドは再び空高く吹き飛ばされた。
グシャァッ!!と盛大に地面に激突して動かなくなった二人を確認した天使の女性は、ふうと息を吐くと、まわりの人々に謝るように頭を下げ、それから翼を広げて空へと飛び立ち、やがて見えなくなった。
二人が目覚めたのはそれから数十秒後だった。
ガバリと同時に起き上がったルドとヘイドは、あたりを見渡して天使の女性がいないのを確認すると溜息を吐いた。
「くそっ、また逃がしたか・・・」
ヘイドがそう言って悪態を吐く。横ではルドが思案顔で言った。
「狙いはよかったが、まずはあの翼をどうにかしなきゃいけないな」
「ああ、早くミミの言っていた天使殺しの武器を手に入れないとな」
結論までたどり着き、再び溜息をついた二人の近くでザッと足音が鳴る。それから少女の声が降って来た。
「お主らよ。すこーしばかりよいかの?」
「「ん?」」
なんだ?と二人が振り返ると、そこには先程盾にした少女を筆頭に、なにやら大勢の人間が集まっていた。
「よもや、ここまで騒がせておいて無事に帰れるとは思っておらぬよな?」
そして、先頭の少女が代表するように言うのと同時に、周りの人々も拳を鳴らしたり、自分の獲物を構えだす。
「・・・ルド!」
「ああ、ヘイド!」
「「戦略的撤退!!」」
いち早く身の危険を感じた二人は、ブレイブマスターもかくやという速さで逃走した。
『あっ!逃げたぞ!捕まえろぉ!!』
『あいつらタダじゃおかねぇ!!捕まえてボコボコにしたあとに自警団に突き出してやる!!』
『デストローイ!』
「「ちくしょおおおおお!!あいつの所為だぁあああああ!!!」」