4・866-5・11

よくある平行世界移動妄想SS。


友奈と東郷が付き合いだした。
それを聞いた時も驚きとかは全然なくて、むしろ「あぁやっぱりね」みたいな気持ちが強かったくらいで。
初めから報われる想いだなんて思ってなかったし、好きな人が心から幸せそうに笑ってるのならなによりだ。
だから、これはハッピーエンドの物語だ。
初恋は実らなかったけど、それを糧に成長して大人になったらそれを思い出して、そんなこともあったなって笑い話にできる。
――そう、思い込むことにした。


始めに感じたのは浮遊感。
勇者部の活動として、町内の清掃ボランティアの最中だった。
病み上がりでふらついたのか、はたまた考え事をしていて上の空だったのか、足を滑らせて体のバランスを崩した。
不運にもそこは傾斜で、盛大に転がり落ちて、後頭部に激しい衝撃を感じた後、ようやく落下が止まった。
まともに覚えているのはそこまで。
薄れゆく意識のなか、最後に視界に映ったのは――神樹の祠。


気が付くと私は自分の部屋のベッドにいた。
身体を起こし、意識を失う直前のことを思い出して後頭部に手を当てる。

「あれ?なんともない…」

気絶してしまうくらいの衝撃を受けたはずの頭に怪我らしい怪我は見当たらず、首を傾げる。
いまいち現状が把握できない。時計を確認すると時刻は午後7時。あれから3時間ほど立っている。

「誰かが私をここまで運んでくれたのかしらね…」

とりあえず誰かに連絡をとろうと思ってベッド脇のスマホに手を伸ばしたところでチャイムが鳴った。

「こんな時間に客?…あ、友奈たちかな」

私の様子を見に来たのかもしれない。
ベッドから立ち上がりドアを開ければ、予想通り友奈だった。でも1人だけ?

「こんばんは夏凜ちゃん!もう夕飯食べちゃった?」
「え?えっと、まだだけど…」

想定外の第一声に思わず面喰ってしまう。
友奈の性格上、先ほどまで気を失っていた人間には気遣うように「大丈夫だった?」とか言ってきそうなものなんだけど。
私を心配するようなそぶりもなく、食材の入っている袋を持って笑っている友奈になんとなく違和感があった。

「そっか、良かった。なら夕飯作るね。私、今日は夏凜ちゃんと一緒に食べたかったんだ!」

そういって勝手知ったるとばかりに家に入り、キッチンへと向かっていく。

「あ、ちょっと」

あまりにも自然な動きだったので止める間もなく、慌てて友奈の後を追いかける。

「今日はハンバーグを作るね!お母さんにしっかり習ってきたから味は保障するよ!」

ビシッと片腕を伸ばして気合いを入れる時のいつものポーズをする友奈。
やはりいつも通り、平時のテンションの友奈に困惑の表情を浮かべてしまうが、自分から心配の催促をするみたいで言及もし辛いものがある。
楽しそうにエプロンを着ようとしている友奈が私の様子に気づいたのか、不安そうな顔をした。
あれ、そういえばそのエプロンはなんだろう。来た時はそんなもの持っている様子はなかったのに。
私の私物かとも思ったが記憶にはない。

「…あ、もしかして迷惑だったかな?約束もしないで来ちゃったし。もしそうなら言ってね。すぐ帰るから…」
「あ、いえ。迷惑ってことはないけど…」

慌てて否定した。
何をしてるんだ私は。別に倒れていた友人のお見舞いとして食事を作りに来てくれるくらい、おかしいことはないだろう。
ちょっと初めの「大丈夫だった?」「ええ、平気よ」みたいなやりとりを省略されただけで、勝手に違和感を持って拗ねている器の小さい自分を恥じた。

「そう?正直に言ってね。夏凜ちゃんって結構無理して我慢するとこあるから心配だよ」
「無理するとかあんたに言われたくないわよ。それに心配といえば…」

そう。心配するところがあるとすれば、いまのシチュエーション。
こんな時間に他人の家で二人きりで食事なんて、友奈を溺愛している東郷からすれば。

「東郷に嫉妬されないかが一番心配よ。あいつあれで相当嫉妬深いしさ」
「え?なんで東郷さん?」

ぽかん、とした顔をする友奈。何も分かってないのかこいつは。

「するでしょ、普通。可愛い恋人がこんな時間に他人の家で2人きりなんて。ちゃんと東郷にここへ来ること言ってきたんでしょうね?」
「…………え?」

ここで明確に友奈が顔色を変えた。

「な、なんでそんなこと言うの?私、東郷さんと付き合ってなんかないのに…」
「……は?」

友奈は何を言っているんだ。
東郷と友奈が付き合っているなんて勇者部全員が周知の事実で、今更間違えようがない。
なのに友奈は、私が言っていることが心底信じられないといったように狼狽えている。

「あんたが何言ってんのよ。あんたが東郷と付き合ってることなんて、とっくに知ってるわよ!」
「違う、違うよ!確かに東郷さんは大事な一番の友達だけど、付き合ってたことなんて一度もない!私の、私の恋人は――」

友奈の叫ぶその言葉に、

「――夏凜ちゃんだけだよ!!」

今度こそ、頭がおかしくなったかと思った。

「な、え、ちょ…はあぁ!?な、なに訳分からないこと言ってんのよ!こっちこそあんたと付き合ってたことなんて一度もないわよ!」
「…ぁ」

私の言葉で友奈が血の気の引いたように顔つきになり、確かめるように――縋り付くように言った。

「……夏凜ちゃんは私のこと、好きじゃないの?」
「……少なくとも、そういう深い意味で好きだなんて思ったことは無い」

本心を隠した、いつもの私らしい言動。
だから何の問題もないはずの返答。なのに、それを聞いた友奈が絶望したように膝をついて崩れ落ちた。
そして耐えられないといったように嗚咽をもらした。

「…ひっ……うぅ……うぇぇ」
「ちょ…と。なんで泣いて…」

友奈が泣いている。
並大抵では屈せず、よっぽどのことが無ければ人前で弱いところなんてみせたりしない、あの友奈が子供のように泣きじゃくっている。
正直、意味が分からなかった。
だってそうだろう。頭を打って気を失ったと思ったら、いつの間にか自分の部屋で。
そこへ突然、何の説明もなく楽しげに訪ねられて、さらには東郷と付き合っているはずの友奈が私と付き合っている等と言う。
それを否定すれば、この有様で。
まるで――知らない世界へと迷い込んでしまったかのような強烈な違和感に心底混乱している。
でも。それでも。

「友奈…」

まず私がするべきことがある。
状況の確認?記憶の整理?違う。今、そんなことはどうでもいい。
最優先でしなきゃいけないのは、友奈の涙を止めることだ。
私は友奈と同じ視点の高さになるように膝を折り、出来る限り優しく友奈の頭をなでた。

「友奈。私の言葉の何に友奈が傷ついて泣いてるのか、正直全然分からないの。でも私が傷つけちゃったのよね。だから、ごめんなさい。
 私、友奈が泣き止むならなんでもするわ。だからお願い。もう泣かないで」

何が変わってしまっても、この気持ちだけは変わらない。

「友奈の泣き顔、見たくないから」

かつて言ったことをもう一度、友奈へとおくる。
そこでようやく友奈が顔を上げてくれたので、そっと友奈の涙を指で拭う。
その私の手を友奈が両方の手で握りしめた。

「やっぱり夏凜ちゃんは優しいね」

今にも消えてしまいそうな儚げなものだったけど、それでも友奈が笑ってくれた。
でもまたすぐに、捨てられた子犬みたいな表情で私に縋り付いた。

「夏凜ちゃん。私、本当に東郷さんと付き合ってたりとか、そういう浮気みたいなことはしてないの。
 それにもし夏凜ちゃんが私のこと好きじゃなくても、これから好きになってもらえるように頑張る。
 だから別れるなんて言わないで……言わないでよぅ」

やはり何かがおかしい。
友奈に嘘を言っている様子もないし、そんな理由もない。
いい加減、私だけで解決できる状況じゃないのはもう明白だろう。
私はポケットからスマホを取り出す。

「夏凜ちゃん?」
「勇者部五箇条。悩んだら相談、よね」

「うん。つまり……どういうこと?」

私の記憶とこれまでの経緯を一通り話した結果が風のこの反応。
まぁ無理もないか。樹も風と大体同じような表情をしている。
東郷は何か思案するように俯いている。

あの後、勇者部のメンバーに私と友奈の記憶がかみ合わないことを伝えると、皆一様に意味が分からないといった反応をした。
それでも、もういい時間だというのに誰一人文句もいわず私の家まで集まってくれるのだから、こいつらは大概お人よしばかりだと今更ながらに実感する。

「でも確かにおかしいわね。今日の勇者部の活動は校内の雑用全般で外なんて出てないわけだし。ねぇ?」

風が私以外に確認をとると、全員が頷いた。

「となると、やっぱりおかしいのは私ってわけね…」
「夏凜が盛大に寝ぼけて夢と現実がごっちゃになったってオチが一番現実的だけどねー」
「んなわけあるかっ!」

キシシシとからかう様に笑う風に怒鳴りつける。
風としては、この場の雰囲気が暗くならないように計算しておどけているんだということは分かるんだけど、いい加減私も煽り耐性がないのを自覚する。
まぁそれはともかく、寝ぼけている説は無いだろう。ここまで鮮明に覚えている夢というのも非現実的だし、みんながいうところの現実側の記憶が一切ないのもおかしい。
そもそも間違えるわけがない――好きな人が私以外の子を恋慕する、あの胸を焦がすような光景を、記憶違いなんてするわけがない。

「あの、いいですか?」

おずおずと樹が挙手する。

「夏凜さんは友奈さんとお付き合いしていたことも半信半疑なんですよね?」
「半信半疑というか、まぁ……」

私としては到底信じられないことなのだけど、隣にいる不安そうな友奈の手前、なんとなく言葉を濁してしまう。

「それに関しては、携帯のデータを見れば証明になるんじゃないかと。お二人は恋人だったわけですから、その…そういう親密なやりとりが残ってるはずですし」
「あ」

樹に指摘されて思わず間抜けな声が漏れる。
確かに恋人くらいに親密な付き合いをしていれば、通信端末にあきらかな記録が残るだろう。
こんな簡単なことに思い至らなかったあたり、そうとう混乱していたに違いない。

「で、でもそれで証明になるかしらね。いくら付き合ってたからって、この私がそんな恋人じみた甘ったるいことするとは思えないし?」

初歩的なことを指摘された気恥ずかしさから、なんとなく声が上擦る。
それでも確認は必要だと判断してスマホを取り出したところで、友奈に服の裾を引っ張られた。

「あのね。恥ずかしいから、みんなには見せないでほしいんだけど……」

頬を紅潮させてデータの公開に後ろ向きな姿勢をみせている友奈。
え、そんなにやばい代物があったりするわけ?
何気なく手にしているスマホがとんだブラックボックスに思えてきて、戦慄する。

「…分かった。とりあえず私と友奈で確認するから。覗くんじゃないわよ、風」
「なんで私だけに言うかね!」

ぎゃーぎゃー喚いている風を無視してスマホを開く。
まずは着信履歴を見てみると…9割が友奈の名前で埋め尽くされている。
ラインも勇者部とは別に友奈専用のものが作られていた。
このあたりでほぼ確定だったのだけど、友奈とのやりとりを見て目を疑った。

友奈:夏凜ちゃん好きー!
夏凜:何よ突然。私も好きだけど。
友奈:夏凜ちゃん、文章だと素直だね。可愛い!
夏凜:うっさい!大好き!

夏凜:結城友奈。あなたに逮捕状が出ているわ。
友奈:え?私がなにを・・・
夏凜:私の首筋に赤い痕。虫刺されかと思ったらキスマーク。証拠はあがってるのよ!観念なさい!
友奈:私が・・・やりました・・・
夏凜:判決を言い渡すわ。懲役1日よ。今度の土曜に私の家に来なさい。
友奈:1日でいいの?
夏凜:やっぱり2日で。

友奈:今日、朝から気分が悪くて病院に行ってたんだ。
夏凜:え、ちょっと大丈夫なの?
友奈:妊娠してた。つわりだったみたい。責任とってね。
友奈:あれ?夏凜ちゃーん?
友奈:おーい
夏凜:結婚届と印鑑と戸籍謄本と・・・あと何が必要なの?ごめんなさい。絶対責任はとるから。
友奈:冗談なんだけど・・・
夏凜:ゆ~~う~~な~~!!

なにこれなにこれなにこれ!!
脳がとろけそうなバカップル会話の数々に、全身がむず痒くなった。
誰よこれは。羞恥心でも散華したまま戻ってないのか。これが私と言われても脳の認識が追い付かない。
追い打ちのように画像フォルダには友奈とべたべたしたツーショットや友奈単体の可愛い画像のオンパレード。
あ、友奈の寝顔画像可愛い…

「あ、私この写真知らない。もう…寝顔なんて恥ずかしいなぁ」

隠し撮りかい!
スマホを放り投げてテーブルに頭をガンガン打ち付けた。正気に戻れとばかりに何度も何度も顔ドラム。
いや今の私が間違いなく正気で、このスマホ内で三好夏凜を名乗る脳内お花畑のばか女こそ何かの間違いだと思いたかった。
キスマークって!?女同士で妊娠するか!てゆうかその…なんというか、そういった行為をもうしてるわけ!?
私の認知しないところで、この身体はもう純潔を散らしているの!?
あ、でも相手が友奈なら……って、そうじゃないそうじゃない!!ガンガンガンガン!!

「夏凜ちゃん!落ち着いて!」
「そうよ、夏凜!あんたらがバカップルなんてこと、あたしらには今更のことよ!」
「お姉ちゃん、追い打ちかけちゃだめー!」

錯乱する私を3人がかりで止められて、なんとか現実逃避の自傷行為をやめる。
深呼吸してなんとか乱れた息を整えるが、いまだ現実が受け止めきれない。
きれないが……認めるしかないのだろう。私の認識の方が間違っているのだということを。
――私と友奈が付き合っているという事実を。
私は、心配そうに私をみつめる友奈に向き合い、頭を下げた。

「その、ごめんなさい。友奈は何も間違ったこと言ってなかったのに、酷いこと言っちゃって…」
「そんな。夏凜ちゃんが悪いんじゃないよ!私こそ、夏凜ちゃんがそんなことになってるなんて、気づけなくてごめんね」

友奈は何も悪くないのに、そんな風に気付けなかった自分を責める。
そんなところは私の記憶通りの友奈で、つい苦笑してしまう。

「さて、友奈と夏凜が仲直り出来て良かったけど……どうしたもんかしらね」

風がこの場を仕切りなおすように言う。
そうだ。結局私の方が異常だと分かっただけで、原因や解決方法の糸口すら掴めない。
誰も何も言えなくなり、シンと静まり返った部屋で、今まで静かだった東郷がポツリと呟いた。

「平行世界」
「え?」

聞きなれない言葉。
東郷が補足するように続けた。

「平行世界。多世界解釈というのを聞いたことはない?この世界とは別の世界があるという説なんだけど」
「あー、聞いたことあるわね。SF物でよくある設定でしょ?あり得たかもしれない世界ってやつ?」
「はい。風先輩の言う通り、別の可能性……今いる夏凜ちゃんは私と友奈ちゃんが恋仲という、こことは違う世界からやってきたという仮説です」

つまり今ここにいる私は異世界人だって言いたいのか。
それは流石になんというか。

「荒唐無稽すぎるでしょ、いくらなんでも。それともなんか根拠でもあるわけ?」

私の問いに東郷が頷いた。

「少し前に話したことがあったと思うんだけど。私は昔、神樹の社付近で不思議な出来事を体験したことがあるの。小学生が徒歩で行くには不可能なくらい離れた場所に一瞬で出てしまったという話。
 いえ、場所だけじゃない。当時から見て未来の、中学生の友奈ちゃんと出会ったの」
「うん。言われてみれば私もなんとなく覚えてるような……ただその時は別の名前だったよね」
「ええ。当時の私は鷲尾須美と名乗っていたし、外見も幼かったからね。分からなくても仕方ないわ。でも、これはつまりタイムスリップ。私と友奈ちゃんが共通の記憶を持っていることが証明にもなる」

確かに私も東郷から聞いた覚えがある。
あの時は、話半分で聞いていたけど今の状況では。

「夏凜ちゃんは、神樹の祠付近で頭を打ってから状況があいまいだと聞いて、ずっと考えていたんです。もし何らかの力が働いて時間を超えられるなら……」
「世界だって超えられるってこと?流石にそんなこと……私の頭がおかしくなったって方がまだ説得力あるわよ」
「私も逆ならありえるかも、と思ったけど」
「逆?」
「友奈ちゃんを想うあまり、自分たちが付き合っているなんて有りもしない妄想を現実だと信じ込んでいる痛いメンヘラ女とかなら、あり得なくもないけど」
「うおおい!!」
「でも実際には友奈ちゃんと夏凜ちゃんは付き合っていて、なのに友奈ちゃんは自分じゃなくて私と付き合っていると思っている。人間心理としてちょっと不自然だもの。だったら……」

他の世界から来た別人だって方が自然だってわけだ。
東郷の言うことも分かる。ただあまりにもスケールのデカい話で、すんなりと納得しましたというわけにもいかない。
でも今のところ明確に反論できる材料があるわけでもなく。

「今は、それで納得するしかないの無いのかしらね」

今の状況を矛盾なく説明できる説がそれしかない以上、そう思うしかない。
まとめると、この世界は私と友奈が付き合っている世界で、私のもといた友奈と東郷が付き合っていた世界とは次元が違う。
本来は干渉できないはずの世界に神樹の力がなにかしらの影響を及ぼして、私の精神だけがこっちの世界に飛んできた。
この世界の私の精神は、私のもといた世界に行っている、のかしらね?それは分からない。
つまり、これからの方針としては。

「どうすればいいの?」

結局、途方に暮れた。
終り。

完結まで書けるかなぁ…
やっぱり長くなりそうなので、これ以降は渋に投稿します
作品タイトルは『三好夏凜は異世界人である』です。

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最終更新:2015年02月08日 22:56