―――そもそもの始まりは、夏凛ちゃんが酷く疲れた顔で話しかけて来たことだったと思う
「東郷、私、明日は休むから。風に伝えといて」
「うん、解ったわ。大丈夫?すごく顔色が悪いけど…」
「誰のせいだと思って…いや、あんたのせいじゃないか」
「え?」
「東郷、多分あんたも…いや、あんたは平気か、多分」
その日の夏凛ちゃんは何だか様子がおかしくて、私たちを見て顔をひきつらせたり奇声を上げたりしていた
疲れがたまっているんだろう…そう軽く流していた私は、自分に降りかかる奇妙な事件にをまだ知らない
「おはよう、東郷さん!(今日も可愛いなあ!見てるだけで元気が出る!)」
「お、おはよう友奈ちゃん。その、嬉しいけど朝から恥ずかしいわ」
「え?なんのこと?(もしかして声に出てた!?うわあ、恥ずかしいよぅ!)」
友奈ちゃんと朝の挨拶を交わした時から、既に異変は始まっていた。
簡単に言うと―――どうも片方の耳だけに“心の声”とでも言うべきものが聞こえるらしい
人間の心は漫画やドラマで出て来るほど理路整然としていないので厳密には違うのかも知れないが…
かつて満開で失い、後に取り戻した側の耳にだけ、その声は届いて来るようだった
「東郷さん、今日のお菓子は何?(ぼた餅がいいなあ!東郷さんのぼた餅最高!)」
「え、ええ、ぼた餅だけど」
「ホント!やったぁ!(東郷さんのぼた餅もいつか…だ、駄目だよ!朝から私、何考えてるんだろ)」
周りにそれなりに人がいるので、心の声で休日のショッピングモール位の喧騒が周囲にはあるはずだ
けど、友奈ちゃんの声が聞き逃せない情報ばかりなせいで私は他が全然気にならない
「(東郷さん綺麗だなぁ。どうしてこんなに毎日見詰めても飽きたりしないんだろう
もしかして東郷さんは日に日に綺麗になってるのかも知れない!凄い!流石私の…私の…あぅ…)」
授業中、私は真面目な顔を何とか保っているだけで実際は全然集中できていない
朝から不審な行動を繰り返してしまったので、流石にここで顔を向けたら何か感づかれてしまうかも知れない
自分の心が覗かれているなんて、誰だって嫌だろう…ましてかなり恥ずかしいことを友奈ちゃんは考えてしまっているし
「(最近、東郷さんモテるんだよね…男の子たちが東郷さんと仲良くなりたいって私に言って来て
『今はそういうこと考えられないって』なんて勝手に断っちゃった…ごめんね、東郷さん)」
いや、むしろはそれはGJなのだけど。友奈ちゃんの可愛らしい独占欲に思わず吹き出しそうなり、耐えるのに苦労した
―――1日心の声(主に友奈ちゃんの)を聞き続けて、昨日の夏凛ちゃんの様子を理解出来た
これは当てられてしまっても仕方ない…多分夏凛ちゃんには私の声も聞こえていたのだろうし
私だって友奈ちゃんに負けず劣らないことを毎日考えている…恥ずかしいより、夏凛ちゃんに申し訳ない気持ちが強い
「今日は部活なにするんだろうねー(えへへ、今は東郷さんのこと独り占め!みんなに見せつけちゃう!)」
「何をするにしても、友奈ちゃんと一緒ならきっと楽しいわ」
夏凛ちゃんは“あんたは平気”と言っていたけど、その理由が解った
私は自分で考えているより友奈ちゃんが好きなのだ、友奈ちゃんの隠された気持ちを知っても喜びばかりで戸惑いは無い
「えへへ、そうだよね!(ずっとずっと一緒に居ようね、東郷さん!)」
いつまで続くのかは解らないけれど、これはこれで楽しい日々になりそうだ…そう思って部室の扉を開く
「おー、来たわね、友奈に東郷!(樹とキスしてたのバレてないわよね)」
「こんにちはー(もう少し強引にいけるかも…次は胸、触ってみよう)」
……夏凛ちゃんが“多分”と言っていた理由も、その時私は理解したのだった
最終更新:2015年02月08日 23:31