―――それは、友奈ちゃんと親友になってしばらく経った頃のこと
「ええ!?東郷さん、服が全然ないの!?」
「実はそうなの。この体だと買いに行くのも不便で困っていて」
鷲尾家に居た頃の服はほとんど向こうに置いてきてしまった、らしい
お洒落らしいお洒落と言ったら、ずっと付け続けている頭のリボンくらいのものだ
前はそれでも気にならなかった、お洒落というのは人に見せる為のものだから
見せたい人ができてしまうと…これがなかなかに難儀な物で
「だから友奈ちゃん、良かったら今度一緒に服を買いに行ってくれないかしら?」
「勿論!東郷さんとデートだね!」
デートという単語で心臓が跳ねるのを、私は何とか笑顔でごまかす
これでも友奈ちゃんを買い物に誘うにはかなり勇気を振り絞ったのだ
友達と買い物に行くのに大袈裟な、と言われるかも知れないし私も同意する
同時に友奈ちゃんに親友を超えた気持ちを抱いているんだな、と冷静に分析する私も居た
次の日曜日
「今日は空いてるみたいで良かったねー」
何処に行くのも車椅子は場所を取ってしまうので、人ごみは苦手だ
周囲への遠慮と友奈ちゃんへの遠慮。今までお出かけに誘えなかった理由はそれもある
この日は近くでイベントがあるとかで、店内をゆっくり見て回ることができた
…本当にデートみたいだ、と思うと口元が勝手にほころぶ
「あ、東郷さん、これ似合うんじゃないかな!」
そう言って友奈ちゃんが見せてくれたのは、青を基調にした可愛らしいデザイン
私に似合うだろうか…いや、友奈ちゃんが選んでくれたのだから着こなしてみせる
そう固く決意して、笑顔で受け取る
「試着出来たら一番いいんだけど」
車椅子では試着室に入れないし、入っても私は着替えられない…見せるのは今度になりそうだ
「それじゃあ、試着してみよう!」
え?と思った時には、友奈ちゃんは「力抜いてね」と一声かけてから私の体に手をかけて
軽々とお姫様だっこをしてみせていた
「!?!?!?!?!?!?!?///」
友奈ちゃんは武道をやっているとかで凄く力が強いのは知っていた
けれどこれはあまりにも不意打ち過ぎて、私はぱくぱくと金魚のように口を開閉するばかり
そのまま広めの試着室の方へと連れ込まれ「一旦下ろすね?」と断ってから座らされる
「服、脱ぐの手伝おうか?」
私はほとんど反射で頷きながら、それが何を意味するのか遅れて理解していた
えっと、つまりそれは友奈ちゃんに下着を見られてしまうということで
いや、できるだけ可愛いと思うものを選んで来ている辺り実は私はこういった事態を望んでいて
私が頭の中で忙しく討論している間に気付けば着替えは終わっていた
後で聞いたら、この手際の良さは道場に置いてあるマネキン相手に練習したらしい
サンドバッグとかなら解るけれど何故マネキンが武道の道場に…謎は深まる
その時の私はそんなことを知らないので、ホッとしたような残念なような気持ちでいた
だから、更なる追撃をまったく予測していなかったのだ
「それじゃあ、立たせるよー」
友奈ちゃんのぬくもりが、どこか花を思わせる匂いが、全身を包み込む
後ろから抱きあげる様にして私は鏡の前に立たされていた
友奈ちゃんの胸が背中にぎゅうと密着して。無邪気な顔の友奈ちゃんが肩越しに覗いて来る
「可愛い…」
「そう?良かった!気に行って貰えて!」
実はこの言葉は友奈ちゃんに向けたのだけど、服が私好みなのも確かだったので問題は無かった
―――私の治まらない動悸を除いては
「いやー、大量大量ですな!」
あの後、更に3着ほど友奈ちゃんが選んだ服を同じ過程を繰り返して着てみせて
ついでに私が選んだ服2着を加えて、合計6度も友奈ちゃんに着替えを手伝ってもらった
その度に私は危うく自失する所だったのだけれど、何とか耐えきった
友奈ちゃんとのお出かけには覚悟が必要だと改めて思いなおす
けれど―――
「そうだ!来週は私の服を一緒に選んでくれないかな?」
私は1も2もなく頷いていた
友奈ちゃんにドキドキさせられる日々は、これからも続きそうだ…
その予感は中学校生活を、そしてその後の人生を通して的中することになる
おまけ
「あれって確か…」
樹がうっかりチケットを無くしたので、自分の分を譲った私はイベント終わりまで暇になった
服でも見るかと思って入った店で見つけたのは、大赦から勇者の適正値が高いと知らされていた少女たち
特に車椅子を押している方の少女…結城友奈は史上最も高い適正値を叩きだしたとか聞いた
もし万が一私の学校が神樹様に選ばれれば、共に戦うことになるかも知れない明日の勇者たち
気付けばその姿をまじまじと見詰めていた
車椅子の少女の試着を手伝うようで、その体を軽々と持ち上げる結城友奈
その笑顔を、私は何処かで見たことがあるような気がする
ああ、そうだ―――樹が私に甘えている時の顔に似ている
「お姉ちゃんは私だけのもの」「みんなに私とお姉ちゃんを見せつけたい」
そういう新愛と独占欲が混じり合った顔だ…意外とあの子、強かなのかも知れない
「(東郷美森だっけ。あっちの子、これから苦労するかもね)」
試着室に消える2人を見送った後、私は自分とはサイズの違う服を見る為にコーナーを移る
樹に何か買って帰ってあげよう、そんな気持ちになったから
最終更新:2015年02月09日 13:22