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彼女が事故に遭ったと知らされた時、頭が真っ白になった
彼女に会いたくても面会謝絶だった時、とても嫌な予感がした
彼女のご両親からその事を聞かされた時―――

かつて彼女が言った言葉に、彼女に言った言葉に
頭を強く殴りつけられたような気がした






私の家だというその家は、大きくて広くて
私は本当のこの家の子なのだろうかと、思ってしまう

記憶喪失

正式な病名もまた別に教えられたが、有体に言えばそういう事だった

病院の先生の話ではどうやら事故に遭ったようで
記憶喪失はその事故で頭を強く打った影響によるものらしい

それらの話を聞かされても
両親と名乗る人たちと面会しても
私はただ冷静に事を受け止めていた

そうして目覚めた私は一通りの検査の後退院し
こうして自宅へと訪れる事になったのだった

ここまで来てどうして私はこんなにも
落ち着いていられるんだろうと考えて

今の私はからっぽだからだと思い至った

「こんにちわ―」

唐突に響いた声の方を向くと、門の向こうに見知らぬ少女
彼女はごく自然にこちら側に踏み入り、私の前に立つ

「お隣さん、だよね」
「私は結城友奈、よろしくね!」

そうして結城友奈と名乗った少女は私の手を握り締めてくる
どうしてだろう、目を覚まして以来、病院の先生も看護師の人も
両親を名乗る人達の声ですら、ただ無感情に心を通り過ぎていったのに
この子の声は、握り締められた手から伝わる体温は、初めて心に響いた気がした

それから彼女はこの家に訪れた理由を話しだした
どうやら彼女は事情を聞かされているようで
私の事を気にかけてくれているらしい

そこに感じた違和感は続く彼女の問いにかき消される

「ああ、そうだ」
「あなたの名前は?」

それはからっぽの私を指し示す唯一の手がかり
それが私の名前だと教えられた名前を告げる

「東郷……東郷美森」

「そっか、綺麗な名前だね」

そういって笑う彼女
その笑顔はとても眩しくて
名前を褒められたのが認められた気がして

つられて私も、笑ってしまった






後ろ手に閉めたドアに背中を預ける

今日は一日、東郷さんを案内して
一緒にご飯を食べて、またあしたって
それでこうして、自分の部屋に戻ってきて

もう、いいよね
もう、無理しなくていいよね
東郷さんの前では笑顔でいれたもんね

体から力が抜けていってドアを背もたれにしたままずり落ち蹲る

もう限界なんだ
もう我慢できないよ

胸のあたりに走る衝動を
ギュッと掴み込む

東郷さんはこれを恐がってたんだね
園子ちゃんはこれを耐えてたんだね

痛いよ
苦しいよ

いたくて、くるしくて、それでも
東郷さんから離れたくないんだ

約束でも、同情でもなく、東郷さんを求めてしまってる
ねぇ、この気持ちはなんて言うんだろうね

こんなぐちゃぐちゃな気持ち
溢れてしまったら、見せてしまったら
私は勇者<わたし>で居られなくなりそうだから

今だけは、許してください
こうして泣く事を
最終更新:2015年02月09日 13:25