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「東郷さん、それ可愛いね!」
「でも先生に注意されない様に気を付けてね?」

廊下を歩いているとクラスメイトから唐突にそんなことを言われた。
可愛い?そのっちのリボンのことだろうか。けれど今更過ぎてピンと来ない。

「東郷!」
「夏凛ちゃん。一体どうしたの、血相を変えて」
「あんたもか…とにかくこっち!急いで部室に来なさい!これ被って!」

いきなり学校指定のウィンドブレイカ―を被せられ、逮捕された容疑者のように連行される。
一体なにごとだろう。私の顔に何か付いているのだろうか。
釈然としない気持ちで部室に辿り着くと―――ちょっとした騒ぎになっていた。

「ちょっ、樹!樹ったら!落ちつきなさい、ステイ!ステイ!」
「うん、落ちつく。落ちつく為に保健室に行こう!お姉ちゃんも一緒に!」
「ぬおお何てパワー!?一体どこにそんな力を隠してたのよー!」

風先輩が樹ちゃんに抱きつかれ、じりじりとその体を引きずられている。
風先輩の頭には動物の耳のようなカチューシャが付いていて、いつもと違うその姿に樹ちゃんは興奮しているらしい。

「風!東郷もだったわ!」
「そ、そう!友奈も大丈夫だったしどういう条件が…あ、こら!お尻は駄目!駄目だったら!」
「あの、一体なんのことですか?」

夏凛ちゃんは樹ちゃんを引き離しに行きかけて、思い直したようで手鏡を出して渡してくれる。
ありがたいけれど、その間に風先輩が部室の外へと引きずられていったのはいいのだろうか。
手鏡を覗いてみる―――顔に何か付いているというわけではない。顔色も普通だ。
もしや、と思い制服の首元を下ろして確認して見たが…良かった、付いていない。

「あんた今何を確認したわけ?」
「秘密よ。それで一体全体これは何を…?」

手鏡を少し離した時、何だか気になる物が目に入った様な気がした。
もう一度手鏡を覗き、顔全体が映るように距離を調節して見る。
私の頭に―――狸の耳を象ったカチューシャが付いている。
いや、そんな物を付けた覚えは私には無い。軽く引っ張る。痛みがある。
…私の頭に、狸の耳が生えていた。

「例によって大赦からの一方的な連絡に依ると…供物が戻る際に余剰な力が勇者に注がれた可能性がある
それがどのような効果を表すかは一切不明、注意されたし、と。…まさかこんなふざけた効果とは」

夏凛ちゃんが端末を覗きながらしてくれる解説も、私の耳には半分も入っていない。
私は今、想像を絶するほどの強壮な攻撃を受けているからだ…死ぬかも、知れない。

「東郷さん可愛いなあ…東郷さん、可愛い!可愛い!」

友奈ちゃんはすっかり私の耳が気に入ったようで、ずっと後ろから抱きついて頭を撫でている。
友奈ちゃんのぬくもり&頭なでなでだけでも致死級の猛攻だと言うのに、加えて狸耳はとても敏感で。
大好きな人に触られているというだけで甘い声が漏れそうになり、必死に口を抑えて耐えている。

「風の耳はイタチのそれだったし、要するに精霊の一部が体に顕現してるってことかしら…
 って友奈!触り過ぎ!ちょっとは落ちつきなさい!」
「はーい」

名残惜しげに友奈ちゃんの手が離れる。口を抑えていたので「もっと…」と小さく呟いたのは聞こえなかったようだ。
精霊についてはその本性を最初に知ってしまった身として思う所がないではないが…今は関係ない。
友奈ちゃんが気に入ってくれるのならそれが一番大事である。治らなくてもいいんじゃないだろうか。

「勇者部の常識枠はあたしだけか!学校で困るでしょ、学校で!」
「私がずっと後ろから抱きついて隠しておくっていうのはどうかな?」
「それよ、友奈ちゃん」
「それじゃない!あんたら2人とも頭冷やせ!」

…その後さんざん夏凛ちゃんにお説教を受けて、かと言って有効な対策が浮かぶでもなく。
結局その日はそのまま帰ることになった。風先輩と樹ちゃんは帰って来なかった。
きっと幸せな時間を過ごしているのだろう。

「でも、確かにこのまま治らなかったら少し困ってしまうわね」
「大丈夫だよ!その時は私が責任取るよ!東郷さんを一生守る!」
「じゃあ、治らない方がお得かも知れないわ」
「…ま、まあ、治っても一生守るけどね。東郷さんはいつでも可愛いし!」

…照れながら言う友奈ちゃんの様子に、頭の耳がぴこぴこと揺れて喜びを示す。
そっと頭を友奈ちゃんの肩に寄せる。
友奈ちゃんはやっぱり照れながら、でも家に帰るまでずっと頭を撫でてくれていた。

―――結論を言うと、翌日には綺麗さっぱり耳は消滅していた。
本体である勇者システムが消えたのに、精霊の影響だけが残ることが無いのも道理ではある。
少しだけ残念に思いながら友奈ちゃんを起こす準備をしていると、端末に風先輩からのメッセージがあった。

『樹が大変なので、今日は休みます』

…何となく樹ちゃんが書いたメッセージっぽく見えてしまうのは穿ちすぎだろうか。
けれど、そのメッセージで何かが私の中で騒ぎだす。

「とーごーさーん…」

まだ起こす前なのに、友奈ちゃんの困ったような声が窓から聞こえた。外を覗いた私の目に。

―――猫耳の生えた友奈ちゃんの姿が映った。

私の理性があっさりと崩壊を迎えたのは、まだ肌寒い早朝のことだった。
最終更新:2015年02月09日 13:50