「大丈夫。絶対に大丈夫。ちゃんと色々調べたんだから」
樹ちゃんから借りた月刊YURI-MOを握りしめ、私は何度も自分に言い聞かす。
表紙に大きく描かれた特集記事の数々をこの数日間、暗記してしまうくらいに読み込んだ。
【オンナノコ同士は初デートで決まる!絶対に失敗できないデート指南!】
【これが神世紀の最新レジャースポット!彼女とちょっとオトナな1日を】
【ゼロから始めるお化粧テクニック!普段と違う貴女にカノジョは夢中かも?】
―――結城友奈、東郷さんと人生初のデートです!
もちろん一緒にお出かけしたり買い物したりは今までも何度もしている。
けれど親友でもなく、勇者部の中までもなく、ただのお隣さんでも当然なく。
恋人同士として2人で出掛けるのは今回が初めてだ。
東郷さんは私をいつも見てると言ってくれた。私はずっと東郷さんと一緒にいると約束した。
これから2人で歩んで行く長い道のり、どんな初めても大切にして行きたい。
「明日は絶対に、東郷さんをとびきりの笑顔にして見せる!…あ」
気合たっぷりに吠えた私は、握りしめたYURI-MOがくしゃくしゃになっているのに気付く。
表紙の樹ちゃんに謝りながら皺を伸ばしていると、何だかむくむくと不安になって来た。
朝、待ち合わせの場所へ向かいながらいきなり気付いてしまった。
一緒に連れ立って直接向った方が時間も節約できるし、いっぱいお話もできるんじゃ?
…い、いや、恋人を待つ時間って素敵だって旧世紀の歌でも言っていたし、きっと大丈夫!
―――でも、東郷さんが既に待ち合わせ場所にいる可能性は考えておくべきだった。
え?今30分前だよ?楽しみにしてくれたのは嬉しいけど待たせちゃっただろうか。
「ご、ごめん、東郷さん!待たせちゃったかな?」
「いいえ、私が早く来すぎただけ。それに今来たばかりだから」
良かった、怒られるのは仕方ないけど寒い思いとかさせちゃったら申し訳ないから。
私服姿の東郷さんにしばし相好を崩していると、彼女がそっとマフラーを巻いてくれる。
「あ…」
「友奈ちゃん、いつもより大人っぽい服装ですごく素敵だわ。でも、ちょっと寒そうだったから」
そう、あんまり防寒に気合を入れてもこもこになったら嫌だったので、ホントはちょっとだけ寒かった。
東郷さんと1つのマフラーを共有すると、さっきまでの寒気は完全に消えて熱いくらいだ。
「ありがとう、東郷さん…今日は絶対!楽しい1日にしようね!」
「私は、友奈ちゃんと一緒なら何時だって楽しいのだけど?」
「むう…もっともっと、特別に楽しくするの!」
―――解らない。そもそも何を描いた物なのかが解らない。
私たちはまず、ちょっと大人びたデートスポットに上がっていた美術館にやって来た。
東郷さんは難しい本も沢山読むし、雑学も豊富だ。だから絵も好きかなと思って。
予想は当たったようで、東郷さんは真剣な顔で絵を見詰めている。すごく綺麗。
けど失敗だったのは、美術館では静かにしなければいけないのでお話ができないこと。
東郷さんの好きなものは私も好きになりたいけど…これはなかなか難度が高いようだった。
「友奈ちゃん、今日は少しだけお化粧しているのね」
美術館を出て直ぐ、東郷さんがそう言って肩を寄せた。
気付いてくれた…雑誌に描いてあった大人っぽく見えるメイクを試して見たんだ。
まあその…正直あんまり似合ってないかなあとは自分でも思うんだけど、今日はエスコートする役だもん。
「あら、大変。メイクが落ちているかも知れないわ。美術館の暖房、少し強かったから」
「え!?う、嘘、どうしよう!」
「大丈夫よ。さ、こっちへ」
東郷さんに手を引かれて洗面所に向かう。
てきぱきと彼女は携帯化粧セットを取りだすと、私に断ってからメイクの補修をしてくれた。
顔が近くてドキドキしている間にお化粧終了、鏡を見ると…。
「東郷さん、メイキャップアーティストになれるんじゃない!?」
「大袈裟だよ、友奈ちゃん。元がいいだけだから」
さっきは逆に助けられちゃったから、今度こそいい所を見せないといけない。
普段使っているの場所よりちょっと高めの喫茶店で休憩と昼食、もちろん私の奢り。
―――なんだけど。
「友奈ちゃん、本当に大丈夫?ちょっと、その…凄い値段だったけど」
「だ、だだだ、大丈夫!あ、飲み物はコーヒーでお願いします!ブラック、無糖で!」
いや、ブラックは無糖に決まってるのに何を言ってるんだろう私。
とはいえ、想定していたランチセットが既に完売で、その1つ上のセットも完売。
一番高いセットが残っていたのでそれを注文したんだけど…実に想定の3倍の値段。
そのことは私を少なからず動揺させて、東郷さんと話していても何だか空回りで。
こんなことじゃいけない、東郷さんに呆れられちゃう、今日は私が、私が東郷さんを―――!
「友奈ちゃんは―――今、楽しい?」
「え」
心の中を見透かされた様な気がして、無理やり浮かべていた笑顔が凍りつく。
東郷さんの方はいつも通り、穏やかで冷静な微笑みを浮かべている。
そう、いつも通りだ―――いつものように、私と一緒の時間を喜んでくれている。
「私はね…ちょっと意地悪だとは思うんだけど、今とても楽しいわ」
「そ、そうなの?」
「うん。大人っぽく振る舞おうとしてる友奈ちゃんがとっても新鮮で…私のことを思ってくれてるのが伝わって来て。
安心していいんだよ、友奈ちゃん―――私は、どんな友奈ちゃんと過ごす時間も大好きだから。
私の言うこと、信用できない?」
「…ううん」
―――私は一体、何をしてたんだろう。
東郷さんの為、東郷さんの為ってそればっかり考えて、一緒に楽しむことを忘れていた。
初めての時間を大切にしたいって、最初は思っていたはずなのに。
一緒に楽しむ時間が一番大切だって、解っていたはずなのに。自己犠牲のオバケみたいになって。
「すー…はー…!」
「友奈ちゃん?」
「ごめんなさい!コーヒー、オレンジジュースに変えて下さい!」
大きな声でそう言うと、店内から小さな笑いが起きた。店員さんたちは笑顔で頷いてくれる。
「私、オレンジジュースが好きなんだ!」
「うん、知ってるわ」
「東郷さん、午後からは…ううん、午後から“も”いっぱい楽しもうね!
えと、その、軍資金が妖しいので公園とかになっちゃうかも、だけど…」
東郷さんは堪え切れないと言った感じで笑いだす。
私はちょっとだけ唇を尖らしながら、でもようやく楽しいデートになりそうだと思えたのだった。
以下、ちょっとだけブラックなおまけ
「それでは入部届けをお預かりします、園子様」
「園子でいいよー、さっきー先輩」
「さ、さっきー?」
私はもう大赦から切られたようなもので、彼女も体の機能が戻ったのでそこまでの崇敬の対象ではなくなったそうだ。
それでも長年の縦思考はなかなか抜けないもので、彼女を前にするとつい敬語になってしまう。
これからは(短い時間とは言え)部長と部員の関係になるのだ、何とか打ち解けたいのだけど…。
「あ、YURI-MO!園子さ…園子もそれ、読んでるのね!」
「神世紀を生きる女の子でYURI-MOを読まぬは不開者だよ~」
私も女子力を磨く上ではYURI-MOの愛読は欠かせない。
まあ、時々【一番近いあの人に届け!姉妹愛特集】とかやらかすので購入に困ったりするが。
同じ雑誌を読んでいるということで、一気に親近感が高まる。
「あれ?でも今月号の表紙って樹だったような…?」
「ふふふ、これ、実は裏YURI-MOなんだよ」
「裏ぁ?」
園子の話によれば、YURI-MOは実は大赦絡みの出版社が出している雑誌らしい。
そして大赦職員とごく一部にしか出回らないYURI-MOの特別版が存在するのだ。
…なんでそんなものが存在するのかは全然解らないけど。意外とミーハーなのかしら、大赦。
「恋する乙女がそれを望むからじゃないかな~」
「ごめん、イマイチ解んない」
やっぱり東郷に入部届け取りに来てもらえば良かっただろうか、先日も来たと言ってたし。
私は裏YURI-MOとやらの表紙をぼんやりと見つめる。其処にはこんな特集名があった。
【これでイチコロ!背伸びしたがるカノジョの支え方】
最終更新:2015年02月09日 13:53