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「そう言えば風先輩、女子力ってそもそもどういうものなんですか?」

戻って来た日常、帰って来た平穏な日々。
勇者部がまた揃ってうどん屋で過ごせるようになったある日、友奈がそんなことを聞いて来た。
こういう時の友奈はとても厄介な存在だ…何しろ素直だから基本的に言ったことを信じてしまう。
しかも、隣で彼女の嫁が『滅多なことを言ったら解りますよね』というオーラを出してくる。
答えるには細心の注意を払わなくてはいけない。

「女子力っていうのはね、あー…」

同性から憧れられる力、異性にモテる力…まあ、こんな所だろうか。
これならそこまで波風も立たないだろうと口にしかけたその瞬間。

「女子力っていうのはね―――」
「ごほっ!ごほっ!ちょっ、ま…!七味入れ過ぎた!」
「…夏凛、ベストタイミング過ぎてウケ狙いかと思ったわよ?」
「人が苦しんでる時に言うことがそれ!?」
「はあ、まったく…女子力っていうのはね、同性からモテる力のことよ!」

―――ん?
私、今何を口走ってしまっただろうか?

「同性から…」
「つまり、女子力の高い風先輩は女の子からモテモテ…」
「え、ちょっと待って。いやストップ。なし、今のなし」
「た、確かに風はこう、女の子をナチュラルに惹きつける何かがあるとは思うけど…」
「夏凛―?夏凛ちゃーん?あんたが乗っかって来るとかお姉さん驚きを隠せないわ―」
「お姉ちゃん、クラスで同級生の子たちを侍らせたりして…?」
「樹、恐い。目が恐いから!?なんでハイライト消えてるの!」

結局その日は、樹からの射抜くような視線でうどんの味はほとんど解らなかった。
―――そんな状況で、私が部員の動向を見逃していたとしても責める人はいないだろう。


「いやー、びっくりしたね。確かに風先輩は女の子にモテそうだけど」

女子力というのがそういうものだったとは、また1つ勉強になってしまった。
うどん屋さんからの帰り道。樹ちゃんに引きずられていく風先輩を夏凛ちゃんは追い掛けて行った。
夕日に照らされながら、私と東郷さんは並んで家への道を歩いて行く。
隣を歩く東郷さんはいつも通り綺麗だ…とっても女子力が高いと思う。

ここだけの話、実は一目惚れだった。
お隣さんに同い年の子がいると聞いて、友達になりたくて訪ねて行ったのは本当。
けれど私は、その子の美しい容姿と憂いを帯びた深い色の瞳に心を奪われてしまった。
お隣さんよりも、友達よりも、親友よりも…もっと深い関係になりたい。
そう思う相手がこの世にいることを、私は東郷さんと出会って知った。

「どうしたの友奈ちゃん、そんなに見詰めたりして」
「え?あ、いやー、東郷さんも女子力高そうだなーなんて思いましてなー」

ふざけてごまかしながら、私の胸の中でモヤモヤとしたものが高まって行く。
人を悪く言ったり、そもそも思ったりするのが私は苦手だ。自分が苦しくなってしまう。
けれど1つだけ、苦しくても抑えられない想いがある―――東郷さんに纏わることだ。

女子力が女の子にモテる力だとするならば、それは元から東郷さんに備わっていたものだ。
私が出会ったその時に夢中になってしまったのがその証拠だと思う。
けれど、東郷さんの足が治ってから急に親しくなりたいという女の子が増えた気がして。
私は笑顔で、友達が増えて良かったね東郷さんなんて言いながら心の奥底で思っている。
『前は東郷さんの魅力なんて解ってなかった癖に』『私の方は前から東郷さんを知ってる』

いや、それどころか私より明らかに可愛い子や綺麗な子が話しかけて来る時。
『東郷さんに近付くな!』…そんな風にすら思っている様な気がする。
今思うと、あれは明らかに私より女子力の高い女の子を警戒していたんだろう。
私は東郷さんに比べれば背も低いし、容姿も平凡だし、頭も良くないし、こんな風に嫉妬だってしてしまう。
その癖、周囲の空気を悪くしたくないといい子ぶってへらへらと笑顔の仮面を被る。

「(私が東郷さんの一番なのは、東郷さんと最初に友達になったから…それだけだもん)」

これからもし、すごく女子力の高い女の子が東郷さんと仲良くなりたいと望んだら。
東郷さんは私と過ごす時間を減らしてその子と一緒に居るようになるのかな。
その想像は冬の空気よりも冷たくて、私はブルッと体を震わせる。

―――そんなの絶対許せない。


「友奈ちゃん、寒いの?」

何だかうどん屋さんを出てからの友奈ちゃんはちょっと様子がおかしい。
女の子が女の子を好きになる、そのことにまさか何か思う所があるのだろうか。
もしそうだとしたら、申し訳ないが原因となった風先輩には後々お仕置きを受けて貰うことに…。

「手、繋ごうか」
「え」
「ちょっと寒いでしょ?だから手を繋ごう!」

友奈ちゃんがそう言って手を差し出してくる…しなやかで柔らかい、暖かそうな掌。
自分の暗い想像が杞憂だったことに安心しながら、同時にこうも思う。
この手を取る私の気持ちを友奈ちゃんが知ったら、どうなるんだろう。

ここだけの話、実は一目惚れだった。
記憶と食い違う自分の体と周りの人々、忘れてはいけないことを忘れているという焦燥。
薄闇に覆われたような世界は、彼女に笑いかけられたことで光を取り戻した。
友奈ちゃんが私の世界の中心で、私にとってのもう1つの太陽だ。

今日の話を聞いて友奈ちゃんが自分が女の子からモテることを自覚してしまって。
私よりずっと活発で、話もあって、迷惑もかけない自立した女の子が仲良くなることを望んだら。
友奈ちゃんは私と過ごす時間を減らしてその子と一緒に居るようになるのだろうか。
…いいや、友奈ちゃんがそんなことをする訳がない。自分の妄想に腹が立つ。

―――それでも、可能性は潰しておかないと、ね。

「友奈ちゃん、女子力っていうのは本当はね…」

友奈ちゃんの手をぎゅっと握りながら、私は彼女の耳元に囁きかけた。
最終更新:2015年02月09日 14:40