ほとんどわんこそばのように次々と
うどんを平らげていく風先輩。
お腹がすいているのも勿論あるだろうけど、それだけじゃない。
お店では樹ちゃんを膝に乗せられないからイライラしているのもあるのだ。
食べるのが一番ゆっくりなのは当の樹ちゃんなので怒ったり注意もできない。
結果的にそれは食欲へと転嫁され、行きつけのうどん屋さんの売り上げを潤すのである。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま!今日も美味しかったです!」
樹ちゃんが手を合わせるのと風先輩が食べ終わるのはまったく同時。
お会計を終えて店の外に出るのとほとんど同時、風先輩が樹ちゃんに抱きついた。
「お、お姉ちゃん///」
「外寒いわー、樹あっためてー。うどんと樹で2倍の保温効果よ!」
「ホント自重しなくなったわね、あんたたち」
「主に自重していないのは風先輩だと思うけれど」
私たち勇者部の戦いが終わり、友奈ちゃんが帰還してそれなりの時間が過ぎた。
供物として失われた体の機能も戻って来て、私たちは普通の女子中学生としての日常に帰った。。
そこに新たに加わった、というか以前より強化された風景。全力で樹ちゃんを愛でる風先輩。
そのっちに説明したら「姉妹だからね、無限の可能性があるよ」と言われる程にその溺愛ぶりは凄まじい。
登下校時は必ず姉妹で手を繋いで。当然車道側を歩くのは風先輩。
勇者部の部室では常に樹ちゃんは風先輩の膝の上。最初は外でもやろうとしたけどこれは夏凛ちゃんが止めた。
そして隙あらば行われるスキンシップ…私もあれくらい積極的ならもっと進展しているのではと羨ましくなる。
前から風先輩は樹ちゃんが大好きだったし人生の中心に据えている所はあったが、今はまるで恋人にするような親しさだ。
樹ちゃんも恥ずかしがりはするものの嫌がってはいない様子で、それだけならば結構なことなのだけれど。
「―――」
「また、だね」
隣の友奈ちゃんの指摘に、私は小さく頷く。
最初に気付いたのは、勇者部の空気に一番敏感な友奈ちゃんだった。
風先輩の過激な好き好きアピールの中で、時々ふと彼女の目が遠くを見つめることがある。
その目つきのことを、私はよく知っている。友奈ちゃんと出会うまで私もそんな目をしていることが多かったからだ。
それは、不安。自分が関与できない環境の変化、時に運命と呼ばれる物への恐怖心。
「樹分が切れて来た―。樹早くきてー。お姉ちゃん死んじゃう―」
同級生が転校するとかで、樹ちゃんは放課の会が長引いているらしい。
友奈ちゃんは部活の手伝いで夏凛ちゃんは病院の検査、部室の中には今は私と風先輩だけだ。
机の上でだるーんと伸びきっている風先輩は夏場のパンダのようだ。すもちとか食べそう。
一時期に比べれば大分落ちついて来た勇者部への依頼をまとめながら、私はさりげない口調で語りかける。
「風先輩」
「なにー、東郷―。樹が来たのー?」
「…無理を、していませんか?」
それまで緩み切っていた風先輩の顔がスッと引き締まる。
こちらに向けて来る視線はとても強い光が宿っていて、けれど敵意などのそれではない。
「バレてた?」
「はい、友奈ちゃんが気付きました」
「あー、友奈かー。あの子が気遣いの鬼なのを見くびってた」
机から起き上がると、今度は椅子に寄りかかる様にして座る風先輩。
その眼が、かつて眼帯に覆われたこともあった目が、樹ちゃんのよく座る席に向けられる。
その目つきは確かな強さがあるのに、不安に揺らいでもいるという不思議なものだった。
「樹、声が出ない時にクラスの子達に随分助けられたみたいでね、それは凄くありがたいんだけど」
樹ちゃんの声が戻って、オーディションも待って貰えることになって、授業の遅れも取り戻して。
樹ちゃんは先のことも見据えた練習も兼ねて、お友達とカラオケなどに出掛ける様になった。
最近は休日に家に居ることもめっきり減って、盛り上がり過ぎて夕飯が随分遅くなったりもするらしい。
(私からすれば必ず食べに帰って来る辺りに樹ちゃんのいじましさを感じるけれど)
「あの子もどんどん先に進んでる。勇者部での経験があの子に道を開いてくれた。
逆に私は、復讐もひと段落で大赦からの連絡も散発的、樹もどんどん自立し始めて。
なんか空っぽというか張り合いがないというか…樹の気持ちが今更になって解るのよ」
樹ちゃんの気持ち―――風先輩と並んで歩いて行けるようになりたい。
けれど樹ちゃんが追いついた時に、逆に風先輩は置いて行かれたような気持ちになってしまっているらしい。
そんなに急いで大人にならなくてもいい。頑張り過ぎ無くていい。もっとここに居ていい。
気付けばその気持ちは、樹ちゃんへの過剰なスキンシップに変わっていた。
本音を言えばそれは『置いていかないで』という、ただそれだけのこと。
「私はほら、樹にとっては女子力溢れる格好いい、大人びたお姉ちゃんなワケじゃない?
あー…いや、恥ずかしい場面とか格好悪いところも随分見せちゃったけどさ。
だから、その、何て言ったらいいかな」
「甘え方の加減が解らない?」
「そう、それ!」
私も逆なら経験があるので、その気持ちは理解できる。
友奈ちゃんに甘え過ぎちゃいけない、勇者部のみんなを苦しめちゃいけない。
それが極まった挙句、相談を怠って世界を巻き込んだ心中を行おうとした。
それを思えば、まだ甘えられるだけ風先輩は立派だし大人だと思う。
使い古された言葉、人は1人で生きられない。大人だって誰かに甘える必要はあるのだ。
そう、風先輩の今までの行動は、甘やかしているように見えて樹ちゃんに甘えていたのだ。
「樹ちゃん、恥ずかしそうにしてましたよ」
「最短距離で見てたから知ってる…うあー、今になってなんかキたわ、これ」
「けれど、友奈ちゃんも私も夏凛ちゃんも…一度も、樹ちゃんが嫌がっているとは思いませんでした」
俯いて、顔を赤らめて、身を小さく縮めて。けれど口元にはいつも小さな笑みが浮かんでいた。
風先輩が、最愛の姉が、今まで頼ることしかできなかった大事な人が自分に甘えてくれる。
それがどれだけ心を満たしてくれるか、私は友奈ちゃんが車椅子に乗っていた頃に知った。
『ああ、やっと私たちは対等になれたんだ』―――そんな暖かで甘い満足感。
「もっと甘えてあげたらいいんですよ。ただし今度はちゃんと、樹ちゃんに甘えたいんだって口にしてあげて」
「幻滅とかされないかな…」
「私は友奈ちゃんにしませんでした。だからきっと、風先輩と樹ちゃんも大丈夫」
風先輩の表情にみるみる力が戻って行く。それでこそ頼れる勇者部の部長だ。
まあ頼れる部長としての決断が『妹に素直に甘える』なのは何だかシュールだけど。
「遅れてごめんなさい。お姉ちゃん、今日は何す…」
「樹!」
風先輩が樹ちゃんの肩を強く、けれど優しく掴んでその目を見詰める。
樹ちゃんは風先輩の目に射抜かれたように固まって、ほんのりと顔を赤らめた。
「私、もっと樹とあんなことやこんなことがしたい!」
―――風先輩は、壮絶にやらかした。
「…うん///」
樹ちゃんが完全に乙女の顔で頷く。
友奈ちゃんに会いたい。後夏凛ちゃん、ツッコミが足りないから早く戻って来て。
私はここには居ない友人達を思って、視線を泳がせるばかりだった。
最終更新:2015年02月09日 16:33