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「さて諸君!学校をあげてのエコ活動期間に我々勇者部も協力することになった!
 具体的には今までの清掃活動に加えて、割り箸や紙コップの使用減少を目指すわ。
 そうね、来週までにマイカップを各自部室に持ってきてちょうだい」

風先輩にこう言われて、私は少しだけ困ってしまった。
実は退院する時のどさくさに紛れてお気に入りのカップを無くしてしまっていた。
そんなに小さい物でもないのに、私ってガサツだなあとちょっと自己嫌悪する。
それから新しく買ったりせずに予備のカップを使っていたんだけど、部室に持ってくる分が無い。
隣を見ると、東郷さんも何かを悩んでいる様子だ。

「…御湯呑みで紅茶やコーヒーも、ちょっとシュールかしらね」
「東郷さん家の食器、純和風だもんね…そうだ!明日、一緒に買いに行かない?」
「ええ、勿論いいわ。エコの為の先行投資だものね」

東郷さんは真面目だなあ、と感心半分自己嫌悪半分で思う。
そう、実は私にはエコ活動への貢献以外にもよこしまな目的があった。
東郷さんの様子を見ていて思い付いただけなのでそこまで大袈裟な物でもないんだけど。

「(このチャンスにペアカップを購入しちゃおう!)」

私は東郷さんに見えない角度でグッと拳を握りしめた。


人生とは小さな幸せを探す旅路と言ったのはもう存在しない国の詩人だっただろうか。
友奈ちゃんと並んで歩いている私は、きっと今が人生で一番幸福なのだと思う。
きっと友奈ちゃんに言ったら重たいと引かれてしまうだろう、だから思うだけだ。

「う~ん、可愛いデザインのだけでも凄い種類があるんだね」

カップを真剣な顔で見つめて吟味している友奈ちゃんはとっても愛らしい。
何だか2人暮らしの日用品を買いに来ているような気持ちになって、頬が緩んでしまう。
高校生になったら、あるいは大学生に、社会人になったらそんな未来もあるのだろうか。

「あ!これ、2個入ってるからお得だね!東郷さんに片方あげる!」

私の妄想は、友奈ちゃんからの不意打ちによってあっさり崩された。
友奈ちゃんが選んだのはペアカップ、いわゆる恋人同士や新婚の夫婦が使うそれ。
大きなハートマークは確かに可愛いデザインだけど、親友が使うには少し問題があるかも知れない。

「こ、これにしようよ、東郷さん!お金も半分ずつ出し合って、ね?」

沸騰しかけていた頭が、友奈ちゃんの声が僅かに震えているのに気付き急速に落ちつく。
よくみれば、友奈ちゃんはチラチラと“カップルにオススメ!”というタグを見ている。
その顔はほんのりと赤く染まり、何度も指を組み替えているのがその緊張ぶりを伝える。
解っていないフリを装うなんて…とっても可愛くて悪い子ね、友奈ちゃん。
私は友奈ちゃんに見えない角度でニヤリと口角を上げた。


「そうね、これなら1つずつ買うよりも値段も抑えられるし…少し覚悟がいるけれど」
「か、覚悟?お、大袈裟だよ東郷さん、ただカップを買うだけなのに」

本当はかなりの覚悟と勇気を振り絞っての決断だ、今にも東郷さんに意図が気付かれたらとヒヤヒヤする。
こんなに大きく“カップルにオススメ!”なんて書かなくてもいいのにと店員さんを少し恨んだ。

「いいえ、友奈ちゃん。2つセットのカップを買うというのはとても神聖な行為なのよ。
 このカップ、片方が少し小さくなっているように見えない?」
「え?う、う~ん…そう言われれば、そんな風に見えなくもないかなあ」
「きっとこれは夫婦茶碗を意識してのものなのよ」
「めおと!?」

えっと、それってつまり夫婦が使うことを想定して作られているもので。
これを買うということは私と東郷さんは…ふーふ!?
ボフンッ!と頭の中で何かが爆発する。湯気になって見えていないか不安になる程だ。

「だからこれを買って2人で分けるということは、私たちはもうずっと離れないと神樹様に誓うも同然で…」
「東郷さん!」

爆発で色んな物が吹き飛んだ私は、東郷さんの手をしっかりと握る。
それまで涼しい顔していた東郷さんの顔が、みるみる内に赤くなった。

「買おう、このカップ!ずっと一緒に居よう!ふーふ上等だよ!」

…あれ?私、今なんだか物凄いことを口走ってしまったような?
東郷さんを見れば、普段は白磁のように白いその肌が茹でたタコさんみたいに真っ赤になっていた。
周りに居た少なくないお客さんから視線が集中し、何故か一部から拍手が沸き起こった。
このまま正気に戻ったらエライことになると直感して、右手に商品、左手に東郷さんの手を取ってレジへ早足で向う。

これをください、2人で使います!と言った様な気がするけどよく覚えていない。
ただ背の高い店員さんが笑顔で商品にリボンを巻いてくれたのは辛うじて記憶していた。
婦人服のコーナーの鏡に映った東郷さんが、ほんの少しだけ笑っていてくれたことも。


私が友奈ちゃんに勝つことなんて不可能だったんだ…。
あまりにも甘い絶望感に浸りながら、私たちは並…ばずに歩いている。
友奈ちゃんが私の手を今でも離してくれないから、少し遅れて引かれている形になる。
耳まで真っ赤で微妙に早足なのに、私が転んだりしない様に気遣っているのが解るのが友奈ちゃんらしい。
私はというと、さっきからずっと唇が笑みの形を作ろうとするのに懸命に抵抗していた。

「東郷さん!」
「は、はい!」

思わず背筋を伸ばして答えてしまう私に、振りかえった友奈ちゃんが言う。

「さっきの、冗談とかでは無いからね!」
「…それって」
「そ、それだけ!じゃあ帰ろう!うん、まっすぐ帰ろう!が、外食とか控えるのもほら、エコだよきっと!」

街中で口にすると顰蹙を買いそうなことを言いながら、友奈ちゃんは少し歩調を遅らす。
私たちは手を繋いだまま肩を並べて、でも互いの顔を見つめられずに歩いて行く。

「ねえ、友奈ちゃん」
「な、なな、何かな、東郷さん」
「このカップ、友奈ちゃんの部屋で分けっこしない?」

友奈ちゃんが、私のささやかな反撃にようやくこちらの顔を見詰めてくれた。
彼女がゆっくりと首を縦に振るのを見ながら、私は心の中でエコ活動に喝采を送っていた。


―――背の高い大赦の職員さんが入って来て、事の顛末を説明してくれた。

「もっと早くに買いに行ったりすると思っていたのにねー。世話の焼ける2人だよー」

机の引き出しを開けると、そこにはゆっきー(=友奈ちゃん)の愛用のカップ。
そして私が書いて大赦が施行してくれたエコ運動の企画書。

「カップをわっしーが持っていったと思った人は、ゆうみもで妄想した回数分腹筋だよー」

私は虚空によく解らないことを呟きながら、今日の内容を小説にまとめるべくPCを起動した。
最終更新:2015年02月09日 16:34