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保健室では静かに。中学生にもなれば誰でも知っているルールを破りながら私はばたばたと駆け込む。
 白いベッドの脇で東郷と友奈が心配そうに、眠る樹を見詰めている。
 顔色は悪くない、目立った怪我もなさそうだ、あたしはようやく胸を撫で下ろす。

「馬鹿…どうして倒れるまで無理なんてするのよ…」

 卒業文集の作成委員という大役を任されて、あたしは勇者部と二足のわらじ状態になった。
 幸い東郷も実働員になってくれたので依頼をこなす分にはそこまで問題ない…はずだったのだけど。

「お姉ちゃんの分の仕事、全部私に回して下さい!」

 樹が突然そんなことを言い出したのは予想外だった。
 けれど、いつまでも一緒に居られないなんて感傷的になっていた私にはそれが嬉しくて。
 ついつい周りの反対を押し切って、“頑張れ”なんて言って樹の意思を優先してしまった。

「樹ちゃん、少しでも風先輩の負担を軽くしたいって頑張ってて…」
「けれど、頑張ればいいってもんじゃないわ」

 カーテンを開けて夏凛が入って来る。どこか緊張した面持ち。
 こういう顔をする時、夏凛は自分が悪者になろうとしているのだとあたしは知っている。

「苦情って程でもないけどね、樹じゃ依頼を完璧にはこなせてないって声が結構あるのよ」
「夏凛ちゃん、今はそんなこと…」
「今言わないでどうするのよ!
 ねえ風、私たちもフォローして来たけど樹の気持ちは変えられなかった。
 ずっと自分の心の中で堂々巡りしてるのよ…もう、見てられないわ」

 夏凛が本当に辛そうに眼を閉じる。東郷も友奈も何も言えずに目を伏せた。
 あたしは勇者部の部長。そして樹の姉。決着はあたしが付けないと。

「ん…」

 樹が目を覚まして、あたしの顔を見る。ふにゃり、と安心し切った笑みを浮かべて…それが一瞬で恐慌に歪んだ。

「わ、私、何をして…つ、続きを!すぐに続きして来るから!」
「樹」
「お姉ちゃんにもう迷惑かけないから!私が、私が助けるから!頑張る、頑張るよ!だから…!」
「樹!」

 あたしは、樹をしっかりと抱きしめて、そっと囁いた。

「もう、頑張らないで」

 樹の目から涙があふれ出す。ひっくひっくとしゃくりあげながら、私に縋りついて来る。

「樹の気持ちは嬉しいわ。けどね、あたしは一度も樹を迷惑だなんて思ったことないの。
 傍にいてくれるだけで幸せでどんなことだって頑張れるの!だから1人で焦らないで。あたしと一緒でいいんだよ、ね?」

 わんわんと泣きだす樹の唇に、そっと口づけする。お母さんが泣いてる時、こうしてくれたのを思い出したから。
 樹がぴたり、と泣きやんだ。周囲もいきなり静かになる。

「お、おねえちゃ…///」
「落ちついた?ほら、母さんがよくしてくれたでしょ?おまじない」
「それ…おでこにだよ…?///」

 保健室では静かに。中学生にもなれば誰でも知っているルールを破りながらあたしは真っ赤になって叫んでいた。
最終更新:2015年02月09日 16:43