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讃州中学に限らず神世紀の学校機関は個人の事情への対応が行き届いているのが普通だ。
 バリアフリーは当たり前、病気や怪我があればカリキュラムの無理のない変更で対応。
 そして、極端に知識が欠けている場合は授業の前にこっそり補助の教材を貸してくれる。

「仕方ないでしょ、国を守る為の訓練ばっかりして来たんだから」

 誰ともなく言い訳をしながら、私は勇者部の部室で『女の子同士の性』と書かれた本を捲っている。
 まだ部活が始まるまで時間があるのに私が1人部室に居るのは、6時間目の保体の授業が休みになったからだ。
 奥さんが産気づいたとかで、先生は慌てて帰宅する前にこの本を貸してくれた。
 私が根本的な知識の欠落に気付いたのも、思えば彼女のお陰だった。

「(女性同士なのに赤ちゃんができるって何かの比喩ですか?だっけ…授業中じゃ無くて良かった///)」

 神世紀において同性同士の恋愛、結婚などは普通のことと誰もが認めている。
小学生くらいまでは知識がないので抵抗もあったりするらしいけれど。
 世界の実像を知った私としては“そうしないと生きる気力を保てなかった”時期があったのじゃないか、と推察している
 ともあれ、私は何故か妊娠というのは男女があれこれしての結果だと勝手に思い込んでいた訳で。
 入門書としてこの本を渡してもらったということなのだ。

「それにしても先生、幾らなんでもこれは初心者向け過ぎるんじゃないの?」

 なんとこの本、漫画仕立てである。よく解る四国の歴史とかと同じ系統。
 ひびきちゃんとみくちゃんという2人の女の子が、実体験風に色々と解説してくれる内容となっている。
 早熟な小学生向けとかじゃないだろうか…そう言えばこの2人ちょっと友奈と東郷に似てるわね。
 とはいえ、せっかく用意してくれたのだ…讃州中学勇者部、三好夏凛受けて立つ!

『ねえ、みく。私たちお互いが大好きで毎日一緒に寝ているし、そろそろ神樹様から赤ちゃんをさずかるんじゃないかな?』
『ひびき、一緒に寝るだけじゃ赤ちゃんはさずからないんだよ。他にもいろんなことを2人でしないと』

 ふむふむ、一緒に寝るだけじゃ子供はできないのね…当たり前か。
 もしそれで子供ができるなら友奈と東郷はとっくにおめでただし、私だって旅館の時に風の子を。
 ボンッ!と幻聴が聞こえて顔の血が上るのが解る。慌てて私はページを捲る。
 ―――ひびきちゃんとみくちゃんが、ベッドの上で抱きしめあってキスしていた。

「あわわわわ!///」

 前言撤回、これは中学生にもちょっと早いかもしれない!
 そうか、子供って寝てる時にキスすると出来るのね…いや、色々と言っていたからもっと先もあるのかも。
 これ以上の事がある?そもそも男女が何をするのかだってよく知らない私には完全に未知の領域だ。
 私はまるで思春期の男子のように軽く息を乱しながら、続きのページを捲ろうとして。

「いやー、参った参った!進路指導で呼びだしておいて腹痛で早退とかやんなるね
 あれ?夏凛早いわね。て、寝てるのか」

いきなりの風の登場に、咄嗟に私は体の下に本を隠して寝たふりをする。
 いや、これはマズイ。いつまでも寝てるワケには行かないんだし。
 風にからかわれるのが嫌でこんなことしたけれど、このままだと他の部員全員の前でこの本を読んでいたのがバレる。
 それは何と言うか、非常によろしくない。何とか打開策を探さないと。

「他のみんなは授業中だしね。おーい、夏凛。部長が寂しがっておられるぞー」

 風は寝ている人に話しかけるのはあんまり良くないと知らないのだろうか。
 窓の方でも向いていてくれれば、素早く本を鞄に隠してそのまま目を覚ますことも出来るのに。
 風は…何故か私の方をずっと見つめて動かない。何なの、その熱視線。今日に限って。

「ねえ、夏凛―――」

 だから、寝てる人に話しかけるのはよくないと。

「夏凛が居るから、多分あたしはここに居ると思うんだよね」

 心臓が1つ、大きく跳ね上がった。いきなり何を言い出すのだろう。

「大赦に殴りこもうとした時ね、最初に夏凛とぶつかりあったでしょう?
 あの時ね、多分相手が夏凛じゃなかったら、あたしは全力で怒りを打ちこめなかったと思う。
 剣を奮い切れなかった。吠えられなかったっていうのはきっと、ずっと心の中でくすぶって。
 最後の戦いの時に、樹を守ろうって、東郷を連れ戻そうってあんなに早く立てなかったと思うの。
 だからね、止めてくれたのは友奈で、静めてくれたのは樹だけど…あたしを救ってくれたのは夏凛なんだよ」

 風の手が私の髪を優しく撫でていく。ばか、そんなに優しい手つきなんてあんたのキャラじゃない。
 薄目に映る風の顔はすごく穏やかで、友奈が東郷に、東郷が友奈に向けるそれと視線が似ていて。
 そっと、その頭が下げられて私の顔へと近づいて来る。

「あんたには、いつも守られてるなって思うの―――好きよ、夏凛」

 頬に伝わる柔らかい感触。
 叫んで飛び上がるのを抑えた私の自制心に喝采を送りたい。
 だから、しょうがないわよね?肉体反応が制御できないくらいは仕方ないわよね?
 血が、再び顔に昇って来る。熱さで耳まで真っ赤になっているのが解る。

「…………えぇと、夏凛、夏凛ちゃん。もしや起きてらっしゃる?」
「……ッ!こ、子供できたらどうするのよ!?///」

 口の中に溜まっていた空気を気恥かしさと共に吐きだしながら私は絶叫する。
 お腹の下の『女の子同士の性』がくるくると回って風の方へと滑って行く。
 あ、と思う間もなく風がそれを手にとってペラペラと捲って行く。

「あ、いや、それはその…知識欲の探求というか、常識の再確認というか…///」
「―――こういうこと、今度してみる?」

 何かをふっ切ったようにそんなことを言って来る風。
 私は、ぱくぱくと声も出せずに口を開閉した後大声で口にしていた。

「受けて立つわよ!///」

 ―――これはまだ、私たちがもう少し先の特別になる前の話だ。
最終更新:2015年02月09日 16:52