『私は片目だからまだいいけど、樹は・・・ね』
あの日からしばらくして。最近のお姉ちゃんの口癖のようになってしまっている。
激しい戦いの後で身体に不調をきたしたとかで、お姉ちゃんは左目の視力がなくなり、私は・・・声を出すことができなくなった。
・・・といっても、もともと人見知りで人付き合いが苦手だった私には、正直なところさして不便だとは思わない。
『樹の可愛くてきれいな声が聴けないなんて悪夢よ!拷問よ!』
なんて、お姉ちゃんはいつもの調子だけど・・・。そんなおねえちゃんの明るい姿が、私の支えとなっているのだ。
お姉ちゃんだって、片目とはいえ視力をなくしたのは不便なことだろうに。
(・・・・・・私の未来)
心の中でカードに尋ねる。シャッフルしてカットし、いつものように一枚だけカードをめくる。
ワンオラクル、またはワンカードスプレッドと呼ばれる、たった一枚のカードに自身の未来を尋ねるこの展開法は、最も単純明快なタロット占いの方法で、
ある意味難解で上級者向けでもあり、私の最も好きな占い方のひとつだ。
(『女教皇』の逆位置・・・未来への不安、恐れ・・・)
すぐに治る、なんて言われていたこの症状が発症してから、とうに一週間を過ぎている。
お姉ちゃんの目もそうだし、友奈さんの味覚や東郷先輩の聴覚も、一向に回復する兆しのないことに私も既に気づいていた。
でも、だからといって今の私にいったいなにができるんだろう?そんな時、私はいつもお姉ちゃんの顔を思い浮かべていた。
(・・・・・・)
(・・・・・・お姉ちゃん)
ここ最近、どうも邪な思想が、私のなかに芽生え始めているのを感じる。
私には辛かったり苦かったりといった表情を一切出さず、いつも優しい笑顔を見せてくれるお姉ちゃん。
これまでも、亡くなったお父さんやお母さんのかわりにと、お姉ちゃんはひとりで私たち家族のことを支えてくれていた。
ときどき過保護とも思えるそれに私は大いに甘えつつも、ずっとお姉ちゃんの力になりたい、助けてあげたいと思っていた。
(もう一度。今度は・・・私と、お姉ちゃん)
でも、戦いが終わって・・・私が声を失ってから
お姉ちゃんはこれまで以上に尽くしてくれている。・・・うーん、言葉が悪いかな。
これまで以上に私の傍にいてくれるし、いつも私のことを大切に想ってくれているのを感じる。
お姉ちゃんのことはこれまでも大好きだったけれど、最近はそれ以上の想いが自分の中にあるように感じた。
(お姉ちゃんを、ひとりじめしたい)
(お姉ちゃんにずっと傍にいてほしい。学校なんてやめてしまえばいい。一日中ずっと隣で、かいがいしく私のお世話をしてくれればいい)
(お姉ちゃんのことが好き。家族としてじゃない、恋人として、愛する人として、情欲の対象として、お姉ちゃんのすべてが欲しい)
(・・・・・・っ!!)
(私、いま・・・・・・なにを思ったの・・・?)
自分自身に驚愕する。今のが、私の中にある本当の想い・・・?
だとしたら・・・・・・なんて・・・
(『悪魔』の正位置・・・欲望に溺れる・・・)
なんて・・・・・・心地いい思想だろう!?
「樹、お風呂沸いたから先に・・・ん、また占いごと?」
なんでもない、わかったよお姉ちゃん といったジェスチャーをする。
最近、わざわざスケッチブックに文章を書かなくても意思疎通ができるようになってきたのは、やはり姉妹だからだろうか。
それでも、言葉にしない想いというものは、たとえ声を失わずとも打ち明けなければ伝わらないもので・・・。
(だ・い・す・き・だよ。お姉ちゃん)
すれ違いざま、私はそう呟いた。声には出ないけど、わざと口をその通りに動かして。
お姉ちゃんは私のことがなにか気になったようだったけれど、とりあえず今はそれでもいい。
(だってね、お姉ちゃん。これから私たちは、ず~っと一緒にいられるんだから・・・)
某日、学校にて。
どたどた、ばたばた。廊下を誰かが思い切り走りぬける音が聞こえる。
そして
「樹っ!あんたケガしたって・・・!」
「犬吠埼さん!保健室では静かに!」
「あっすみません・・・・・・って、それより樹は・・・!」
ふるふる、と首を振る。
お姉ちゃんってば、相変わらず心配性なんだから♪
「調理実習中に指を切っただけ。処置も済んだし、たいした怪我じゃないから安心なさい」
今度はこくこく、と頷く。
「な・・・んだ・・・。よかったぁ・・・」
「ほんと、犬吠埼さんは妹ちゃんのこと心配なのねぇ」
「そりゃそうですよ。大事なかわいい妹なんですから」
「まったく、樹さんもついさっき保健室に来て処置したばかりだっていうのに、どこから聞きつけてきたのかしら」
「そっ・・・そんなことは別にいいじゃないですか!それより樹、ほんとに大丈夫?痛くない?」
心配性のお姉ちゃんに、満面の笑みで返事をする。
もちろんちょっぴりは痛いけど、そんなの覚悟の上だから大丈夫だよ、お姉ちゃん♪
「はいはい、姉バカなのはよーくわかったから、樹さんのこと教室に連れて行ってあげなさい」
「姉バカ言わないでくださいよ。・・・さっ樹、いこ?」
お姉ちゃんは私の手をとって立たせてくれた。そのまま私の手を引いて保健室を後にする。
(・・・お姉ちゃんったら、ほんとに心配性なんだから・・・)
「むぅ・・・なによう樹、その『お姉ちゃんは心配性だなぁ』みたいな顔は」
くすくすと笑う。お姉ちゃんがときどき見せる、お茶目な表情で照れ隠しをするときの顔は、とっても可愛くて大好きだ。
(ほんとに、かわいいなぁ・・・お姉ちゃん♪)
・・・それにしても。
(ちょっと指を包丁で切ってみただけで、お姉ちゃんったらあんなに必死になるんだ・・・。・・・ふふ)
次は、もう少しだけ過激なことをしてみようかな・・・。
お姉ちゃんが私から離れられなくなるように。
お姉ちゃんが私のことしか考えられなくなるように。
少しずつ少しずつ・・・・・・お姉ちゃんの全部を、私のものにしてあげるね。
最終更新:2015年02月09日 16:52