―――それを目撃したのは本当に偶然のことだ。
友奈ちゃんと2人の帰り道、新刊を見たかったから少し大きめの書店に寄った。
結局目当ての本は見つからなかったけど、友奈ちゃんと過ごす時間というだけで私には楽しく掛け替えが無い。
「きゃっ!もう、友奈ちゃんったら……」
「東郷さんカイロだよ!えへへ……東郷さんあったかーい♪……あれ?」
「どうしたの、友奈ちゃん?」
「あれって風先輩と樹ちゃんかな?」
いつもと違う道すがら、大きな橋の袂に隠れる様にして風先輩と樹ちゃんが居た。
あんな所で何をしているのだろうか―――その疑問はすぐに解消される。
樹ちゃんが自分より背の高い風先輩を壁に押し付けて、背伸びをするようにキスをした。
「!?」
「え?今、2人……え?」
ここからでは声も聞こえないし表情も見えない。けれど、2人は決してふざけているようには感じ無くて。
樹ちゃんの手が風先輩の胸に当たっている。風先輩は樹ちゃんの頭を掻き抱く。
そのまま2人は奥へと体をズラして、その姿は見えなくなった。
『約束の口づけ』
「……友奈ちゃん、見た?」
「う、うん、見ちゃった」
風先輩が樹ちゃんのことを溺愛しているのも、樹ちゃんが風先輩に姉妹以上の感情を持っているのも知っていた。
けれど、まさかああいうことをする関係になっていたとは。そのっちが居れば大喜びするだろう。
「い、行こう、東郷さん?」
友奈ちゃんが私の手を握ると、早足でその場を離れる。掌から伝わる、熱さ。
耳まで真っ赤な友奈ちゃんに手を引かれながら、私は喉の渇きを覚えていた。
渇く、とても……喉が。
「東郷さん!の、喉渇かない!ジュース、買おう!」
流石は気遣いの鬼の友奈ちゃんだ、私の異変を察知してくれたのだろうか。
もしかしたら、この渇きは友奈ちゃんも覚えているのかもしれないけど。
「ごくっ、ごくっ……ぷはぁっ!美味しい!はい、東郷さん、も……///」
自販機で買ったレモン系の飲料を差し出してから、友奈ちゃんは気付いたらしい。
自分が1本しかジュースを買っていないことに。やっぱり彼女も動揺している様だ。
「か、間接キ……な、なし!今のなし!東郷さんは何を飲む?お茶かなー、それともスポーツ飲りょ」
「いただくわ」
私は友奈ちゃんが何か反応するよりも早く、彼女の手からジュースを奪い取る。
友奈ちゃんが口づけていた呑み口に自分の唇を重ねて。軽く舌を添える様に。
ごくり、ごくり、ごくり。行儀が悪いのは百も承知で、そのままジュースを飲み干してしまう。
友奈ちゃんの目が私の喉を見詰めている。ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
「あ、あはは、東郷さん、とっても喉が渇いてたんだね!うん、いい飲みっぷり!」
「渇いてた、じゃないわね」
缶を手近な空き缶入れへと投げる。ブルズアイ。射撃は得意だ。
「まだ、渇いているの」
友奈ちゃんは、私の言葉にとても困った顔をした。けれど、戸惑ってはいない。
私が何を言いたいのか理解しているだろう。だって、友奈ちゃんはとても聡いから。
「友奈ちゃんは、どう?喉は渇いていないかしら?」
「か、渇いてるかも、知れない……」
「この渇きは、ジュースじゃ満たせないかも知れないわね」
渇く。渇く。喉が渇く。友奈ちゃんの困り顔で、更に渇くのが解る。痛いくらいに。
風先輩が先か、樹ちゃんが先かは解らないけれど、2人もこんな風に渇きを覚えたのだろうか。
友奈ちゃんはしばらく視線を空中にさ迷わせていたけど、やがて自販機でお茶を購入した。
ちょっと予想外の行動で、私は目を丸くする。そんなものでは癒されないのよ、友奈ちゃん?
「東郷さん、また間接キスで悪いけど……」
そう言って、友奈ちゃんはまだ開けていない缶を口に運んで。こくり、こくりと飲む振りをして。
唇の方を私に重ねて来た。
「友奈、ちゃ……!?んんっ……!///」
「東郷さん、沢山飲んでね……?渇きが癒えるまで、いっぱい、幾らでも」
くちくちと水音が重なった唇から響く。初めてのキスなのに、それはとても即物的で。
頭の中に風先輩と樹ちゃんの姿が浮かぶ。何故か対抗心のようなものが浮かんだ。
「東郷さん、東郷さん……!ま、また……キスしてもいい……?東郷さんのこと、飲んでもいいよね……!」
「ええ、いいわ……私で友奈ちゃんの渇きが癒えるなら……」
くちゅっ、くちゅりっ、ちゅっ、じゅじゅ……。
しばらくの間、私たちは互いを飲み干そうとするように口づけを繰り返した。
誰も通りがからなかったのは、正気付いてみると奇跡である…誰が通り掛かっても続けただろうけれど。
―――やがて、離れた2人の唇の間にかかった銀の橋を、そっと友奈ちゃんが舐め取る頃。
私の渇きはすっかり癒されていた。多分、友奈ちゃんの方も。
「はあ、はあ、はあ……はあ……」
呼吸をおろそかにしていたことを今さら思い出して、私たちは並んで必死の呼吸を繰り返す。
それが何だかおかしくて、笑いだしそうになった瞬間。
「東郷さん、大好きだよ……キ、キスが先になっちゃったけど、愛してる!」
ああ、友奈ちゃん。まだきっと動揺しているのね。このタイミングはいけないわ。
「私も……私も友奈ちゃんが大好き……愛してる 」
私は友奈ちゃんの告白に応えながら、その私より少しだけ小さな体を抱き寄せる。
「……だから、また飲んでもいい?」
蘇る渇きを喉に感じながら、私は頷く友奈ちゃんに唇を寄せた。
―――私たちはずっと一緒。永遠に互いに渇き続け、癒し続ける。
最終更新:2015年02月09日 16:55