6・63-70

9月17日(火) 天気:晴れ 記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 私たち勇者部とバーテックスとの、最後の決戦から10日あまりが過ぎた。
 あの戦いにおいて、私たちは全ての力を出し切り、幾度も満開を繰り返した。その甲斐もあり、バーテックスの
神樹到達は阻止する事に成功したが、私たちの身体機能は著しく損なわれた――はずだった。
 どういう具合によるものかは未だ不明だが、私たちは大赦から勇者の任を解かれ、それと同時に、散華により
失った身体機能が徐々に復調のきざしを見せ始めていた。
 風先輩は左目の視力、樹ちゃんは発声機能。そして――私の場合は、片耳の聴力と、さらには過去に失った両足の
機能までもを取り戻した。歩行のためのリハビリは進んでおり、あと数日で、完全に歩けるようになる見通しだ。

 それなのに。

 いっしょに並んで歩きたい人が、今はそばにいない。

 私たちの身体が回復する一方でただ一人、友奈ちゃんだけが、今も意識を取り戻さないまま、ベッドの上にいた。
 原因も治療法も、私たちはおろか、大赦の人間にもわからないようだった。確かにあの戦いで友奈ちゃんは、巨大な
バーテックスの塊の中心へと突貫し、その御霊を打ち砕く、という、とんでもない無茶をやらかしてはいた。しかし、
本当にそのダメージによる後遺症なのかも、今は不明なままなのだ。
 ――いつか、戻って来る日が訪れるのか、それとも、永遠に訪れないのかも。

 だけど私は、友奈ちゃんが戻ってくると信じている。
 信じているからこそ、友奈ちゃんがずっと書き続けていた、この勇者部の活動日誌を途絶えさせないよう、引き継いだのだ。
いつか友奈ちゃんが、戻ってきた日のために。その間に私たちに起こるであろう大小様々の日常を、全て分かち合うために。

 大丈夫だ。私の心に不安はない、
 友奈ちゃんは、必ず目を醒ましてくれる。見る人全てを元気にさせるあの笑顔で、もう一度私たちに微笑んでくれる。
 何故なら。


 友奈ちゃんこそが、本当の勇者なのだから。



9月18日(水) 天気:曇  記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 今日は勇者部のみんなで、色々と話をした。これまでの事、これからの事。
 ……ここだけに、正直な心情を吐露する事を許してもらえるならば、できるなら私は、参加したくはない席だった。
当然だろう。私の犯した過ちの事を思えば、どの面を下げてみんなと仲良くお喋りなどできるだろうか。
 それなのに、みんなは私の事を「悪くない」と言った。
 『壁』の事も、世界を滅亡させかけた事も、みんなを危険な目にあわせた事も、――友奈ちゃんの事も。
 私が悪いのではないと。誰が悪いのでもないと。
 風先輩も夏凜ちゃんも、言葉を取り戻したばかりで、まだしゃべるのもおぼつかない樹ちゃんまでもが、私をなぐさめるかの
ように、口々にそう言っていた。

 だけど、私は納得しきれないままだった。

 どれだけ予想のつかない遠因であったとしても、私の行動が引鉄となり発生した戦いの中で、友奈ちゃんの心が失われた。
この事実が揺るぐことはない。
 そして私にとってはそのたった一つの事実だけが、たとえ何百回と転生し、その度に地獄に突き落とされたとしてなお
購う事のかなわない重罪だった。
 もしも贖罪の機会があるとするならば、それはきっと、友奈ちゃんが目覚めてからの事なのだろう。全てはそこから再び
始まる。あの日から、止まってしまったままの私の時間も。
 だから、お願い。

 早く、早く私のもとに帰ってきて、友奈ちゃん―――



9月19日(木) 天気:雨  記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 友奈ちゃんは、ずっと病院のベッドの上にいる。
 食事もせず、お手洗いに立つ事さえなく、ただずっと、光を失った虚ろな両目で空を眺めているだけだ。
 肩を強くつかんでうながしてやれば、横になったり、身を起こしたりという動作などはかろうじて行っているようだと、病院で
お世話になっている先生や看護師さんはおっしゃっていた。その他、生命活動を維持するのに支障があるようなケガや症状は
みられないという。
 だからこそ、意識だけが完全に失われてしまっているという状況が、どうにも不可解なのだとも。

 私は毎日、友奈ちゃんのお見舞いのため、病院を訪れている。
 友奈ちゃんの大好きだった、押し花を持って。私たちと同じように、散華で失った味覚を取り戻しているはずの友奈ちゃんの
ために、手作りのぼた餅を持って。
 だけど友奈ちゃんは、押し花を手に取って目を輝かせることもなければ、ぼた餅を口いっぱいにほおばって、ほっぺたが
落ちてしまいそうな表情をすることもない。私が病室に入ってきても、こちらに顔を振り向ける事さえしてはくれないのだ。

 せめて。せめて友奈ちゃんを、お日様の光にあたらせてあげたい。
 こもってしまった病室の空気じゃなく、外に広がる新鮮な空気を吸わせてあげたい。

 そんな願いに基づいて、私は何日か前から先生と話し合いを進めてきた。そして、今日ようやく許可を得てきたところだ。
 明日から私は、友奈ちゃんを車椅子に乗せ、病院の敷地内に限り、散歩をすることが出来る。
 今まで、友奈ちゃんが私にしてくれていた事を、今度は私が返してあげるのだ。まだまだ友奈ちゃんへの恩返しにはとうてい
足りないけれど、それでもこれが、その第一歩になる事を私は信じている。
 これからひとつひとつ、焦らずに返していければいいのだ。時間ならいくらでもある。
 なぜなら。

 私の一生はもう、友奈ちゃんのために捧げ尽くすと決めてしまったのだから。



9月20日(金) 天気:晴れ 記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 今日は、とても嬉しい事があった。
 昨日の日誌に書いた通り、今日私は、友奈ちゃんを車いすに乗せて散歩へと出かけた。
 いつも友奈ちゃんに押してもらっていたから、いざ自分が逆の立場になっても上手くできるはずと思い込んでいたけれど、
実際に押してみるとやはり勝手が違う。ハンドルは漠然と想像していた以上に重いし、左右に曲がるのもいちいち手間取って
しまい、その度に近くを通りがかった看護師さんに助けを求めなければならなかった。
 そんな自分を情けなく、ふがいなく思いながらも、私と友奈ちゃんはどうにか中庭へと出る事ができた。去りかけていた
残暑の日差しも今日は輝きを取り戻しており、まるで友奈ちゃんのために降り注いでいるかのようにさんさんと照りつけて
いた。
 暖かい空気に包まれる中庭で、私は友奈ちゃんに話しかけながら、植え込みに囲まれた歩道を周っていた。
 その時だ。

 ほんの一瞬だけ、友奈ちゃんの指先がぴくり、と動いたのだ。

 その事に気が付いた時、私は車いすを押すのも忘れて、その場で口を抑えて泣き出しそうになってしまった。
 それは見ようによっては、歩道の石ころに車いすが乗り上げ、かたん、と揺れただけに見えたかもしれない。
 でも私にはわかる。私が友奈ちゃんの事を見間違えるはずがない。あれは絶対に友奈ちゃんが自分の意志で動かしたのだと
私は確信していた。
 やっぱり友奈ちゃんの心は、完全に失われたわけではなかったのだ。
 もうすぐだ、きっと友奈ちゃんはもうすぐ戻ってくる。
 戻ってきたら何をしよう? まずはお祝いに、みんなでパーティーを開かないといけない。私はもちろん腕によりをかけて
お菓子を作るつもりだし、風先輩や樹ちゃんははりきって部室の飾りつけをすることだろう。夏凜ちゃんだって、態度は
しぶしぶながらに見えて、その実、大喜びで準備を手伝ってくれるはずなのだ。
 それにまた、みんなでうどんを食べにも行けるし、頓挫しかけてしまっている文化祭の練習だって再開できる。友奈ちゃんが
戻ってくることで出来るようになることが、こんなにもたくさんあるのだ。

 その日が今から待ち遠しい。



9月23日(月) 天気:曇後雨 記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 昨日は学校がお休みだったので、私は一日中、友奈ちゃんとおしゃべりをしていた。
 朝早くからお見舞いに行って、病院のベッドのかたわらに座り、先日思い浮かんだ、友奈ちゃんが帰ってきたらやりたい事を
色々と話した。もちろん、友奈ちゃんからの返事はなかったけれど、でも友奈ちゃんの心は戻りかけているのだから、きっと
聞いてくれているはずだ。
 そう思いながら話していると、返事をもらえなくても寂しくないことに気づき、私は幸せな気分でくすくすと笑っていた。
 私は友奈ちゃんの手をぎゅっと強く握りながら、とりとめもなく、脈絡もない話をただひたすら続けていた。
 そんな、とても楽しい会話の合間。
 握った手の中で、またしても友奈ちゃんの指が、ぴくりと動いたのだ。
 一度だけならたまたまという事もありえるかもしれない。だけど二度目は偶然では済まないだろう。
 間違いない。友奈ちゃんは、早く元の体に戻りたがっているのだ。
 そして、今その気持ちを受け取っているのは、世界でただ一人、この私だけ。

 気が付いた時には、私は主治医の先生の病室へと駆け込み、大声で友奈ちゃんの事を訴えていた。

 ――どんな手段を使ってもいい、今すぐ友奈ちゃんを治してあげてください。お願いします。友奈ちゃんは目を覚ましたがって
いるんです。私にはわかるんです。だって友奈ちゃんの手が動いていたんです。私は見たんです。いいえ見間違いなんかじゃ
ありません。私が友奈ちゃんの事で間違いを犯したりするはずがないんですから。絶対に友奈ちゃんは帰ってくるんです。だから
お願いです。私に出来る事なら何でもします。だから、だから――

 ――友奈ちゃんを、助けてください――

 面食らう先生にも構わず、私は叫び、ぶんぶんとかぶりを振りながら、その場にぺたんとしゃがみ込み、看護師さんたちが
なだめる声にもまったく耳を貸さず、知らぬ間に涙を流しながらわめき続けていた。
 そうする内に、連絡を受けて飛んできたらしい風先輩が部屋に駆け込んできて、「やめなさい!」と私を大声で一喝した。
それで私はびくり、と体を震わせて泣くのをやめたが、視線も表情も何もかも虚ろになってしまい、その時自分がどこにいて、
何をしていたのかすらまったく分からなくなってしまっていた。
 病院の人たちに謝っている風先輩を背にして、一緒についてきていた夏凜ちゃんと樹ちゃんに肩を貸されて、私は病院を出た。
友奈ちゃんを一人、狭くて暗い、ひとりぼっちの病室に置き去りにしたまま。

 その時の二人が、とても苦い物を無理やり飲みこんだ時のような表情をしていた事が、鮮明に記憶に残っている。



9月24日(火) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 どうしてだろう?
 どうして友奈ちゃんは、帰ってきてくれないのだろう?
 私の事が、嫌いになってしまったからだろうか? だとしたら、それは何故だろう? 私は何をして、友奈ちゃんに嫌われて
しまったのだろう?
 友奈ちゃんにもう一度好きになってもらうためには、どうすればいいだろう?
 何を考えようとしても、頭が全く働かない。授業を受けていても、勇者部の活動中も、私の頭の中は、ただ友奈ちゃんの事で
いっぱいだ。
 ――今もまた、友奈ちゃんに会いたくてどうしようもなくなってきてしまった。
 今日の日誌はここまでとする。



9月25日(水) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。

 私はもう、病院へお見舞いに行っても友奈ちゃんに話しかけてはいない。
 ただじっと、石のように押し黙って、友奈ちゃんの様子を見守っているだけだ。

 偽りの希望なんて、もう持ちたくはないから。



9月26日(木) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。



9月27日(金) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない。



10月2日(月) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も目を醒まさない



10月3日(火) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も



10月4日( ) 天気:   記入者:東郷美森

 友奈ちゃんは今日も



10月5日( ) 天気:   記入者:

 友奈ちゃんは今日も



 月  日( ) 天気:   記入者:


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 月  日( ) 天気:   記入者:



 月  日( ) 天気:   記入者:



 月  日( ) 天気:   記入者:



 月  日( ) 天気:   記入者:



 月  日( ) 天気:   記入者:






11月 3日(月) 天気:晴れ! 記入者:結城友奈!

 たくさん心配かけてごめんね、東郷さん。

 ありがとう。
最終更新:2015年02月10日 17:28