6・139-148

「……おっ? ねえ、見てみて、みんな」

 いつもと変わらぬ勇者部の部室にて。
 勇者部あてに届けられた郵便物を整理していた風が、ひとつの手紙を手に取って、他の部員を手招きした。
 「どうしたんですか? 風先輩」
 ほうきとちりとりを手に、部室の掃除をしていた友奈が返事をする。風は手紙を見せながら、うれしそうな
笑顔で説明した。
 「ほら、これ。こないだ行った老人ホームの職員さんから。みんなでやった、劇の感想が送られてきたの」
 「わあ、本当ですか? 見せてください」
 それを聞いた友奈もにこっと笑い、手紙の文面に目を通す。
 「えーと……『先日はありがとうございました。入居者のみなさまも大変喜んでおいでで、よいレクリエーションに
  なりました。特にあの、劇の完成度にはみなさん驚いてらしたようで、口々に好評を述べておりましたよ。今後とも、
  機会がありましたらお越しくださいね。それでは』 ……えへへ、好評だってさ~」
 友奈のにこにこがさらに明るくなり、隣にやってきた樹に手紙を見せる。
 「……おじいさんやおばあさん、喜んでくれたんですね。がんばってよかったなぁ」
 「それだけじゃないわ、友奈ちゃん」
 と、突然話に入ってきたのは、PCデスクに向かっていた東郷である。
 「えっ、何? 東郷さん」
 「あの時の劇は、入居されていたご老人方だけでなく、近所に住む地域の方々も観劇してくださっていたわよね? その方
  たちからの感想も、ほら……」
 かたかた、とPCを操作して、東郷は自分の作った勇者部のHPへアクセスし、その中の『掲示板』というページを開いた。
 「……ネットを通じて、たくさんの方が寄せて下さってるの」
 「すっごーい!」
 ずらずらと並んだ書き込みを見て、友奈が目を丸くする。

 「……『JC百合キタ――――(゚∀゚)―――――!!!!』『ここにキマシタワーを建てよう』『ちょっと老人ホーム入ってくる』……」

 「それは……好評なの……?」
 座ったまま一連のやりとりを聞いていた夏凜が、頭に疑問符を浮かべながら誰にともなくたずねた。

「……ふっふっふっふ……やはりあたしの脚本に、間違いはなかったようね……」

 風が腕組みをし、低い声で笑う。それを見た夏凜が、
 「……あ、このパターン、もしかして……」
 と、早くも不安を覚えるのとほぼ同時に、
 「よぉし! そうと決まれば第2弾公演、開催しちゃいましょっか!」
 だん! と立ち上がった風が、ぐっと手を握って宣言した。
 「おおーっ!」
 「やっぱりね……」
 目をキラキラと輝かせる友奈と、はあ、とため息をついて苦笑いを浮かべる夏凜。
 「ご好評につき、アンコール公演というわけですね。きっと皆さん、喜んでくれることでしょうね」
 「その通り! 劇団・勇者部のパフォーマンスはこんなものじゃないって事を、もっともっとアピールしていくチャンスよ!」
 「いつの間に劇団になったのよ、ウチは」
 留まるところをしらず加速していく風のやる気に、夏凜がぼそりと突っ込む。
 「うーん、でも……」
 「ん? どしたの、樹」
 「第2弾って言っても、どんなのをやればいいのかな……? 前とおんなじお話じゃあ、観てる人もつまらないよね……」
 不安を述べる樹に対して、胸をどん、と叩きながら風が自信満々で言った。

 「大丈夫。あたしが前の劇の続編を書くからね」

 「………えっ?」
 風の言葉を聞いた一同が、そろって風に注目する。
 「な、何よ……その、いぶかしげな視線は」
 「いや、だって……アンタに任せたら、また前回みたいにギリギリになるまで出来上がらないんじゃないかと思って……」
 「え、えと、お話は、すごく良かったんですけど、できればもうちょっとだけ早く出来てたら、もっとたくさん練習できた、
  かなーって……あはは」
 「そうね。あと一週間早くあの脚本が上がっていれば、ラストシーンの練習があと10回どころか100回はやれていたわね」
 「うぐぐ……」
 口々に不満を述べる皆に対し、返す言葉も無くなってしまう風。
 「がーっ! 今度は大丈夫! もう光の速さで仕上げてみせるわ! そしたら好きなだけ100回でも1000回でも練習
  したらいいじゃない! 見てなさいよっ!」
 が、突然勢い任せの反論を繰り出したかと思うと、どすん、と椅子に座ってかたわらのノートとペンを引き寄せ、何かを
ぐりぐりと書きつけ出し始めた。
 「え、まさか、もう取りかかってるわけ?」
 「うっさい! 今イメージ固めてるトコだから、集中させてっ!」

 うーうーとうなりながら頭を抱える風を見て、他の4人は(……やれやれ)という笑顔でうなずきあった。

 「……どうなることやら」

1時間後。

 「できたわよー」
 「速っ!?!?」

 まさかの風の脱稿宣言に、夏凜がこちらもものすごい速度で反応する。
 「お姉ちゃん、すごーい!」
 「ふはははは! このあたしの女子力をフルパワーで稼働させれば、こんなの朝飯前よ! ……あー、お腹すいた。東郷、
  なんかお菓子持ってきてない?」
 「脚本作りと女子力に何の関係が……」
 東郷に差し出されたぼた餅をひょいぱく、と口に含む風に対して、夏凜が呆れながらつぶやく。
 「さっそく読んでみてもいいですか? 風先輩」
 「ん、いいわよー」
 わくわくとした様子でページをめくる友奈。東郷、樹、夏凜も内容が気になり、机の上に広げられたノートの周りへと
集まってきた。

 「……うんうん……なるほどなるほど……」
 「……まあ、意外な展開………」
 「こ、この後どうなっちゃうんだろう……? どきどき」
 「…………ええー………」

 表情を千変万化させながら読み進めていた4人だったが、物語が終盤にさしかかるにつれその表情は似通っていき、やがて、
ぱたん、とノートを閉じるころには、再び微妙な表情となり、そろって風を見つめていた。
 「な、何よう、その、見ちゃいけないものを見ちゃったような目は……」
 「……いや……だって、いいわけ? コレ」
 夏凜がちらり、とノートの表紙に目を落としながら、今しがた読んだばかりのシナリオを、頭の中で反芻した。

 ……前回の劇のラストで、思いを伝え合って結ばれた、王子と姫。
 ところが姫の本性は、束縛力が強くて嫉妬深い性格であり、その性格に振り回されっぱなしの王子は徐々に疲弊してしまう。
 そんな中、前回も脇役として登場していた、控えめな性格だが、芯は強いメイドとひょんなことから心を通わせることになった
王子は、徐々に心惹かれていくことになる。
 ラストシーンは、王子がとうとうメイドにキスを迫り、それを姫が物陰から目撃してしまう、という結末で締め括られていた。

「……前回のハッピーエンド、完全にひっくり返されてるんだけど」

 あんまりと言えばあんまりなどんでん返しに、夏凜が異議を唱える。
 「いいじゃなーい。お話作りで大事なのはあっと驚く意外性でしょ? みんな、きっとビックリするわよ?」
 「意外にもほどがあるわよ」
 「……つーか、前の脚本書いた時、続編とか考えてなかったから……無理やり続けるなら、こうするしかないかなーって……」
 「ああ、もう完全にダメなパート2のパターンだ、これ……」
 途方に暮れる風と夏凜のかたわらで、
 「あっ、あのっ……こ、この、前回にも出てきたメイド、って………」
 樹がおずおずと発言した。

 「わ、わたしの役の事……だよね?」

 「そうよー。何かさっきのネットの感想だとそんなんが人気みたいだから、二匹目のドジョウを狙ってみました!」
 「安易な……」
 悪びれもせずにしれっと言い放つ風。だが、その言葉はすでに、樹の耳には入っていなかった。
 (わ、わわわ、わたしの役と、友奈さんの役の王子様が、き、キキ、キス………って、いう事は、前回の最後のシーンを、
  わ、わたし、と、友奈さんが……)

 瞬間、樹の脳裏に、前回の練習風景がフラッシュバックする。
 夕日差し込む部室で、熱く見つめ合う友奈と東郷。
 その、何だか妙に近かった、唇の距離感。

 (無理無理無理むり~~~~~っ!!)

 ぼん、と顔を真っ赤にして、樹はぶんぶんと左右に首を振った。
 そして、すぐ隣には。

 「………………………」

 ゴゴゴゴゴゴゴ、と、すでにしてただならぬオーラを発している、東郷の姿があるのだった。

ともあれ。
 なんだかんだと異議は出たものの、物は試し、ということで、とりあえず読み合わせが行われる事になった。


 「……王子。本日はどちらへお出かけになるのですか?」
 「う、うむ……少し、城下の見回りにでも、出ようかと思っていてな……」
 「なりません! 本日はわたくしと二人きりで、中庭を臨むテラスでお茶など飲みながら、ゆっくりと語らって
  いただかなければ……!」
 「しかし……ここ数日、私は城内にこもりきりだ。たまには外に出なければ、息がつまって……」
 「まあ! わたくしがお側にいるだけでは、足りないと申されますか!? ならば構いません! どうぞ今すぐにでも、
  この役立たずを切り伏せて、城下でもどこへでもなんなりとお出かけくださいませ!」
 「お、落ち着いてくれ、姫……」


 「……はいオッケー! いいわね、東郷と友奈!」
 部室の中央で、台本を読みながらなんとなく芝居をつけている友奈と東郷。そんな二人を椅子にふんぞり返って眺める
風が、満足そうにうんうんとうなずいた。
 「うーん……何だかやっぱり、気がのらないですよ、風先輩……」
 対して、友奈の様子はどこかしっくりこないと言いたげだった。やはり、前回めでたく結ばれた王子と姫の関係性が
変わってしまう事に、疑問を抱いているらしい。
 「そうです。わざわざよくない方向へ展開しなくとも、王子と姫はいつまでもいつまでもいつまでも二人でいちゃいちゃ
  幸せに暮らしました、でいいじゃありませんか」
 「……その割にはなんか、ずいぶん演技に気合が入ってなかった? 東郷……」
 「知りません」
 いっさいの優しさをどこかへ置いてきたような、冷ややかな視線で東郷が苦言を呈する。
 「はいはい、まーとにかく、話はいっぺん最後までやってみてからね。んじゃ次……出番よ、樹」
 東郷の苦言を軽く聞き流しながら、風がページをぺらぺらとめくりつつ、樹を呼ぶ。名前を呼ばれた樹は、
 「はっ、はひっ!」
 と、緊張した様子で椅子からガタン、と立ちあがった。

「はあ……私はもう、すっかり疲れてしまったよ。まさか、姫があのような性格だったとは……女性というものは、つくづく
  魔性の生き物だな」
 「き、気を落とされないでくださいね、王子様……。姫様も、悪気あっての事ではありません。それもこれも、全ては
  王子様を愛していればこその行動なのですから……」
 「ふふ……励ましてくれるのかい? そなたは優しいな。姫とは、まるで大違いだ……」
 「そ、そのようなお戯れを……いけません、王子様……」


 「……んー、ちょっと芝居がカタいわねえ、樹。もちょっとリラックスしてやってみ?」
 「む、無理だよぉ~」
 舞台の中央、すぐ隣に並んで椅子に腰かけ、会話を交わす友奈と樹。だが、樹の方は何となく心ここにあらず、という
雰囲気で、セリフの読み方も上の空だった。
 (……どうしても、最後のシーンの事を考えると、緊張しちゃって……)
 「ほら、こうやって、王子ともっとぴったりくっついて……っと」
 心の中で葛藤を抱える樹のことなどつゆ知らず、風が立ち上がり、樹の椅子をずず、と押して、友奈の方へと近づける。
その弾みで、樹と友奈の肩がぴと、とくっつきあった。
 「ぴゃあっ!?
 その瞬間、まるで小動物のような声を発して、樹が椅子からぱっと立ち上がった。
 「い、樹ちゃん? どうかしたの?」
 顔を真っ赤にして目を大きく見開いている樹の様子に、友奈がびっくりして尋ねる。それに対して樹は、両手を激しく
左右に振りながら、
 「なっ、何でもっ! 何でもないんですっ!」
 と答える。その様子に、樹と友奈はそろって頭の上に「?」を浮かべるのだった。
 そして。

 「……………………」

 そんな友奈と樹を見ながら、東郷はまたしても、ギギギギギギ、という不穏なオーラを発しつつあった。
 それを感知した夏凜が、だらだらと脂汗を流しながら東郷におそるおそる声をかける。
 「東郷……あんた、妙な事考えるんじゃないわよ……?」
 「ダイジョウブヨ、カリンチャン。シンパイムヨウヨ」
 「なぜ、片言……」

 ――そんなこんなで練習は続いていき、いよいよクライマックスシーンへとさしかかった。

「大事なシーンだからね。ここだけは、本番さながら、リハーサル並の真剣さでやってほしいわけよ」

 風が丸めたノートを片手に、友奈たちに向かって熱弁している。
 「……わかりました、風先輩! お話については、まだちょっと納得しきれてないんですけど……私、やるからには
  本気でやりますねっ!」
 「その意気よ、友奈!」
 「………………私も、『本気で』行かせて頂こうかと」
 「おーおー、東郷もやる気十分じゃない」
 「……何か、逆に不安なんだけど」」
 各人の意志を確認していく風が、樹にも声をかける。だが、

 「……………………」

 当の樹は、完全に固まってしまっており、ただ拳をぎゅっと握って、ぶるぶると震えるばかりだった。
 「……おーい、樹ー」
 「ひゃっ!? なっ、何、お姉ちゃん!?」
 「いや、何? じゃなくって……最後のシーンの稽古、始めるわよ?」
 「あっ、そっ、そうだね! うう、うん、やろう! 早くやろう!」
 甲高い裏声で返事をしたかと思うと樹は大きな音を立てて椅子から立ち上がり、ぎくしゃくとした動作で舞台の中央へと
移動した。

 (……友奈さんとキスシーン、友奈さんとキスシーン、友奈さんとキスシーン……!)

 樹の頭の中ではその事ばかりがぐるぐると渦まいており、もはや目の前の台本すらろくに目に入ってはいない状態だった。
 「よーし、友奈と東郷も、位置ついたわねー? ……それじゃ、最終シーン、王子とメイドがキスをして、それを物陰から
  見てしまう姫……スタート!」

 パン! という快音を発して、風が両手を打ち鳴らした。

「……お、王子様……!?」
 「聞いてくれ、私は……そなたと共に生きたいのだ!」

 ぐっ、と友奈が樹の肩を抱き寄せ、真剣な表情で告白の台詞を述べる。その目には一点のくもりもなく、見ているだけで
吸い込まれてしまいそうだ。
 (ゆ、友奈さん、近い……!)
 はうう、と心の中で悲鳴を上げながら、樹が目の前に迫る友奈の顔を見る。
 「い、いけません、王子様……! 姫様がおられるにも関わらず、わたしのような平民が王子様と通じているなどと
  知られれば、処刑はまぬがれないものに……」
 「その時は、私がそなたを守ってみせる! 誰にもそなたを、傷つけさせなどしないと、天の星々に誓おう! だから……」
 迫る王子の体を必死で押し留めるメイド役の樹に対し、友奈はなおも愛の言葉をささやく。その言葉と熱っぽい視線に、
樹ははからずも、きゅぅん、と胸がときめいてしまうのを感じた。
 (友奈さん……お芝居だってわかってるけど、そんな風に言われたら、わたし……ん?)
 と、その時。
 密着している友奈の体の、その向こう側から、何かがギシィ、と鈍い音を立てているのに気付いて、樹はちら、と視線を
そらした。

 「…………………………………………………」

 見れば、そこにいるのは、部室のロッカーを衝立代わりにして二人の様子をのぞく、姫役の東郷だった。
 表情こそ冷静そのものだが、瞳は石のように冷たく固まっており、数メートルの距離があるにもかかわらず、その焦点は
完全に樹の瞳に向かって結ばれていた。片手をかけたロッカーの外側がわずかに歪み、それがぎぎぎぎぎぎ、と悲鳴を
上げているのだった。
 (………ひぃぃぃぃぃぃっ!!)
 東郷の存在に気づいた樹は歯の根をがちがちと鳴らしながら震えだした。
 「怖がらなくても大丈夫だ……私とそなたの愛を阻むものなど、どこにもありはしない!」
 それを演技の一環だと勘違いした友奈は、さらに芝居を続け、樹をぎゅっと強く抱きしめる。その瞬間、ベコン! と
音がして、ロッカーの一部が激しくひしゃげるのを、樹は見た。
 (いっ、いやっ、友奈さん! 今そこに、思いっきり阻むどころか跡形もなく滅ぼしそうな人がいるんですぅっ!)
 と、伝えたい樹だったが、友奈からは背後にいる東郷の姿は見えないままだ。


 「……うんうん、いいわよいいわよ! みんな、迫真の演技!」
 「迫真……真に迫る……そうね、うん……」
 そんな三人の愛憎劇を、離れて見守っている風と夏凜。

 「よし! じゃあそこで一気にクライマックス! 友奈と樹、もっと思いっきり近づいて!」

(も、もっと……!? え、えと、キスシーンだから、か、顔と顔を近づけなくちゃ……!)

 半分がたパニックを起こしかけている樹の頭は、風からの指示をただ無我夢中でこなす事しか考えられなくなっていた。
同時に王子役の友奈も、メイドを迎えに行くかのように、すっと唇を突き出す。
 その結果。

 (…………!)

 ちゅっ、という、わずかなふれあう音を立てて。
 友奈と樹は、本当に口づけを交し合ってしまったのだった。

 「……ひゃぁぁぁっ! ごっ、ごごごっ、ごめんなさいっ、友奈さんっ!」
 突然の出来事にすっかり気が動転してしまった樹は腰を抜かし、その場にぺたんと座り込みながらあわあわと友奈に謝る。
対する友奈は口元を抑え、ただびっくりした様子で樹を見下ろしているだけだ。
 「い、樹ちゃん……」
 「ちっ、違うんです! わ、わたし、本当にお芝居のつもりで、きき、キスしちゃおうなんて思ってたんじゃなくて……
  ほっ、本当にごめんなさいっ!」
 今にも床に頭をこすりつけんばかりに、しどろもどろの樹を見ながら、友奈はただじっと、唇に残った柔らかい感触の事を
考えていた。手を離したら、そこからそれが逃げて行ってしまう、とでもいうかのように。
 それは樹も同じであり、キスした瞬間、頭の回路が全てショートさせられてしまうかのようなぷるん、とした感覚が、
いつまでもずっと、唇に残り続けていた。

 「……ふふっ」
 やがて、友奈はこらえきれなくなったかのように、くすくすと笑い声を立てた。

 「……えへへ、樹ちゃんと、ちゅーしちゃったっ♪」

 「ゆ、友奈さん……」
 おかしそうに、うれしそうに言う友奈の顔に、樹はまた、不思議なときめきがわきあがってくるのを感じた。
 その時。

 「………ごふっ………」

 それまで微動だにせず固まっていた東郷が、ズシャァァァッ、という音を立てて、その場で派手に横倒しに倒れてしまった。

「ああっ!? と、東郷ーっ!」

 だだだ、と駆け寄った夏凜がぐい、と東郷を抱き起す。その様子を確かめると、ばっと全員の方へと振り返った。
 「大変! 息してない!」
 「えええっ!?」
 友奈と樹も驚き、ばたばたと東郷のそばへと近づいてくる。
 「と、東郷さん! 突然どうしたの!? しっかりしてーっ!」
 「……うう……こー……きゅー……」
 「え? 何?」
 苦しげに弱弱しくつぶやく東郷の言葉を聞きとろうと、友奈がいっしょうけんめい耳をそばだてた。

 「………じんこー……こきゅー………」

 「人工呼吸!? そ、それより、保健室に連れて行かなきゃ……!」
 「……いや……できれば、ゆうなちゃん、に………」
 「結構余裕あんじゃないのアンタ!?」
 あわてる友奈に息も絶え絶えながらリクエストを出す東郷と、それに突っ込みを入れる夏凜。
 そんな彼女らを尻目に、
 「いやー、あたしが思ってた以上にいい続編になったわ! 特にラストシーン! 三人とも、最高の出来だったわよ!」
 と、風が満面の笑みでガッツポーズを掲げていた。
 「それどころじゃないよう、お姉ちゃん!」
 「んじゃ、約束通り、ラストシーンの練習、あと100回でも1000回でもやってもらおうかしらねー」
 「ぼぶふぅっ!!」
 「東郷が血ぃ吐いたーっ!」
 「東郷さーんっ!」
 「……しょけー……あのめいどを、しょけー、しなければ……」
 「おっ? さっそくさらに続きのセリフを考えてくれてるのかしら? まったく東郷は仕事熱心なんだから~」


 ――その後、東郷の血染めの呪詛は、いつ果てるともなく、延々と続いたという。

 讃州中学勇者部の日常は、今日も平和である。
最終更新:2015年02月09日 17:07