「東郷、ちょっといい?」
「はい、なんですか風先輩」
友奈も夏凛も部活の手伝い、樹は事務所に寄ってから遅れて来るらしい、今部室には私たち2人だけだ
「樹のことなんだけどね…」
「遂に一線を超えたんですか?」
「超えるか!そういうイメージで私ら見てたワケ!?」
「でも―――樹ちゃんは、風先輩のことそういう意味で好きだと思いますよ?」
…鋭い。そう、わざわざ東郷に相談するのは正にそういう理由からだ
「最近樹が芸能事務所入りやら何やらで自信を付けて来たみたいでね」
「いいことですね」
「…私に割と積極的に迫って来るようになった」
「いいことですね」
「だったら相談するか!」
樹から…最愛の妹から向けられる感情が家族の親愛を超えているのは、薄々気づいていた
けれど樹自身がそういった感情に戸惑っているようだったし、きっと一過性のものだろうと決めつけていた
好きな女の子でもできれば少し寂しいけど私から離れて行くだろうと、楽天的に考えていたんだけど
「けど芸能事務所入りで自信付けたりとか、あんたと友奈が付き合い始めたりとか」
「えへへ」
「可愛いなこんにゃろう。とにかく自分の気持ちに肯定的になっちゃったみたいなのよ、あの子」
想像してみて欲しい、可愛い妹が食事の時にやたらと「あ~ん」で食べさせてようとして来たり
お風呂上がりにちょっと大人びた下着姿でわざわざ「おやすみ」と上目づかいで言いに来たり
かと思えば夜中に「今日は一緒に寝ていい?」と既にベッドに潜り込んでから確認して来たり
そんな猛攻に晒される姉の気持ちを!考えていただきたい!
「わーい、いただきます?」
「東郷、なんか最近キャラ壊れてない?」
「私は相手が友奈ちゃんならそういうリアクションを取ります」
「真面目に聞いてよ!私は困ってるの!」
女同士だからいけない、とは私だって思わない。後輩たちは実に幸せそうな訳だし
けれど私たちの場合は姉妹で、更に樹がデビュー前の歌手候補というオマケまで付いている
万が一姉とそういう関係だと知れたら、樹の夢はどうなる?一度は失いかけて取り戻した夢は
「つまり風先輩は、樹ちゃんの将来が心配だから気持ちを受け入れる訳にはいかないと言うんですね」
「そういうこと。その、上手くいってる東郷にこういうの聞くのもどうかとは思うけど、何とか諦めさせる方法は」
「要するに―――別に樹ちゃんに迫られていること自体は嫌じゃないんですよね?」
「え」
いやいや、樹に好かれて嫌がるとかあり得ない、仮にそんな贅沢言う奴が居たら…かち割るわね
「じゃあ受け入れてしまえばいいじゃないですか」
「いや、だから私たちは姉妹で」
「樹ちゃんは気にしていないんでしょう?それに」
東郷がさっきまでと変わらない―――最初から真剣だった口調で言う
「夢って1つじゃなくてはいけないものですか?」
「私は幾つも夢がありますよ。近い所では先輩が卒業した後も勇者部を続けて行きたい
卒業後は障害を抱えた人達の為のボランティアにも積極的に参加したいと思ってます
将来はお菓子を作る仕事につきたいんです、こう見えて今から色々勉強してるんですよ
何よりいつかは両親や近い人たちに、友奈ちゃんとの仲を正式に認めてもらいたいです
夢の為には他の夢を諦めなくてはいけませんか?“夢に真剣”って取捨選択が上手くなることですか?」
すぅ、と東郷は一度深呼吸して、言った
「私は1つも諦めたくないです。樹ちゃんだって、きっとそうです」
「―――でも風先輩のように世間とすり合わせようとする姿勢は、堅実で立派だとも思いますよ」
最後の最後で悩みを混ぜ返すようなことを言って、東郷が部室を出て行く。手に水筒、友奈を迎えに行くのだろう
「…どうしろって言うのよ、私に」
頭を抱えて机に突っ伏す。相談相手を間違えたとは思わないが、如何にも厳しい
「お姉ちゃん?」
東郷とほとんど入れ違いで樹が部室に入って来る。うっすらとだが化粧なんかしちゃって、可愛いじゃない
「お姉ちゃんどうしたの、頭、痛いの?」
「痛いわよ、すっごい痛い。これからどんどん痛くなると思う」
あわあわとうろたえ出す樹を見て、やっぱり最近のアレは無理してるんだなーと思う
ごめんね、樹。でも、もうちょっとだけ考えさせて
「樹がでこちゅーしてくれたら、治まるかも」
今は、これが精一杯。前髪をあげて目を瞑る
柔らかい感触は口に来た
あ、うん、待つ気ゼロなのね、我が妹よ―――
最終更新:2015年02月10日 17:40