神樹から、供物とされていた私たちの身体機能を戻されても、私たちの生活に変わりはない。
神樹を攻撃し、世界を終わらせようとした私に対しても、大赦はこれといった罰を与えなかった。
なんでも、乃木・・・そのっちの力添えがあったからとか、彼女自身はあまり多くは語らなかったけど、そういうことらしい。
とにもかくにも私たちは、これまでと同じ平凡な学生生活を過ごしていた。
「おはようございます」
「美森ちゃんおはよう。いつもすまないわねぇ」
「いいえ、これが私のお役目ですから」
今日は、友奈ちゃんのお母様が出迎えてくれた。
いつもは顔パスで直接友奈ちゃんのお部屋にお邪魔するのだけど、こうして友奈ちゃんの親御さんとお話するのも楽しい。
「ほんと友奈ったらこんなに綺麗な奥さんにお世話してもらっちゃって。うちの娘は幸せ者だわ」
「もう、おばさまったら」
なんて茶化してもらったりもするけど、私はすっかり友奈ちゃんのご家族からも「公認の仲」らしい。
「美森ちゃんが友奈のお嫁さんになってくれたら、うちは安泰だわぁ」
お母様もいつもの調子だ。私は照れ隠ししながら、いつものお役目を果たしに行く。
「友奈ちゃん。おはよう、朝だよ」
「ん、う……」
今日はなかなか起きないパターンみたいだ。
「友奈ちゃん、起きて。起きないと……キス、しちゃうよ♪」
なんて冗談を挟んでみたりもする。
脚が治ってから、私のお役目を果たすための行動パターンも大幅に広がっているのだ。
「んぁ、東郷さん…」
「ふふ、友奈ちゃんおはよう」
友奈ちゃんのかわいすぎる寝顔と、起きた直後のおとぼけな表情を見られるのは
友奈ちゃんを起こすという大役を担っている私だけの特権だ。
「わぁ、東郷さんだぁ…」
あら?今日の友奈ちゃんはちょっとおとぼけモードが長いみたい。
身体を揺すっていた私の肩を抱き寄せ……あれ?
「きゃ///友奈ちゃん?」
「えへへ、東郷さんあったかい…」
友奈ちゃんに抱きしめられてしまった。
いつもならすぐに覚醒する友奈ちゃんなのに、今朝はずいぶんとお寝ぼけさんだ。
そういえば、昨日は夜遅くまで勇者部の活動が長引いてみんな疲れていたっけ。
ともかく、普段とは違う友奈ちゃんの大胆すぎる行動に、私は戸惑っていた。
「ゆ、友奈ちゃん…///もう、寝ぼけてないでちゃんと起きて…」
「東郷さん、好き…」
「ええぇっ!?」
友奈ちゃんに突然告白されてしまった。
告白されるならもっとムードのあるシチュエーションで…じゃなくて。
お寝ぼけモードがまだ続いている友奈ちゃんは、そのまま私をお布団の中に引きずりこんでしまった。
「ゆ、友奈ちゃん…近い…///」
「東郷さん、いい匂い…♪あったかくて、柔らかくって……大好きだよ…」
「も、もう…友奈ちゃんったら」
「好き…」
「ひゃ、んっ…!」
抱きしめられたまま、なんと友奈ちゃんはキスまでしてきた。
私のファーストキスを、こんな形で友奈ちゃんに捧げてしまうなんて!
いや、確かに嬉しいけど。勿論私のファーストキスは最初から友奈ちゃんだけに捧げるつもりだったけど。
「ふ、あ……あ、あれ…東郷さん」
「ゆ、友奈ちゃん」
友奈ちゃんはキスをきっかけにようやく覚醒したのか、目をぱちくりまばたきを繰り返す。
そして、今しがた私にしたことを思い出したのか
「わあぁ……//////」
顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。
「ごっごめんっ東郷さん!!あっえっとおはよう!」
「お、おはよう友奈ちゃん」
「わっ、私顔洗ってくるねっ!!」
どたばた、友奈ちゃんは走り去っていった。
私は、友奈ちゃんにキスされてしまった事実を噛み締めながら、しばらく友奈ちゃんのお布団から立ち上がることができなかった…。
(――どっ、どどどっ、どうしよう……!)
わたし、結城友奈は洗面所で、十何回目かの冷たい水を顔に浴びつつ、激しく動揺していた。
(東郷さんと、キっ、キス、しちゃった……!)
「……お、お待たせ―、東郷さん」
何食わぬ顔をして戻ってくると、東郷さんはまだ私のベッドの上でぽけーっとしているところだった。
「……あっ!? ゆっ、友奈ちゃん!? うっ、うううん! 全然、これっぽっちも、一秒だって待ってないわ!」
はっと気づいた東郷さんは、顔と両手をものすごい速さでぶんぶんと振る。
「あっ、そっ、そうなんだ、よかった……」
「うん……」
「………」
「………」
数秒間の気まずい沈黙が流れたあとで、私はおそるおそる口を開く。
「あ、あの、東郷さん……わたし、制服に着替えるから……」
「! ごっ、ごごっ、ごめんなさいっ!」
東郷さんは、顔を真っ赤にして、つんのめりながら部屋を出て行った。
(うう……何か、すっごく気まずいよぉ……)
いつもの通学路をわたしと東郷さんは仲良く並んで、でも、何も言わないまま歩いていく。東郷さんの足が治ってからは
毎日毎日一緒に歩けるだけで楽しかったこの道が、今日だけは長く感じてしまう。
(な、何でもいいから話しかけなくちゃ……えっと、えっと……)
わたしはくるっと振り向いて、東郷さんに声をかけようとする、が。
「とっ、東郷さ……」
「友奈ちゃ……」
こんな時まで仲良しのわたし達は、話しかけるタイミングまで完全に重なってしまうのだった。
(わぁ……東郷さんの唇、やわらかそう……)
その瞬間に、ぷるん、とした東郷さんの唇にひきつけられてしまうわたし。そして一瞬のちにはとてつもなく
恥ずかしくなり、
「………っ!」
結局何も話すことができず、ぷい、とそっぽを向いてしまうのだった。
(……このままじゃ、いけないよね)
はあ、とひとつため息をついて、わたしは思う。
……東郷さんも、同じように恥ずかしがっているだけなら、まだいい。でも、もしかして、急にヘンな事をしたせいで、
東郷さんに嫌われてしまっていたら、わたしにとっては一大事だ。
そうだ、どれだけ恥ずかしくったって、東郷さんに誤解されたままなのより、ずっといい!
(勇者部五箇条、ひとつ! 『成せば大抵、なんとかなる!』 ……よし!)
わたしは心の中でぐっ、と気合を入れると、もう一度、東郷さんに向かってばっと振り返った。
「東郷さん、あのね……!」
「友奈ちゃん」
またしても、しゃべり出しが重なってしまうわたし達。でも、今度の東郷さんはさっきと違って強い口調だったので、
わたしは思わず言いかけた言葉を引っ込めてしまう。
東郷さんは少しの間もじもじしていたが、やがて、ぽっ、と頬をそめると、ちらっとわたしの方を横目で見て、言った。
「……責任、取ってもらうからね?」
え?
責任? 責任、って……
わたしは思わずぴたり、と足を止めて、その言葉の意味を考えてしまう。
(……えぇぇぇぇ~~~っ!?)
ぷしゅぅ、と煙が出るほどに顔をまっかっかに火照らせ、あう、あうと口をぱくぱくとさせるだけのわたしに向かって、
東郷さんは「うふふっ」と意味ありげに微笑む。
「さっ、急ぎましょ、友奈ちゃん! 授業が始まっちゃうわ!」
それから軽やかに身をひるがえすと、たたたっと小走りになって行ってしまう。ようやく我に返ったわたしはあわてて、
「まっ、待ってよう、東郷さーんっ!」
と、その背中を追いかけるのだった。
――今日もわたしと東郷さんの、にぎやかで楽しい一日の始まりを告げる、学校のチャイムを聴きながら。
最終更新:2015年02月13日 11:00