「クラスのみんなでチョコの交換会?」
「うん!友チョコの発展版って感じかな。女の子だけでやろうかなって」
元は別の宗教のイベントだったとしても、神世紀にお祭りが盛り上がるのは変わらない。
バレンタインデーもその1つで、菓子の業界の陰謀等と言うシニカルな意見はほとんど見られない。
讃州中学では男子と女子の割合は大体半々なので、どちらにとっても盛り上がる日となる。
とはいえ引っ込み思案だった犬吠埼樹は、昨年までは姉の犬吠埼風に1つチョコを買うくらいだった。
今年は勇者部に入部して頼れる先輩達に囲まれ、友達も大勢出来た。だから去年よりはバレンタインに積極的だったのだが。
「(うぅ、結構お金かかりそうだなあ。勇者部に感謝、なのかな?)」
樹は数か月前まで本物の勇者としてバーテックスと呼ばれる敵から世界を守る為に戦っていた。
多くの物を失いかけ、それ以上に掛け替えのないものを沢山貰った戦いのちょっとした副産物。
それは遊興費の減少による貯金の余裕であった。
勇者としての戦いから解放されて大分それも目減りしてしまったが、チョコを買うくらいなら問題ないだろう。
「うん、解った。私も参加するね」
「オッケー!(ふふふ、これで樹ちゃんからのチョコを確実にゲットよ!)」
「楽しみにしてるからね?(ここで決着を付けるのは早計、まずは全員同じ条件よ)」
樹は友人たち、いやクラスの女子全員が樹の参加に密やかな笑みを浮かべていることに気付かなかった。
他に考えるべき大切なことがあったからだとは、クラスメイトたちの方も知らない。
※
「お姉ちゃん、チョコを買いたいからちょっと寄り道していい?」
「勿論いいわよー。こういうイベントごとに積極的になって、お姉ちゃん嬉しいわ」
「か、からかわないでよ」
勇者部の活動が終わり、姉妹での帰り道。
直前になってから買い出しなんて相変わらずちょっとだらしないなあ、と既に妹用のチョコを確保している風は思う。
かなり高い奴。去年よりも気合の入った奴だ。苦難を乗り越え、風の妹愛は更なる高みへと至っていた、
「(まあ樹にあんまり無理させたくないし、好きな奴を選ぶっていうのも悪くないわね)」
いざ渡す時に樹が値段のことを気にしたら、お姉ちゃんが少し高めを買うのは当然で乗り切ろう。
そう決めてチョコ売り場にやって来たのだが、流石に凄い人の数だ。
女の子たちがひしめいて、かと言ってチョコを奪い合うとかでも無く、全員が目を皿のようにして吟味している。
自分もあんな目をしてたのかなあと思う風の隣で、樹は思ったよりも気安い様子でチョコを次々籠に入れて行く
あたしはもうちょっとビター系が好きかなあ、なんて思っている内に、その数は5、6、7と増え。
「(ん?)」
勇者部は樹を入れても6人。自分の分を買うとしても6個だ。
いや、きっと友達の分も含まれているのだろうと思いなおすも、数はどんどん増え、遂に20を超えた。
「(樹!?あんた一体何人にチョコを渡すつもり!?)」
失礼ながら、あまり活発な方でない樹にはそこまで親しい友達はいない。
風が把握している人数の軽く5倍は買っている。いきなり友達が増えたのだろうか。
それならそれで喜ぶべきだが樹のクラスの男子と大体同じ数のような。
「(ま、まさか樹!?男子全員にチョコを配るつもりなの!?)」
※
『ふふふ、ちゃんと持って来たみたいだな』
『は、はい、チョコレートだよ。男子全員分あるから、これでいいよね』
『いいやダメだね!チョコを渡すってことは俺達に気があるってことだ!』
『ふはは、今日から樹ちゃんは俺達のカノジョだからなー!』
『あーれー!お姉ちゃん助けてー!』
※
「(男子、○す!!)」
妄想の中でフェイスレスのクラスメイトたちに怒りを燃やす風。
その間に樹は会計を終えて、結構な数のチョコが入った袋を重そうに持っている。
自然な仕草でそれを持ってやりながら、風は樹に探りを入れる。
「い、樹―?この中にお姉ちゃんのチョコもあるのかなー?」
「え、お姉ちゃんの分はないよ」
樹の笑顔の一言が、動揺で既に脆くなっていた風の心を粉砕する。
お姉ちゃんの分はないよ、お姉ちゃんにはあげないよ、お姉ちゃんになんかあげないよ…。
「お姉ちゃん?」
「ふ、ふふ、そうよね。正直お姉ちゃんかなり重たいところ見せちゃったもんね。内心ドン引くよね」
「えっと、お姉ちゃん?」
「1人で盛り上がって高いチョコ買っちゃってさ。全ては逆効果だったとは、この犬吠埼風の目を以てしても見抜けなか」
「あ、お姉ちゃんもなんだ」
風がインナースペースにこもりかけた瞬間、樹が気になることを言い出した。
売り場を離れてから、ごそごそと鞄を漁って袋の中のチョコより少し上等なチョコを取り出す。
「お姉ちゃんの分はね、別に買ったの。その、いつもお世話になってるし、色々あったし。
ほ、本当はね、当日に渡そうと思ってたんだけど、クラスで交換会が入っちゃったから」
「クラスで交換会?男子と?」
「女の子でだよ。とにかくこれ、今日中に渡しちゃおうと思って、タイミング図ってたんだけど」
「―――本命チョコ、貰ってくれる?」
チョコ売り場の店員は後に『あの日、竜の咆哮を聞いた』と語る。
なお、この光景は樹のクラスメイトに目撃されており、樹を巡る壮絶な戦いが風の卒業まで繰り広げられることを、この時点では誰も知らない。
最終更新:2015年02月13日 11:02