あれから、樹海化は解け幾ばくかの災害を伴って世界はまた日常を送りだした
私たちも皆無事で、それどころか供物となった体の機能を取り戻しかけてすらいる
なのに、それなのに、ただ一人だけ、友奈ちゃんだけが、心を失ったまま帰ってこない
「友奈ちゃん」
何度こうやって名前を呼んだだろう、声をかけただろう
いつかそのうち必ず返事がくるって信じてる信じたい
だからきっと単なる気の迷いなんだ
こんな、打ち明けられない、打ち明けるべきじゃないこの気持ちを溢すなんて
そんな自己弁護で握っても握り返される事の無いその手のひらに、そっと一つ、言葉をなぞり書く
ああ、そうやって私は、また一つ、後悔を積み重ねる―――
ここ最近、友奈ちゃんの様子がおかしい
それも私と二人でいる時だけが、今もまた
二人だけの時なんだからそれはきっと私に関わる事で
そして私がこうして気付いてしまっているのだから
指摘して共に解決を目指すべきなんだろう、けど
一人で思い悩んであれだけの事をしでかしてしまったのに、それを悔いたはずなのに
だからこそ、踏み込めない、踏み込む事を躊躇って私が思い悩んでしまっている
ああ、私は本当に勇者部の一員として失格なのかもしれな―――
「っよっし!」
唐突に上がる友奈ちゃんの声と何かを叩く音に思考が中断される
「ゆ、友奈ちゃん?」
どうやら友奈ちゃんは自分で自分の頬を叩いてたみたいで
頬をうっすらと赤く染めた友奈ちゃんがそこにいて
でもさっきまでの友奈ちゃんはもういなかった
「東郷さん、ずっとできなかったもう一つの返事、今するね」
何の話をしているのだろう、その言葉が何を指してるのか分からない
分からないけど、友奈ちゃんの中で何かが決まった事は伺えた
「手、貸してくれる?」
「ええと……はい」
相変わらず意図が掴めなくて、でも拒否する理由もなくて、言われた通りに右手を差し出す
差し出した私の手をその甲に添える様に掴むと友奈ちゃんは一つ、深く深呼吸をして
もう一つの手を重ねて、私の手のひらの上で指を動かしだした
『―――――』
「え――」
手のひらに書かれたその言葉に私は息を呑むしかできなかった
だってその言葉は、あの時の、たった一度の、溢してしまった本音
「声だけじゃない、東郷さんのきもち、全部、伝わってたよ」
目覚めてくれて、帰ってきてくれて、それだけでよかった
一緒にいてくれると、それだけでよかった、のに
「言ったよね、一緒にいるって、ずっとって」
それは、つまり、そういう事なんだって
それを書いてくれたって事は、同じ気持ちだって
こんな、頼ってばかりで、甘えてばかりで、弱い私でも構わないって
本当にいいのかな
今以上にあなたを求めても
許されないと思ってたこの気持ちを認めても
「東郷さん」
今の自分がどんな感情でいるのか訳が分からなくて涙が溢れてきて
友奈ちゃんの顔を見ている事が出来なくて顔を伏せてしまって
「今度は、東郷さんの口から直接聞きたいな」
「私も一緒に言うから」
うまく声にならなくて、嗚咽を飲み込みながら頷く事でどうにか返して
「いくよ?せーの」
その時の友奈ちゃんの優しい声と比べたら、私の声は震えていたけど
二つの言葉は確かに重なっていて、私たちは改めて心を通わせた
最終更新:2015年02月14日 00:55