【ねえ、知ってる?女の子同士で子供を作る方法があるんだよ―――】
※
「う~ん、またこの依頼かあ」
「Webの方に来てますね。全部別の宛名、噂は思ったより広がっているかも知れません」
風先輩が手にした依頼書には“神樹様の苗木を手に入れて下さい”という内容が書かれている。
私たちが通う讃州中学を始めとした中高生の間で、今奇妙な噂が広まっているのだ。
【神樹様の苗木に、2人の血を注げば女の子同士でも子供を授かることができる】
旧世紀の神話やオカルトを複数混ぜ合わせたような不気味な噂話である。
それが思った以上に多くの人に信じられ、更に成就を求める声があるのは驚きだった。
同じ様なことを望んだことがある私としては、なおのこと。
「そもそも神樹様は神様の化身だから植樹なんてできない、だったよね、わっしー」
「ええ、樹の姿をしては居るけど植物では無いんだもの」
かつてそのっちと銀に対してその辺りを話した記憶がある。
大体、そんな方法で神樹様が増えるのならこの300年で四国は神樹様だらけになっているだろう。
「何と言うか、罰当たりな噂よねえ。血を捧げるなんてまるで邪神みたいな扱いじゃない」
「いえ、血肉を供物とすること自体は旧世紀の祭祀では珍しくはあっても異端ではなかったそうよ」
「えぇ!?」
夏凛ちゃんの問いかけへの答に、樹ちゃんが怯えたように風先輩にしがみつく。
確かに神樹様は供物として体の機能や記憶を奪っていったが、それらは役目を終えると返された。
一般の人たちが知っていることではないとは言え、その性質とこの噂は何だか噛みあっていない気がする。
「まあ、世の中には色んな人が居るからねえ。こういう悪趣味な噂を広めて喜ぶ奇人もいるってことでしょ」
「それでは、今回も神樹様信仰についての概要を送って、噂を否定する形にしておきますね」
ここ数日で打ち慣れた感のある内容をしたためながら、私は今は部室にいない友奈ちゃんのことを思う。
例えば、私と友奈ちゃんがこれから先も一緒に過ごしていって、親友よりも先を望んだ時。
友奈ちゃんは、私は、得ることの叶わぬ子供を欲しがるだろうか、と。
※
友奈ちゃんがバスケ部の助っ人として他の街へ泊まりがけで試合に行っている為、私はここ数日1人で下校している。
そのっちと一緒に帰ろうと思ったのだが、夏凛ちゃんと予定があると申し訳なさそうに断られた。
あの2人も最近ちょっとイイ感じだな、と下世話なことを思いながら歩みを続ける。
「ねえ、お姉さん。お姉さん」
後ろから急に話しかけられて、少しだけ驚く。振り向くと、更に驚くことになったのだけれど。
「―――!?」
「はい、これ。大事にしなよ」
何か鉢植えのようなものを押し付けると、その私よりも小さな影は小走りに駆け去っていく。
呼び止めようとしたが、咄嗟に声が出なかった。その名前を呼んでもいいものか迷った。
「銀―――?」
それは、かつて共に掛け替えのない日々を過ごした少女。永遠に失われたはずの親友。
中学生にあがることなくその命を燃やし尽くした彼女と、あまりにもその容姿は似過ぎていた。
そんなはずはない、死者が生き返ることなどあり得ないし、あってはならないだろう。
けれど、私の中の“鷲尾須美”が彼女を見間違えるはずもないという確信もある。
呆然と私は渡された鉢植えを見る。小さな苗木の植えられた、そっけないデザインのそれを。
※
結局捨ててしまう訳にもいかなくて、自分の部屋まで持ちかえっていた。
銀本人では絶対に無いだろうけど、その面影のある子から受け取った物を無碍にするのに気が引けたのかも知れない。
私は自分で思う以上に“鷲尾須美”なのだと思う…記憶も人格も、きちんと統合されているはずなのだけれど。
「何の植物なのかしら?」
小さ過ぎて特徴がはっきりしない為、持ちだして来た植物辞典やネット検索でもよく解らない。
特にネットで検索する途中、例の神樹様の苗木の噂が幾つか候補に挙がって嫌な気持ちになった。
これがまさか、例の噂の原因なのだろうか。銀そっくりの子が噂を広めて回っている?考えたくもない。
「そうね、勇者部に持っていって共同で世話を―――ッ!」
辞典を閉じようとした瞬間、そのページで指を切ってしまった。
やはり動揺していたのか、結構な勢いで出て来る血をどうにかする為に手近なハンカチへ手を伸ばす。
その途中に置いてあった苗木に、2、3滴血が振りかかり、ドキリとする。
いや、下らない噂だ。むしろ血なんて植物にはきっとあまり良くないものだろう。
そう頭では解っていても、私はハンカチで傷口を抑えながら苗木に向けた視線をしばらく話せなかった。
※
その夜、夢を見た。
少し大人びた私と同じくらい大人びた友奈ちゃんが並んで微笑んでいる。
その前で、幼い頃の私―――鷲尾須美と、銀―――三ノ輪銀が戯れている。
ああ、何て都合のよい夢だろう。掛け替えのない過去も守り続けたい今もどちらも手にしようなんて。
「出来るんだよ」
気付けば、銀がこちらを見て笑っている。
何時の間にやって来たのか、何故か彼女だけは大人びているそのっちが、銀の肩に手を置いて微笑んでいる。鷲尾須美も笑っている。
「どちらも望めば手に入るんだよ、東郷さん」
友奈ちゃんが耳元でそんな風に囁いて。くちり、と耳に舌が入り込むのを感じた。
※
―――淫らな夢を見た後は悪夢めいた現実が待っていた。
何とも言えない夢を見て目を覚ました私の目に飛び込んだのは、鉢植えに起こった異様な変化だった。
「な、なんなの、これは!?」
昨日までほんの小さな苗木だったそれは、全く違う姿に変化していた。
例えるなら―――植物色の肌をした胎児。
根なのか、それともまさか臍の尾なのか、細い糸状の何かが鉢植えの土に繋がっている。
そして、はっきりと人間の特徴を備えたそれが、母親の胎内でしか生きられないはずの弱々しい生物が。
とくんとくんと、その体を僅かに震わせている。心臓の鼓動だ、と気付いた瞬間頭が真っ白になった。
「(わああああああ!)」
声にならない悲鳴を上げて部屋を飛び出す。母さんに呼びとめられたかも知れないけど、構わず外へ。
まだ寒い早朝の空気の中を外套も羽織らずに走る。とにかく落ちつかなければ、その為に走る。
走って、走って、長らく車椅子生活を送っていた体はすぐに悲鳴を上げ始め。
私は朝の公園までやって来ると、荒い息を吐きながら思考に耽ろうとする。異常な事態を解析しようとする。
「あなた大丈夫?パジャマじゃない、その格好」
「何かあったの?警察呼ぶ?」
高校生らしき女の人2人が気を遣って話しかけて来てくれる。
確かに私の格好は、事件に巻き込まれたように見えてしまうかも知れない。
異常な事件に巻き込まれているのは確かなのだけれど。
「だ、大丈夫です、少し落ちつけば―――?」
そう言えば、この人たちはどうして、こんな早朝に制服姿で2人でいるのだろうか。
そう疑問に思うのをまるで待っていたかのように、2人の間に小学生くらいの女の子が割り込んでくる。
可愛らしい女の子だった、そう―――目の前の2人に良く似て。
「ああ、この子?可愛いでしょう?」
「私たちの子供なのよ、ほら、お姉ちゃんに挨拶しようね?」
※
挨拶を聞く前に私はその場を逃げ出していた。
心臓が裂けそうな痛みを訴える中、それでも走り続ける私の目に様々な光景が映り込む。
例えば、OLさんと思わしき女の人たちがアパートから出る前に小さな女の子の頬にキスをしていた。
例えば、八百屋さんの娘さんとお隣の魚屋さんの娘さんが口づけをするのを照れたように女の子が見つめていた。
例えば、私と同じ讃州中学の生徒と思わしき2人の女の子が並んでそっけないデザインの鉢植えを手にしていた。
例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、たとえば、たとえば、あ、ああ、あああああああああああああああ。
「(助けて、友奈ちゃん!)」
ようやく私は、昨夜の遅くに友奈ちゃんが遠征から戻って来ていることを思い出した。
友奈ちゃんに会えば何とかなる。彼女は必ず私を救ってくれる。何時だって、どんな時だって。
荒い息を吐きながら汗だくの私を見て、友奈ちゃんのお母様はとても驚いたようだった。
友奈ちゃんは確かに帰って来ていた。けれど朝早くに誰かから呼び出されて、出て行ったらしい。
私が起こさなくても友奈ちゃんが起きられた事実に驚きながら、私はお礼を言って家に戻ることにした。
不思議だ、顔は見れなかったのに友奈ちゃんが帰って来ていると言うだけで事態に挑む勇気が沸いて来る。
「おかえり、東郷さん。お邪魔してるね」
だから、友奈ちゃんが私の部屋の中に居たことで、完全に私の思考は停止した。
その背中で隠されているけど、あの鉢植えをじっと見つめているのが解る。
へなへなと、それまでの疲れもあって腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
見られた。友奈ちゃんに見られた。何だかよく解らないけど見られてしまった。
「うん、園子ちゃんと夏凛ちゃんが言った通りなんだね」
そのっちと、夏凛ちゃん?
どうして急に2人の名前が出るのか。そう言えば昨日。2人は用事が。銀そっくりの。苗木の噂。
「ああ、そう言えばただいまを言い忘れてたよ。ただいま、東郷さん」
振り返った友奈ちゃんの笑顔は私の心を癒してくれるのには十分で。
そして、その指先から滴る鮮血は私に色々と悟らせるのには十分で。
「可愛いね、東郷さん―――私たちの赤ちゃん」
ゆっくりと友奈ちゃんがその体をずらして。
私の唇が、ひくひくと痙攣し―――やがて笑みの形に吊りあげられた。
ええ、とっても。
※
「(そう言えば、あの噂って何だったのかしらね)」
馴染みの魚屋で特売品を買いながら、あたしは数日前まで勇者部に殺到していた依頼を思い出す。
“神樹様の苗木”を巡る不気味な噂話。何故かある日を境にぴたりと依頼は止んでしまった。
東郷に相談したら『噂なんてそんなものですよ』とそっけない返事。まあそんなものなのだろう、実際。
それにしても、さっきから店主のお姉さんにくっついて離れない子は妹さんだろうか。よく似ている。
「こんにちは、お姉さん」
「ん?―――へ!?」
急に後ろから声をかけられて、振りかえるとそこには東郷そっくりの女の子が立っていた。
小学生くらいだろうか、少し小柄なのとリボンが無いのを除けばまんま東郷だった。
それでいて、大人びた雰囲気の中に少しだけ、友奈と似たような空気を感じるのは気のせいだろうか。
「え、えっと、あなたは」
「これ、あげます。大事にして下さいね?」
いきなりそっけないデザインの苗木を笑顔で手渡される。なに、商店街のキャンペーンか何か?
「あの、これって」
「おーい須美!早く来いって」
「少し待って、銀。じゃあ“また”」
ぺこりと丁寧に礼をしながらも、不親切にもなんの説明もなく東郷似のスミちゃんは駆けて行ってしまった。
鉢植えねえ、とりあえず家に持って帰って樹に世話させて、いや一晩で枯れてちゃうか。
とりあえず明日、東郷に妹が居ないか聞いてみよう。そう思いながら、あたしは買い物袋と鉢植えを手に家路を急いだ。
※
【ねえ、知ってる?女の子同士で子供を作る方法があるんだよ―――】
【―――ええ、知ってるわ。今、とっても幸せよ】
最終更新:2015年02月15日 10:56