6・565

 「――キャンサー、起きて、キャンサーってば」

 海底に沈んでいるかのような、深く、暗い眠りについているわたしに、誰かが何度も呼びかける。

 「……う、ううん……」

 その声に導かれ、わたしはうっすらと目を開けた、そこにいたのは……
 「やっと起きたのね、キャンサーってば。まったく、寝覚めが悪いのね」
 「あ、あれ……? サジタリウス……?」
 わたしの友達、サジタリウスのあきれたような顔だった。
 「そうよ、おはよう、キャンサー」
 「ええと……わたし、どうして寝てたんだっけ……? 確か、神樹の勇者たちと戦ってて……それで……」
 頭をかかえてうんうんとうなり、はっきりしない記憶を取り戻そうとするわたし。
 その後頭部を、いきなりがつん! と誰かに叩かれた。
 「痛ったぁ……」
 シールドの展開も間に合わず、不意をつかれたわたしは、頭を抑えながらくるりと振り向く。

 「……そこで3人そろってコテンパンにやられちまったもんだから、こーしてここにいるに決まってんだろ、アホキャンサー」

 もう一人のわたしの友達、スコーピオだった。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「あ……スコーピオ、おはよー」
 「ボケボケな挨拶してんじゃねーっつの。……ったく、毎度毎度あんたみたいなアホに付き合うアタシの身にもなれってんだ」
 あきれたようにはーぁ、とため息をつくスコーピオの言葉に、わたしはふと、自分のいる場所について思いを巡らす。
 「ここ、って……あっ、神樹の結界の外側?」
 「そーだよ、アタシらはまたしても3人そろって、結界外に送り返されたってワケさ」
 尻尾をひらひらさせながらスコーピオが言う。だが、その尻尾はよく見ると、先端部分が未だ幼生体によって修復中だった。
 改めて見ると、わたしのシールドも、サジタリウスの鉄杭も、完全には直りきっていない様子だ。
 「でも……まだ復元途中のわたし達がなぜ、こうして目を覚ましているの?」
 「……それは」
 サジタリウスが静かに口を開き、すっ、と神樹の結界の一部を示した。
 球状に張られている結界の、その部分にだけ、穴が開いている。だが、私達がいつも侵攻する時のような、神樹によってわざと
開けられたものとは、少し様子が違うようだ。
 わたしはその違和感に気づき、サジタリウスに訊ねる。
 「結界だけじゃなく……壁そのものに穴が開いてるの?」
 「どうやら、そのようね」
 「どうしてそんな事が……わたし達の中の誰かが、内部からの破壊に成功したのかな」
 「んな器用なマネできる奴、ウチらん中にいねーだろ?」
 私のその意見を、スコーピオがさっさと否定にかかる。
 「向こうさんの事情はよく知らねーが、ありゃ内側の勇者が無理やりブチ破ったんだろな。空きっぱなしでいっこうに閉じやしねえ。
  今、修復に使ってる以外の幼生体を片っ端からかき集めて、中の様子を探らせてるトコだ」
 「でも、一体どうして……?」
 「だから、アタシが知るかよそんな事。とにかくこりゃチャンスだってんで、動ける奴に片っ端から声かけてんのさ。集められるだけ
  かき集めて、一気に神樹のヤローをぶっ潰してやろうってな」
 ばしん、と尻尾をうならせながら、スコーピオが闘争心に満ち溢れた顔つきになる。
 「っていう事は、今回はわたし達3人だけじゃなくて……?」
 「ええ、今のところ、ヴァルゴとピスケスが戦闘可能な状態にまで復活しているわ」
 「ヴァルゴなぁ……アタシ、アイツはどーも苦手なんだけど……」
 さっきまでの顔から一転、困り顔になるスコーピオ。
 と、その時。

 「――ああら、ずいぶんなお言葉じゃなぁ~い? スコーピオちゃんったらぁ」

 「うげっ!?」
 突然、スコーピオの背後にヴァルゴさんが現れ、ねっとりとした声で話しかけてきた。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「うふん……でもスコーピオちゃんのそういうトコも大好きよぉ~? それにその、立派な尻尾……ああ、もうダメっ……
  見てるだけであたし、たまんなくなっちゃう……!」
 たちまち陶酔したかのような表情になり、ぞくぞくっ、と身を震わせたかと思うと、ヴァルゴさんの下腹部がぼこっ、と膨らんだ。
 「おっ、おい、落ち着けってヴァル……!」
 というスコーピオの制止も間に合わず、ボヒュッ! という射出音と共に、そこから巨大な光弾が発射された。
 「危ないっ……!」
 わたしは素早くシールドを操作し、ヴァルゴさんの光弾を受け止める。ぼぼん、ぼん、という爆発音が連続で起こったが、わたし達にも
シールドにも損傷はみられなかった。
 「げほっ、げほっ……おいコラぁ、何しやがんだ! ところ構わず発情すんなって、いっつも言ってんだろうがぁ!」
 「あぁん、ゴメンなさいねぇ」
 ギラリ、と尻尾の針を兇悪に光らせて脅すスコーピオの威嚇にも、ヴァルゴさんはまったく悪びれる様子もなさそうだった。
 「キャンサーちゃんもゴメンね? ケガ、なかった?」
 「はい、大丈夫です。……あの、それで、今回はヴァルゴさんも戦いに加わってくれるって……」
 「そうなのぉ~、よろしくね♪」
 くるん、とその場で一回転してわたし達に挨拶をするヴァルゴさん。
 「……一体、結界の中では何が起こっているんでしょう?」
 「それはあたしにもわからないわねぇ~。まあ、とにかくあたし達の使命は、天の神様にさからう神樹と、その走狗たる勇者の殲滅なんだし、
  あんまり気にしなくてもいいんじゃないかしら?」
 「……何か、引っかかるの? キャンサー」
 私の不安げな様子を見ぬいたかのように、サジタリウスがじっとのぞき込んでくる。やっぱり、彼女は私の一番の友達だ。
 「うん……具体的な心配があるわけじゃないけれど……あの壁が内側から破壊されるなんて、この300年、一度もなかったことでしょう? 
  何かが起こるんじゃないか、って気になっちゃって……」
 「ったく、相変わらず暗い性格してんなー、キャンサーはよー」
 スコーピオはそんなわたしの取り越し苦労に、少々あきれているようでもあった。

 「……そんなにビビッてんならさ、レオ姉にでも着いてきてもらうか?」

 そう言って、スコーピオはちらり、と別の方角を見やる。
 ――そこでは、わたし達12体の中でももっとも巨躯を誇るレオ姉様が鎮座し 静かに体を休め、次の復活へと備えているところだった。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「……ん~、どうかしらねぇ。レオちゃん、前の戦いで結構コナゴナにされちゃったみたいで、まだ動ける状態にまでは回復して
  ないみたいなのよぉ。それに『御付の子』達も、まだ修復のメド、立ってないしねぇ」
 ヴァルゴさんが険しい顔をして、スコーピオの提案に異を唱える。
 「チッ……レオ姉さえいてくれりゃ百人力なのによぉ。あの3バカ単品じゃ、ロクに使えやしねーんだよなぁ」
 「仲間に向かってそういう口きくもんじゃないの、スコーピオちゃん」
 自慢の針に負けぬとも劣らぬ毒舌を持つスコーピオの文句を、ヴァルゴさんが軽くたしなめたところで、

 「――さあ、そろそろ行きましょうか」

 サジタリウスが静かに、だけど場を引き締めるだけの緊張感を持って発言した。
 私はそれに追従して、
 「うん、今度こそ、わたし達が勝とうね」
 「だな。……うっし、コンビネーション、確認しとくか」
 スコーピオも気合を入れ直し、私達3人は集まって、ごつん、と頭同士をぶつけ合わせる。

 「――私が撃って」
 「わたしが弾いて!」
 「アタシがあちこちかき回す!」

 そんなわたし達の様子を見守るヴァルゴさんが、ウフフ、と笑っている。
 「……いつでも仲良しさんなのねぇ、あなた達って。妬けちゃうわぁ~」
 「うっせぇ! ムダ口叩いてないで、さっさと行くぞ!」
 「はいはい」
 スコーピオが血気盛んに走り出し、神様の結界に向かってすぅーっと降下していく。その後をゆっくりと浮遊しながら、ヴァルゴさんが
追いかけていった。
 「……そういやあ、ピスケスの奴はどこにいんだ?」
 「あの子ならすでに入り口付近でスタンバイ済みよぉ~。なんでも前の戦いの時につきまとってた上、跡形もなく焼かれちゃったのが
  クセになっちゃって、その勇者の事が忘れられないみたいねぇ」
 「……アイツも大概キモいな」
 「お目当ての勇者ちゃんがいなかったら、あの子、大暴れしかねないわねぇ。……ウフフ、ま、そういうあたしも一人、会いたい勇者が
  いるのよねぇ~。あぁ……あの激しいパンチ……思い出すだけで、御霊がギュンギュンしてきちゃうわぁ~♪」
 「……ホントに大丈夫かよ、オイ」
 そんな会話を漏れ聞きながら、わたしはサジタリウスに声をかける。
 「……わたし達も行こうか」
 「――ええ」
 わたしと彼女は黙ったまま、すいぃ、と音もなく空中を移動していく。サジタリウスといる時は、いつもこうだ。仕事の正確さを体現
するかのように、彼女は口数が少ない。
 わたしの仕事は、そんな彼女の攻撃をサポートする事。……なんだけど。

 (……わたし、本当はジャマに思われてるんじゃないのかな……)


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 わたしと彼女との連携は、彼女が放つ無数の針状の弾丸を、わたしのシールドで反射させ、多角度からの攻撃を可能とするものだ。
だけど、仮にそれがなかったとしても、サジタリウスの中央部には、巨大な鉄杭が存在する。その攻撃力はすさまじく、レオ姉様のように
神樹すら一撃……とはいかないまでも、勇者程度なら、再起不能にすることは出来るはずだった。
 ――それにひきかえ、わたし単体での攻撃手段は、貧弱なハサミだけ。
 (わたし……本当は、サジタリウスの足を引っ張ってるだけなんじゃないのかな……)
 いつもの疑念が、ふと頭をもたげてくるのに気付いて、わたしはあわててぶんぶんと頭を振り、その考えを追い出そうとする。
私達は仲間なんだから。仲間同士が協力するのは、当たり前の事じゃない。

 だけど……それがもし、『協力』じゃなくて『依存』だったら?
 自分じゃあ何もできないわたしの存在価値を示すために、サジタリウスを利用しているだけだとしたら?

 「………っ」
 にわかに降ってわいた自分の考えにとらわれ、思わずその場で停止してしまいそうになるわたし。
 その時。

 「――アテにしているわ」

 「え……?」
 サジタリウスが、小声で何かをぼそり、とつぶやいたのに気が付き、わたしはうつむいていた顔をぱっと上げる。見れば、彼女も
その場で停止して、わたしの方にしっかりと向き直っていた。
 「――今回も、あなたをアテにしていると言ったのよ、キャンサー。あなたの助けがあればこそ、私は敵にスキを生まれさせ、
  必殺の一撃を打ち込むチャンスを得るのだから。あなたがいなければ、私は戦う事ができないわ」
 「………!」
 思いもかけないサジタリウスの言葉に、わたしは思わず心が晴れていくのを感じる。

 そうだ、誰かの方が強いとか、誰かに頼りきりだなんてことは、わたし達には関係ないんだ。
 わたし達は、みんなで一つのバーテックス。誰か一人でも目的を達成できたなら、それはわたし達全員の成功なのだから。

 「……ありがとう、サジタリウス」
 わたしはにこり、と微笑んで、サジタリウスにお礼を言う。
 「いつも冷静で、何を考えてるかわかりづらい所もあるけど……けっこう、優しいんだね?」

 「―――っ」

 彼女は急に、ふい、と顔を背けて、そのまま急ぐようにさーっと神樹の結界へと向かって行ってしまう。
 「え、え? 急にどうしたの? ……もしかして……照れてたり、する?」
 あわててその後を追いかけながら、わたしはひょっと心の中に浮かんだ質問をしてみた。
 「照れてない」
 「うそだー! 絶対照れてるもん! ねえ、こっち向いてみてよー!」
 「イヤよ」
 そんなやり取りを交わすわたし達を、遥か下方から
 「おらー! 何イチャイチャしてやがんだ! さっさと行くぞコラー!」
 と、スコーピオがイライラした様子で急かしてきた。
 それでわたし達はなんだかおかしくなってしまい、顔を見合わせ、ふふっと笑う。

 「……行こっか?」
 「――そうね」

 熱風と溶岩が嵐を巻き起こす宇宙空間を、わたし達はそろって進んで行く。

 ――この世界を、今度こそ完全に滅ぼしてしまうために。
 むなしく抗い続ける神樹と、そのしもべとなる人間――勇者との戦いに、ケリをつけるために。


最終更新:2015年02月16日 10:42