神樹様に選ばれた勇者としてバーテックスと戦って、その役目から解放されて、捧げた供物も戻って来て。
私たち姉妹にも、幾つかの変化が訪れた。
前よりももっと親密になったとか、自分に自信が持てたお陰でお姉ちゃんを真直ぐ向き合えるようになったとか。
後はそう、写真だろうか。
「あ、ちょっと待って樹。ストップ、ストーップ」
「うん」
2人並んだ帰り道。夕日を背に一旦足を止めて、私はお姉ちゃんの方へと振り返る。
端末を構えたお姉ちゃんが特に掛け声もなくパシャリと撮影スイッチを押す。その辺りはもう慣れたものだ。
「うん、今日の樹も中々に可愛いわね」
「中々って、それ褒めてるのかなあ」
「毎日最高に可愛いって言ってほしいの?ええい、愛い奴め!」
ふざけたように抱きしめて来るお姉ちゃん。その手の中の端末には、もう100枚くらい私の写真が入っている。
勇者システムから解放されて、私の失われた声が戻って来た頃からだっただろうか。
お姉ちゃんは私の写真を頻繁に撮りたがるようになった。
それまでも何度か写真を撮られたことはあったけど、ちょっと特別な瞬間とかが多かった。
けれど最近は日常の一コマというか、私にとってはごく普通の生活の延長を何度も、何度も撮影する。
「ふふふ、また樹の歴史に1ページ♪」
とても軽い口調だったけど、姉妹だから解る。
その言葉の裏側には色々と複雑なものが渦巻いていて、実はとても強い感情を下敷きにしているって。
けれど、私はそれが解っていてなお、このちょっと変わった新しい関係を受け入れていた。
※
「お姉ちゃん、お風呂あがったよ」
まだしっかり体を拭けていないのにリビングに来るのはマナー違反だけど、脱衣所がちょっと寒いんだから仕方ないと思う。
お姉ちゃんは端末をジッと見つめて動かない。撮影の習慣が始まってから、ずっと続いている日課だ。
「お姉ちゃん、お風呂入って」
「樹」
ニコッと笑って振り返るお姉ちゃんの顔は、とても綺麗だ。ずっとずっとその顔に憧れていた。今も憧れている。
何も言わずに、断りさえせずに、お姉ちゃんがまだパジャマを着ていない下着姿の私に端末を向ける。
私も最初は恥ずかしがったり抵抗したりしたけど、今は慣れたもので胸だけは隠してカメラに目線を送る。
パシャリッ。
「そんな格好でうろうろしていたら、風邪ひくわよ?」
「はーい」
撮影が終わった瞬間、お姉ちゃんはいつもの世話焼きなお姉ちゃんに戻る。
慌てて頭をわしわしと拭く私と、端末の中の私を交互に見比べると、満足そうにお姉ちゃんはお風呂に向かった。
慣れたとは言え、やっぱり心の底では恥ずかしい。体がカッと熱くなる。脱衣所は寒い。ここは暖かい。
※
あの戦いで変わったことはもう1つある。
私たち姉妹が毎晩一緒に眠るようになったことだ。
最初は私が甘えて、次はお姉ちゃんがふざけて、3日目からは互いに示し合わせる必要すらなく。
使わないと埃が溜まったりするという理由で、眠るのは交互に互いの部屋でだ。
今日はお姉ちゃんのベッドだった。お姉ちゃんの匂いがして、すごく安心して眠ることができる。
「樹」
けれど、こっち側で眠る時には終わらせておかないといけない日課がある。
「なあに、お姉ちゃん?」
「樹、樹はちゃんとここに居るわよね?ほら、お姉ちゃんって呼んでみて?」
「お姉ちゃん」
「ああ、樹、ちゃんと声が出てる!だよね!樹はここに居て、治ったんだよね!?」
最初は静かに問いかけているような口調だったのが、最後の方はほとんど叫ぶように変わる。
何度も何度も。私が隣に居るのを確認して。私の無事を確かめて。私の軌跡を追い掛ける。
「ほら、お姉ちゃん見て?こんなに沢山、私の写真があるよ。昨日も、一昨日も、先月もお姉ちゃんと一緒にいたんだよ」
「うん、樹、これは昨日の樹、これは今日の帰り道の樹。ごめんね樹、あんなの照れ隠しだから!いつも樹は一番可愛い!」
一緒に私の写真を見て行く内に段々とお姉ちゃんは落ちついて来て、やがてその目がとろんと下がって。私を抱きしめて、眠る。
「おやすみ、お姉ちゃん」
お姉ちゃんに包まれて、私もすっかり安心して眠りに落ちる。
強くて、格好良くて、何でも出来る私の憧れ。そして今は、私が居ないと何にも出来ない甘えん坊なお姉ちゃん。
お姉ちゃんはバーテックスとの戦いで、私が居なくなるかも知れないと初めて実感した。
声が失われた様に、今度はその全てが自分の前から消えてなくなるかも知れないと。
それは、私なんかより何倍も強いお姉ちゃんの心を打ちのめして、こんな風に私を縛り付けた。
「(私を縛り付けた?本当に?)」
※
「おー、これはちょっとしたものだねー」
「い、いや、ちょっとしたものっていうか、若干怖いというか」
「そうかしら?」
友奈先輩が勇者部に復帰して、その記念にメンバーの写真を新しくしようという話になった。
そこで東郷先輩が写真を提供してくれることになったんだけど、その量とクォリティが凄まじかった。
「東郷って割と重い女よね」
「こうやってゆーゆを縛り付けるんだねー、策士だよわっしーは!」
「そうかしら?」
東郷先輩はさっきから、そうかしら、しか言わない。私も、そうかなあ、と思う。
形に残して、相手の近くに自分の軌跡を刻み込んで、昼も夜も疑似的に一緒に居られるようにする。
そうなった時、本当に相手を縛り付けているのはどちらなんだろう。
「お、樹!その顔いいわね。憂い顔って奴?」
お姉ちゃんが我関せずという様子で私に向かって端末を向ける。
もう、絶対に私から離れていけないね、お姉ちゃん。
パシャリッ。
最終更新:2015年02月16日 10:43