6・703

「ゆ、友奈ちゃん?どうしてそんなに不機嫌なの?」
「あの、友奈様。何か誤解があるのでは無いでしょうか?」

 私の態度はおかしいので、東郷さんもアオちゃんもおろおろしている。
 そんなこと、自分でも解らないんだから聞かれても困るし、少なくとも私の気持ちは誤解じゃない。
 東郷さんとアオちゃんが一緒に寝ているのを見たら何だかモヤモヤして、心の底の方が焦げくさくなって。

「知らない!」

 こんな態度を取ってしまう。
 私と東郷さんが勇者だった時の精霊、牛鬼と青坊主ことユウとアオちゃんが人間の姿でやって来たのは昨日のこと。
 精霊に対して複雑な気持ちがあった東郷さんも無事アオちゃんと和解して、2人が仲良しなのは喜ばしいことのはずだ。
 みんなが仲良くしてくれるのが私の一番の幸せ、人が笑っていれば私の楽しくなる。
 ずっとそう思っていたのに、一番大切な東郷さんのことを喜べない私が居る。

「困ったわね、そろそろ学校に行かなければいけない時間なのに。
 友奈ちゃん、後でちゃんとお話するから一緒に学校へ行きましょう?
 ううん、もし何か気に入らないことがあるなら、少し時間をずらしてもいいわ」
「家の方は私にお任せ下さい。今日一日、お母様と共に立派に家を守ってみせます」

 大袈裟に言うアオちゃんに、またモヤモヤとして気持ちが沸き上がって来る。
 東郷さんのことを一番近くで守って来たのは私なのに。そんな傲慢なことを考えてしまう。
 けれど、2人で学校に向かえばきっとその途中でこの良く解らない不満も消えてしまうはずだ。
 そう考えて「いいよ、一緒に行こう」と言いかけた所で。

「友奈ちゃ~ん、学校からお電話あったよ~!今日、学校休みだって!1日遊べるね!」

 ―――こうして私と東郷さん、そして精霊たちの長い1日が始まったのだった。


「そうなんだ、そんな理由があったなんて。ごめんね、ユウ。楽しくお話しするのに夢中で、ユウの事情も考えないで」
「え?あ、うん、大丈夫だよ~」
「友奈様、ユウのことは考えなくてもよいです。どうせ素で忘れていたいに違いありません」
「酷い!その通りだけど!」

 私たちは昨日に続いて東郷さんの部屋で、昨晩に東郷さんが聞いたという精霊たちの隠れた事情について話し合っていた。
 ユウ―――牛鬼や火車が、新しい勇者と共にバーテックスと戦う。それは何だか不思議な感覚だ。
 でも“明日の勇者”たちには本当に申し訳ないのだけど、私はモヤモヤが晴れないせいでイマイチ親身になれないでいた。
 東郷さんとアオちゃんは東郷さんのベッドで並んで腰かけているけど、昨日よりもずっと距離が近くて仲良しに見える。

「正直向こうから帰って来るなというのなら、無理に大赦に返す必要は無いと思うの。
 せめて次のバーテックスの襲来までは、アオやユウを私たちの元に置いておけないかと思って」

 それはとっても素敵な考えだと思う。ユウもアオちゃんも可愛いし、妹やちょっと大きいけど娘ができたみたいな気持ちになる。
 お金も、お母さんの口座へ大赦が(口止め料も込みなのだろうけど)人生3回分くらい振り込んでくれているそうだし困らない。
 でも、東郷さんとアオちゃんがこれからも一緒に過ごしてもっと、もっと仲良くなると思うと…それは困る気になってしまう。

「友奈ちゃん、私、友奈ちゃんと一緒に暮らしたい!またご飯食べたり、お風呂入ったりしたい!」
「うん、私もユウと一緒に暮らしたいよ。ユウはこんなに可愛いんだもん!」

 そう言って、わざわざ見せつけるようにユウを抱きしめて見せる。
 私たちこんなに仲良しなんだよ、東郷さんが余所を向いてる間にどんどん仲良くなるよ。
 ユウが可愛いのは本音だけど、そんな風に東郷さんに訴えるみたいに。
 東郷さんがそれを見て、ちょっとだけムッとした顔になる。
 東郷さんを嫌な気持ちにさせて申し訳ないのに、何故かちょっとだけ嬉しい。

「―――そうね、私もアオを受け入れると約束したし、私を慕ってくれてこんなに可愛いしね」
「可愛い、私が可愛い、はふぅ」
「ふふっ、そういう所が特に可愛いよ」

 東郷さんに肩を抱かれて真っ赤になるアオちゃん、それを見て笑う東郷さん。
 さっきまでは焦げくさいくらいだったのに、頭の中でボワッと火が燃え上がった気がした。

「ユウ、こっちにおいでー」
「はーい!ダ~イブ!」
「キャーッチ!ユウはふわふわ柔らかくて抱き心地がいいね。いつまでもこうしてたくなるよ」

 ムムムッと東郷さんの眉が顰められる。私は内心で小さくガッツポーズを取る。

「抱き心地ならアオだって負けていないわよね。昨日はとてもよく眠れたわ」
「そ、それは何よりです。私もやはり東郷様のお傍が一番心休まると言いますか」
「へー、ふーん。東郷さん、アオちゃんと一緒に寝てそんなに気持ちよかったんだ。
 私ともそんなことしたこと無いのに、随分積極的だねー」
「友奈ちゃんだって後ろからだっこなんて滅多にしてくれないのに、ユウ相手なら気安いわね」

 ユウとアオちゃんが私たちの様子のおかしさに顔を見合わせている。
 こんなことが言いたいんじゃないし、言いたくない。なのに言葉が止まらない。
 当てつけるようなことを次々口にしてしまう。

「大体、東郷さんはいつも見てるって言ってくれたのにアオちゃんに夢中じゃない!
 私がその間にユウとどれだけ親密になっても何とも思わないんでしょ?」
「友奈ちゃんが誰かと仲良くなるのに心を一々乱していたら私は1日も生きていけないじゃない!
 友奈ちゃんこそ私とずっと居ると約束してくれたのに今日はあんなすね方をして!」
「あ、あれは後でちゃんと一緒に学校行ってもいいよーと言うつもりだったもん!
 東郷さんこそ私が1人で行っちゃえばアオちゃんとイチャイチャできると思ってたんじゃないの!」
「友奈ちゃんと一緒に登校できなかったらそんな余裕ある訳ないじゃない!
 良い機会だから言わせてもらうけど、友奈ちゃんは私がどれだけ友奈ちゃんのことばかり考えてるか解ってない!」
「私だってアオちゃんと仲良くしてる東郷さんを見てからモヤモヤが止まらないよ!
 朝からずっと東郷さんのことばっかり考えてるんだもん!いつも楽しいのに今日は苦しいばっかりなんだよ!」
「あのー、御二方?」
『何!?』

 私と東郷さんの声が綺麗に重なり、アオちゃんが驚いたようにベッドで小さく跳ねる。本当に可愛いなあ、この子。
 すっかり委縮してしまったアオちゃんに代わり、ユウが「はい!」と元気よく手を上げて言った。

「友奈ちゃんと東郷さんは、要するにお互いに嫉妬しちゃってるってことでいいの~?」
「嫉妬?」
「私が?」
「正直、2人のダシにされるとユウは複雑です!」
「ユウ、そういう言い方はやめなさい!―――ですが、お2人とも先ほどのやり取りを冷静に思い返してみて下さい」

 私と東郷さんは顔を見合わせて、自分たちの言葉の応酬をゆっくりと思いだしていく。
 段々と、まるで対照になっているように互いの顔が赤くなっていくのが解る。
 全部を反復した時、私と東郷さんの顔はタコさんみたいに真っ赤になっていた。

「ええと、友奈様。確かに私は東郷様のことをお慕い申し上げています。彼女の為なら何を捧げても惜しくない」
「私もだよ~、友奈ちゃんが大好き!ビーフジャーキーの3倍くらい友奈ちゃんが好き」

 それは大きい数字と必ずしも言えない気がするのは気のせいだろうか。

「ですが、私たちはお2人が仲良くしていただいているのが、やはり一番好きです」
「そうそう、2度と喧嘩は駄目だよー?私たち友奈ちゃんを信じてはいたけど、あの時は泣きそうなのを我慢してたんだから」

 2度と。1度目の喧嘩。バーテックスとの最終決戦の時の、東郷さんとの対峙。
 「殴った方の手が痛い」なんて使い古された表現だけど、あれが真実だとそれこそ痛いほど感じた。
 あの時は、大切だから傷付けてしまうことを覚悟した。今はどうだろう。大切なのに傷付けようとしている。全然、逆だ。

「ごめんなさい、東郷さん。私が悪かったよ。アオちゃんに嫉妬してました、反省します」
「友奈ちゃん、私こそ張り合ってしまってごめんなさい。
 友奈ちゃんはみんなが仲良くしているのを喜んでくれる子だから、まさか嫉妬されるなんて思わなくて」
「東郷さんは特別みたい。―――うん、自分で言ってみてようやく解ったよ。東郷さんは私にとって特別なんだ!」

 私がギュッと東郷さんの手を握る。東郷さんも、恥ずかしそうにはしているけどそれを受け入れてくれる。

「ユウとアオちゃん、私たちで支えて行こうね」
「ええ。私たちの、私たち2人の大切な家族だもの」

 こくりと頷き合って、やがて笑い合う。朝から感じていたモヤモヤはもうどこにも残っていなかった。
 志も新たにユウとアオちゃんの方を見る。2人は何故か、部屋をそっと出て行こうとしている所だった。

「ごゆっくり~」
「その、少し散歩をして参ります!2時間ほどでよろしいでしょうか?」
「アオ、貴女は明らかに誤解をしているわ。ちょっと、2人とも待ちなさい!」
「そ、そういうのは結婚できる年になってからだよ!ね、東郷さん!」
「あれ~?私は仲直りの時間にゆっくり時間をかけてってつもりだったのに、友奈ちゃんは何を想い浮かべたのかな~?」

 昨日までの無邪気な様子に隠していたのか、小悪魔的な表情を覗かせて笑うユウ。
 私たちはそれ以上言い訳することができず、手を離すのも何だか変に思えて、結局そのままベッドで見つめ合う。
 東郷さんのお母さんがご飯に呼びに来るまで結局私たちはそうしていて、お昼は東郷さん家でいただくことになった。
 何故かお赤飯が出て来た。美味しかったけど、東郷さんとアオちゃんが妙に照れてたのは何だったんだろう。


おまけ

 人気のない校庭に、私は1人で立ち尽くしている。
 大赦からの呼び出し。これまで一方的な連絡ばかりだったのに、ここに来て名指しでしかも学校を指定と来た。
 どんなお達しがあるのか解らないが、とりあえず何か文句は言ってやろうとにぼしを齧りつつ決める。
 それにしても、この為にわざわざ学校を休みにするなんて大赦は何を考えているのか。風や園子じゃなく私を選ぶのも気にかかる。

「―――お待たせしたかしら?」

 消え入りそうな声で話しかけられ、私はその場から飛び下がる。
 これでも生身でもそれなりに戦える程度には訓練を積んで来た、なのに今声をかけられるまで気配を感じなかった。
 敵意は感じ無いが、相手の意図がそもそも見えない以上、最大限に警戒するのが常道だ。

「ケホ、ケホッ。いい反応ね。流石は元我が主」

 背のすらりと高い女性だった。肌が白く、どこか病弱な感じがする。
 何より気になるのは、私自身の感覚。初めて見る相手のはずなのに、何故かそう思えない。
 いや、それどころか下手したら友奈たちよりも昔から、こいつを知っているような。

「ふふっ、そんな目で見つめられる日が来るなんてね。これこそ、そう―――ショギョームジョー」

 その独特の発音を聞いて瞬間、私の中である予感が形を取った。

「あんた―――義輝、なの?」

 女性は2度ほど咳をすると、にっこり笑って頷いた。


 ―――これが、私の知らない所で始まっていた勇者と精霊の物語の第2幕、その終端だった。 
最終更新:2015年02月21日 01:15