6・836

 「――おいっす、お疲れー……って、ありゃ」

 しゅん、と音もなく開いた開発室のドアをくぐり抜け、あたしは部屋の主に挨拶する。
 が、そこであたしが目にしたのは。

 「……んん……むにゃむにゃ……」

 白衣を体に引っ掛けたまま、研究用の机に突っ伏して眠る、あたしの十年来の友人――三好夏凜の姿だった。
 「あーあ、だらしないカッコしちゃってまあ……おーい、研究主任殿―。かわいいかわいい風ちゃん先輩が遊びに来たわよー」」
 あたしは手に持っていたコーヒーカップと小箱をそっとわきに置いて、ゆさゆさと夏凜の肩を揺すぶる。すると、
 「……ん~、聞こえてるわよ、うっさいわね……」
 目をしょぼしょぼとさせて、うなっている犬のような声を出しつつ、夏凜がむっくりと起き上がった。
 「おはよ、夏凜。コーヒー淹れてきたから、よかったら飲んで?」
 「……ありがと、風」
 そう言って夏凜はずい、と無造作にカップを引き寄せる。そのまま飲むのかな、と思って見ていると、おもむろに机の引き出しから
小さなガラス瓶を取り出し、中の錠剤型サプリメントをざざっと手の平にあけて、ぱくっと一口で口に含んでしまい、それからコーヒーをぐい、と
飲み干して、それらを全て胃袋の中に流し込んでしまった。
 「……だいじょぶなの、そんな飲み方して」
 「え? ああ、ただの眠気覚ましだもん、この程度、どってことないわよ」
 「いや、そうじゃなくて、コーヒーなんかと一緒に飲んだりして……」
 「これが一番キマってくるのよ。あんたも一杯、やっとく?」
 遠慮しとくわ、と苦笑いを浮かべながら、あたしは夏凜と差向いになるよう、よいしょ、と椅子に座った。


 「……いつ帰ってきたの?」
 椅子に座るなり、夏凜がやにわに話を切り出してきた。
 「いやー、今朝戻ってきたばっかりなんだけどさ、実は明日、もう一回とんぼ返りで出張しなくちゃなんなくって。ほとんどシャワーだけ
  浴びて寝に帰ってきたようなもんよ。まったく、パンツを変えるヒマもありゃしないわ」
 「……相変わらず女子力のかけらも感じられないセリフね……」
 あっはっは、と大声で笑うあたしを前に、夏凜が頬杖をついてあきれたような表情をする。

 「――それで? 次の勇者候補の最終選考、無事に済みそうなの?」

 続けて振ってきた話題が真面目なものだったので、あたしも真顔を取り戻して話をする。
 「ええ。……愛媛の方の学校でね、班全員の適正値が高い子たちがいるのよ。たぶん、順当にいけば、次にあたし達――大赦が
  選ぶことになるのは、あの子たちだと思う」
 「って事は、今度の戦いで神樹が結界に穴を開けるのは西側になりそうね……それならまあ、この辺は安全圏に該当するのかしら。
  ふん、ありがたい事ね」
 ちっともありがたがっていなさそうな顔で夏凜がつぶやき、乱暴にコーヒーをぐい、と飲んだ。
 「……急がないと、次のバーテックスの襲来周期まで、もう半年を切ってるわ。それまでに、出来るだけ――戦える、子を選ばないと」
 言葉を濁したあたしの口から出てきたのは、『戦える』という文句だった。

 『戦える』とはどういう事だろう?
 勇者としての、強い力を秘めている事か? それとも、力は平凡であっても、戦い抜く勇気を持っている事か? あるいは――

 五体を失う恐怖に、押し潰されない精神力を備えている事だろうか。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「……ま、やる事やんなきゃいけないのは、コッチも同じよ」
 自分の吐いた言葉にうっすらとした自己嫌悪を覚え、気持ちが沈みがちになっているところへ、夏凜がわざと明るい声で助け船を出してくれた。
 「次にヤツ等が攻めてくるまでに――何としても、この新しい勇者システム、完成させてみせるんだから」
 そう言いながら夏凜は、眠り込んでしまう寸前まで扱っていたらしき、保管用のアクリルボックスに収められているひとつの物体を取り出す。

 それは、見た目には何の変哲もない、金属製の指輪だった。
 天井の照明を受けてキラリ、と反射するその表面にはしかし、小さな花の紋章以外、装飾や細工めいた彫り込みは何も施されていない。

 「……それって……?」
 「何よ、あんた、見たことなかったの? 外勤ばっかで忙しいのはわかるけどさ」
 目を丸くしてまじまじと指輪を見つめるあたしに、夏凜がまた、呆れたような表情を見せた。

 「――これ、新型の勇者システム起動用端末よ?」

 「えっ……?」
 あたしは驚いた。だって、端末という事は、あたし達が勇者として戦っていた時代に大赦から支給されていた、スマホと同じデバイスと
いう事だ。あの当時ですら、勇者を補助する様々な機能が、あんな小さな装置に収まってしまう事に感心していたというのに。
 「……その、指輪だけで、あたし達がやってたような事、全部できちゃうわけ?」
 「もちろんよ。最近は民間の空間映像投影技術もずいぶん進歩してきたから、それも取り入れてね。……ほら」
 夏凜は自分の左手に指輪をはめると、その指で自分の目の前の空間をなでるような動きをした。その途端、ふぉん、と軽い音を立てて、
あたかも空中に見えないモニターが存在するかのように、そこにシステム操作用の画面が現れた。
 「おおっ!」
 「後はこっからメニューを選ぶだけ。あたし達が使ってた樹海のマップとか、連絡用のSNSとか……それにもちろん」
 指輪をつけたまま、夏凜が空の画面からひとつのアイコンをクリックする。すると突然、指輪がパァァッ、と光輝き、その光の中から――

 『……ショギョームジョー……』

 なんと懐かしい、夏凜の持ち精霊、義輝が姿を現した。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「義輝! 久しぶりじゃない!」

 思わぬ再会にあたしは顔をほころばせ、義輝に手をさしのべる。義輝もあたしの事を覚えていたらしく、『ゲドウメー』などと言いながら、
あたしに応えてくれた。
 「……こうして精霊を呼び出すことだって出来るってわけ。今はテスト用に、久々に義輝を借り出してきてるんだけどね」
 「へええー、大したもんねぇ」
 ひとしきり懐かしがってから、義輝は再び指輪の光の中へと消えていった。
 「……でもこれ、当たり前だけど、スマホとしての機能なんか持ってないんでしょ? 戦闘中の通信とか、出来ないんじゃない?」
 「その点も心配無用よ」
 ふふん、と自信満々な顔で夏凜が答える。そうしていると、なんだか昔の彼女を見ているみたいで気分がいい。
 「この指輪には、対になってるイヤリング型デバイスがあってね。それを各自が耳に着けてると、指輪越しにお互いの声が届くのよ」
 「ははー、よく考えられてるわねえ」
 「ちょっと、試しにつけてみる?」
 夏凜はすっと椅子から立ち上がり、研究室の奥の棚のところへと移動する。つられてあたしも、夏凜の後ろについていく。
 「……えっと……あ、あったあった。これよ」
 ややあって、夏凜が棚から取り出したのは、これまた何の変哲もない、普通のイヤリングだった。
 「あら、シンプルでおしゃれじゃない。普通のアクセサリにも使えそうだわ」
 「バカ言ってんじゃないの。……ほら、付けてあげるから、じっとしてなさい」
 そう言うと、夏凜は手にイヤリングを持ったまま、ずい、とあたしに近づいてきた。彼女の顔が急接近し、あたしは思わず、おぉう、と
一歩後ろへさがってしまう。
 「何やってんのよ、動かないでってば」
 そんなあたしの顔を、夏凜がぐい、と引き寄せて抑え、耳たぶにイヤリングをはさませる。あたしと夏凜の目線はほとんど同じ高さで、
あたしはなんだか新鮮な驚きを味わっていた。
 「夏凜……あんた、いつの間にか、背、伸びたんじゃない?」
 「いつと比べての話をしてるんだか……はい、出来たわよ」
 そうこうしている内に装着はすみ、あたしの右耳にはひんやりとした金属の感触だけが残る。
 「これで例えば……あたしがこうやって、部屋の隅まで離れたとしても……」
 さして広くはない研究室だが、夏凜が反対側の隅まで行ってしまうと、小声で話すことはできなくなる。だが、夏凜が指輪をはめた手を
口にやり、ぼそぼそと何かをささやく素振りを見せたのと同時に、
 『――どう? 聞こえる?』
 あたしの耳には、よく聞きなれた夏凜の声が届いてきた。
 「うん、聞こえる聞こえる。……ずいぶんキレイに聞こえるもんねぇ」
 『ま、それも私達、開発班の苦労の成果……ってとこかしらね』

 装置を通していても聞き違える事のない、夏凜の得意げな声の響きが、なつかしく、心地よくあたしの鼓膜を揺らした。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「……とは言え、このあたりの機能は、これまでのスマホ端末にも搭載されてたわけだし……本命は別よ」

 再び向かい合って椅子に掛け、夏凜がぐっと目元を険しくして言う。
 「……損なわれる器官もある程度は制御できるようになったし、取り戻すまでの期間も短くなりつつあるけど……私達はまだ、
  散華を完全に制する事は出来ていないわ」
 「……ええ、その通りね」
 あたし達は、そろって遠い記憶に思いを馳せる。

 ――勇者部として、バーテックスと戦った日々の事は、今もまだ、あたし達の心に焼きついたままでいる。
 満開に伴い、身体の機能を失ってしまった辛さもまた、同様だ。

 「散華の苦しみを知っている私達だからこそ……少しでも、その苦しみを和らげる努力をしたい。まっさらに取り除いてあげる事が
  できなくとも、せめて、同じ思いをする子が、一人でも少なくなるように……ね」
 抑えた口調でいながらも、夏凜の瞳は闘志に満ち溢れ、燃えるように輝いていた。
 そう、この子はまだ、闘っているのだ。
 例え勇者としての役目を解かれようとも、こうして大赦の一員として名を連ね、後に続く勇者たちの後援に身を置く形で。

 (――責任感の強さは相変わらずね)

 あたしはそんな夏凜を黙って見つめながら、心の中でそう思う。
 そう、だからこそあたしは、そんな彼女を――


 「――ねえ、夏凜――」

 話がひと段落したところで、あたしはゆっくりと口を開いた。
 「ん、何?」
 「その、新しい勇者システム用の指輪って……あんたは付けないわけ?」
 夏凜の指から外され、今は再びアクリルケースに収められている指輪をさして、あたしは問いかける。
 「私が? 付けないわよ、そりゃ。この指輪は前線で戦う勇者のために開発されたものなんだから、一介の研究職の私が付けたってしょうがないじゃない」
 「……そっか。って事は……」
 そこであたしは言葉を切って、すう、はあ、と一つ深呼吸をする。
 夏凜がいぶかしげにあたしの方を見ているが、動揺してはいけない。どきどきとうるさく響く胸の鼓動も、何とか聞こえないようにおさえなくちゃ。
 大丈夫、きっと、上手くやれる。がんばれ、あたし。

 「――夏凜の指はまだ、空いてるってことよね?」

 「え……?」
 要領を得ないあたしの話に、どんな顔をしたらいいか戸惑っているらしい夏凜を前に、あたしは机の上に置いておいた小箱を取り出し、夏凜の
目の前に捧げる。
 ふるえる手で、カチリ、と留め金を外して、おそるおそるふたを開いた。
 その中には――

 「指……輪……?」

 夏凜が目を丸くして、小さな真珠を備えた指輪を見つめていた。
 「――今度の、出張から、帰ってきたら、さ」
 あたしは言葉を続けようとするが、唇がわなわなと震えるし、目線はあちこちに散って定まらず、とても話ができるような状態ではない。

 (――何よ、情けない、あんたは栄光ある讃州中学勇者部部長、犬吠埼風なのよ――!)

 心の中で、自分に自分で喝を入れると、あたしはきっと顔を上げた。


 「――あたしと結婚しよう、夏凜」


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「……………」

 口を開け、目を見開いて。
 夏凜がじーっと、あたしの事を見つめている。
 「―――っ」
 振り絞った勇気は、たちまちどこかへ失せてしまい、あたしは顔を真っ赤にしてその場に伏せた。
 今すぐ、この場から逃げ出してしまいたくなるほど恥ずかしかった。プロポーズをした相手からの、返事を待つこともないままに。
 あたしはこんなに意気地なしだったろうか?

 「………あんたねえ」

 ややあって、夏凜がはぁぁぁ、と大きなため息をついた。
 「もう少しさ……雰囲気とかシチュエーションとか、そういうもんがあるでしょうよ。自慢の女子力はどうしたのよ?」
 「しょっ、しょうがないじゃんっ、ホントに忙しくて、今日言わなきゃ、次はいつ会えるかわかんないし……」
 やれやれ、という顔をしている夏凜に対し、あたしは指輪を差し出した格好のまま、ムキになって反論する。
 「それにしたって、こんな殺風景な研究室なんかで……」
 「うっ、うっしゃいな、もうっ。……それよりっ、へっ、返事っ! ……返事、聞かせてよ……」
 何だかもう、恥ずかしさで死んでしまうのじゃないかと思う程に指先がぷるぷると震えてきたころ。

 夏凜が黙って、小箱の中の指輪をそっとつまみ上げた。

 「………!」
 驚くあたしにしっかりと見せつけるように、夏凜は左手の薬指を立てる。
 その指に、ゆっくりとあたしの指輪がはめられていった。間違っても外れてしまう事のないよう、強く、強く。

 「――ほら、これでいいんでしょ」

 それだけ言うと、つん、と夏凜が視線をそらしてしまう。
 その耳たぶが、真っ赤に染まっていたのを、あたしの目ははっきりととらえていた。

 「――ありがとう、夏凜」

 やっとの思いでそれだけ言うと、あたしは音もなく椅子から身を浮かせる。
 そして。

 「――――ん」

 驚くほど火照っている夏凜の頬に手をそえて、その唇にキスをした。


      ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇      


 「――名字」
 「―――え?」
 「名字、どうすんの?」

 数秒間の口づけのあと、ゆっくりと顔を離そうとしたところで、いきなり夏凜があたしに問うてきた。
 「どうする、って……いいわよ、あたしが三好家の方に入るから。ウチには樹だっているんだし」
 「それを言ったらうちにも兄貴がいるわよ。私は構わないのよ? 犬吠埼の名前、もらっても」
 椅子に座ったままの夏凜に顔をかぶせるような姿勢のまま、あたし達は真剣な顔で話し合う。
 「えー、それじゃああんたが【犬吠埼夏凜】になるわけ? ……なんか仰々しいなあ。あと、五文字って、長い」
 「そんなの【三好風】だっておんなじじゃない。何か……安い料亭の変わりメニューについてる名前みたい」 
 「誰が安い料亭よーっ!」
 「そっちこそ仰々しいとは何よーっ!」
 そのままぎゃあぎゃあとくだらない口げんかを交わした後、あたし達はそろってはは、と力なく笑う。
 「――別にいいんじゃない? 同姓にこだわんなくてもさ」
 するり、とあたしから身を離して立ち上がった夏凜が、左手の指輪を光に照らしてふふっ、と微笑みながら、あっけらかんとした口調で言った。

 「――あんたにとっての私は【三好夏凜】で――私にとってのあんたは【犬吠埼風】。それでいいじゃない」

 「……そうかも。うん、そうね」
 あたしは何度も首を振ってうなずく。
 三好夏凜。
 あたしはこの名前が好きなのだ。
 「……あ、でも、うちの両親には、ちゃんと挨拶に来てもらうからね。『娘さんをください!』の練習、ちゃんとしときなさいよ」
 「げ、……正直、そういう堅苦しいのは、スルーできないかなー、なーんて企んでたんですけど……」
 「ダメよ。勇者部五箇条、ひとつ! 『挨拶はきちんと!』……忘れたなんて、言わせないわよ?」
 「いや、結婚相手の親御さんへのご挨拶まで含めたつもりはないんだけど……っと」
 往生際悪くぶつぶつとぼやいていたあたしは、時計が指している時刻に気づいて、あわてて立ち上がった。
 「もうこんな時間……部屋に帰って、明日の準備しなくっちゃ」
 「……そう」
 突如として落ちてきた、ぽつんとした沈黙が、あたしと夏凜の間に横たわる。
 夏凜の視線があたしを斜にとらえるように向けられている。その瞳が、ふとした一抹のさみしさと、でもそれを決して表に出すもんか、
という強がりで彩られていた。
 夏凜のその眼を見た瞬間、あたしの中からほとんど本能に近い衝動がわきあがってくる。

 (――この子を、ひとりにしたくない)

 どれだけ背が伸び、あたしをからかい、手玉にとれるほど成長していても、やっぱり夏凜は夏凜なのだ。この子はずっと変わってない。
 今すぐ力いっぱい抱きしめて、もうどこへも行かないよとささやいてやりたい。
 ――でも。

 「……ごめんね、そういうわけだから。落ち着いたらまた、いつ頃帰ってこられるか連絡するわ」

 あたし達は、もう子供じゃない。世界を守る、大赦の立派な一員なのだ。自分の責務を果たさなければならない。
 「……うん、待ってる」
 夏凜も素直にうなずき、その場であたしを見送ってくれた。
 笑顔で手を振りながらも、ほんのちょっぴり、後ろ髪ひかれる思いで、自動ドアをくぐろうとした――その時。


 『――シュツジン~!』


 「えっ……!?」
 まったく出し抜けに義輝の声がして、それから続けざまに、ぶぉぉ~というほら貝の音が高らかに響き渡った。
 「よ、義輝……! 勝手に出て来たらダメじゃない! こら、戻りなさいってば……!」
 何故だか指輪の端末から出てきてしまったらしいその姿に夏凜が驚き、なんとか元に戻そうと悪戦苦闘するも、義輝はなおもぷぉぉぷぉぉと
ほら貝を吹き鳴らし、夏凜はますますあわてふためく。
 その姿はまるっきり、『あの頃』の部室の光景そのもので。

 「……ぷっ……あははっ、……あはははははっ!」

 気が付いた時には、あたしは大声を上げて笑い出してしまっていた。
 「なっ、何笑ってんのよ、風っ! あんたも手伝いなさいよっ!」
 そんなあたしに向かって怒る夏凜の姿がまたおかしく、あたしはいよいよ笑い声を止める事が出来なくなってしまう。

 (――いつまで経っても、どんな関係になったって――)
 笑って笑って、あたたかい気持ちがあふれた心のどこかで、あたしは感じる。
 (あたし達は、讃州中学勇者部、なんだね。ずっと)

 「いやー、戻ってきてよかったわぁ。懐かしいもん見ちゃった」
 笑い過ぎてあふれてきた涙をぬぐいながら、あたしは言う。
 「この、他人事だと思ってっ……!」
 「それじゃあそろそろ、ダーリンは出張に行ってくるけどぉ~、あたしがいない内に浮気なんかしちゃダメよ? ハニー♪」
 「気持ち悪い呼び方すんなーっ!」
 元気いっぱいの夏凜の怒鳴り声に見送られながら、あたしは開発室を後にした。


 「――いよっし! あとひと頑張りね!」
 廊下に出たあたしはぱちん! と両頬を叩いて気合を入れながら、自室への道をひた走る。次の仕事さえ終われば、あたしと夏凜のラブラブ新婚生活の始まりだ。
 そこにはきっと想像もつかないほどにたくさんの楽しい事が待っているはずで、それを思うだけであたしは顔がゆるむのを止められない。
 走り続けるうちに力いっぱい叫びたい気持ちがあふれてきて、あたしは廊下の窓をがらっと開け、夕日に縁取られた山の端に向かって、思いっきり息を吸い込んで、声を上げた。


 「……二人で、いっぱいいっぱい幸せになろうね、夏凜!」
最終更新:2015年02月24日 10:55