6・893

三好夏凜は落ち着きをなくしていた。
それは隣に東郷美森がいるためである。

(ああ早く誰か来ないかしら…ってなんで自分の家で緊張しているのよ私!)

今日は勇者部で夏凜の家に集まろうということになっていた。
しかし他のメンバーは用事があるとかでまだ来ていない。

同じクラスメートであり、勇者部では生死をかけて共に戦った仲間である。
嫌いなはずがない。だがこんな感じで二人きりになったことはこれまであっただろうか。

「夏凜ちゃん」
「ヒッ」
「どうかしたの?」
「な、何でもないわよ」
そう、と言って東郷はクスッと笑った。その仕草、長い黒髪、整った顔だち、白い肌、ふくよかな胸、まさに大和撫子だ。
おまけに先代勇者ときたもんだ。夏凜が気にならない訳がない。
そんな彼女を無意識にちらちら見ていたため、東郷が気になったようだ。
「夏凜ちゃん」
「何よ」
「ぼた餅食べる?」
振り向くと東郷はぼた餅を手にしている。
「ありがとう」
モグモグ
待てよ、東郷は家に来たとき、荷物を持っていただろうか?
持ってなかったとするなら一体どこから?
それはともかく
「おいしいわ」
「気に入ってもらえてうれしいわ」

「みんな遅いわね」
「そうね」
「…」
「…」
(気まずい…)

グルル
「夏凜ちゃんお昼食べてないの?」
「食べたわよ。にぼしとさっきのぼた餅」
「お腹が鳴るのはご飯が足りないということね。ご飯作ってあげるわ」
「別にいいわよ」
「ダメよ。育ち盛りなんだからちゃんと食べないと」
そのときぽいーんと東郷の胸が自己主張したような気がした。

~台所~
「調理器具は一応あるわね。ちょっと失礼して冷蔵庫は…やっぱりミネラルウォーターしかないわね。食材を買ってくるわ」

「ちょ、あんたは客なんだからそこまでしなくてもいいわよ」

「夏凜ちゃんのお家にお邪魔しているのだからこれぐらいしないと」

と夏凜にはわけのわからないことを言って東郷は出ていった。

もう一度言っておく。三好夏凛が東郷美森を嫌う訳などない。ましてや仲が悪いわけでもない。
お互い真面目なのは似ていると思う。ただ東郷は頑固なところがあり、一度言い出したら聞かない上に行動がトリッキーだ。
その辺が少々苦手だと感じる理由かもしれない。

東郷が買い物袋をぶら下げて帰ってきた。

「今日は豚汁を作るわ」
いつの間にか東郷はエプロンと三角巾を着けている。
テキパキと野菜を切り、鍋の準備をする。

「私も手伝うわ」
野菜を切り始めた夏凜だったが
「痛ッ」
指を切ってしまった。
ペロッ
「ヒッ、いきなり何するの東郷」
東郷が傷口をなめた。 その際、東郷はその長い髪をかきあげた。
その艶めかしい仕草にも夏凜はドキッとした。
「応急処置よ」
「も、もう。き、救急箱くらいあるわよ」
「一人でできるから夏凜ちゃんは座って待ってて」
「東郷一人に任せるのも悪いわ」
「そう。じゃあ作り方教えるから一緒に作りましょう」

「にぼしで出汁を取ったらどうかしら」

「ありがとう。でも豚汁は具から出汁が出るから出汁を取らなくていいのよ」

こうして夏凜と東郷は共同作業で豚汁を作るのだった。

そして…
「さあ完成よ」
東郷は鍋をテーブルに置く。鍋一杯の豚汁だ。

「さすがは東郷ね」

「最後に作ったのは歩けなくなる前だからまだまだ本調子とはいえないわ」

あの手際の良さでまだ本調子ではないというのか。恐るべし東郷。

「一人じゃ食べきれないからあんたも食べなさいよね」

「ではお言葉に甘えて頂きます」

「「いただきます」」

野菜たっぷりの豚汁。家で豚汁を食べた記憶があまりない夏凜は、豚汁とはこんなに美味しいものだっただろうか?
と思うのだった。

「こんなに美味しいの食べたことはないわ」

「ふふっ。そんなに大したものではないわ。きっと一緒に食べるから美味しく感じるのよ」

そういえば家では一人で食べることがほとんどだった。でもそれだけで美味しく感じるものだろうか?
でも実際に美味しいのだから嘘ではないだろう。

ほとんど食べ終わった頃に友奈がやってきた。

「ひどいよ、夏凜ちゃん。全部食べちゃうなんて!」

「あんたが遅く来るのがいけないんでしょうが!」
(それに…これは東郷が私のために作ってくれたんだから…)

そして風と樹もやってきた。

「え。ご飯作ってたの?じゃ今日はこれから皆でご飯作って夕食会にしましょっか」

「やった」

「勇者部の活動はどうするのよ!」

「それはいつでもできるでしょ。今しかできないことをしましょう」

「風先輩私、買い出し行きますよ」
「アタシの女子力の見せ所ね」

風、友奈、樹は買い出しに行ってしまい、また東郷と二人きりになった。
「もうみんな勝手なんだから」

「ふふっ。そこが勇者部らしいところね」
そう言って東郷は大和撫子らしく上品に笑った。

みんなが帰った後、ミネラルウォーターを取るために冷蔵庫を開けた夏凜。

「?」

謎の買い物袋が入っている。中身は野菜のようだ。メモが貼ってある。

ちゃんと食べてね。
            東郷

まったく。あんたは私のお母さんかっ。
でもこういうのも悪くないかと夏凜は思うのだった。
最終更新:2015年02月26日 11:05