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 西暦の時代にはなかった神世紀独特の制度として「重婚と同性婚の承認」が上げられる。
 重婚は一度滅亡に瀕した人類の総数を回復させる為の一手として、同性婚は限られた国土での人口抑制の手段として。
 まったく逆の目的の為に制定された2つはその後も特に変更されることなく残り続けている。
 複数の同性と結婚している人も時には見かけるが、遡れば飛鳥時代から続くという一夫一妻の文化は強く、そう多くない。
 勿論、私こと東郷美森がそのような特例になることなど、まったく予想だにしていなかったのだけど。

「東郷さん、映画面白かったね!」

 私の左手を柔らかく握りながら友奈ちゃんが言う。

「わっしーは映画選びのセンスがあるねー」

 私の右手をしっかりと握りながらそのっちが言う。
 私は左右から恋人に話しかけられて、とりあえずどちらにも通じるだろうと首肯してみせた。
 3人でデートをするのは初めてで、こんな風に左右を固められる展開も当然初めてである。
 周囲からは温かな視線が寄せられていて、向こうで同い年くらいの女性を膝に乗せたお姉さんが口笛を吹いてみせた。
 私は―――正直まだこの状況に馴れないままでいたりする。


「やっぱりね、こういうのって良くないと思うんだ」

 そもそもの切っ掛けは友奈ちゃんがそんなことを言い出したことだった。

「こういうのって、友奈ちゃんとそのっちの意地の張り合いのこと?」

 そのっちが勇者部に入ってからしばらくが過ぎて、私も漸く自分の中の“鷲尾須美”と折り合いも着き始めて。
 何もかも順風満帆かと思いきや、実は勇者部内では大きな問題が発生していた。
 いや、発生していたなんて他人事で居てはいけない、中心は私なのだから。

「確かにねー。大分仲良くなれて来たのに、わっしーが絡んだ途端お互い引かなくなるからね」
「最初の頃なんか園子ちゃんがわっしーって呼ぶ度に『東郷さんだよ、園子ちゃん』とか訂正してたしね。
 うう、思い出したら恥ずかしくなって来た。その節はご迷惑をおかけしました」
「あれはあれで中々おいしかったからよしだよ、ゆーゆ」

 そのっちが勇者部に溶け込むにつれて、彼女は普段の調子を取り戻していき、私と彼女の空白を埋めていった。
 同時に『ずっと一緒にいる』と約束してくれた友奈ちゃんは今まで以上に私と気安い時間を長く過ごしてくれるようになった。
 それ自体は何も問題が無いし、それぞれとても嬉しいことだ。双方の時間が重なるタイミングが無ければ。
 周りとの和を大切にする友奈ちゃんと落ち付いたそのっち、そんな2人が競い出すともう誰も止められない。
 起点は私なので一度争いが始まると3人の手が止まってしまうことになる。

「そこで、東郷さん絡み以外では大分友情も深まった今だからこそ、はっきり決めておこうと思うんだ」
「ふむふむ、このタイミングと言うことはあれだね、ゆーゆ」

 2人は確かに仲良しだなと思わせる様子でうんうんと頷き合うと、私の方に顔を向ける。
 いよいよ来たか、と私は心の中で身構えた。けれど、身構えるだけで覚悟は少しも出来ていない。
 友奈ちゃんとそのっち、どちらが一番大切かを決める。恐らくは、友達より一歩先の恋人として。
 どちらも大切な親友で、数えきれないほどのものを貰って、見える所も見えない所も守ってくれていた。
 そのどちらかを切り捨てることが私に出来るのだろうか。優劣をつけるなんてできるのか。

『東郷さん/わっしー、私たちと付き合おう!』
「―――え?」
「私は須美ちゃん時代の東郷さんを知らないからフォローしきれない部分があるよね」
「私もゆーゆの影響が大きい東郷さんについては把握しきれてないからねー」
『つまり、3人で付き合えば完全!無敵!最強!』

 いえーいとハイタッチする友奈ちゃんとそのっち。
 この2人、もしかして私絡みで争っていなければ凄く相性いいんだろうか。
 当の私はというと、どちらかを選ばなきゃ思い込んでいたので逆に戸惑って何も考えられなくなってしまう。

「いいじゃない、2人と付き合っちゃえば」
「風先輩!?」
「ほら、あたしという先駆者もいるんだし」

 次の劇の小道具を作りながら、風先輩はぴったりくっついている樹ちゃんと夏凛ちゃんの頭を撫でる。
 樹ちゃんは本当に幸せそうに、夏凛ちゃんはぷいとそむけながらも唇をぷるぷるさせて顔を赤らめる。
 確かに校則で禁止されている訳でもなし、倫理的に問題がある訳でもない。
 けれど、それで納得できるという話でも無い訳で。

「というかはっきり言って、ゆうその紛争にそろそろ決着つけないと劇に間に合わないから」
「すごく現実的な理由ですね!?」
「部長権限で無理やり決着させるよりはマシでしょ?普段はこういうの友奈がやってくれるからね」

 真摯なのか怠慢なのか最もなのか解らない風先輩の言葉を受けて、私は友奈ちゃんとそのっちに向き直る。
 2人とも目をキラキラさせてこちらを見詰めている。すごく可愛い。正直どちらも抱きしめたい。
 ああ、抱きしめてもいいんだと気付いた瞬間、私は縦に頷いていた。

「お受けします」

 いえーいと再びハイタッチする2人。何だかちょっぴり疎外感を感じて寂しい。

 ―――そんな呑気なことを思っていられなくなるなんて、この時点では想像していなかった。


「東郷さん、こっちのランチ美味しいよ!一口どうぞ」
「こっちもちょっと変わった味で面白いよー。はいどうぞー」

 左右からあーんされて、私はそのっちの分、友奈ちゃんの分の順に口に納める。
 ちなみにこの順番も次にこういうことがあったら友奈ちゃんからにしよう、と自主的に決めていたりする。
 味なんて、口の中で混ざり合ってもちっとも解らない。
 2人と付き合いだしてから気付いたことがある、どちらも結構外側へ主張するのが好きな所があると。
 さっきの手つなぎもそうだけど、友奈ちゃんもそのっちも『私たちの恋人です』と周囲に見せつけるようなことをよくするのだ。

「そう言えば、次の劇の台詞もう覚えた?」
「ええ、今回は樹ちゃんがメインだから私の台詞をあまり多くないし」
「姉妹愛をテーマにした話のメインキャストが、実は本当に愛しあう姉妹なんて美味し過ぎるよね~」
「園子ちゃんは本当に好きだねえ」

 かと言って、2人が私を困らせるようなことばかりするかというとそんなこともない。
 こうやって他愛のない会話をしていることの方が実際には多くて、こういう時は普通の友達同士とそう変わらない。
 東郷美森としては友奈ちゃんに、鷲尾須美としてはそのっちに、それぞれ淡い思いは抱いていた。
 けれど、それが成就したとしてその後どんなことをするかは二重にピンと来ていないままで。
 だから2人と恋人として過ごす時間が嫌ということはけして無いけど、こういう間隙はありがたかった。

「この際だから、一度聞いてみたかったんだけど」

 自然な会話の流れに乗せて、ずっと胸の中にあった疑問を口にする。

「あんなに激しくやりあっていたのに、2人はどうやって納得したの?」
「え?別に納得してないよ?」
「え」
「うんうん、今でもわっしーを私だけのモノにしたい気持ち、あるんだよね」
「私も、東郷さん関係だと結構独占欲強いんだよ」

 ほんのさっきまで仲良く私を挟んでいた2人の目が、途端に真剣な光を帯びて私に向けられる。
 周囲の気温が下がったように感じられるのに、私の額にはうっすら汗が浮かんでいた。

「だったら、どうして?」
「うーん、風先輩が言ってたみたいに、勇者部にこれ以上迷惑かけちゃダメだなーって言うのが1つ」
「でもねー、肝心の理由はもう1つの方なんだよねー」

 2人は綺麗に声を合わせて告げる。

『東郷さん/わっしーを苦しめたくなかった』

 てっきり2人は、自分たちの気持ちの治めどころとして互いに認め合い、妥協し合ったのだと思っていた。
 けれど、違った。彼女たちは私の懊悩を悟って手を取り合ったのだ。
 友奈ちゃんは、記憶と時間を無くして、得体の知れない焦燥の炎に焼かれ掛けていた私を丸ごと救ってくれた。
 そのっちは、ずっと傍で支えてくれて、近くにいれなくなっても私のことを想い守り続けてくれた。
 そして今も、こうやって2人に私は守られている。守られてばかりだ。それさえ気付いていなかった。

「―――ごめん、なさい」
「ああ、泣かないで!東郷さん!」
「そういう顔見たくないから黙ってたのに。えい、泣き虫はこうだよー」
「あ、ズルイ!私もする!」

 友奈ちゃんとそのっちが左右から私の頬に口づけする。ちろりと2つの舌が頬を這って、涙が舐め取られる。
 押し殺した声が出て赤面する私を見て、何故かまた2人はいえーいとハイタッチした。それ、本当に恥ずかしいのだけど。
 いつか、私がこの2人に何かを返していけるくらい強くなれたら。互いを守りあえるようになったら。
 もしかしたら、その時にもう一度選択の時間が来るのかも知れない。訳も無く、けれど強い確信と共にそう思う。

「2人とも、ずっと一緒に居てね。約束よ」
「むむむ、2回目の約束だね。二重になって更に強くなったよ!」
「大丈夫、もう2度と離さないよ、わっしー」
「ずっとずっと一緒だよ」

 それでも私は、今この瞬間だけにしかないかも知れない永遠を求める言葉を口にする。その返答は解っているのに。
 世間で複数の恋人を持つ人が少ないのは、実はこんな葛藤に多くの人は耐えきれないからかも知れないなと思う。
 明日、そんな特例の仲間である風先輩と色々話してみようと決めてから、私たちはデートを再開した。
 不思議なことに、さっきまでより気恥かしさは感じなかった。
最終更新:2015年02月26日 11:07