7・68

「お姉ちゃん、朝も言ったけど今日はお仕事でご飯いらないから先に食べててね」
「あたしもパスで。剣道部の打ち上げに出てくれないかって言われてるから」

 ここ最近は夏凜を加えた3人での食事が当たり前になっていたので、1人の食事は久しぶりだった。
 こういう時、私は思いっきりズボラにぐーたらしようと決めている。
 そもそも私の料理は樹の母親代わりを務める為に始めたもので、1人で居る時は凝るのが面倒で仕方ないのだ。

「適当にコンビニで買ってー、東郷から貰ったぼた餅をデザートにー♪」

 無理にテンションをあげて買い物は何とか終えたけど、家が近づく毎に段々テンションが落ち込んで行く。
 マンションの階段を登る頃にはすっかり足が重たくなって、全力疾走の後みたいに部屋に辿り着くのに苦労した。
 食べても、休んでも、眠っても、消えない疲労。まるで泥のようなそれが急に溜まることが増えたのはいつからだろう。

「いやー。我ながら情けないわ―」

 誰に聞かせるでもなく椅子に座って呟くと、何だかもう立てなくなってしまってそのまま突っ伏す。
 何にもする気がしない。何かを食べるなんて以ての外だ。
 樹がいない。夏凜がいない。勇者部の仲間たちがいない。それだけでアタシは途端にダメになる。
 勇者のお役目が終わり、復讐もひと段落。大赦が手を回したのかと疑うくらい高校も早い時期に合格が決まった。
 樹の声も戻って歌手見習いの仕事も順調、夏凜もすっかり勇者部に馴染んでアタシら以外とも交友が増えた。

「アタシ、何をしたらいいんだろう?」

 漠然と人を助ける仕事に付きたいとは思っている。大赦の職員という手もあるかも知れないが、正直今は考えたくない。
 これから樹もレッスンとかでお金がかかるだろうしバイトも始めた方がいいだろうか。でも料理の時間は欲しいし。
 高校に入ったら部活はどうしよう、夏凜みたいな子が沢山いたら苦労しそうだなあ。夏凜は1人でいいや。
 ―――何を考えていても先が見えてしまって、やらなくてもいいかなと思えて来る。
 やりたいことが完全に他人に依存してしまっているのをバーテックスとの戦いの日々で思い知らされて。アタシは。

「風ー。ちょっと風ー!もう帰ってるんでしょ」
「……夏凜?」
「勝手に入るわよー。なんだ、やっぱり居るじゃない」
「打ち上げはどうしたのよ?」
「なんか矢鱈と剣道部の副主将をプッシュされたから、さっさと抜けて来た。まったく乾杯のジュースも飲めやしない」

 夏凛はすっかり馴れた調子で上着を壁にかけると、手を洗って自分の席に着く。樹以外の指定席ができるのは久しぶりだ。

「今日はコンビニで済ますの?」
「あ、うん。1人だったら、そうしようかと。何か作ろうか?」
「期待してるわ」

 この子も大分素直になった。前だったら『食べてあげなくもないわよ』とか言っただろうに。
 冷蔵庫の中身を見てホイコーローを作ろうと決めながら思う。
 人が見たら、アタシが上手に夏凜や樹に使われているように見えるのかも知れない。
 でも実際は全くの逆だ。アタシが生きていけるのは2人のお陰なんだ。大げさでなくそう思う。

「―――世話が焼けるんだから」

 夏凜がそんな風に呟いた気がしたけど、多分気のせいだろう。一応ご飯を作ってもらう立場な訳だし。
 樹が帰って来たら食べるかもしれないから少し多めに作ろうか、調理にかかった時にはもう疲労はどこにも残っていなかった。
最終更新:2015年03月02日 10:12